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思わぬ提案

「おおぉ……」

青年の口から思わず感嘆(かんたん)の声があがる。


 ルーク達が足を踏み入れたその部屋は、ざっと見ただけでも普段兵士たちが駐屯している詰所の数倍の広さがあった。

しかもここはあくまで寝室であり、総統の使う数ある部屋のひとつに過ぎない。


 持つ者と持たざる者。

あまりにも残酷な目の前の現実に、ルークは打ちのめされ、立ち尽くしたまま辺りを見渡す。


「服を脱がせる。体をお支えしろ」

浮世離れした光景に惚けている男に、カルヴィヌスの声が飛ぶ。


 一瞬で夢心地から現実へと呼び戻され、一兵卒の青年はあわてて総統の背後に立ち、持ち上げようとする宰相に促されるまま体を抑えると、仮面に覆われた総統の頭が男の眼前に迫る。

思わず悲鳴をあげそうになりながらもどうにかそれを堪える。


鬼神を思わせる禍々しい仮面はそれだけで見る者に畏怖を抱かせる。だがその奥からにじみ出る心臓を凍りつかせるほどの威圧感は、まさに皇国を統べる「総統」の名にふさわしいものだった。


ここまで来たらもはや息がないことは百も承知だ。

だが死してなお、他を圧する風格は変わらないどころか、むしろ増したようにすら思える。

暗黒の支配者たる閣下には「死」など意味を持たないのではないか。

たとえ地獄の淵に堕とされようと、ふとしたはずみで舞い戻ってくるのでは?

そんなうすら寒い想像が、やけに生々しく思えてしまう。

嫌な汗がこめかみの辺りを伝い、頬を湿らせる。

固まったまま動けない男などには見向きもせず、皇国屈指の智将は作業を始める。


恐らく従軍した際に着替えを手伝っていたのだろう。カルヴィヌスは慣れた手つきでマントを外し、外套から頭を抜く。

二人がかりで装束を脱がし終え、部屋の中央に置かれた天蓋つきのベッドに総統の体を横たえる。


シーツの上に静かに横たわる姿を見ていると、やはり本当は眠っているだけなのではないかという気にさせられる。


「こっちだ」

早くしろとばかりに手招きする智将のもとへ向かうと、手慣れた様子で総統の身体から装備を外してゆく。


ひととおり身につけていたものを外し、残されているのは仮面のみとなった。


 ごく一部の側近を除き、総統の素顔を知るものはいない。


いや。

素顔どころか、そもそも総統が魔族なのか人間なのかすら側近でさえ誰も知らない。

皇国の長にまつわるそのすべては謎に包まれていた。


 謎というものは隠されれば隠されるほど興味を引くものだ。

そして今、ルークは周囲の人間が誰ひとりとして知ることのない秘密の一端に触れることが出来る場面にいる。

恐怖の向こう側から、抑えきれない好奇心が顔を覗かせる。


 そんな男の目の前で、カルヴィヌスは懐から肩巾(スカーフ)を取り出し、広げたそれを総統の顔に乗せた。

「あぁっ」

瞬間、ルークの口からおやつを取り上げられた子どものような情けない声が漏れる。

悲鳴にも似たその叫びに、宰相がちらりと視線をよこす。

「どうかしたか」

「い、いえ別に」

とっさに平静を装うものの、それでも自分に嘘はつけない。

素顔を知る最後のチャンスは失われた。

淡い期待があっけなく砕かれ、内心肩を落とす男の前に何かが突き出される。


「これを着けろ」

そう言って宰相が差し出したものを見て、青年は困惑する。

カルヴィヌスの手に握られていたのは、先ほどまで総統が身につけていた仮面である。

「……はい?」

「これを着けろ、と言っているのだ」

どうしてそんなことを? と訊ねようにも、

宰相は顔色ひとつ変えず青年を見つめている。

有無を言わさぬ宰相の態度に、仕方なくそれを受け取る。


 先ほどまで総統の顔を覆っていたはずのそれは、夜道に置き去りにでもされていたのかと思うほどひんやりとしていた。

閣下が着けているあの仮面は呪われている。

駐屯地にたむろする兵士たちの間でそんな噂が流れていたのを思い出す。

言い知れぬ不安に襲われながらも、意を決してそれを顔に宛てがう。


 慣れない仮面に若干の苦戦を強いられながらも、試行錯誤の末にようやくおさまりの良い位置に仮面がはまる。

「これでいいでしょうか」

後ろの留め金をはめ、装着を済ませた男が顔を上げたそのとき。

ふいに宰相の腕が男に向かって伸びてくる。

びくりと肩を震わせて固まる男をよそに、宰相の手は問答無用とばかりに頭をわしづかみにする。


 殺される。

あからさまに迫ってくる命の危険に身を震わせたそのとき、

「動くな」

宰相のひとことが男の抵抗の意思を奪う。

みしり、と革ベルトがきしんだ音をたてる。

武力より智謀で名を馳せた人物とはいえ、側近のひとりとして名を連ねる男である。

一兵卒の頭蓋を砕くぐらい造作もないだろう。

このまま握り潰されると反射的に目を閉じる。

だが、死を覚悟した男をよそに、近づいてきたときと同様にその手がふいに離れる。

(……?)

「手間を取らせるな」

戸惑う男に宰相はそれだけ告げて背を向ける。

ここでようやく、カルヴィヌスが単に仮面のずれを直しただけだったことに気づく。


 こわばっていた全身の力がようやく抜けたルークが視線を戻すと、カルヴィヌスは

仮面をつけた男の顔をじっと見つめたまま押し黙っている。

まだどこか気になるのだろうか。

感情の読めないその表情に胸の奥がどうしようもなくざわつくのを覚える。

と、宰相はふいに目を閉じ、三秒ほどうつむいてから再び男の方へと向き直る。

そのまなざしにただならぬものを嗅ぎ取り、握りしめる手に力がこもる。

己の身に迫りつつある不穏な何かに固唾を飲みながら、次なるセリフを待つ。


「単刀直入に言う」

男はそこで一旦言葉を区切ると、


「貴様が代わりとなれ」

そう告げらても、困惑することしかできない。

頭のなかでどれだけ繰り返しても、言葉の意味が分からなかった。


「代わり、ですか」

「そうだ」

「……なんの?」

「ふざけているのか」

瞬間、宰相の声がワントーン低いものに変わる。


 ――あ。

これは終わったな。

ただならぬ気配にそう思った直後、

「まあ、かくいう私も信じられないのが正直なところではあったからな。首をかしげるのも無理はない」

と、予想外のリアクションが返ってきた。


カルヴィヌスの目が、まっすぐ青年を見据える。

そして、


「これより貴様は仮面と礼服を着け、閣下の代わりを務めるのだ」

「はひぇっ!?」

吹き損ねた横笛のような間の抜けた声が思わず漏れた。

「い、今なんとおっしゃいま……」

「閣下の代わりをしろ、と言ったのだ」

即座に言い切られ、男は呼吸困難に陥った魚のようにぱくぱくと口を動かすことしかできない。

「ど、どうして私が……?」

命じられたことのあまりの重大さと、それが自分でなければならない必要性がどうしても結びつかない。

 とにかく唐突すぎる展開に頭がついてゆかず、うろたえることしかできない。


 想像していた以上にまずいことになった。

それだけは間違いないと、青年はその身をもって痛感していた。

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