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次の日、また、馬車で二人きりになった。
「王子、その、私のおじって変わった人ですけど、仲良くしてくださいね」
『もちろん、アイシャの家族だもの』
ベルツは、笑顔でそう書いた。
「でも、王子、一時だけの付き合いなのですから」
『……そんなこと言わないで、アイシャは大事だよ』
「王子、勘違いしてしまいます」
アイシャが顔を赤らめてそう言う。
(勘違いって、好きって事?)
今ならかけるかもしれない。
『アイシャが――』
書けなかった。
「どうしたのですか?」
『何でもないですよ』
ごまかした。
そのうち、馬車は、エルガドに着いた。エルガド村は、本当に緑色しかない様な村だった。
☆ ♪ ☆
「わ~やっぱり、緑がきれい」
浮かれているアイシャを見ていた。
「みてください猫じゃらしですよ」
一本取ってアイシャがはしゃいでいる。
(アイシャ……かわいい)
心の中でそう思っていると、首の方で、むず痒い感じがした。
(!)
「猫じゃらしですよ、やりませんでしたか?」
『私には、そんなことをしてくれる人はいませんでした』
「あっ、ごめんなさい、王子ですものね」
アイシャが、ぱっと離れた。
(悪いことを言ってしまった)
アイシャは、笑ってくれると思ったのだろう。でも、アイシャの当たり前とベルツの当たり前は違うのだ。なんだか、溝があるような気がして、少ししょんぼりしていた。
「さあ、道具を運びましょう」
みんなが、荷物をエルガド村に運んでいた。山の奥へ進んでいくと、開けた場所に出た。
(村だ!)
喜んでいると。
「アイシャ、おかえり」
「ラティ、待っていてくれたの?」
アイシャの頭を撫でる、ラティと言う男は若く、二人は仲が良く見えた。
(アイシャの恋人?)
少しそう見えてしまった。
「あら、アイシャ」
「カム姉、ラティとうまくやっている?」
「ええ、もちろんよ」
カム姉は、優しそうな若い女の人だ。
「王子、紹介します、ラティとカム姉、夫婦なんだ」
『よろしくお願いします』
「へ~、筆談、しゃべれないの?」
『はい』
「ごめんね、アイシャは、学者のおじに文字を習っているけど、僕等は、読めなくて……」
「よろしくって、言っているのよ」
「そうか、よろしく」
アイシャに助けられた。
(そうか、城下街みたいには、通じないところなんだ)
アイシャが文字を読めたのが、奇跡なのだと改めて思った。
(運命だったんだ)
急にモンネの言っていたことが正しいような気がしてきた。
「みんな、王子が食料を持って来てくれたわよ」
アイシャがそう叫ぶと、辺りから人が集まってくる。
(二、三十? いや、四、五十はいるな)
山奥なのに人口が多い気がした。
(だから、食料が無くなるんだ)
心の中で、何人か、移住するべきだと思った。
「それじゃあ、王子、最後に私の家族を紹介します」
『うん、よろしく』
ドキドキしていると。
「ばっちゃ、じっちゃ~」
畑仕事をしている、汚れた服のおじいさんとおばあさんがいた。
「あら~、アイシャ」
おばあちゃんの方にアイシャが抱き着く。
「ばっちゃ、今日は、お土産持ってきたわよ」
「本当か」
二人は、喜んでついて来る。
「それより、タケカに言わなくていいのか?」
「タケカは、研究中でしょう」
「でも、言わなかったって拗ねよる」
「そうね、言っておくわ」
アイシャは、さらに山奥へ入って行く。
『アイシャ』
「王子、そう言えば、言っていませんでしたね。タケカは、おじです」
(それは、話の流れからなんとなくわかったけど……)
「タケカは、研究ばかりしているのです」
そう言って、木と木の間にドアがあった。
「タケカ!」
「おう、アイシャか」
タケカは、アイシャの目によく似ている。茶髪の男だった。不思議なメガネをしていて、腰に袋をいっぱい下げている。
「おっ、新しい研究員か?」
インク壺と鈴を見て研究していると思ったようだ。
「彼は、ベルツ王子、しゃべれないの」
「へ~」
「それで、私が、王子の音を間違ってもらっちゃったらしいの」
「ほ~! 面白い、話を聞かせてくれ」
タケカは燃えていた。
『はい、いいですよ』
「おう、ベルツ王子だったな、私の姪が迷惑をかけたようですね」
『い、いえ』
「謙遜なさらず、このじゃじゃ馬ですから、王子に迷惑ばかりかけていたのでは、ありませんか?」
『い、いえ……』
「優しいな王子、そこまでアイシャをかばわなくてもいいんだぞ」
『かばってません』
「アイシャ、礼を言えよ」
「王子、いつもありがとうございます」
『あ、あの~』
タケカは、全くベルツの事を気にしていないようだ。
「まあ、不敬罪にだけはしないでくださいね」
「もう、タケカ!」
アイシャは、怒っている。
(面白い人だな)
「それより飯だ。持ってきたか?」
「持ってきたわよ、外で、みんな食べているわ」
「そうか、急ぐぞ」
メガネをはずして腰の袋を置いて髪をとかすと、普通の人になった。
「さあ、行こう」
「王子、タケカは、すごい人なのよ、井戸を見つけたり、金を掘り出したりしたの、だから、誰も研究を止めたりしないのよ」
『そうなのか』
ベルツも感心していた。
「でも、少し変な人よね」
『面白くて、いいじゃないですか』
「王子は、心が広いのですね」
アイシャは、ため息をついてそう言った。
☆ ♪ ☆
広場にでると、大きな鍋でスープが作られていた。
「おいしいわね」
「おいしいわ」
口々にみんなそう言っている。
アイシャはスープを配りに駆けまわっていた。
「アイシャ」
「アイシャちゃん、ありがとうね」
「いえいえ」
一人一人にスープを配るアイシャは天使のようだった。
(アイシャ……)
アイシャがますます好きになったような気がした。
「王子、王子もどうぞ」
エルガド村の民に手を取られて、行くと、みんなで輪になって食事をした。
(楽しい)
城では、味わえない事なので、とても面白かった。
「お兄さん何で、鈴をつけているの?」
子供にそう言われて、ジェスチャーでしゃべれないのだと言った。
「しゃべれないの、変なの~」
「こら!」
子供は、怒られてしまった。
(変か、いつも言われていたから慣れてしまったよ)
空を見上げそう思う。
(ここは、空がきれいだな)
そう思って、ぼ~とする。
☆ ♪ ☆
食事を終えて、みんなが皿を返しに来た。
「はーい、はーい」
受け取る度に、はーいとアイシャが言う。
「はーい、はーい」
「ねえ、お兄ちゃん」
さっきの子供が袖をつかむ。
「ごめんね、変なんて言って」
「……」
何といえばいいのかわからなかったので、とりあえず、笑った。
「許してくれるの?」
頷いた。
「ありがとう」
(この村の人達は、ちゃんと反省できるんだな)
城ではこんなことは無かった。
(アイシャの言う通り、便利だけが必要だと言うわけでもないのだな)
改めてそう思っていた。
『アイシャ、ありがとう』
「いえいえ」
アイシャがいなかったら、何もかも知らないままだっただろう、人のぬくもりや優しさと言う物を。
(アイシャは、運命の人だよ!)
心の中で強くそう思った。
アイシャは、原っぱに寝転んだ。
「う~ん、気持ちいい」
体を伸ばして空を見る。
「ここの空はきれいでしょう」
『うん』
「何もかも忘れちゃうくらいにね」
『そうだね』
二人で横に並んでいた。
(こんな時間が続けばいいのに)
心の中でそう思った。
しかし、すぐに知らせが来た。
「アギストで、会議があるそうです」
マティスがそう言って困っている。
『わかった』
(アイシャとお別れか?)
「ベルツ様は、自由参加ですから、アイシャ様ともう少しだけ一緒にいてもよいのですよ」
(俺は、しゃべれないから出る意味がないのだ)
「王子、もしかして、休む気ですか?」
『うん』
「ダメです。大事な会議ですよ」
『でも、私が行っても……』
「私も行きます」
「えっ?」
マティスが驚いている。
「私が通訳になれば、何の問題も起きないでしょう」
「そうですね」
マティスは、怪しく笑い。
「じゃあ、王城まで、アイシャ様も連れて帰ることにします」
「上等じゃない」
「では、準備を」
マティスはアイシャに聞こえないように。
「まだ、アイシャちゃんと一緒にいられるな」
と喜んでいた。
(本当だ。なんてチャンスなんだ)
心が躍るようだった。
『アイシャ、ありがとう』
「あら、王子、当然の事よ、それはいいけど、今回の仕事の分、お金を上乗せしてくださいね」
アイシャは、笑顔でそう言った。
『もちろん、いいよ』
アイシャは、みんなの所へかけて行った。
「アイシャちゃんは、かわいいな」
『そうでしょう』
「ベルツは、アイシャちゃんの事好きなんだもんな」
『そ、それは……』
「関係を長く持っていたいから、キスしないとかは許さないからな」
マティスは、ベルツの考えを読んだようにそう言った。
『大丈夫だよ』
「そうか」
まさか、アイシャといるためにキスをしないとは、言えなくなった。
(どうすればいいんだ)
マティスは、正しいのだ。だが、認めたくない。
(アイシャが離れちゃう)
アイシャは、エルガド村を誇りに思っているのだ。王子の嫁などになるつもりは、欠けらもないのだろう。
(は~)
ため息をついた。
(アイシャを手に入れるのは、とても難しい)
そう思っていた時、アイシャが走ってきて。
「王子、王子の声はとてもステキですから、きっと聞いた人は、びっくりすると思いますよ」
アイシャは、慰めでそう言ってくれたのかもしれない、でも、うれしかった。
(醜い声でも、きれいな声でも、アイシャがいないとつまらない)
そう思ってしまう。
『アイシャの声もステキだよ』
「私の声なんて、普通です」
ベルツは優しく微笑むだけだった。
「王子、会議の事は、心配いりませんよ」
アイシャから見て、ベルツの笑顔は、不安そうに見えたのかもしれない、だから、心配されてしまった。
『心配してないよ』
今度は、精一杯笑った。
「そう、それじゃあ、また」
アイシャは、走っていなくなった。
(本当は、アイシャの事で悩んでいるのに……)
しかし、アイシャには、心配はかけられない。
(元気にしておかないとな)
心を入れ替えた。