大国ルデン
「ビヴォアール国は国土が豊かで実り豊かなところが利点ですね。果物から根菜、水田まで手がけているとか。ビヴォアールはいいところだ」
ファルシアがさらに言葉をなげかける。
その言葉の裏には『それ以外には?』というメッセージが見え隠れしていた。
ビヴォアールが作物が豊かで有名なのは周知の事実。それ以外の何かで利点になることはあるのかとファルシア殿下が探りを入れる。
それにガレットは紅茶をすすりながら鷹揚に頷いた。
自国が褒められ満更でもなさそうだ。
「そうです。我が国は作物がよく育ち………そしてアヤナがいます」
「………へえ?」
ファルシアが口端を持ち上げて微笑んだ。その笑みは酷薄で、薄ら寒さを覚える。完全に『それが何か?』という表情だ。
私も正直同感である。
(アヤナ様は可愛いけれど、国交で益を出せる女神ではなくてよ……!)
目は口ほどに物を言う。そして今はそれを殿下は隠していない。しかしその視線に晒してもなお、自慢するようにガレット王子は言葉を続けた。
「アヤナは我が国の宝です。ファルシア王子は知らないと思いますが、うちの国でアヤナは本当に、とても人気でして………いやはや、争奪戦が大変だったのですよ」
「そうでしたか」
(ど、どうでもいい…!)
夫が簡単に返事をする。
だけどあまりにも身のない返事で興味が無いのが直ぐにわかった。
(この人、隠す気ないんだわ………)
取り繕う気をなくしたということは恐らくもうビヴォアールとの国交は望めないだろう。
夫は再度紅茶に口をつけると、にこりと私に向かって微笑んだ。
場を見守っていた彼女は突然の微笑みに思わず驚いてしまった。表情に出すヘマはしなかったけれど、突然すぎる。
もっと脈絡というものを作って欲しい。
「それでは、お茶会はこのあたりでお開きにしましょうか。アヤナ様もお疲れでしょうし」
先程話題に挙げられたアヤナ様はガレット王子とイチャイチャトークを弾ませていたが、ファルシア殿下の声にばっとこちらを振り返った。
そして嬉しそうに破顔する。
「お気遣いありがとうございますっ、ファルシア王子!」
「気にしないでくれ。君も疲れただろう。部屋に戻ろうか」
そう言って殿下が私に手を差し出した。
手を取れ、ということなのだろう。
確かにこの状況で私をエスコートしないのはまずい。
それは私にもわかった。
私は内心苦笑いしながら彼の手をそっと控えめにとった。
わずかに触れた手は少しだけ温かかった。
(なんだ、この人生きてるのね…………。あまりにも規格外というか、何考えているか分からないから人間味を感じなかったけれどちゃんと血の通った人間なのね)
なんだか変なところで感心する私である。
「ガレット、私達も部屋に行こう?」
「うん、そうだな。だけどアヤナが可愛いのは事実だぞ?アルソンだってそう言っていたじゃないか………。どうしてそうアヤナは自信がないんだ?まあ、そんなところも可愛いけど」
だからそういうのはよそでやってくれ。
私はもうおなかいっぱいである。
ファルシア殿下に手を引かれて部屋を退出しようとした時、彼は不意に振り返った。
そして澄んだ水色のようにも、黄緑色にも見える、不思議な虹彩の瞳を彼らに向けた。
「ああそう、ガレット王子。自分の行動はしっかりと把握していないと、最悪自国の宝に滅ぼされることになるよ?」
「は………?」
突然のファルシア殿下の言葉にそれまでアヤナ様をほめたたえていたガレット王子の口が止まる。
彼は既に敬語の形を外していた。
彼の真意を推し量り、私はひとりヒヤヒヤする。
僅かなやり取りで国同士の距離感をはかり、そして些細な態度の変化で結果を教える。
彼が大国の王太子だと知ってはいたが、正直ここまで読めない人間だとは思わなかった。
小国とはいえ私だって元王女である。
兄の国議を見たこともあるし、賓客をもてなす様子を見たこともある。
だからそんなに変わりはないだろうと心のどこかで思っていた。
だけどファルシア殿下のやり方は兄とは全く違っていた。
(これが大国、ルデンのやり方なのね……)
控えめに言って怖い。
ぞくりとしたものが背筋を走る。
今回はまだ分かりやすかったけれど、いつもはもっと高度な駆け引きが要されているのだろう。
(都度都度、私はその意図をはかれるだろうか)
こういうのは歴史や地理を学んだところで身につくものでは無い。
経験がものを言う。ファルシア殿下はどれほど経験を積んだのだろう。
今回賓客のもてなしを一人で行っていることから彼が賓客の対応をすることは日常的によくあることなのだと思う。
今更ながらルデンの王太子妃という重圧が肩にかかる。
何もかもがモンテナスとは違う。当たり前だ。だけどその当たり前を夫との間で起こったことにより失念していた。
ここは大国ルデン。
……うっかり足をすくわれることがないようにしなければ。