夜の庭園
晩餐を終え、言われた通り庭園に出た。
月下の元、華ばなしく咲く花たちは美しい。
こんなときでもなければゆっくり見て回るんだけど……。
庭園のベンチに座り目の前に咲くピンクのつぼみをつける花を見た。
花の名前に詳しくないのでこの花が何の花なのか分からない。
だけど小さいつぼみを沢山つけ、今にも咲き誇ろうとしている花はいじらしく可憐でもあった。
(ほんと、状況が許せばみていたんだけどな)
夜の庭園でお茶というのも悪くないわよね。今度ミアーネに頼んでみようかしら。
そう思った時、背後から足音が聞こえた。
振り返ってみてみれば予想通り、私をここに呼び付けた人物だった。
「すまない、待たせたか?」
「いいえ、今来たばかりです」
これは本当だ。
「向こうに東屋がある。移動しようか」
「はい」
夫がスッと私より距離を取り、だけど横に並んで歩く。
一緒に歩いてると言うには少し離れすぎている。
街でこの距離であればもはや他人だろう。
これが殿下のパーソナルスペースってものなのかしら?
でも二、三人分の間隔をあけて歩く殿下と、これでは話しにくい。
私はやや声をはりあげて夫に声をかけた
「殿下?」
「………」
私の声の大きさにこの距離では会話は難しいと判断したのだろう。ならもっと早く判断して欲しかった。
夫は少しばかり私に近づいた。
うーん、まだ遠いけど会話ができないほどではない。なんというか、仲違いした親子のような距離感である。
まあ……これなら、まだ?
妥協点を見つけた私は早速本題にはいることにした。
「えーと」
「今日はすまなかった」
「え?」
明日についてどうするか聞こうとした折り、夫が話の腰をおって割り込んできた。
その言葉に思わず聞こうとしていたことが全てすっぱ抜けた。
「……なんのことでしょうか?」
「いくら女性が苦手といえど、あなたがいるのに避けるべきではなかったな………」
「………」
少し黙って納得する。
(ああ〜〜〜!お昼のアヤナ様とのこと!?色々あってすっかり忘れてたわ!)
盛大にアヤナ様が足を滑らせ、あろうことか夫が彼女を避けたために思い切り私に激突してきたのだ。
頭突きされた胸がかなり痛かった。おそらく彼女は石頭なのだろうと思う。
「遅くなったが、怪我はなかったか?」
今更!?
ものすごい時差じゃない、と思いつつ私はにこりと微笑んだ。
「ご心配には及びませんわ」
そうすると夫は「本当に?」と訝しむように尋ねてきた。
頭突きされただけなら大した怪我にはなり得ない。私は頷きながら答えた。
「はい」
「それなら良かった。いや、うん。ごめん。きみには迷惑をかけたけど……どうしてもあの女は苦手で」
苦々しく夫が言う。
へえ、意外。彼にも苦手とかあるのね。
まあ人間だものね??
意外と人らしいところあるじゃない。
完璧っぽい王子様の人間らしい一面を見た気分だ。
私はほんの少し愉快な気持ちになった。
「そうなのですね。それより明日のことなんですけれど」
そういった時だった。
真後ろでガサガサッと茂みの動く音がした。
(え──!?)
驚いてそちらを見たとほぼ同時、すぐさま殿下が私の前に立った。
その反射的な動きに思わずびっくりする。
(守ってくれるのかしら)
……ふーん、反射的な動きとはいえ、やっぱり王子様ね。
ちょっとときめいたりなどはしていない。
相変わらずこの王子様は何を考えているのかよく分からないからだ。
しかし、今の音はなんだったのかしら?
あたりは暗く目を凝らさないと何がいるのか見えない。
「あれ〜?迷ったぁ?」
そのまま口をつぐんでいると、暗闇の中、間延びした声が聞こえた。
聞き覚えのある声にに脱力せざるを得ない。
(アヤナ様………)
それと同時に疑問に思った。ここは王家の庭だ。どうやって彼女が………アヤナ様が入り込んだのだろう。
うーん、困ったわ。
彼女はそのまま茂みをガサガサと動くと、ようやく茂みから顔を出した。それより仮にも一国の王太子妃が茂みの中に潜ってるなんてとんでもないことだ。
やはり全てにおいてアヤナ様は規格外だと思う。
彼女は茂みから顔を出し頭を軽く降るとそのまま茂みから抜け出した。その仕草がまるで犬のようだったのだがやはりそれも口を噤んでおいた。小型犬に見えなくもない。
殿下は苦手だと言った通り、彼女だとわかった瞬間方向転換していた。むしろ私より後ろにいる。早い。
「………アヤナ様?」
誰も何も発さない暗闇の中、仕方なく私は声をかけた。
こうでもしないと話が進まないからだ。
どうして彼女がここにいるかは置いといて、仮にも一国の王太子妃。しっかりと部屋まで送り届けなければならない。そして私も夫と明日について話さなければならない。
余計な時間は一秒たりともない。