解読不能 /ファルシア
「えー?そりゃ……………会いにくるんじゃないか?お前と距離を詰めるいい手じゃねえか」
投げやりにケイバードが答える。その目は先程の書類に向いていて、時折「あー」だの「うー」だの謎の奇声が交ざった。
「………ほんとにそうかな」
ファルシアの知るユーアリティという人間はそんな思った通りに動く人間では無いと思っている。
果たして彼女がどうするか、ほんの少しだけ、楽しみでもあった。
関わりたくないけれど、何となく彼女のとる行動に興味がある。
この感情の名前はまだない。だけどいつかそれが自分の望む形になれば、と思った。だけどそれは無理だろうともファルシアは分かっていた。
自分の女性嫌い、いや、女性恐怖症は重度だ。ちょっとやそっとじゃ治らない。実際過去にも自分に思いを寄せる女性と関係を築いてみたいと思った時があった。
だけどどうしてもダメなのだ。二人きりになれば鳥肌は止まらず、その一挙一動に反応してしまう。
それがマシになっても距離が近ければ強い拒否反応を示してしまうし、手が触れれば酷い頭痛に悩まされる。生理的嫌悪が先走り手を振り払ったことだってある。
それは過去の強いトラウマからなのだが、いつまで経ってもそれを払拭することが出来ない。
ユーアリティがどんなにいい人間でも、感じが良くても恋をするのは無理だろう。
………これはいよいよ覚悟を決めなきゃまずいな。
ファルシアはペンを手でくるりと回しながら考えた。自分は王太子だ。いずれ子をなすことを望まれるだろう。だけど現状それはとてつもなく難しいことのように思えた。愛人でもなんでも好きにしてくれて構わない。自分は口を挟む気は無い。だからユーアリティ側で何とかしてくれないだろうか…………。
この考え自体が甘えだと、情けないことだとわかっている。だけどでは、どうすればいいのだ。ユーアリティの言うように養子などもってのほか。いっそのこと人工授精でもする方法があればいいのに。
投げやりにそんなことを考えながら新たな決済書を手に取った。
×××
後日、ユーアリティから手紙が届いた。
やっぱり。ケイバードが言うようなことにはならなかった。
彼女は僕のことを嫌っているようだし、わざわざ会いに来るわけがないと思っていた。当然といえば当然だ。彼女に言ったことを思い返せばむしろ好かれると思う方がおかしい。
それは別に構わない。それに彼女も僕が女性を苦手と知っていて、わざわざ会いに来るのも気が向かなかったのだろう。
その気遣いが非常に助かった。女性の柔らかな体を見るだけで吐き気がするし、高い声も香水の匂いも全てが悪感情を抱かせる。
お互い嫌ならば無理をして会う必要も無い。
ファルシアはそう思いながら手紙の封を切った。
ーーー茶葉とガトーショコラ、ありがとうございました。美味しくいただきました
短い、たった二文の文章。それにユーアリティという人柄が現れているような気がして、少しファルシアは面白かった。
彼女は僕を警戒している。ゆえに僕を好きになる可能性は低いだろう。王女だった彼女には僕にいい感情を抱かないはずだ。最悪コケにしていると思われていてもおかしくない。実際そんなふうには思っていないのだが、そう思っていてくれた方が都合がいい。その方が余計な感情を抱かれにくい。
自分の顔が整っていることは知っていた。母親譲りの金髪に父親譲りの青い瞳。それが酷く女性をひきつけた。そして顔も柔和な甘い顔立ちで、身長も高く魔術も剣術も体術も申し分ないといえば女性に人気なのもうなずける。
死活問題なので否応なくやるしかなかった剣術や魔術がこんな結果になるとは思わなかった。
これではいいのか悪いのか分からない。ケイバードあたりであればいいに決まっているというだろうが、女性が苦手なファルシアにとってはその限りではない。非常に厄介だ。思わぬ副産物までついてきた。
全員が全員、ファルシアに惚れる訳では無いだろう。
だけどファルシアとずっと一緒にいたら惚れるかもしれない。もしかしたら惚れないかもしれない。こればかりはどうなるかわからない。
だけどほれる可能性が0ではない以上、ファルシアは警戒しなければならなかった。
追い回されるのはもう勘弁だったからだ。
ユーアリティとは長い付き合いになる。できればお互いが無理をしない関係になりたい。一方的に愛を押し付ける関係も、一方的に追い回す関係も嫌だ。
それなら無関心のほうがまだいい。
ファルシアは届いた手紙の表紙を指先でつう、となぞるとなんともなしにその文字を見つめた。
「…………」
自分もいつか、恋をする日が来るのだろうか。
ファルシアは静かな瞳でクリーム色の紙を見つめた。
幼い日の一件以来女性というものが苦手だ。生理的嫌悪を覚える。何もかもが嫌だし、近づきたくもない。
公務で仕方なく触れ合うことはあれど、うまい具合に距離を保ってかわしている。
そんな自分がいつか恋を。
する日はくるのだろうか…………。
そんなことを考えて思わずファルシアは自嘲した。女々しいことをしたと思っのだ。
ため息をひとつついて手紙を封筒に戻す。そしてそれを机にしまうと、次の公務に備えて身支度を整えた。