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そのころ、ベルツは、マティスといた。
「よく考えるんだ。アイシャちゃんが立てこもっているのは、なぜかって」
『アイシャは、姫になりたくないからね』
ベルツは少し不機嫌だ。
(あれだけ伝えたのに、まだダメなのか)
イライラしてしまっていた。
「ベルツは、庶民と王子の結婚を簡単に考えすぎだと思うぞ」
マティスはそう言って、ベルツを見る。
『そんなに大変なことなのかな?』
「それりゃあ、国と国をつなげるチャンスを捨てて、金も権力もない女と結婚なんて、今ですら陰口がすごいのに、もっとひどくなるぞ」
『それは、俺は気にしない』
「お前はな、でも、アイシャちゃんは? お前以上に言われるんだ。身分がないから、それでも、アイシャちゃんが幸せになれると思うか」
『……』
ベルツは、黙ってしまった。
(そんなにアイシャに負担がかかるのか、嫌と言うのもわかる気がする)
アイシャは、庶民なのだ。悲しい位に。
(俺が王子でなければ、すぐに連れ去るのに)
心の中では、自分の位の高さを呪っていた。
「まあ、考えてみれば、貴族の女性とか、姫なら文句は言われないんだから、そいつらに乗り換えると言う手もあるな」
(乗り換える……)
嫌な気持ちになった。
(アイシャじゃなくちゃいやだよ、好きなんだから)
下を向いてそう思っていた。
「あれ~? アイシャちゃん意外とは、考えたくもないって顔だね」
マティスがそう言ってからかう。
『実は、そうなんだ』
「恋しているんだな」
『うん』
「それじゃあ、冷めるまで、時間がかかるな」
(冷める?)
アイシャをあきらめると言う事だろうか。
(アイシャの事をあきらめるなんて、出来るのだろうか?)
「百年想い続けることができるのは、片思いと叶わぬ恋だけ、ベルツは、百年も引きずるなよ」
『引きずってしまいそうだ』
「それでも、王族なら、権力のために結婚するべきだ」
『そうか……』
ベルツは、考えこんだ。
(愛する、愛している。愛される……)
途方もない話のような気さえしてくる。
(アイシャは、愛してくれても、忘れなければいけない相手なのだろうか?)
実際はそうだとわかっていた。しかし、好きなのだ。
(どうしたらいいのだろう)
ぼ~、と考え込んでいると。
「ベルツ、ベルツ、大丈夫か?」
『大丈夫』
マティスが声をかけてきたので、そう書いた。
「悩んでいるなら、アイシャちゃんへの愛は本物って事さ」
『本物だよ』
「だって、ベルツ、本当は、わがまま言ってアイシャちゃんを姫にしたいんでしょう、ずっと一緒にいたいんでしょう」
『……』
ベルツの答えは、「はい」だったので、書けなくなってしまった。
「でも、それは、やめた方がいいぞ、悲しい結末を産むだけだ」
マティスが冷たくそう言う。
(わかっているんだ本当は……)
ベルツは強く手を握りしめた。
(アイシャのいない城になるのだろうな)
それは、想像するだけで切なくて、悲しくて、水の中に沈んでいくようなそんな感覚だった。
(嫌だ。嫌だ)
心の中に重い石がのっかったような気持ちもした。
(アイシャ)
手足をもがれるようなそんな痛みのようなものも感じた。
「大丈夫か、ベルツ?」
『アイシャと離れたくないよ』
ベルツは、涙目でそう書いた。
「そうか、しょうがないやつだな」
マティスは、ベルツが落ち着くまで側にいた。そのうち目が開かなくなって、ソファで寝ていた。
(ここは、部屋か)
目が覚めると、マティスの上着がかかっていた。
(マティス、ありがとう)
心の中でそう思っていると、べティがベルツの元へ来た。
「マティス様が、アイシャ様を口説いています」
(へ?)
「迷惑ですから、回収してください」
『わかった』
(俺が寝ているうちにアイシャを手に入れようとしたのか?)
☆ ♪ ☆
アイシャの部屋に向かうと。
「好きなら、なぜ、断るんだ」
「だって、私は、庶民です」
アイシャとマティスが言い合いをしているようだ。
「君は、ベルツが好きなんだろう」
「ええ、好きよ、でも、私じゃダメなの」
「ベルツは、アイシャちゃんの事本当に想っているんだ」
「知っています」
「俺から頼みたいんだ。城に残ってくれないか?」
「嫌です」
「そこを何とか」
チリンチリンと音がして、マティスが振り返る。
「ベルツ! 聞いていた?」
『うん』
「あ~、その、ベルツ、悪い、こんなことをして……」
マティスは反省しているようだ。
『アイシャに無理やりいう事を聞かせようと思ったの?』
ベルツは怒っていた。
「ベルツ、だって、お前、アイシャちゃんの事が好きだろう」
『そうだけど、こんなの違う』
「でも、ベルツ、何とかしてあげたかったんだ。俺は、ベルツが幸せになれないのは、嫌だからさ」
『マティス……でも、アイシャの幸せも大事』
「わかっている。でも、でもな、ベルツを放っておけなくてな」
マティスは、苦笑いしていそう言った。
『それは、うれしい』
ベルツが微笑むと、マティスは。
「ベルツ、悪かった」
その時、アイシャが赤い顔をしている事に気づいた。
『アイシャ? どうしたの?』
「聞いていたのよね?」
『ああ、私を好きって事?』
「いやー、ばれている」
『アイシャ、君が私を想ってくれているのなら、城に残ってくれないか?』
「絶対にいや」
アイシャは、強くたんかを切った。
「私は、エルガドに帰るのよ!」
力いっぱいそう言って、マティスとベルツを追い出した。
「とんだお嬢さんだね」
『そうだね』
マティスと笑い合っていた。
「アイシャちゃんは、好きだからこそ遠慮してくれているのかな?」
『好きだから?』
「自分のせいで、ベルツが悪いことに合うって、そう思っているのかも」
『そんな、二人で乗り越えたのに……』
「その、乗り越える覚悟が決まらないのかな?」
『そう言う可能性もあるの?』
「まあ、女の子は複雑だから」
マティスはそう言って開き直る。
「それより、近々、また会議があるそうだよ」
『そうか、また通訳をしてもらわなくちゃ』
「ベルツは、キスをする気がないんだな」
『だって、アイシャが逃げちゃうから』
「縛っているんだな、悪いやつだな」
『その位は、ずるくやらなくちゃね』
マティスと笑っていた。
☆ ♪ ☆
そして、ベルツは、書類に目を通す時間があったので、書斎で見ていた。
『パーム橋、改築への寄付金』
その桁は、数百万と書いてあった。
(妥当だろう)
ポンと判を押した。
(会議か……)
アイシャは、また、余計な気を聞かせて、どこかの姫との結婚を承諾してしまうかもしれない。
(アイシャは、それが正しいと思っているんだ。仕方がない)
しかし、必ず断ると決めているので、アイシャがいいと言っても断る決意でいた。
(アイシャ)
ぼ~とアイシャの事を考える。
(はっ、いけない、仕事をしなくては)
急いで、書類に目を通す。




