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城下町に着くと、人がにぎわう市場が多く見えた。
「わ~、すごい人」
『ここは、城下町だから』
「そうよね、城の下なら、すごくたくさん人がいるのも納得だわ」
アイシャはそう言って、馬車の外を楽しそうに見ている。
「私も、この城下町で買い物したいな」
『いいよ、今度行こう』
「約束ね」
小指を出してきたので、小指を絡ませる。
「約束」
ニコッと笑った。そのうち城に着き。
「王妃様、ただいま帰りました」
「ベルツはしゃべれるようになった?」
「それが、まだです」
マティスが王妃と話をしている。
「どうするの、音の子はどうなったの?」
「一緒に来ております」
王妃は、ベルツとアイシャを見て少し固まった。
「これは、手ごわいわ」
ベルツがアイシャを愛おしそうに見つめていたのだ。
「ベルツの事だから、あの女の子との関係を切りたくなくて、わざとキスをしないのでしょう?」
王妃はカンカンだった。
「王に相談しておきます」
「その前に会議の事ですけど、ベルツは出席で」
「は?」
王妃は困った顔をした。
「しゃべれないあの子が出るの?」
「だって、アイシャ様と約束してしまいましたから」
「あの子が通訳をするって事? それじゃあ、ちゃんとした言葉を話せるかテストしなくてはいけないわ」
「そうですね」
マティスは跪いた。
☆ ♪ ☆
その後、アイシャは、ベルツと二人、王妃と勉強させられていた。
「今日は、私の意見を聞いてくださり」
「今日は、私の意見を聞いてくれて」
「はい、間違えたわね」
アイシャは、正しい発音を教えられていた。
「あなたは、なまりがあるのね」
「ええ、まあ」
「その調子じゃ、ベルツが恥をかきます」
「すみません」
ベルツは、申し訳なくなってみていた。
(アイシャ、かわいそうだ)
心の中でそう思っていると。
「さ行の発音が少し変だわね」
「そうですか?」
アイシャは、一生懸命授業を受けている。
☆ ♪ ☆
その日の夕方、アイシャはベルツの所へ来ていた。
「音が合っているか、聞いてほしいのですが……」
『いいよ』
「さしすせそ」
『すが少し変』
「そう、す、す、す」
『今の合っていた』
「ありがとう」
二人でそんな話をしていた。
『あの、なんでそんなに頑張ってくれるの?』
「王子は、自信がなさそうなので、今度こそ自分ができるって思ったら、頑張っていける、そんな気がして、それのお手伝いをしてあげたいなと思ったのです」
『アイシャ……』
「インク壺も鈴も変って言ったら変です。でも、そのせいで、自分を失うのは、間違っていますよ」
『そうかもね』
「わかってくれるの? 私、がんばるから」
『うん、ありがとう』
アイシャは、部屋を出て行った。
(インク壺と鈴で自分を失っていた?)
アイシャの言葉に考えさせられた。
(俺は、自信がないんじゃなくて、自分が無いのか?)
少し焦った。
(アイシャには、そう見えていたのか?)
アイシャには、自分の無い、ダメな人間に見えていたのだろう。
(声が出ないと言う事を理由に自分を捨てているのか?)
冷や汗がポタポタと落ちる。
(俺は、間違っていたのか?)
初めて気づかされた、自分の無さ。
(アイシャには、芯があるんだ)
だから憧れて仕方がないのだろう。
(アイシャ)
アイシャといれば、いつか見つけられるのかもしれないと思うと、増々手放しがたくなってしまう。
(彼女は、音の子、運命の子なのだ。それは、本当に運命が引き寄せてくれたのかもしれない)
ドキドキと胸が高鳴る。