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次の日、道具が馬車に運ばれていく。アイシャは、エルガドの民族衣装で刺繍の形が花になっている服を着ていた。
『アイシャ、おはよう、今日も可愛いね』
「王子、村の人が、城へ行くって行ったら、お別れにこれを着て行ってくれって言うのよ」
『似合うよ』
「そうかしら? 田舎っぽくないかしら」
『そんなことないよ』
ベルツにしてみれば、アイシャが着てさえいれば、どんな服だってかわいく見えているようだ。
「王子、田舎風だって言ってくださいよ」
「では、私が言おう、田舎娘!」
マティスが怒ってそう言う。
「田舎娘とは何よ、服の事を聞いているんじゃない」
「そうか、それなら、その服から着替えなさい、城にふさわしくないから」
「……はい」
アイシャは、少し落ち込んだように見えた。
『マティス、いくら何でも言い過ぎだよ』
「そんなことはない、彼女が側室にでもなった日には、ドレスコードの分からない女だと馬鹿にされますよ」
『そうか……』
アイシャが陰口をたたかれるのは、嫌だと思っていた。
「ほめるのだけが、優しさじゃないですよ」
『マティス……そうだね』
ベルツもマティスに賛成した。
「やめてください」
ある家からアイシャの悲鳴がした。
(何事だ?)
走って見に行くと、アイシャは、コルセットを付けられていた。
「いひゃい、いひゃい」
「我慢しなさい」
そっとベルツは下がった。
『アイシャにドレスを着せるの?』
「ええ」
女達は、何事もなかったようにそう言う。
(アイシャは、山育ちなんだ。コルセットなんてかわいそうだ)
そう思うが、マティスに言われたことを思い出した。
『ドレスコードの分からない女だと馬鹿にされる』
(アイシャ、ごめん)
心の中で謝った。
☆ ♪ ☆
そして、三十分後、アイシャは、ドレスを着て出てきた。
「そ、その~、似合うかしら?」
薄紫をした、花のビジューが散りばめられているドレスを恥ずかしそうに揺らして出てきたアイシャは、とても美しかった。
『ステキだ』
「そんな、馬子にも衣装です。品がいいのですよ」
ベルツは、アイシャの手を取り心から伝えた。
「美しいよ、アイシャ、この世の何よりも」
手を繋いで伝えると、アイシャは嫌がるのだ。
『ごめん、嫌だった?』
「嫌って言うか、良い声過ぎるのですよ」
(アイシャは、気負わないようにそう言ってくれているんだろうな)
心の中でそう思っていた。
(きっと聞くに堪えない音なのだろう)
シュンと落ち込んだ。
「それにしても、この靴、歩きづらいわね」
アイシャが一歩前に出ると、ふらつく、そして、前に倒れてきた。
(大変だ)
とっさにベルツが受け止めると、抱き合う形なってしまった。
「あの、王子」
さっと手を離して。
『ごめん』
謝った。
「いえ、ちょっと恥ずかしかっただけですから」
正直ベルツは、ドキドキが止まらない様子だった。頬が熱くなり、恥ずかしさを隠そうとした。
「王子?」
『なんでもない』
「もしかして、王子も恥ずかしいのですか?」
図星をつかれて困っていると。
「そうだと、うれしいかな」
アイシャは、笑顔でそう言った。
(アイシャ、なんて美しいんだろう)
ボーと見とれていた。
「王子、王子~!」
『ごめん、見とれていた』
「王子は、乗せるのが上手ですね」
アイシャは、尚も笑顔だ。
(アイシャ、アイシャ、アイシャ)
心の中は、アイシャでいっぱいだった。
「さあ、馬車が出発しますよ」
馬車にアイシャと、向かい合って乗ると、アイシャの化粧をしてある美しい顔がよく見えるのだった。
(美しい……)
見惚れていた。
「あの、王子、さっきから変ですよ」
『な、なんでもない』
焦ってそう書くが、心臓は言う事を聞いてくれない。
二人は、沈黙して馬車の中にいた。
ガタガタ馬車は走り、進んでいく。
☆ ♪ ☆
そして、一日目の宿に着いた。
「ふ~、ドレスってきつい」
アイシャは、そう言って、宿の中で着替えてしまっていた。
「ベルツ、アイシャちゃんのキスはゲットしたか?」
マティスがそう聞いてくるので。
『いいや』
と答えた。
「せっかく、アイシャちゃんといい雰囲気になるようにしてあげたのにな~」
マティスが楽しそうにそう言う。
☆ ♪ ☆
その夜、水浴びを終えて、中に入ってきたアイシャがいた。
『アイシャ』
鈴の音に気が付いたのか、振り返って、紙を見た。
「王子、やっぱり、水は冷たいわよ」
『うん、体が冷えちゃうよね』
アイシャの隣に座ると、微妙に濡れた髪の毛が気になった。
『冷たそうだね』
「はい、手が中々温まらなくて」
ベルツは、アイシャの手を取った。
「温かくなるように」
「ば、王子のバカ」
アイシャは、真っ赤な顔をしている。
「そんな甘い声で言われたら恥ずかしくなるでしょう」
『甘い声?』
どうやら、アイシャには、ベルツの声が甘く聞こえているのだと思い。
『本当に、良い声なの?』
「いい声すぎて嫌になる位よ」
アイシャはため息をつき。
「あなたがしゃべれるようにならなければいいのに、そうしたら、この声も私にしか聞こえないから」
(!)
ベルツは、アイシャが優しく頬に触れた手を愛おしく思った。
(アイシャも少しは、俺の事を気になってはいるのかな?)
ドキドキと高鳴る心臓。
アイシャは、二階の部屋に向かうのか、部屋を出て行った。入れ替わりにマティスが来た。
「ベルツ、アイシャちゃんとキスしたか?」
『いいや』
「しっかりしろよ、お前」
マティスは、一生懸命怒っている。
(でも、いやなんだ。アイシャとのつながりを絶つのは)
心の中で、ずるいとわかっていてもできない事なのだ。
(アイシャ……)
手の冷たさにほんのり感じたアイシャの体温、暖かくて、離したくないような、そんな気持ちだった。
☆ ♪ ☆
次の日、馬車は、出発した。アイシャは、村娘の格好で座っている。
「王子、今日は、城まで行くのですよね」
『うん』
「大丈夫ですかね?」
アイシャの不安もわかるのだ。アイシャは、山奥の出身なので、慣れないことも多いだろうから。
『大丈夫』
アイシャにそう書いて、紙を見せた。
「そうですね」
アイシャは、暖かくそう言った。
(アイシャが好きだな)
ベルツはまた想っていた。