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そして、成人の日が来た。儀式のため会場は人がたくさん来ていた。
「王子」
アイシャは、地味なドレスに身を包み、ベルツの前へ現れた。
「アイシャ、君は、姫になる人だよ、そんな恰好じゃ平民だよ」
「平民ですから、いいのです」
アイシャは、そう言って、部屋を出て行った。
(私は、陰で見守るのよ)
ベルツと離れ難く、残ってはいたが、ベルツに望まれるのは、場違いな感じがして心苦しい。
(魔法使いが魔法をかけないと、私は、変われない)
スカートの裾を持って、くるっと回った。
「あら、アイシャさん、ダンスでもなさるの」
「一応、レッスンは受けておりますから」
苦笑いして、侍女にそう答えた。
(今日は、踊らないのに……)
少しばかり、心がシュンとした。
「今日は、王子の花嫁選びをするらしいわ」
「本当、ベルツ王子って格好いいものね」
女達は、そう言って、廊下を通り過ぎていく。
(私に気が付いていないのね)
階段の横に隠れていたので、気が付かなかったのだろう。
(王子の花嫁選びか……ちゃんと、いい子をつかまえられるといいわね)
自分も参加するべきか悩んでいた。
そして、成人の儀開始、二時間前。
「いましたよ、アイシャさんをつかまえて下さい」
ベティが、張り切ってそう言う。
(何?)
アイシャは、分からないまま、連れていかれた。女達に担がれて、急いでどこかへ運ばれる。
(何なの~!)
そして、ドレスルームについて、下におろされた。
「一体何を――」
「王子が、ケルペット夫人に謝る際に、アイシャ様をみんなの前に出すそうです。それで、恥じない衣装をとのことです」
「なるほど」
(それなら仕方がないか)
黙ってコルセットをつけられていると。
「アイシャさん、幸せになってくださいね」
(へっ?)
もしかして、花嫁としてならばされるの?
今着せられているドレスは、ピンク色の物で、ふわふわした生地がスカートを覆う、かわいらしい物である。胸元は、デコルテを見せるようにしてあり、最新流行である。
(まさかね)
少し疑いを持っていたが、ベティは、せっせと働いていた。
(気のせいか)
それよりも、ケルペット夫人が、そう簡単に許してくれるわけがないのだ。
(どうしようかしら?)
悩ましいところであった。
そうしているうちに、ドレスの支度が終わり、ダイヤモンドのペンダントとイヤリングをつけて、アイシャはだいぶ大人っぽくなった。
「素敵ですね、アイシャさん」
「そうかな?」
(貴族の流行は、こういう格好なのね)
動きづらいので、戸惑っていると。
「大丈夫ですよ、みっちりレッスンしたじゃないですか」
ベティは熱くそう言う。
(そうだ。私は、レッスンがんばったんだ)
ベルツに甘えないように、必死にレディを目指して、練習したのだ。
――それは、なんのためだったの?
(王子に認めて欲しかったから、私が、城にいていいと)
心の中でそう思っていた。
「アイシャさん、前を向いてください。ほら」
鏡に映ったアイシャは、姫以外の何物でもなかった。
(魔法みたい)
少しだけ笑みがこぼれた。
「よかった。これで、ベルツ王子も喜びます」
アイシャの髪は、ティアラが乗せられていて、軽く巻かれている。
(王子にふさわしい私へ……)
心が浮き立つ。
☆ ♪ ☆
そして、会場へ向かうと、どこの女性もきらびやかなドレスを着ていた。
(私、負けている?)
そう思って委縮していると。
「顔を上げて、堂々と、弱く見えたらそこで負けです」
ベティが力強くそう言ってくれたので、上を向いた。
「ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう」
相手の女性は、知らない女性だったが、少しアイシャに気後れした様だった。
(私にも出来るのね)
姫としての、あいさつが出来るのだ。
会場は、レース布で飾り立てられていて、きれいなホールになっていた。後は、ベルツが揃えば、完ぺきである。
「あら、アイシャじゃありませんの?」
嫌なことにケルペット夫人と出会ってしまった。
「よくも、この前は、犯人扱いしてくれたわね」
「パ、パーティーでは、そう言う話題は避けた方がいいですよ」
強気でそう言った。
「そうね、これは、パーティーですものね」
ケルペット夫人は、嫌味に聞こえるようにそう言った。
「はい」
笑顔で返事をした。すると、ケルペット夫人は、困った顔をした。
(突っかかってくると思っていたわ)
アイシャは、勝ったような気がした。
「ベルツ王子ってどんな人かしら?」
「とてもステキな声を持った王子らしいわ」
ベルツの声の話は、メイド達によって全土に広まっていたのだ。
(王子、私がわかるかな?)
ドレスの人々に埋もれている様に感じた。
(いけない、前を向いていなくちゃ)
顔を上げると、開会式が始まった。王の長い祝辞を聞いた後、ベルツ王子が登場することになった。
(王子……)
舞台を見つめていると、人が入って来た。
(!)
つい、アイシャは驚いてしまった。
(なんで、インク壺と鈴をつけているの?)
そう、ベルツは、しゃべれない時の格好で来たのだ。
「やだ~、あれが王子?」
人々は声を濁らせる。
「ちがう、王子は、もっとかっこいいの」
アイシャは、大声でそう言っていた。
『アイシャ、ありがとう』
紙にそう書いて、紙束とインク壺と鈴を置いた。そして、服を整える。
「皆さん、驚いたでしょう、あれが私の真の姿です」
ベルツの声は、とてもよく通るいい声だった。
「あの姿の私は、どこの国の姫も愛してはくれませんでした」
ベルツは、皮肉のようにそう言った。
「ただ一人、変だと言わなかった女性がいた。それが、アイシャ・カーネストと言う女性だ」
ベルツは、舞台から降りて、アイシャの元へ向かってくる。
(えっえっ? 何?)
ベルツは、アイシャの手を取り。
「この女性が、アイシャ・カーネストだ」
そう言って、手を上に掲げた。
「王子?」
戸惑っていると。
「この女性を姫として迎えたい」
(王子~!)
アイシャは、さらにパニックになった。
(何で、何で?)
「アイシャ、いきなりでごめん、ダンスを一曲踊ってくれるかい?」
「えっ、ええ」
アイシャは、震える手で、歩み出した。
「ちょっと、聞いてないわよ、もう決まっていたなんて」
「どういう事よ」
辺りの女性は、手のひらを返したように、文句を言う。
「皆さん、今のあなた達は、しゃべれない、さっきのダサい男を愛せますか?」
ベルツが苦笑いしてそう言った。すると、みんな固まってしまった。
「愛せないと言う事ですね」
「私は、愛せるわ」
場違いな女性がそう言った。
「本当に? 私があの格好で四六時中いても?」
「えっえっと……」
その女は黙った。
「私は、決めていたのだ。成人したら、アイシャと結婚すると」
ベルツは高らかにそう言った。
そして、ダンスが始まった。ワルツが流れる会場では、くるくる回る男女でいっぱいになった。
「王子、本当に良いのですか?」
「ああ」
ベルツは、嬉しそうにアイシャを見つめている。
舞台にいる、王妃と王は。
「まさか、ベルツがあんなことをするとはな」
「そうね、あんなことを言われたら、認めるしかないわね」
二人は、渋々認めたようだった。
☆ ♪ ☆
ダンスは、二曲目に入っていた。
「王子は、他の人とは踊らないのですか?」
「うん、アイシャは、ダンスの練習がんばったんだね」
一糸乱れぬステップは、教育者の力だと認められる。
「みんな、がんばってくれたのよ」
「そうか」
曲の途中、ベルツは、アイシャを抱き上げた。
「きゃあ」
「外へ行こう、ここは人が多すぎる」
ベルツは、そう言って、アイシャを運んだ。
☆ ♪ ☆
庭に出ると、ベルツは、ベンチにアイシャを置いた。
「靴擦れしているでしょう」
ベルツは、そう言って、アイシャの靴を脱がせる。
「えっ、何でわかったのですか?」
「ステップの力が入る場所が、少しずつずれていた。あれは、痛かったからだったのでしょう」
ベルツは、そう言って、アイシャの足を見ている。
「その、つっ……」
ベルツが痛みを感じる場所を触った。
「赤くなっているね」
「ごめんなさい、慣れていなくて」
「いいよ、これから、少しずつ慣れて行けばいいのさ」
ベルツは、そう言って、隣に座った。
「アイシャは、エルガドが恋しいかい?」
「えっ、そうね、少し」
「君は、音の子と言う運命を背負いここまで来た。君が字を読めたのも、学者のおじがいたのも、運命だったのだと思う」
「初めて会った時、私は王子を学者だと思っていたのだったわね」
「そうそう、私には、それがうれしかった」
「そうかしら、失礼じゃない?」
「そこがよかったんじゃないか」
ベルツは、一生懸命そう言ってくる。
「私は、いつも、変だと言われ続けた。だから、君の反応は、とても新鮮で驚きに値するものだったと思う」
「そう」
足が痛むが、心は温かかった。
「すぐに、ベティを連れてくる。動かないで待っていて」
ベルツは、そう言っていなくなった。
「あ~、なんだか、私の心配って何だったのかしら」
ため息をついていると、月が優しく見守っている。
「きれい」
すべて忘れるぐらいの美しい庭。
「そう言えば、庭って来たことがなかったわね」
ふふっ、とアイシャは笑った。
「アイシャさん」
ベティが、救急箱を持って現れた。
「軟膏を塗って布を巻きましょう。布を撒けば、今晩のパーティー位は耐えられるでしょう」
「ありがとうベティ」
アイシャは、優しい声でそう言った。
「アイシャ、無理なら、ここにいてもいいんだよ」
「だめよ、最後にあいさつをするわ」
「そうか」
布を巻いたところを靴に隠して見えないようにした。そして、堂々と会場に入って行った。
「ベルツ王子」
みんなが声をかけてくる。
「アイシャ・カーネストと申します。出身は、エルガドです。思いっきり庶民です。でも、私は、ベルツ王子が大好きです」
「まあ」
辺りの人は、拍手を送った。




