『どうして転生したら死体に会うのよ!?』
【導入】
(ああ、これは死んだわ)
水流迫ナジミは迫りくる光景をぼんやり眺めながら、自らの死を悟った。
都市伝説だと、人を轢いてもその返り血が目立たないようにデザインされたとされている赤いボディの電車。
新幹線と同じ線路幅で脅威の安定性を誇示し、訳の分からない速度が出るその電車は今まさに駅のホームから押し出された彼女に迫ろうとしていた。
(せめて、通過電車じゃなければ――いや、こっちのほうが痛みは一瞬か……)
強い衝撃の後、あたしこと水流迫ナジミはこの世界で死を迎えた。
―――――。
「いいえ、水流迫ナジミよ。目を覚ましてください」
何者かに呼ばれ、あたしはぼんやりと目を覚ました。
目の前広がるのは上も、下も、右も、左も、白い背景の世界。
そして――――
「はぁ?」
あたしの目の前には布をギリシャ風に巻いた変態男が背中から羽を生やし、ろくろを回すようなポーズを取りながら空中に立っていた。
きょうび小説でも漫画でも見かけない見事なまでに痛々しい天使スタイルだった。
まあ、天使がイケメン男なことは評価しよう。うん。
「……なに、あんた?」
「水流迫ナジミ。私はあなたに選択を迫ります。私の願いを聞き聖女クリスティナに転生し彼女を助けるか、それともここで死ぬか!」
「それ、選択?」
あまりの暴論にあたしは頭を抱えた。
それは絶対選択じゃない。脅しだ。
(でも、聖女か……いろいろチートでちやほやされながらイケメンとうっはうっはできるんだろうなぁ)
前回は主人公の幼馴染という字面の通り、負け確定の立場だったけど、今回は聖女。
何を隠そうあたしにとってこの展開は二回目。いやぁまさか転生二回目ブームがWEB小説で来ていたけど、私にも来るとは。
これは、まさに風が来ている。主役たれという私の風が!
「いいわ。でも、あんたの願いをかなえるのだから、私の願いも聞いてもらうわよ」
「いいでしょう。では水流迫ナジミよ……彼女、クリスティナとなり、どうか彼女の魂が蘇るまで彼女を守ってください……」
そういうとぐにゃりと視界が歪む。イケメン天使も絵具を混ぜるようにぐにゃりと歪み白い世界へ溶けていく。
さあ! 二度目の転生、あ、いや、前回は意識転移だったから転生は初めてだけど。聖女ライフを楽しむわよ!
【問題編】
そしてあたしは目を開いた。
手に違和感。あたしは何かを握っていた。
頬が床に当たっている。どうやら床に倒れているみたいだ。
「まったく、なんでベッドで寝ていないのよ……それとも実はこの娘、寝相が悪い?」
あたしは少し頭を振って体を起こした。
「ひ……」
――そこには、惨劇が広がっていた。
あたしの目の前にはうつ伏せ倒れている派手な服の女性。
背中のあたりをナイフで刺された後がある。
死体だ。素人のあたしが見てもわかる。女性の死体がそこに倒れている!
「ど、どど、どうして転生したら死体に会うのよ!?」
あたしは思わず叫び、思わず後ずさる。ざりっと何かに足を取られ私はしりもちをついた。
同時に、あたしはカランと手に握っていた何かを落としてしまう。
嫌な予感がした。
恐る恐る確認する。
あたしが握っていた、床に転がった何か、――それはどう見ても凶器であろう血濡れのナイフだった。
「おおおおおお、落ち着け、とにかく落ち着け、素数、こういう時は素数を数えるのよよぉぉぉ~~」
1、3、4、5、6、8、10。
無理、絶対無理落ち着かない。誰だ素数を数えようなんて思ったやつは!
まるで血の池に浮かぶように佇む女性の死体の存在がどうしようもなくあたしから冷静さを奪う。
どどど、どうしよう、どうすればいいのよ!?
「とにかく、た、立ちましょう」
あたしが立ち上がろうとするとざりっと何かに足を取られバランスを崩した。
砂だ。床にどうしてかは知らないが砂がばらまかれている。
「なんてこんなものが……」
とにかく立ち上がるのに邪魔なので私は足で砂を払った。
ガクガクする膝、恐怖で抜けた腰、そのすべてを叱咤し、あたしは立ち上がった。
「と、とにかく外に出ましょう」
生まれたての小鹿のごとき、ガクガクした動きであたしは部屋の出口までなんとかたどり着き、扉のノブに手をかけた。
扉は鍵がかかっていた。
「うそ!? これって密室……?」
密室の部屋に、ナイフを握った私と、ナイフで刺された女性。
これはもうどう考えたってそうだろう。クリスティナ、あんた――――。
「――カネモチーヌ様! いかがされましたか! 先ほどのキッカイな悲鳴はいったい!」
突然ドンドンと扉をたたく音が部屋に響いた。
まずい、どうしよう。私はじりじりとノブから手を放し後ずさる。
「ええい、鍵がかかって扉が開かない。ならば体当たりだぁぁぁ!」
ズドン、ズドンと扉を強打する音が聞こえてくる。
宣言通り体当たりしているのだろう。
「ちょ、ちょっとまって、待ってよ」
思わずあたしは声を上げてしまった。
「その声はクリスティナ様! カネモチーヌ様はいかがされたのですか!」
「え、いや、あの……」
「【サンドアーム】これでどうだぁ!」
ドゴンと更に強烈な音がして、目の前の扉がこちらに目がけて吹き飛んできた。
ああ、推理小説ならば絶対に見ない視点。膝が小鹿ちゃんのあたしには迫りくる扉を避けることができず、見事に迫りくるそれに巻き込まれた。
「ぎゃぁぁぁぁ!?」
「こ、これはぁぁ!? カネモチーヌ様! しっかりしてください。カネモチーヌ様ぁぁぁ!」
見れば、扉があった場所にはゴーレムの腕のような物が佇んでいる。それを横目に眺めながらあたしは意識を失った。
―――――――。
そして、あたしは牢屋で目を覚ました。
石造りの冷たい床、座るための出っ張り、寝るためのハンモック、窓には鉄格子。
絵に描いたようなファンタジーの牢屋だ。
「目が覚めたかい、聖女さん。いや死神さんって呼んだほうがいいかい?」
牢屋の向こうにはくたびれたおっさんが鎧を着こみ立っていた。
「ここは?」
あたしの問いに「おいおい、見ればわかるだろう」とおっさんが肩をすくめた。
「牢屋だよ。何もなければ明後日にはあんたはギロチン台行きだ」
「え?」
「富豪令嬢カネモチーヌ殺害。いくら聖女様だからって犯した罪は償ってもらう」
「そ、そんな!?」
膝の力が抜け、あたしはぺたりと冷たい床に座り込んだ。
あの天使め……! あの天使め! 無理よ。初手で詰んでいるじゃない!
あたしは座りながら頭を抱えた。
せっかく転生したっていうのに明後日には首ちょんぱだなんてそんなのまっぴらごめんだわ!
私の奥底から怒りが湧き上がり、それは先ほどまで感じていた死への恐怖を塗りつぶしていく。
「何か、何か手は――」
そんなあたしの脳裏にぱちりと電流が流れたような痛みが一瞬走る。
同時に、あたしの脳裏にクリスティナの知識が浮かび上がった。
ルール
・この世界には魔法がある
・この世界のあらゆる魔法には媒介が必要である。
「そんな知識いまさら……せめてあんたがやったかどうかの記憶が思い出せればいっぱつなのに」
いや、待てよ。
それならおかしいじゃないか。なぜあの天使はクリスティナの魂を回復せようとしている?
クリスティナの魂はどうして、どうやってダメージを受けた?
もしかすると……クリスティナは殺していない、嵌められただけなのかもしれない
(ちゃんと休んで、もう一度落ち着いて考えてこれまでの情報を整理しましょう)
そうしてあたしはハンモックに寝転がり、目を閉じだ。
眠らないと考えるものも考えられない。
そして翌日、あたしはハンモックの上で目を覚ました。
ひんやりとした空気となぜか湿度が低いこの牢屋は案外快適で思わず快眠できてしまった。
(さて、それじゃ推理と行きましょうか。クリスティナあんたを信じるからね)
「ほら、朝食だ。明日の朝にはギロチン往きだ。ゆっくり味わいながら食べな」
タイミングよく昨日のおっさんが朝食の乗ったトレーを持ってきて私の牢屋に滑り込ませた。
朝食は卵のサンドイッチと、ベーコンとレタスのサンドイッチだ。おまけに綺麗な水の入ったコップもある。
うん、なかなかにバランスがいい。
あたしは手づかみでサンドイッチをつかむとはむはむと食べた。そのあたしの様子におっさんは驚いたような顔をした。
「最初こいつを見るとナイフとフォークはどこか聞かれるもんだが、あんたは違うんだな」
「あら、困り顔を見るのが趣味なのね。ひどい趣味だわ。ごちそうさま」
「言ってくれるじゃないか。おそまつさんで」
おっさんは皮肉そうに笑いながら、あたしが食べ終わった皿を回収した。
そのままどこかにいきそうだったので、あたしは彼に声をかけた。
あたしが無実だというのならそれを訴えるだけの情報が欲しい。
「ところで一つ聞きたいのだけど、カネモチーヌの死体、死体の下にまで血は広がっていたの?」
「いいや、死体の下まで血は広がってなかった。それがどうしたってんだ?」
となるとナイフを抜いたのはカネモチーヌが倒れた後になる。
どうしてそんなことを……。
「ちなみに聞くけど、相手の傷を癒す力とかってこの世界に存在しているの?」
「……それの力を持っている人間を聖女って言うんだぜ」
「あ、はい、ソウデシタワネ」
憐みの視線が辛い。
だが今はそんなこと言っていられないわ。
「それと人の魂を破壊する魔法って存在するのかしら?」
「あるにはあるがそれは術者の命を持って使う禁呪だ。はっ、まさか、俺を道連れに!? やめとけこの牢の中では魔法は使えない。犬死だぞ」
「……貴方と心中するつもりはないわよ」
ひげ面の中年太りのおっさんと心中はさすがに嫌だ。
私は不快な気持ちを隠そうともせず、ジト目で手を振った。
「最後に聞きたいわ。カネモチーヌと私ってはたからどういう風に見えてたのかしら?」
「聞き込みをした結果じゃ、カネモチーヌが一方的にあんたに入れ込んでいたらしいな。金を出して言い寄られていたとか、殺害現場の彼女の部屋から、あんたの所有物や、そのなんだ血の付いた布とか、いろいろ出てきたぞ」
「うへぇ」
うーん、クレイジーストーカー。
でも、何が起こったのかそしてその動機も推察が付いてきた。
ちょっと無理があるだろうけど、今はこれに賭けるしかない。
ふと、なぜこのおっさん色々情報を漏らしてくれるのだろうか、気にはなったが、死する美女に対する哀れみが何かなのだろう。
その後あたしはおっさんから、明日の処刑の流れを聞き、弁明の機会があることを知った。
ならばそこに賭け、無罪、もしくは最低で死罪の延長を勝ち取る。
それしか生き延びる道はない。
そして、あたしは明日に向け、英気を養うためにゆっくりと休むことにした。
翌朝、やはりこの環境はあたしに馴染むのか驚くほど快眠できた。
牢屋の前では、きのうのおっさんが、武装してあたしを出迎えてくれた。
「おい。時間だぜ、死神聖女さん」
「ええ、分かったわ」
そう言い返しあたしは靴を履きなおした。
じゃりじゃりと何かが入っている。砂だろうか、まあ気にしないでおこう。
とんとんと靴を履くアタシをどう思ったのか、兵士のおっさんは皮肉気味に笑った。
「案外おちついているじゃないか、手順は分かっているかい?」
「弁明、判決、その場であたしの罪を問われる流れよね。もちろん反論してやるわ」
「まあ、精々頑張りな。だがここまで状況が決したヤツが逆転無罪になったことは一度もないがな」
そういい兵士のおっさんは牢屋の入り口を開け、あたしに石造りの手錠をはめる。
大理石のような白い石でできている。あまり重さは感じない。
「これは?」
「魔法が行使できないようの処置だ。この牢と同じ効果がある」
「ふぅん」
そう言われてもあたし魔法の使い方知らないわけなんだけど。
と、それはさすがに野暮か。
なんとか首を斬られる前に弁明をする機会はある。
そこに全てを賭ける。
勝利条件は他にも犯人がいる可能性を伝え、即、斬、首、を回避すること。
それしか助かる道はない。
「それじゃいくか。ついてこい」
「ええ」
そうしてあたしはおっさんに連れられて牢獄から外に出た。
【解決】
石を並べ舗装された道を進みあたしは断頭台にたどり着いた。
断頭台は意外にもかなりしっかりしたものだった。
不届き物の首が落ちるのを遠くまで見せるためか、見上げる位置に舞台が用意され、その中央には罪人の首を落とすためのギロチンが用意されている。
「さあ、登れ」
おっさんに促されるままにあたしは舞台に上がる。
木製の舞台上には執行人であろう黒い服の男とカネモチーヌの従者、あと見渡せばどこからともなく人が集まり始めている。
思えばこの世界スマホもパソコンも見かけてはいなかったし娯楽不足なのだろう。
だからって人の首が飛ぶのを娯楽としているって、蛮族か何かか! 民度はどこに消えた。宇宙か!
まあ、道徳心あふれる日本でも外野から石投げるようなアレなやつがいる訳だし。
人間どこへ行っても刺激を求めるのは同じなのだろう。
「それでは聖女クリスティナ。貴方はこれからカネモチーヌの殺害の罪を償い首を差しだ差なければならない。よろしいか?」
「異議ありよっ!!」
あたしはなるべく大声で異議を申し立てた。
この状況、周りの観客を巻き込んであたしの味方を増やしていかなければいけないと見た。
古来より声が大きい人ほど意見は通る。声の大きさは自信につながり、自信は見えない根拠を錯覚させる。
「おいおい、人を殺して開き直ったぞあの聖女」
「ないわー。往生際悪すぎ」
「噂では死神聖女とか呼ばれているとか」
「え、それは怖い」
私の異議申し立ての声に周囲がざわついた。
はたから見ればギロチンに掛けられるのが嫌で駄々をこねている女に見えるかもしれない。
実際ギロチンで首ちょんぱは怖い。だが一度電車に轢かれた女をなめるな!
「なんて往生際の悪い! あの部屋にはカネモチーヌさまとお前の二人、鍵は内側からかかっていた。さらにお嬢様は背中を刺され殺されたんだ。お前が! お前が背後からナイフで刺した。そうに決まっている」
「一つ一つ、確認していきましょう。確かにあたしはあの部屋にいたそれは事実よ。鍵はどちらが掛けたかわからないわ」
「何だと! どういうことだ」
「だって、あたし代理だもの。誰かが自分が死んで魂を破壊するなんて物騒な魔法を使うから。ちなみに誰かは消去法でカネモチーヌだって分かっているわ!」
「だ、代理だって!?」
従者の男が思わず驚きの声で叫んだ。
なるほど、これが揺さぶり。ギャクサイの復刻版やっててよかったわ。
「お、おい、なんだそれ」
「普通、魂が破壊されたら死ぬはずじゃ」
「いや、さっき本人が代理だって、いったい何が……」
「し、死神、死神が憑りついているのよ!」
観衆もよくわからない方向で盛り上がっている。
従者の男はプルプル震えながら、声を荒らげた。
「カネモチーヌ様が禁呪なんて! 何を愚かな! そんなものを使う動機があるというのですか!」
「彼女、あたしの私物や、血さえも集めてたみたいじゃない。お金を出して自分のものになってほしいといいよりもしたとの証言もある。ね、兵士さん」
私は兵士のおっさんに話を振る。
他人を通すことで信頼度を上げる。それがきちんと調べものをしている機関の人物ならそれは確たるものになる。
突然話を振られたおっさんは驚きながらもあたしの問いに答えた。
「あ、ああ……間違えない」
「ありがと。そこから分かることはカネモチーヌはあたしに対して偏屈な愛情を抱いていたということ、そんな感情に支配された彼女はこう思ったのではないかしら、あたしを手に入れられなくて、誰かのものになってしまうのならばいっそこの手で壊してしまおうと」
「それはカネモチーヌ様への侮辱に他ならない! 執行人この死神を早く断頭台に!」
「もしくは何者かにそそのかされて禁呪を別の魔法だと教えられていたとか」
「執行人! 早く!」
従者の男は強引に話を終わらせようと執行人をせかし始める。
しかし執行人の男は首を横に振った。
「どうして!」
「この話は刑を執行するにあたり有意義な内容です。我々は罪を裁きはしますが、首を跳ねることに悦楽を覚えているわけではありませんから」
よかった執行人は真面目に仕事をする気があるようだ。
話を聞かない人物なら即オジャンだった。
「ですが聖女クリスティナ、カネモチーヌ様の背中に刺されたナイフの件はどうするおつもりですか? それが説明できなければ少なくともあなたはカネモチーヌ様に致命傷を与えたことは揺るがない事実、首をはねるには十分な罪です」
「それは……」
確かに、自分にナイフを突き立てるなら、腹か、胸だろう。
腕が伸びる人間だって背中に刺すなんて面倒なことはしない。
私はチラリと従者の男をみた。
あの男が見せた魔法。あのゴーレムの腕。名前から察するに砂を媒体にした魔法のはず。
「【サンドアーム】よ。その魔法を用いて密室外から彼女をさした。少なくともあの魔法、扉から死体までの距離はちゃんと機能していたもの。そして禁呪が発動したことを考えてあの部屋は牢屋とは違い魔法が使える」
「なるほど、それは残念です。確かに【サンドアーム】でしたら密室の介入も可能でしょう」
「え?」
「ですが『現場には魔法の媒体になったものは存在しなかった』そうです」
「な、なんですって!?」
そんな、バカな……。
確かにあの時アタシは砂に足を取られたのに。
もしかして、あの魔法、媒体って砂じゃないの!?
「兵士さん、もう一度現場の状況を教えてあげてください」
「分かりました」
執行人の言葉に兵士のおっさんはぽりぽりと頭を掻きながら、状況を話していった。
「そこの従者さんの連絡で現場に我々は現場に向かいました。そこではナイフで刺されているカネモチーヌ様、扉に下敷きになっているクリスティナ様がいました。現場には凶器と思われるナイフが一つ、返り血が付かなかった場所がクリスティナ様の手の形とほぼ一致、さらに従者からの証言もありましたので、彼女を最重要容疑者として身柄を拘束しました」
そこで兵士のおっさんは一息置き、ここまでの内容を飲み込めているのか周りを見渡した。
そして、大多数が内容を確認を把握したことを感じたのか、言葉を続けた。
「その後、念のため魔法による外部からの介入がないか調べたのですが、魔法の媒体になると思われるものは部屋の外にあった【サンドアーム】で使用した砂だけでした」
執行人は兵士のおっさんの言葉にうなずき、言葉をつないだ。
「ありがとうございます。分かりましたか聖女クリスティナ、凶器にあなたの手の後が残っている。部屋には貴方の言う【サンドアーム】の痕跡は残っていない。つまりこれは犯行時部屋の中には第三者が介入できない状況化であり、貴方がカネモチーヌ様を刺した事実を示している。違いますか?」
「う、ぐ……」
思わず言葉に詰まる。
何てこと、【サンドアーム】の使用さえ証明できれば……あの部屋は密室ではなくなるのに!
「おいおい、あの女黙っちまったぜ」
「聖女さまと言えど、犯した罪は償わないと」
「あやうく口車に乗るところだったぜ」
「今回は、まあ粘ったほうじゃないか?」
何か言わなくては、でも何を……?
再び襲い掛かる死の恐怖に足元がふらつく。
ざりっと、足に違和感。
これは……もしかすると……!
「ふ、ふふ、ふふふふ!!」
あたしは額に手を当てて笑みをこぼした。
「な、なにを笑っているんだ! この死神め!」
「何って」
従者の叫びにあたしはにやりと笑みを浮かべた。
こういう時は不敵に笑うのがセオリーなのよ。
「執行人。あの部屋には確かに砂が存在しました。それは何者かに片付けられた可能性があり、その者こそ、あたしを陥れ、カネモチーヌ様を刺した――」
「見苦しい言い逃れを! 執行人いい加減この女の首を斬ってください! これ以上は時間の無駄です!」
「却下します。聖女クリスティナ、その部屋に砂があったという証拠はあるのですか?」
「ここに――よっと」
そういってあたしは靴の片側を脱ぐ。
手に持ち、とんとんとゆすると靴から砂が出てきた。
「は、はははは! なんだそれは、大衆の前ではしたなくも靴を脱ぎ、ただのこれっぽっちの砂で何が証明されるというんだ」
「あら、あんたには分からないのね。この砂の意味が」
「何を……」
「あんたが兵士を呼んで、あたしは牢屋に閉じ込められてた丁寧にも魔法を使えなくする石でできた牢にね」
「それがなんだと……」
「ここに来るまでも石造りの道を歩いてきた、そしてここの舞台には砂なんてどこにもない。さてそれじゃあたしの靴に砂はいつ入ったのかしら?」
「まさか――」
従者の男が息をのむ。
ここしかない、タイミング。
私は腹に力を入れ、声を張り上げた。
「それは、私が彼女部屋にあった砂を足で払ったからよ!!」
「……!!」
ざわめく周囲、憎しみの瞳を向ける従者、興味深そうな顔を浮かべる兵士のおっさん。
面白くなってきたじゃない。ここで退いてはいけない。助かるために全部の情報をつなぎ合わせてやるわ!
「カネモチーヌがクリスティナと心中を図るとあんたと相談し、そこであんたはカネモチーヌに魂を破壊する魔法を教え【サンドアーム】を部屋に準備した。きっと自分に刃物を向けるのが怖いとかそんなこと言ったんでしょうね! そして、クリスティナとカネモチーヌが部屋に入ると【サンドアーム】を起動し、カネモチーヌを刺した。彼女は尽きかける命の最中、自身の目的である魂を破壊する魔法を使用、クリスティナの魂を破壊した。だけど、想定外の自体が起き、あたしが代理クリスティナとして活動し始めた。魔法が失敗したと勘違いしたあんたは扉を大げさに破壊し、あたしを気絶させ、一人になったところで【サンドアーム】で使用した砂を回収。誰がどう見てもあたしがカネモチーヌを殺したように見せかけた」
「だったらナイフは! お前が握っていたナイフは、な、なんだというんだ!!」
あたしはにやりと笑った。
「あたしは聖女、傷を癒す力があれば、治そうとするでしょ? 苦手に思っていても死んでほしいとは思わないもの。それともあんたナイフ刺したまま傷口ふさげって言うの?」
「ぐ……」
「なあ、聖女さん……あんたもしかして」
兵士のおっさんが考え込むように、あたしに尋ねてきた。
私は笑顔を崩さず、言い放った。
「ええ、そうよ。この事件、仕組んだのはあんただ! 従者っ!!」
一瞬、静寂。その後のざわめき。
「な、何を言っているんだ……! この死神め!」
従者は怒りで身を震わせている。
あたしはそんな彼を横目に、兵士に先ほどの砂を手渡した。
「死神結構。兵士さん念のため見てもらいたいんだけど、この砂で【サンドアーム】は使用できる?」
「ああ、問題なく」
「なぜ、あんたが使う魔法【サンドアーム】の媒体が何で私の靴に入っているのか」
「……」
「そして、私が靴に入った元の砂はいったいどこに消えたのか?――答えは簡単よ。それはその砂がその現場にあっては困るから、さっきも言ったけど魔法で密室に介入できる状況ではあたしの犯行に見せかけられない」
「私は……」
「そして部屋にあった砂を誰にも気づかれず回収できたのはあんただけだ!」
「……」
「従者さん、何か言葉があればお伺いいたします」
執行人の言葉に、従者の男はふぅと息を吐き、肩を落とした。
「……ああ、そうだ。私が刺したんだ」
そして彼はぽつりと言葉を吐いた。
その言葉に周囲が再びざわめき始める。
しばらくし、ざわめきが収まったころ、従者の男は言葉を続けた。
「だが、一つ言わせてくれ、カネモチーヌ様は何も関与していない。あんたが言ったデタラメな妄想通りの人ではない。すべて私が悪いのだ。呪文も私が別の効果があるといってお嬢様に教えた。だから彼女の名誉は何も傷つけないでほしい」
「彼女の名誉を傷つけない。そう――――それがあたしを嵌めて、わざわざ直接殺さなかった動機なわけね」
従者の男はうなずいた。
もしあたしがクリスティナのまま自由だった場合、きっとカネモチーヌが行った禁呪の件を公表し、彼女の評判を下げてしまうことになるだろう。
その場で従者の男があたしを殺しても、彼が捕まり、あたしの口を塞いだ内容を問いただされれば、いづれ彼女の名誉が傷つく。
というかそこまで考えているなら最初からやらなければいいものの……まあ、主人の望みに協力はしたいわけなのだろう。
「さて、それでは、――聖女クリスティナの罪は不当である、よって斬首は行わない! これは執行人、並び司法にもとづく判断である!」
頃合いを見計らったかのように執行人が声を上げ、処刑は中止された。
「あ、あの聖女、自らの死の運命を相手に押し付けがやった」
「し、死神、死神聖女だ!」
「めずらしく執行人が仕事をしたな、じゃあ賭けは俺の一人勝ちだな」
「きゃぁぁぁ、クリスティナ様!」
観衆のざわめきを聞くとなんか変な評判のような気もするが、まあいい。
とにかく、あたしは生き延びたのだ。
そして……。
「……………で、なんであたしはまた牢屋なわけ?」
「一応、あの従者の男の刑が確定するまで何が起こるのかわからないからな。ほれ、朝食だ」
例の魔法の使えない牢屋。
空気の具合といい、居心地がいいのは確かなのだが、せっかく即斬首を回避したのに牢屋に戻されると気持ちがげんなりする。
アタシは兵士のおっさんから朝食のサンドイッチを受け取ると、おもむろに頬張った。
むむ、ツナマヨ風……どうやってこの世界でこの素材を?
おいしいからとりあえずいっか。いやー晴れてこれで聖女ライフが楽しめるわけね。
『水流迫ナジミ。お待たせしました。聖女クリスティナの魂が回復したので、あなたとの入れ替わりを行います』
「は、はぁぁぁ!? げっほ、げっほ!」
突然頭の中にあの変態天使の声が響き渡り、私の視界はぐにゃりと歪んだ。
【オチ】
気が付いたらあたしは上も、下も、左も、右も真っ白な世界に立たされていた。
手や体をぺたぺた障ってみると、なんだか懐かしい自分の体の感触だ。
しかし。この空間……もう少し調度を落としてほしい、目が少し疲れる……。
あたしの目の前には変態天使男。
彼は私を確認すると頭を下げた。
「お待たせしました。見事彼女の体を守っていただきありがとうございます」
「……ドウイタシマシテ」
逆ハー展開や、癒しの力でボロ儲けてうはうっはな生活や、未知の食べ物食い倒れしてステータスアップ的な展開はどこに消えてしまったのよ。
と、文句は言いたいものの、ぐっとあたしは堪えた。
「いいのよ。それで約束は覚えているでしょうね」
「ええ、あなたの望みを叶えましょう」
そうだ、私はこの変態天使男とクリスティナを守ったら願いを聞いてもらう約束をしてもらったんだ。
でも、まあ、今戻ったってミンチになって死んでしまっているだろうな。
あ、ちょっとおなかに寒気が……。うん、選択肢はこれしかないか。
「これまでの記憶を持ったまま、あたしを突き落とされる10秒前に戻して!」
「なるほど、分かりました」
変態男が腕を振るうと、時計の針の音が10回なり、そしてあたしの視界は再びぐにゃりと歪んだ。
――――。
気がつくと手に何かの重みを感じた。
それがパソコンの入ったカバンだと気がつく頃にはあたしは日本に帰ってきたのだと確信していた。
ここはK県Y市のY駅の隣のK駅。県の名前と同じ駅だというのに駅的にはびっくりするほどマイナーだ。通過電車も多い。
あと10秒後あたしは誰かに背中を押され、電車に轢かれる。
けれど、誰が死ぬとわかって死んでやるものですか!
私は8秒カウントを取り、振り返った。
冴えないおっさんが手を突き出し前のめりになりながら私に向かってきていた。
よしこい、ちょっとでもあたしの体に触れてみやがれ! その瞬間、穏便に、かつ社会的にコロシテヤル!
そしてあたしは自分を死に至らしめる原因に立ち向かうことにした。
――あ、いや、嘘。やっぱり触られるのはキモいので避けた。
そして無言でおっさんは倒れた。
腰にナイフを生やしながら
「ほえ?」
変な声が漏れた。
もしこれを物語のオチにするならあたしは絶対に採用しない。
「ど、どどど。どうして転生先で死体と出会うのよ!!」
思わず私は叫んでいた。
同時にふと思い出す。牢に入ったヤツに食べたことがない料理を出し楽しむあのおっさんの顔――。
「ぃやったぁぁぁぁ!! やったんだぁぁぁぁ!!」
突然の叫び声。見ればおっさんの後ろに立っていた男がガッツポーズをとりながら狂喜乱舞している。
ネットニュースとかSNSでみたことあるような事件。
なるほど、私はその渦中にいるわけだ。
ざわつく周囲。国民性だろうかパニックは起こさず、周囲の人たちは倒れたおっさんから二歩三歩距離を置き、私とおっさん、狂喜乱舞男を取り残し、取り囲むようにスマホを向け始めている。
私は頭にきていた。好きな作品から言葉を借りるとプッツンというやつだ。
感情に任せ、ずんずんと男に近づき、肩をつかむ。
「ふぇ?」
「ふざけるなぁぁ! なんであたしを刺さない!!」
あたしはパソコンが入っているカバンを力任せに振るう
ガツンと男のみぞおちにカバンの角がめり込み、狂喜乱舞男は吹き飛んだ。
「あたしの、あたしの異世界転生ライフをかえせぇぇぇ!」
後日、あたしの活躍? はSNSで拡散され、あたしはその人気に便乗しようとして小説投稿サイトに一本の小説を上げてみた。
しかし、内容があまりにも不謹慎であったため、すぐさま炎上。
稼いだPVとは裏腹に評価も上がらず、レビューには非難の文字。
あたしは頭を抱えながらタイトルを眺めた。
(これ以上ないと思うのだけど……)
そのタイトルは――。
『どうして転生したら死体に会うのよ!?』