新婚夫婦
背後でがさりと音がする。
思わず悲鳴をあげそうになったが間一髪で噛み殺した。
なななな、何してるのかしら………!?
見なくてもだいたいわかるが具体的には何をどうしているかは分からない。言葉は矛盾しているがその矛盾に気づかないほどに私は混乱していた。
「……!?……!?!?」
口を開くが混乱して上手く形にならない。
ちょっと、あの、何してらっしゃるのかしら?!の言葉はあわれ、形にならず私の口内に押し留まった。
その間もがさがさと草葉がゆれる。
そしてどうして突然アヤナ様は黙ってしまったの………!?なんだかこのまま放っておいてはいけないような気がして、しかし下手に動けない状況が私を戒める。その時ぐいっと腰を突然引かれた。
「ひゃあ!!」
突然のことに情けない声が響く。尾を引くように情けない声が夜闇に解け、もういっそ顔を覆いたかった。
こんな間抜けな真似をしたのはこれが初めてだ。王女の時はもちろん、王太子妃になってからはより気を使っていたのでこんな失態は初めてだった。
もういっそ本当に土にでも埋めてほしいわ…………!!
「ごめん、嫌だと思うけど少しこらえて」
「いえ、ありがとうございます……」
嫌ではあるが、仕方ない。
そもそもこうでもしてくれないとこの植え込みからは出られなかったのだ。しかし夫は私の不満が分かったのだろう。
「もう少しだから」
「はい。あの、救助いただいてる身なのに大変申し訳ないのですが……なるべく手早く、お願いします」
蚊の鳴くような声で答えた。未だに私は植え込みに突っ伏している状態である。顔の下は土。長くこうしていたらニョロニョロとした奴にも出会ってしまいそうでもう早くなんでもいいから脱出させて欲しい。
だけど暴れると服が破ける。泣きっ面に蜂とはまさにこのことだわ…………
夫の手がわたしの腰肩に触れ、そのままぐっと抱き寄せられた。がさっという一際大きな音がひびき、やっと木々の暗い視界が晴れた。と、言ってもやはりあたりは暗いのだが視界が広がる。
どうやら夫に引っ張り起こされたらしい。
「そのままゆっくり僕にもたれかかって、そう。暴れないで。落ち着いて」
誰が暴れるというのだろうか。
人を暴れモンスターのように言うのは止めて欲しい。
私は黙って彼にも体を預ける。正直頼りたくないのだが状況が状況だ。
ちらりと、アヤナ様の様子を見ればぽかんと私たちを見ていた。その様子があまりに隙のある表情で、本当に王太子妃なのかと疑いそうになる。
なんというか彼女は王太子妃というより………どこかの町娘っぽい………。口が裂けても言えないことを心に留め、私は視線をふせた。
ぐっと体を引かれて、そのまま一瞬宙に浮く。突然の浮遊感に驚く。
「!?」
「よっ………と、怪我は………あるね。すまない、僕が目を離したばかりに」
「え?あ、いえ………えっ!?」
怪我?!嘘、やっぱりあるの!?目が合った瞬間に言われるということはやっぱり顔!?顔に傷だなんてありえないわ!
思わず声を上げた私に夫が困ったように眉を下げた。そしてツツ、と私の唇に触れる。………触れる!?
突然の接触に思わず腰を思い切り引いてしまった。もはや反射だ。考えてやった事ではない。
だけどそれは夫の腕によって防がれ、またしても私は夫に抱き寄せられてしまった。
………!?…………!?!?
完全に思考がフリーズした私に、夫が呟く。耳元に声がかかってまたしても油の抜けたブリキのように固まった。
「危ない、ぶつかる。暴れないで」
(今のは暴れたってわけじゃ……!)
「あの………?」
「後ろ」
「………?」
近すぎる距離のことは一旦置いといて後ろを向く。真後ろは当然花壇である。若干草木が折れて、そして少し凹んでいるのは紛れもない、私のせいである…………。
これは庭師に謝らなくてはいけないわね……。彼が渾身込めて庭の手入れをしているのは知っている。そんな花壇に頭から突っ込むって私…………。
庭園の庭師は非常に気難しい性格をしている。王太子妃の私にだって取り繕うことはなく、常に真顔。
そして気難しそうな顔をしている。白髪の頭に白い髭。その顔つきはパンダをどうにかしたような顔をしている。
今から彼に言うのが憂鬱になりながらも、その植え込みを見た。先程私が膝をぶつけたであろう植え込みのでっぱり。なるほど、下がりすぎると今度は腰がでっぱり部分に強打されるってわけね………
王太子妃になって初めてこんなに生傷作ったわ。王女の時でさえこんなに怪我をした覚えはない。
「それで、アヤナ様はいつまでここに?ここはルデンの王族以外立ち入り禁止だ。知っている、とは思うけど」
私のことを一通り見回した夫はようやくアヤナ様に声をかける。私もハッと彼女のことを思い出して視線を移す。
彼女は呆然と私たちを見ていた。植え込みに落ちてすっかり彼女のことを忘れていたわ………。
というより、私が植え込みに頭から突っ込んだ原因は彼女である。そう思うと腹もたつ。
「───」
「アヤナ様?聞こえてる?」
「えっ!?あっ………そそそ、そうですよね!やだなぁ、私ったら迷っちゃって………!あの、部屋まで送ってくれませんか?迷っちゃったんです」
「じゃあ衛兵を呼んでくるね」
にっこりと笑って殿下が答えた。