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音の子  作者: 花言葉
王子との恋の行方
23/24

2

 そして、成人の日が来た。儀式のため会場は人がたくさん来ていた。

「王子」

 アイシャは、地味なドレスに身を包み、ベルツの前へ現れた。

「アイシャ、君は、姫になる人だよ、そんな恰好じゃ平民だよ」

「平民ですから、いいのです」

 アイシャは、そう言って、部屋を出て行った。

(私は、陰で見守るのよ)

 ベルツと離れ難く、残ってはいたが、ベルツに望まれるのは、場違いな感じがして心苦しい。

(魔法使いが魔法をかけないと、私は、変われない)

 スカートの裾を持って、くるっと回った。

「あら、アイシャさん、ダンスでもなさるの」

「一応、レッスンは受けておりますから」

 苦笑いして、侍女にそう答えた。

(今日は、踊らないのに……)

 少しばかり、心がシュンとした。

「今日は、王子の花嫁選びをするらしいわ」

「本当、ベルツ王子って格好いいものね」

 女達は、そう言って、廊下を通り過ぎていく。

(私に気が付いていないのね)

 階段の横に隠れていたので、気が付かなかったのだろう。

(王子の花嫁選びか……ちゃんと、いい子をつかまえられるといいわね)

 自分も参加するべきか悩んでいた。

 そして、成人の儀開始、二時間前。

「いましたよ、アイシャさんをつかまえて下さい」

 ベティが、張り切ってそう言う。

(何?)

 アイシャは、分からないまま、連れていかれた。女達に担がれて、急いでどこかへ運ばれる。

(何なの~!)

 そして、ドレスルームについて、下におろされた。

「一体何を――」

「王子が、ケルペット夫人に謝る際に、アイシャ様をみんなの前に出すそうです。それで、恥じない衣装をとのことです」

「なるほど」

(それなら仕方がないか)

 黙ってコルセットをつけられていると。

「アイシャさん、幸せになってくださいね」

(へっ?)

 もしかして、花嫁としてならばされるの?

 今着せられているドレスは、ピンク色の物で、ふわふわした生地がスカートを覆う、かわいらしい物である。胸元は、デコルテを見せるようにしてあり、最新流行である。

(まさかね)

 少し疑いを持っていたが、ベティは、せっせと働いていた。

(気のせいか)

 それよりも、ケルペット夫人が、そう簡単に許してくれるわけがないのだ。

(どうしようかしら?)

 悩ましいところであった。

 そうしているうちに、ドレスの支度が終わり、ダイヤモンドのペンダントとイヤリングをつけて、アイシャはだいぶ大人っぽくなった。

「素敵ですね、アイシャさん」

「そうかな?」

(貴族の流行は、こういう格好なのね)

 動きづらいので、戸惑っていると。

「大丈夫ですよ、みっちりレッスンしたじゃないですか」

 ベティは熱くそう言う。

(そうだ。私は、レッスンがんばったんだ)

 ベルツに甘えないように、必死にレディを目指して、練習したのだ。

 ――それは、なんのためだったの?

(王子に認めて欲しかったから、私が、城にいていいと)

 心の中でそう思っていた。

「アイシャさん、前を向いてください。ほら」

 鏡に映ったアイシャは、姫以外の何物でもなかった。

(魔法みたい)

 少しだけ笑みがこぼれた。

「よかった。これで、ベルツ王子も喜びます」

 アイシャの髪は、ティアラが乗せられていて、軽く巻かれている。

(王子にふさわしい私へ……)

 心が浮き立つ。


☆ ♪ ☆


 そして、会場へ向かうと、どこの女性もきらびやかなドレスを着ていた。

(私、負けている?)

 そう思って委縮していると。

「顔を上げて、堂々と、弱く見えたらそこで負けです」

 ベティが力強くそう言ってくれたので、上を向いた。

「ごきげんよう」

「ご、ごきげんよう」

 相手の女性は、知らない女性だったが、少しアイシャに気後れした様だった。

(私にも出来るのね)

 姫としての、あいさつが出来るのだ。

 会場は、レース布で飾り立てられていて、きれいなホールになっていた。後は、ベルツが揃えば、完ぺきである。

「あら、アイシャじゃありませんの?」

 嫌なことにケルペット夫人と出会ってしまった。

「よくも、この前は、犯人扱いしてくれたわね」

「パ、パーティーでは、そう言う話題は避けた方がいいですよ」

 強気でそう言った。

「そうね、これは、パーティーですものね」

 ケルペット夫人は、嫌味に聞こえるようにそう言った。

「はい」

 笑顔で返事をした。すると、ケルペット夫人は、困った顔をした。

(突っかかってくると思っていたわ)

 アイシャは、勝ったような気がした。

「ベルツ王子ってどんな人かしら?」

「とてもステキな声を持った王子らしいわ」

 ベルツの声の話は、メイド達によって全土に広まっていたのだ。

(王子、私がわかるかな?)

 ドレスの人々に埋もれている様に感じた。

(いけない、前を向いていなくちゃ)

 顔を上げると、開会式が始まった。王の長い祝辞を聞いた後、ベルツ王子が登場することになった。

(王子……)

 舞台を見つめていると、人が入って来た。

(!)

 つい、アイシャは驚いてしまった。

(なんで、インク壺と鈴をつけているの?)

 そう、ベルツは、しゃべれない時の格好で来たのだ。

「やだ~、あれが王子?」

 人々は声を濁らせる。

「ちがう、王子は、もっとかっこいいの」

 アイシャは、大声でそう言っていた。

『アイシャ、ありがとう』

 紙にそう書いて、紙束とインク壺と鈴を置いた。そして、服を整える。

「皆さん、驚いたでしょう、あれが私の真の姿です」

 ベルツの声は、とてもよく通るいい声だった。

「あの姿の私は、どこの国の姫も愛してはくれませんでした」

 ベルツは、皮肉のようにそう言った。

「ただ一人、変だと言わなかった女性がいた。それが、アイシャ・カーネストと言う女性だ」

 ベルツは、舞台から降りて、アイシャの元へ向かってくる。

(えっえっ? 何?)

 ベルツは、アイシャの手を取り。

「この女性が、アイシャ・カーネストだ」

 そう言って、手を上に掲げた。

「王子?」

 戸惑っていると。

「この女性を姫として迎えたい」

(王子~!)

 アイシャは、さらにパニックになった。

(何で、何で?)

「アイシャ、いきなりでごめん、ダンスを一曲踊ってくれるかい?」

「えっ、ええ」

 アイシャは、震える手で、歩み出した。

「ちょっと、聞いてないわよ、もう決まっていたなんて」

「どういう事よ」

 辺りの女性は、手のひらを返したように、文句を言う。

「皆さん、今のあなた達は、しゃべれない、さっきのダサい男を愛せますか?」

 ベルツが苦笑いしてそう言った。すると、みんな固まってしまった。

「愛せないと言う事ですね」

「私は、愛せるわ」

 場違いな女性がそう言った。

「本当に? 私があの格好で四六時中いても?」

「えっえっと……」

 その女は黙った。

「私は、決めていたのだ。成人したら、アイシャと結婚すると」

 ベルツは高らかにそう言った。

 そして、ダンスが始まった。ワルツが流れる会場では、くるくる回る男女でいっぱいになった。

「王子、本当に良いのですか?」

「ああ」

 ベルツは、嬉しそうにアイシャを見つめている。

 舞台にいる、王妃と王は。

「まさか、ベルツがあんなことをするとはな」

「そうね、あんなことを言われたら、認めるしかないわね」

 二人は、渋々認めたようだった。


☆ ♪ ☆


 ダンスは、二曲目に入っていた。

「王子は、他の人とは踊らないのですか?」

「うん、アイシャは、ダンスの練習がんばったんだね」

 一糸乱れぬステップは、教育者の力だと認められる。

「みんな、がんばってくれたのよ」

「そうか」

 曲の途中、ベルツは、アイシャを抱き上げた。

「きゃあ」

「外へ行こう、ここは人が多すぎる」

 ベルツは、そう言って、アイシャを運んだ。


☆ ♪ ☆


 庭に出ると、ベルツは、ベンチにアイシャを置いた。

「靴擦れしているでしょう」

 ベルツは、そう言って、アイシャの靴を脱がせる。

「えっ、何でわかったのですか?」

「ステップの力が入る場所が、少しずつずれていた。あれは、痛かったからだったのでしょう」

 ベルツは、そう言って、アイシャの足を見ている。

「その、つっ……」

 ベルツが痛みを感じる場所を触った。

「赤くなっているね」

「ごめんなさい、慣れていなくて」

「いいよ、これから、少しずつ慣れて行けばいいのさ」

 ベルツは、そう言って、隣に座った。

「アイシャは、エルガドが恋しいかい?」

「えっ、そうね、少し」

「君は、音の子と言う運命を背負いここまで来た。君が字を読めたのも、学者のおじがいたのも、運命だったのだと思う」

「初めて会った時、私は王子を学者だと思っていたのだったわね」

「そうそう、私には、それがうれしかった」

「そうかしら、失礼じゃない?」

「そこがよかったんじゃないか」

 ベルツは、一生懸命そう言ってくる。

「私は、いつも、変だと言われ続けた。だから、君の反応は、とても新鮮で驚きに値するものだったと思う」

「そう」

 足が痛むが、心は温かかった。

「すぐに、ベティを連れてくる。動かないで待っていて」

 ベルツは、そう言っていなくなった。

「あ~、なんだか、私の心配って何だったのかしら」

 ため息をついていると、月が優しく見守っている。

「きれい」

 すべて忘れるぐらいの美しい庭。

「そう言えば、庭って来たことがなかったわね」

 ふふっ、とアイシャは笑った。

「アイシャさん」

 ベティが、救急箱を持って現れた。

「軟膏を塗って布を巻きましょう。布を撒けば、今晩のパーティー位は耐えられるでしょう」

「ありがとうベティ」

 アイシャは、優しい声でそう言った。

「アイシャ、無理なら、ここにいてもいいんだよ」

「だめよ、最後にあいさつをするわ」

「そうか」

 布を巻いたところを靴に隠して見えないようにした。そして、堂々と会場に入って行った。

「ベルツ王子」

 みんなが声をかけてくる。

「アイシャ・カーネストと申します。出身は、エルガドです。思いっきり庶民です。でも、私は、ベルツ王子が大好きです」

「まあ」

 辺りの人は、拍手を送った。


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