それは、あまりにも唐突な
それにしても、なぜ宰相は自分のような男にこだわっているのか?
文字どおり『芥虫』にすぎないはずの自分を。
自分で認めるのは情けないと思いつつも、格の違いを思い知ってしまうと、こんなところで我を張っても仕方がないとルークはあっさりと引き下がる。
だが、思いのほか早く切り替えることが出来た内心とは裏腹に、沸き上がった疑念そのものは一向に晴れないままだ。
なぜ、どうして。
疑問符だけがさっきからぐるぐると頭の中を回り続けている。
まさか。
閣下と私には血のつながりが……?
混乱の果てに一瞬そんな想像がよぎりながらも、生存本能がそれを即座に否定する。
――宰相様は心すら容易に読み取れるのだ。
いつだったか、そんな噂を前線の駐屯地で耳にしたことがあったのをルークは思い出す。
あのときは酒の勢いで出た冗談だろうと笑い飛ばしたが、当人を目の前にしているいまはそんな話ですら一笑に付すのはリスクが大き過ぎる気がしていた。
いずれにせよ、疑念をひもとくヒントは現状では見当たらない。
一兵卒と総統。
天と地ほどの開きがあるその溝を埋めるものなど、まるで思いつかないのだ。
カルヴィヌスとてそんなことは百も承知のはずなのに、彼の表情はいたって真剣なままだ。
このまま黙っていてもらちが明かない。
「で、でもいいんですか? 私が玉座に座るなんて」
ルークは意を決し、核心へと踏み込む。
「貴様は何を聞いていたのだ」
「……え?」
「座るのはお前ではない」
「さ、しかし……今さっき『代わりをしろ』と」
「言葉の意味を理解しろ」
怜悧な声が困惑を隠せない男の言葉を遮る。
「この椅子に座るのは『閣下』だ」
「……はい?」
「閣下を除いてこの椅子に相応しい方はいない」
いったい何を仰っているんですか?
本気でそう訊ねたくなるのを青年はかろうじて呑み込む。
そんな彼を尻目に
「たとえ肉体が滅びようと、閣下の崇高な理想は朽ちることはない」
などと、閣下を賛美する言葉を朗々(ろうろあ)と奏でる。
そして、
「そのためにお前が必要なのだ」
と、向き直るなりルークにそう告げた。
「閣下は常に鎧をお召しであった。それは常在戦場、すなわちいつ何時も魂は戦場にあり、そのときが来れば即座に馳せ参じるという、頂きに在りながら戦いを忘れぬ気概の表れである」
「は、はぁ」
「それゆえに、閣下の背格好などについてはっきりと知るものは、城内では皆無に等しい」
確かに、遠見の水晶などで見たことのある総統閣下はいつも鎧を着ていたような気がする。
だとしても、それを代わりに身につけただけで自分に代役が務まるとは、ルークにはどうしても思えなかった。
そう思いながら、ふと青年はこちらを見つめる宰相の視線に気づく。
「……謁見の間で貴様と話したときから、心の隅で引っ掛かっていたのだ」
独り言のようにつぶやくカルヴィヌスの言葉は要領を得ない。
「あ、あのっ」
「そう、『それ』だ」
まったく唐突で意味不明な指摘に、ルークはぽかんとしたまま首をひねることしかできない。
『それ』とは一体何なのか。
「……はい?」
そこで宰相は、きっぱりと告げた。
「貴様のその『声』だ」
(……こ、え?)
「私の剣に怯んだあのとき、貴様が発した声が、閣下のそれと聞きまごうほどに似ていたのだ。寒気が走るくらいにな」
「ちょっと待ってください。この俺の声が? 総統と?」
あまりに突拍子のない宣告に、青年はそのセリフをにわかには信じられなかった。
普段拝謁することなど叶わない末端の身分とはいえ、総統の声なら出撃前の演説で何度か耳にしている。
その際も自分と総統の声が似ているなどと感じたことはなかった。
きっとこれは何かの冗談だ。
この人は自分を担ごうとしているに違いない。
……いったい何のために?
至極あたりまえの疑問が、何の根拠もない憶測をたやすく蹴散らす。
それ以前の話として、そんな馬鹿げたことに労力を費やすほど幹部の人間は暇ではない。
そんな下らない自問自答など当然知るよしもなく、カルヴィヌスは言葉を続ける。
「同時に思ったのだ。これは天の配剤というやつだ、と」
その言葉に熱がこもるのがルークには分かった。
というか、分かってしまった。
「閣下の、そしてひいては皇国の大望を叶えるため、貴様のその『声』を利用しない手はない」
宰相の独白はなおも続く。
「閣下の威光は皇国の威光でもある。もし閣下が身罷られたことが知られれば、この機に乗じて転覆を企てる輩が現れてもおかしくない」
びしり、と音がする勢いで宰相の指先がルークの鼻先を捉える。
「そのような真似は私が断じて許さぬ。ゆえに、貴様は今後も閣下の威厳を知らしめるための『器』となってもらう」
ここにきてようやく、ルークはカルヴィヌスの言わんとしていることを察することが出来た。
つまり閣下が死んだことは伏せた上で、男の体と声を借り、皇国の象徴である総統の姿を甦らせ、侵略を継続する。
ひとことで言ってしまえば「影武者」になれ、ということだ。
そしてそれは、青年にとってある意味一番聞きたくなかった答えだった。




