教育《ドクトリン》
「なるほどね」
児童養護施設の二人部屋でアユムの説明を聞いたミツキは呆れたような声でアユムにそう返答した。
「いや、だってよ」
言い訳をするアユムの背後にはコートを羽織った、長い白髪の少女――美少女と言って差し支えない――が座り込んでいた。
少女に襲いかかる男を滅多打ちにしたアユムは、その後途方に暮れた。
警察に通報して少女を保護してもらう、併せて変質者を逮捕して貰う、その他諸々襲撃後の小細工の数々。
そういった事を全てミツキに丸投げしていたアユムはどうしていいかわからなかったのだ。
通報して放置でも良いかと思ったが少女の姿を見た時、生贄の結果と思われる痛ましい姿に過去の自分とミツキを重ねほおっておけなくなってしまった。
結果として半ばパニックに陥ったアユムは、ミツキに助けを求めた。
光輪会に直接連れてくるという手段を用いて。
「別にアユムが彼女を助けた事と連れてきた事を責めている訳じゃないよ」
ミツキはアユムの言い訳を遮り淡々と話を進める。
「そもそも僕らがこんな事をしてるのは、僕らを彼女みたいな目に遭わせてた奴らが許せないからで、見捨ててたらそれこそ見損なうし彼女の姿を見てほっとくって選択肢をアユムが取るならコンビ解消だね」
「なら」
「でも」
言い訳をさらに遮る。
「話を聞くと敵の戦力も見極めずに奇襲を仕掛けて、それが天使の嘆きでラリった魔法使いだったんだって?」
「まあ」
「今回は相手は【魔法】のド素人で下手くそな念力しか使わない雑魚だったから良かったけど、少し場馴れしている相手だったら最初の一発で終わってたよね?」
ミツキの言う通り、念力は魔法使いにとって標準搭載とも言える一番初歩的な【魔法】だ。
詳しいことは不明だが兎に角、あっちに行けだとかこっちに来いだとかノリでなんとかなるのか、大体の魔法使いはこれを使える。
無論【魔法】は妄想が明確であれば明確であるほど現実に強く干渉する関係で上手い下手は存在する。
今回は雑で取り敢えず押し出すくらいの下手くそなヤツだった。
「いや」
「まず相手の様子を確認、普段言ってるよね?あと今回は拳銃の音聞いたんだっけ?何で上で一回止まれなかったの?」
「そりゃ」
「弱いんだよ僕らは、自覚しなよ、【魔法】が使えるとは言っても僕らは中学生だよ」
ミツキは息を吐いて付け足した。
「ドラッグ中毒のヤツらは僕らと違って痛みに鈍いからタフだし、そもそも大人だ、組み合ったらまず負ける」
「だからいつも二人でじっくり偵察して作戦を立てて奇襲でケリを着けてる、僕が怒ってるのはそれを忘れた事だよ」
「おっしゃる通りです…」
アユムは項垂れた。
ミツキは目が見えない分表情が分かりにくい、それに普段の声は弱気で内気な少年と言った印象で、語り口も知的で冷静なように見える。
だが、アユムは知っていた。彼も自分と同じ復讐者であり、その内に苛烈な感情を常に持っている。
尤も、ぱっと見の印象は意図的に猫をかぶっているとアユムは見ているのだが。
「あとさ」
「はい」
言われるがままに頷く。
「そのコート話を聞く限り、その男から剥いてきたやつだよね?」
「ああ、下は全裸だったぜ、キモかったな…」
はぁとミツキは机を探り、そのまま変な機械を持って少女の回りをぐるぐる回り始めた。
少女はぼーっとしたまま無反応だった。
「……盗聴器だとか発信機の類いは無いね、ここに連れてきた時点で手遅れだろうしあっても園長を起こすくらいしかやれる事ないけど」
「あっ、そっすか…」
「そっすかじゃないよ…」
何が仕掛けられているか分からないから現場からあまり物を持ち出すなとミツキが普段から言っていた事を失念していた。
そう言うミツキもこういった調査で問題無ければ現地の金や拳銃、その他諸々非合法な道具を片っ端から持ち去って隠し持っているのだが。
少しの沈黙と気まずい空気が流れる、再び口を開いたのはミツキだった。
「…取り敢えず今晩は言い訳を考えて、明日の朝に園長に報告しよう、どうするにしても流石にここで匿い続けるのは無理でしょ」
「そうだな…」
アユムは一番、気が重い難題に頭を抱えた。
「じゃあまず――」
ミツキが話始めたとたんに扉が勢いよく開け放たれた。
「クォラガキ共!何騒いでんだ何時だと思ってんだ寝ろ!!!!!!」
アユムは顎が外れたかのように口を開いていた。
ミツキは見えもしない目で天を仰いだ。
少女はそれでも微動だにしなかった。
「なるほどな」
ドスの聞いた女の声がリビング――食堂兼用――に響く。
アユムは土下座をしていた。
目の前にはこの施設で二番目に恐ろしい女が腕を組んで仁王立ちしている。
まず170cm後半の長身、戦う為に鍛え上げられ過ぎた肉食獣の如き全身の筋肉。
身に纏う赤いジャージすら何かの戦装束に見える佇まい。
その女ターミネーターとも言える体の上に乗る斜めに刃物で付けられたと思われる深い傷を持ったイケメンとしか言いようの無い美形――今まで施設の暫定1位だった。
この施設のスタッフであり、卒園生、元プロレスラーであり現総合格闘者、リングネーム紅蓮池 龍子その人である。
「すんませんリュウコ姐さん!この通りです!許して下さい!」
アユムは震えていた。彼女がまだ光輪会の子供だった頃にしこたま教育された上下関係が未だにアユムの心に刻み込まれている。
「夜間外出はご法度だって理解ってるよな?」
「おっしゃる通りです!リュウコ姐さん!俺が馬鹿でした!」
ミツキは、後ろでそしらぬ顔で少女と共にアユムを眺めている。
寝てて目も見えないのに抜け出してるなんて気づくわけないじゃないですかだの言った時はアユムはその裏切りへの憎悪で飛びかかる所だった。
(アイツ絶対許さねえ、クソ、【魔法】の事は秘密だからって許さねえぞ裏切り者)
「なあアユム――――」
「俺が悪かったんですゥーーーーー!!!!!!」
「静かにしろボケが!昔からそそっかしいんだよテメーは!」
アユムは呼吸を止めた。許可が下りなければ死ぬまで止めるかもしれない。
「今のアタシはいちスタッフでしかねえ、沙汰は、園長が決める」
その瞬間図ったかのように扉が開く、アユムは恐怖に強く息を吐いた。
「なぁに、こんな夜更けに、あーし寝てたんだけど」
リュウコを遥かに越える巨大な生命体がそこに現れた。