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謎は駆け巡る

ルークは男の漂わせる空気に圧倒される。

気迫などいう生ぬるい言葉で形容できる代物ではない。

それは幾つもの修羅場を潜り抜け猛者だけが放つ、すべてを凍りつかせる存在感であった。

その威容を前に、今はただ、

「ひっ!?」

と息を呑むような悲鳴を喉からしぼり出すのがやっとだった。


「貴様……」

「あ、私は何も……っ!?」

ルークが意味をなさない弁明を口にしかけたとき、怜悧(れいり)なまなざしが彼を射貫(いぬ)く。


その眼光は、どう見ても友好的な対応とは程遠い。


カルヴィヌスほどの知将でなくとも、周囲に誰もいない現状をみれば目の前の男が何らかの形でこの状況に関与していると考えるのが自然だ。

そしてルークからすれば、どうにかその疑いを晴らしたいところであった……のだが、出来ることなど何もない。

無実を訴えようにも、そもそも何故こんな状況に陥ったのかが分からないので証明のしようがない。


いや。

それで済むならまだいいのかもしれない。


必死に弁明を繰り返すその態度に、カルヴィヌスが逆に後ろ暗いものを感じ取ったのだとしたら。

どちらに転んでも青年のおかれた状況はどこまでも不利なものだった。


頭に浮かぶのは悲観的な想像ばかり。


ひょっとして、あのまま一撃もらって死んでいたほうが幸せだったんじゃなかろうか。

追い詰められた男の思考回路が自虐的な想像を導き出そうとしたそのとき。


「閣下に何をした?」

「してませんっ!」

尋問に等しい問いかけに、とっさに悲鳴に近い声が漏れた。


「気がついたらこうなって……こっ、ころ、殺したりなんて」

「当たり前だ。貴様に閣下は殺せない」

「いや、だから誤解なんです。私は殺してなん……か、って、え?」

どうにか絞り出した必死の弁明をあっさり肯定され、ルークはぽかんと口を開けたままその場で固まってしまう。


(いったいどういうことだ?)

どうにか一命を取り留めた青年の頭の中を、いくつもの疑念がぐるぐると駆け巡る。


(今、何て?)


そんな男の態度など一顧だにせず、宰相は突きつけた剣の平らな部分を使い、青年の顔を持ち上げる。

少しでも抵抗すれば切っ先が喉を切り裂き、あっけなくこの世からおさらばしてしまう。

身じろぎひとつできない男を冷ややかに見下ろしながら、智将は告げる。

「だからこそ解せぬのだ」

「えっ?」

「この場にはお前しかいないにもかかわらず、閣下はここに倒れている」


彼の言葉は、暗に「お前には何の力もない」と言っているのと同じである。

そして、それは確かに事実だった。


「もう一度言ってやろう。貴様は『殺していない』のではない。そもそも『殺せない』のだ」

皇国屈指(こうこくくっし)の知将は、まるでおさらいでもするように事実を指摘する。

「貴様のような芥虫(あくたむし)ごときに閣下が不覚を取るはずがない」

足蹴(あしげ)にするような冷淡な物言いではあったが、否定のしようがないのも事実だ。


力・カリスマ・魔力・風格。

ただの伝令役にすぎないルークと総統の間には到底埋めることの出来ない溝がある。


もっともそれ以前の話として、この城内に総統を手にかけるほどの実力を持つ人物が存在するとは思えない。


いささか不本意ではあるが、その点において宰相と青年の見解が一致しているのは間違いない。

ということは、ひとまず自分の容疑は晴れたとみていいのだろうか?


安堵と疑念が渦巻きながら、青年は幹部に窺うような視線を向ける。


「ありえない」という宰相の言葉が示すとおり、今この場で起きている出来事は、ある意味完全犯罪にも等しいものだった。


事件にせよ事故にせよ、皇国屈指の鬼才が首をかしげている時点で、通常ではあり得ないことが起こっているのは確かだ。


「真相につながる手がかりが何も見つからない以上、簡単に解放するわけにはいかない」


真実が何であれ、ルークは現場にいた『唯一の当事者』なのだ。

逃がす理由などあろうはずがない。

カルヴィヌスのような上層部の一員でなくともそうした判断を下すのは当然だ。


「誰かにいつもと違うことをしろと言われたことは?」

「い、いえ……ここに来るまで誰にも会いませんでしたから」


撫で下ろしかけた胸に容赦のないセリフが突き刺さる。


そんなルークの態度には目もくれず、宰相の男は

「見たままを話せ」

とだけ告げると長剣を鞘に収める。

「口先だけでどうにかできるなどと思うなよ」


無慈悲なセリフとともに視線を落とす宰相に、そんなこと出来るわけがないだろうと男は胸の奥でつぶやいた。

目の前にいるのはまぎれもない『天才』なのだから。


――天賦(てんぷ)の宰相、カルヴィヌス。

皇国の歴史において彼が打ち立てた武勲は数あれど、そのほとんどは戦地に赴くことなく手に入れたものである。

彼の最大の武器は、皇国でも屈指の智将と評されるその卓越した頭脳だった。


彼の手腕を端的に示す逸話がある。


国境沿いの、とある城塞を攻めていたときのことだ。

皇国軍の兵站にカルヴィヌスが派遣されたのは、攻略開始から半年が過ぎた頃だった。

行商人を装い、敵側の兵士と接触したカルヴィヌスは、補給と見せかけ門の東側と西側で待遇に差をつけ、不信感を煽った後で謀反の噂を流した。

やがて兵士たちは城塞内で同士討ちを起こし、十日もたたずに陥落したと聞いている。


そんな手間のかかる真似をせずとも、行商人に化けられるなら、食糧に毒でも盛ればいいのではないか?

普通の軍師であればそんな風に考えるだろう。

だが、戦地での食事が全員同じタイミングで出される可能性は低い。そうなれば最初に食事を採った兵士が苦しみ、倒れた時点で残った兵が警戒を強め、防御が固くなることは想像にかたくない。

そうなれば城塞を落とすことはかえって難しくなる。

ゆえに、カルヴィヌスは搦め手を使い、直接手を下すことなく、六千の皇国軍が攻めあぐねていた城をあっけなく落としてみせた。


行商人を選んだのも、仕事柄気を許した人間があれこれと世間話を聞くことが多いという設定が噂をばらまくのに好都合だったからだ。

すべては道理に基づいた計略。

攻略戦を終結に導いたのは剣でも砲弾でも怪物でもなく、ひとりの男がばら蒔いた悪意の種だった。


この話は、末端の兵士に過ぎないルークですら耳にしたことがあるほど知れ渡っていた。


――その(こと)()は神でさえも(あざむ)(もてあそ)ぶ。


そんな化け物じみた逸話を持つ傑物(てんさい)を、ただの一兵卒がやり過ごせるはずがない。どれほど抵抗しようと、それは小鳥が大鷲に爪を突き立てようとするくらい無謀なことだとルークは理解していた。


もちろん初めから抵抗する気などなかったので、青年は正直にこれまでの一部始終を打ち明けた。

とはいっても、話せることといえば自分が報告のため前線から舞い戻ったばかりだということ。そして到着した時には謁見の間はもぬけの殻で、既に総統閣下は息絶えていた、という些細な事実くらいだった。


「……と、いうわけで、こうなってたんです」

ほとんど中身のない証言を終えると、二人の間に静寂が満ちる。


息の詰まるような沈黙の後、宰相が突然男のほうへと近づいてくる。

(ちょっと待……わっ!?)

反射的に身構えた男の横を素通りし、カルヴィヌスは絨毯(じゅうたん)の上に倒れる骸の傍らで膝をつく。

「外傷はなし、鬱血など反応らしきものも見当たらない」

ひとつひとつ確かめるように、物言わぬ主に触れる。

「……亡くなられたのは間違いない、か」

淡々とした口調の奥に、かすかに異なる音色が含まれているような気がしたが、ルークにはそれが何なのかまでは分からなかった。


と、男が突然総統の下に潜り込むように這いつくばる。

智将と呼ばれた男の奇行に目を疑うルークを尻目に、宰相は倒れていた総統の体をかつぎ上げる。

「あの……いったい何を」

「このままにしておけると思うか?」

男の頼りない問いかけは、宰相の投げかけるもうひとつの問いかけにあっけなく遮られる。


状況を把握するのに精一杯で気に留める余裕すら無かったが、考えてみれば確かに総統をこんな所に放置しておくわけにはいかない。


とはいえ、総統に近づくことさえおそれ多いルークのような末端のものからすれば、自分ごときがその身に触れるなど許されるはずもないという心理的な抵抗感があった。


パニックに陥っていたことを抜きにしても、元よりそれは無理な話だった。


だがそうも言っていられない。

今この場にいるルークとカルヴィヌス以外の誰かが死体を目撃すれば事態は確実に悪化する。

今ここで騒ぎを大きくするメリットは何もない。


「いつまでそうしているつもりだ」

立ちつくしたまま思案を続ける男に、有無を言わさぬ口調でカルヴィヌスが告げる。

「お前も肩を貸せ」

呼び声にあわてて駆け寄り、もう一方の腕の下に体をくぐらせる。

息を合わせて立ち上がった瞬間、思わぬ重さによろめきかけたがどうにか持ち直す。

何かするたびに脂汗が止まらない。

「今より閣下を寝所(しんじょ)にお連れする」

そう言って宰相は扉のロックを開けた。

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