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そして、朝が来た。アイシャは、自分で働きやすい服に着替えてしまう。
「おはようございます。アイシャさん」
ベティは、部屋に入るなり盛大なため息をついた。
「は~、着替えないで待っていて下さいって言いましたよね」
「え~?」
「とぼけないで下さい、姫はね、着替えを自分でしない物なのですよ」
「そうなの!」
アイシャは、ショックを受けていた。
「今まで、ドレス以外は自分で着ていたけれど、それもダメなの?」
「ええ」
「そんな、窮屈」
アイシャがため息をつき。
「やっぱり、姫なんて嫌!」
心を決めたようにそう言った。
「私は、この城を出て行ってやる」
「そうですか、少しお待ちくださいね、レッスンまで時間がありますから、朝食にしてしまいましょう」
「えっ、朝食」
「はい、腹が減っては何とやらですよ」
「そうね」
「アイシャさんは、分かりやすくていいですね」
ベティは、小声でそう言った。
「わかりやすい? それってどういう事?」
ベティは、ドアを開けて出て行った。
(朝食……)
アイシャは、ベッドに座り待っていた。
(遅いな……)
待っていると、ベティが入って来た。
「お待たせしました。朝食です」
いい匂いのする、焼き立てのバゲットの切られたものと、スープ、瓶に入ったイチゴジャムが置いてある。
「うん、おいしそう」
手を伸ばそうとしたその時、チリンチリンと音がした。
「お、王子」
目の前に立っていたのは、ベルツだった。
「どういう事、ベティ」
「どういう事も何も、にげだしたいとおっしゃっていると、この朝食を運ぶ途中で会ったベルツ王子に話したのです」
「そ、そうなの」
『アイシャ、本気?』
「えっと、えっと、私が姫なんて変でしょう」
『どこが?』
「だって、山育ちの娘ですよ」
『それが何か?』
「王子は、分かっていないのよ、城と山がどれだけ違うかと言う事、私は、もうこんな生活嫌なの」
『……』
王子は、戸惑った顔をして、立ち尽くしていた。
『そんなに辛い?』
しばらくして、ゆっくりとそう書いた。
「ええ」
『そうか、そうだよね、分かっていたのに……』
ベルツは強く手を握っている。
『辛い思いをさせちゃったね』
「ええ」
ベルツは落ち込んだ後、手を繋ぎ。
『それでも、君以外考えられないんだ。姫として、隣に立ってほしいのは、君なんだ』
いい声でそう伝えた来た。
「いや、あの、そんなこと言わないで~」
アイシャは、力なく手を離す。
(王子は本気だ。本気で姫にする気だ)
一時の気の迷い位の想いだと思っていた。それでも、望まれてしまうと、手を取ってしまいたくなる。
『アイシャは、私の隣は嫌か?』
「王子と言うか、姫になるのが嫌です」
「そうか、ただのベルツだったらよかったのにね」
ベルツは落ち込んだ顔でそう言った。
「いいえ、王子は王子です。王子は王子の幸せを手に入れるべきなのです」
そう言うと手を握られた。
『君じゃなくちゃダメなんだ』
「いや~、その声で言わないで」
アイシャは、顔を真っ赤にして言った。
「アイシャ……」
「王子は、ずるいんですよ。私が逆らえないことをわかっていてお願いしているのでしょう」
「そんなことは……」
「だって、そんないい声で言われて、反発できるわけがないでしょう」
「!」
ベルツは驚いている。
「そんなに私の声がいいかい?」
「だから、ずっと、いい声だって言っているじゃないですか」
アイシャは、涙目だ。
「ずっと、そのステキな声で口説かれてきた私の身にもなってください」
「……」
ベルツは、どうしたらいいかわからないようだ。手を振り払われたので。
『アイシャ、ありがとう』
優しく肩に手を置き紙を見せる。
「ありがとうって何もしてないわ」
『君が、ステキな声と言ってくれるのが、とてもうれしいよ』
「王子、でも、私は、姫なんかには、ならないわよ」
『これでもダメなの?』
「ええ」
アイシャは、怒って様子でそう言った。
『愛じゃ足りないの?』
「そういう問題じゃないんです。エルガドのみんなが大好きなのです」
『そうか、でも、私なら、実家に帰るのも許すよ』
「でも、それは、王族の恥ではありませんか?」
『いいんだ。アイシャが幸せなら』
「そんなこと、ダメです」
『何で?』
「王子は、ただですら評判が悪いのに、もっと評判が下がるようなことは、しない方がいいと思いますよ」
『もう悪いなら気にしないよ』
ベルツは明るくそう書いて見せた。
「そんな物なの?」
『そんな物です』
アイシャはため息をついて。
「王子の事、もう怒っていません。でも、姫になるかは別です」
びしっとそう言ってやった。
「私は、帰りますから」
アイシャは、力強く宣言した。
(だって、嫌だけど、王子の事をどんどん好きになっちゃっているような気持ちがするんですもの)
「ベルツ様、今日はこの辺で」
ずっと見ていたベティを思い出し、二人で赤くなった。
『そうだね、帰る』
「あの、ありがとう」
アイシャは小さくそう言った。ベルツは部屋のドアを閉めた。
「いや~、ラブラブでしたね」
「もう、ベティったら!」
ベティを叱っていると、心の中がざわざわするのだ。
(王子を好きになってはいけないのに……)
心の中で、葛藤していた。
「でも、あんなに好かれていても嫌なのですか?」
ベティは不思議そううな顔でそう言う。
「私は、王子の助けにはならない」
「確かに庶民には、何の力もありませんものね」
「王子は、ちゃんとした姫と結婚をするべきなのよ、自分の感情で決めていい結婚ではないはずだわ」
アイシャが熱くそう言った。
☆ ♪ ☆
朝食を終えて、レッスンの時間になるが、アイシャは部屋から出ようとしなかった。
「アイシャさん」
七人の指導係も困っている。
「このままじゃ、本当に姫にさせられる」
アイシャは、そう言って立てこもった。
「ベティ、絶対にドアを開けちゃだめよ」
「はいはい」
ベティは、付き合ってくれるようだ。
☆ ♪ ☆
一時間後。
「アイシャさん、もういい加減出て行って差し上げたら」
「いやよ、王子にあきらめてもらうの」
ベッドに横になり、紅茶を飲んで、本を読んでいた。
「私は、風邪だとでも言っておいてよ、ベティ」
「はいはい」
ベティは、一人部屋を出て行った。
「アイシャさんは、風邪気味で寝ていたいと」
「そうなの」
「それじゃあ、仕方ないわね」
七人の指導係は去って行った。




