一触即発!紅茶に潜む危険
──時は現在に戻る。
早くも私は疲弊していた。
「この紅茶、美味しいですね!ねっ、ガレット!これはファルシア王子の好みですかっ?」
お茶会開始後、即アヤナ様が口を開いた。
(今、殿下が国交会議の合図を出さなかったかしら………?)
私はいたたまれずそのまま紅茶に口をつけた。
そこまで堅苦しい場ではない。何せ王太子妃も席に着いているのだから。
世間話に国交話を乗せてそれとなく相手国との距離をはかる、令嬢のお茶会のようなものである。
情報収集の場でもあるし、文字通り国の繋がりを強化するためのものでもある。
「いや、これは僕の選別じゃない。おおかたビヴォアール王国の王太子夫妻が来ると聞いて料理長が気を効かせたのだろう。ビヴォアールは実り豊かな国。茶葉の国産地としても有名だ。……ガレット王子、どうだろう。口に合いますか?」
話を振られたガレットは締まらない顔でアヤナ様を見ていたが、殿下に声をかけられはっとした。
そして慌てた様子で紅茶に口をつけた。
(まだ飲んですらなかったのか……)
まるで酒のつまみはアヤナ様とでも言いそうである。
たしかにアヤナ様は可愛らしいけれど、アヤナ様にかまけて公務を疎かにしたらダメだと思うのよ。
本日出された紅茶はベルガモットである。
すっきりとした味わいに胸に優しく染み渡るコクの深い紅茶。紅茶の中でも定番中の定番である。そして定番で、誰しもが知る紅茶だからこそ味の違いがわかりやすい。
茶葉の産地としても知られるビヴォアール王太子夫妻にベルガモットの紅茶を出したということは、彼らへの挑戦にほかならない。
殿下は料理長が張り切って用意した、というが指示を出したのは恐らく彼だろう。
彼が国交に関わる大事なこの席で意味もなく挑発的なものを出すわけがない。
そんな勝手を料理長がするはずもない。
相手が相手であれば最悪一触即発の雰囲気になりかねない代物だ。
現に殿下は夫妻の行動を推し量るように目を僅かに細めてみていた。
(………何を考えているのかしら)
その行動の意図が分からず、だけど私はすました顔を取っておいた。
怪訝な顔をしたり、困惑した様子はみせてはならない。どんなときでも余裕そうに、毅然に振る舞わなければ。
「………!この茶葉はセイサム公国のものか。独特の渋みと僅かに香葉の香りがする。いい茶葉だな、ファルシア王子」
(え!セイサム!?)
とんでもない国のものを持ち出したわね……!?
生産国を当てたのはガレット王子、流石ではあるけれど!
セイサム公国。
それはガレット王子属するビヴォアール王国とここ三十年ほど険悪な関係の国であり、辺境では小競り合いが未だに絶えないと聞いている。
元々セイサム公国とビヴォアール王国の国土は同じくらいで、そして隣接している。
セイサムは軍事力に秀でているが、国土が貧しい。
土が乾燥しがちで、そして緯度が高いせいで昼間が長い。
長い間日光に照らされて植物は枯れやすく、さらに乾燥した大地ではなかなか食物も育たない。
対してビヴォアール王国は、土地は豊かで水源にもあふれ、四季が定まっている。年中夏のような気候のセイサムに比べ圧倒的に過ごしやすいのだ。
ただ、その代わりに鉱山が少ない。
国にいくつかしかないので、当然それを原料にした剣や武具なども作れない。
土地が貧しくも武力だけはあるセイサムと土地は豊かだが武力がないビヴォアール。
互いが互いを欲している状況なのは間違いない。
傍から見ればセイサムが圧勝する構図だが、しかし問題は土地にあった。二国を分かつその国境には、雨になれば大荒れ間違いなしの川があるのだ。
そして川上はビヴォアール王国の方にある。
ビヴォアールは万が一セイサムに攻められても、いざとなったら閉ざされた水門を開けばいい。
それだけで兵を一掃できるだろう。せき止められていた水によってセイサム軍は川下に流される。
実際ビヴォアールはその手でセイサム軍を退かせていたことが何度かあった。
だけどそれでも互いが互いを侵攻しようとする構図は崩れず、三十年経った今でも小競り合いは続いている。
きっかけさえあればいつ戦争になってもおかしくない国同士だ。
ファルシア殿下は、ビヴォアール王国の王太子にセイサム公国の茶葉を出したのだ。
まずいなんてものじゃない。
そして、意図的なのか、本当に気づいていないのか。
ガレット王子はファルシア殿下の意図に一ミリも気がついていない様子だった。
ちらりと横目でアヤナ様を見るがアヤナ様は紅茶が気に入ったのかおかわりをしている。
「…………」
(え、ええと……他国のことだし、私もそこまで詳しくないけど……。ビヴォアールは大丈夫なの……?)
ガレットが王になった次の晩にはビヴォアールはセイサムの属国になってる気すらしてくる。
色々と想像してしまった私の顔色は悪い。
(頭が痛い。ついでに胸も痛い。いや、胸と言うより胃かしら………)
彼女はぬるくなってしまった紅茶に口をつける。殿下は素知らぬ顔で紅茶を飲んでいた。
(…………優雅な動作ですこと)
ますます、彼が何を企んでいるのかわからない。