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目撃

「だ、だ、誰かッ! か、閣下が、閣下があっ!」

 糸の切れた操り人形のごとく横たわる亡骸(なきがら)を前に、悲鳴じみた声が響きわたる。

 悪の巣窟とはいえ、ここは戦場ではなく皇国の中枢たる闇の居城の最奥部である。そのうえ、その死体は誰あろう総統閣下そのひとなのだ。自分が忠誠を誓った組織のトップが息絶えているのを目の当たりにして混乱するなというほうが無理な話だった。

信じがたい光景を前に、伝令の男はパニックを隠そうともせず声を張り上げる。


 だが、長期化する侵攻作戦で軍勢のほとんどが出払っている中、男の叫びが誰かの耳に届く可能性は限りなくゼロに等しかった。


 そうでなくとも閣下の不興(ふきょう)ひとつで忠臣の首が飛ぶこの城で、一介の戦闘員がわめき散らしたところで、臣下の大半は「どうせいつもの『命乞い』か『断末魔』に決まっている」と、気にもとめないのがオチだ。

むしろそんな状況で積極的に関わろうとすれば、巻き添えで自分の身まで危うくなりかねない。


 血塗られた戒律に支配された暗黒の世界。

それが夢幻皇国エタニティ、そして総統ブロウディアという存在なのだと配下の誰もが知っていた。


 あいにくそんな環境で自分から厄介ごとに近づこうとする物好きはいない。

結局、男の声は誰の耳にも届くことなく、虚しく広間に響き渡るだけだった。


任務を果たせないばかりか、皇国の一大事にも役に立つことができない。

静けさを取り戻した城内で、ルークは己の無力さに肩を落とす。


いや。

そんな甘っちょろい話で済むならむしろ僥倖(ぎょうこう)かもしれない。

と、男の思考はそこで立ち止まる。


くずおれた総統閣下のすぐそばであわてふためく一兵卒の男。

どう見ても尋常ではないその状況で、誰かが騒ぎを聞きつけこの場にやって来たら。

そのうえ、閣下が息をしていないことが明らかになれば。


——まずい。

あまりにまず過ぎる。


自分のおかれた致命的状況にようやく気づいた男の頬を嫌な汗が伝う。

だが、彼がそのことに気づくには、ほんの少しばかり遅かったようだ。


遠くでかすかに聞こえた布地の翻る音に振り返ると、回廊と謁見の間を仕切るカーテンの向こうからこちらを見つめる法衣姿の男が視界に入る。


「貴様、一体何をして……」

そこまで口にした法衣の男の視線が足元に転がるものを捉える。

瞬間、周りに何十本もの針がばら撒かれたようなおぞましい寒気がルークの背筋を走る。


「わっ、わた、わた……っ」

私は何もしていません。

口を開くものの、まるで呪いにでもかかったように、たったそれだけのセリフが出てこない。


このままではまずい。まずすぎる。

喉を締めつけられたように喘ぎながら、ほんの少しでも己の無実を訴えようと足を踏み出したとき。

「あ、ぁ……のわッ!?」

前触れもなく世界がぐらりと傾く。

我が身を襲った異変の理由が、総統が身につけていたマントを踏みつけてしまったせいだと気づいたときには、すでに男の体は体制を整えるのが不可能なほどにバランスを失っていた。


あのとき、命乞いのためにマントを引っ張ったりしなければ。

いや、それ以前に総統閣下の異変に気づいてさえいれば。

天を仰ぐ男の脳裏を、走馬灯のごとくいくつもの後悔がよぎる。


直後、鼻先で風を切る気配がして、逃げ遅れた数本の前髪が男の体から別れを告げる。

それが、百歩以上離れた場所にいたはずの男が放った一撃だと気づいた直後。

「あが……ッ!?」

石畳に背中をしたたかに打ちつけ、衝撃と共に呼吸が止まる。


どうしてこんな目に。

白い閃光が頭の奥で瞬き、朦朧とする意識の中で青年は身の不運を嘆く。

だが、もしここで体勢を崩していなければ、ほんの数秒前に男の首は前髪と同じ運命をたどっていただろう。

むしろこの程度のダメージで済んだのは幸いといえた。


己の悪運を呪った数秒後に、その運の悪さに感謝する羽目になろうとは。

二転三転する境遇にめまいを覚えながら、よろよろと起き上がろうとした男の首筋に剣の切っ先が突きつけられる。


死神のごとくたたずんでいた男が前へと一歩踏み出すと、フードに覆われていた顔がようやく視界に入る。

その瞬間、ルークの全身が凍りついた。


目の前にいたのは、総統の側近である三人のうちに数えられるひとり、カルヴィヌスそのひとだった。


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