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音の子  作者: 花言葉
姫になるとは
13/24

2

 その日の夜、アイシャは、ベティと話をしていた。

「お姫様って疲れるのね」

「ええ、大変ですよ」

 べティは、紅茶を淹れてそう言う。

「ハーブティーです。よく眠れるように」

「ありがとう、私が姫なんて、ただの笑い者よね」

「そんなことありませんよ」

 べティは、静かに椅子に座る。

「王子は、なれると思ったのでしょう」

「そんなこと……」

 ないとも言えなかった。

「王子は、なんのために私を姫にしたのかしら? 音が欲しいのなら、キスをしてしまえばいいのに……」

「なんだかわかりませんが、王子がアイシャ様をお好きなのはわかりましたよ」

「へ?」

 ベティはニコニコしている。

「好きって、あの、ラブとか、そう言うの?」

「ええ」

「うそ~」

(完ぺきに片思いで終わって、村へ帰る予定だったのに、王子が振り向いてしまったの、うれしいけど……困る)

 そもそも、王子のために姫になるのは、アイシャの中では何かが違うような気がしていたのだ。

(だめよ、あきらめてもらわなくちゃ)

「アイシャさん、王子の気持ちを軽く見てしまうのは、命とりですわ」

「えっ、どういう事?」

「王子は、今まで、どんな女の人にもこびることがなかったの、つまり、本命は逃したりしないわ」

「えっ? それって、あきらめてもらえないの?」

「当然、気が付いたらアイシャさんは姫になっているわ」

「そんな~」

「王子は、ありとあらゆる手段でアイシャさんを縛るでしょうね」

(そう言えば、縛りたいって言っていたわ)

 冷や汗が流れる。

(こわ~い)

 少し、紅茶を飲んで、震えていた。


☆ ♪ ☆


 次の日、また、レッスンが始まる。

「アイシャさんは、まだ、歩き方がなっていません、一歩一歩の歩幅が大きすぎるのですよ」

 そう言われて、頭に本を乗せられる。

「次は、かかとのある靴を履いてみてください」

「えっ、これ、苦手で、あ~」

 本が崩れてしまった。

「あら、まあ、続けましょう」

 かかとのある靴を履くのは、ほとんど初めてなので、バランスが取れないのだ。

(難しい)

 しばらく立っているのすらふらつく。

「大丈夫ですか?」

「全然大丈夫じゃないです」

「そうでしょうね、山育ちなのですものね」

「はい」

 指導についている。七人の先生は、一生懸命である。

「みんな、この子を一人前にしたら、位がもらえるのよ、がんばりましょうね」

「「はい」」

 女の人達は、位が欲しい様だ。

(そうでもなければ、こんなことしないよね)

 王子は、人を動かすのがうまいのかもしれない。

「では、アイシャさん、一歩ずつ前へ」

「おっと、おっとっと」

 フラフラ軸がぶれて倒れそうになる。

(怖い)

 目をつぶりそうになるが、前を見た。

「そうそう少しずつでいいのよ」

 指導する人たちは優しく見守ってくれている。

(みんな、ありがとう、こんな落ちこぼれの相手をしてくれて)

 心の中でそう思い歩いては、歩き続けた。

「さて、そろそろ慣れたでしょう」

「ええ」

「では、次に行きましょう」

 次は、ドレスを着せられると思った。

「あ、あの~、これは、クレノリンと言うやつですか?」

 まず、クレノリンになれる所からやっていくため、矯正器具としてつけられる事になった。

(重い……)

 クレノリンは、思いのほか重かった。鳥かご型にスカートを膨らませるには、血のにじむ努力が必要なのだと思っていた。

「大丈夫ですか?」

「だから、大丈夫じゃありませんから」

 そう言っても無理やりやらせられるのだった。

「はい、歩いて」

 フラフラしてしまう。

(ヒールにクレノリンって無理でしょう)

 焦ってパニックになっていると。

「今日一日で詰め込み過ぎたかしら? きつそうだから、また今度にしましょうね」

「そうね」

 七人の教育係は、部屋を出て行く、一人残されて。

(なんて、みじめなんでしょう)

 ヒールでも歩けず、クレノリンもだめ、恥ずかしくなってきた。

(そもそも、私が姫なんて間違っているわ)

 王子を思い出し、ため息をつく。

(望まれたのにこんなこと言うのは、ダメよね)

 姫になることも考えなければいけないのだと、少し考えていた。


☆ ♪ ☆


 チリンチリンと外から音がする事に気が付いた。

(王子!)

 この音は、一時間に一回ぐらい聞こえていたのだ。

(心配なのね、なんだかんだ言って)

 そう思うと、心が少しだけ温かくなった。クレノリンを外し、かかとのある靴を脱ぎ捨てた。

「王子」

 ドアを開けると、インク壺に鈴をつけたベルツが立っていた。

『アイシャ、大丈夫?』

「え、ええ」

『心配していたんだよ』

(王子、やっぱり心配していたのね)

 自然と手が伸びて、王子に抱き着いていた。王子の顔が赤くなっていく。

「王子」

 王子は、手を繋いできた。

『アイシャ、心臓が壊れてしまいそうだ』

「王子!」

(王子の声が、声が~……)

 赤くなっていると、二人ともの顔が真っ赤なので、恥ずかしさが二倍になってしまっていた。

「アイシャは、がんばっているよ、えらいえらい」

 頭を撫でられると、少しうれしくなった。

「あの、王子、フリージア姫の事なのですが」

「すぐ断るよ、君は、気にしなくていい」

「でも、王子は、国のために」

「俺だって、一人の男なんだ。王子としてだけみられるのは悲しい」

(そうなの? 悲しいの?)

「それじゃあ、王子って呼ぶのも失礼?」

「いいや、アイシャは、何と呼んでくれたってかまわない」

「王子」

「でも、いつか、名前で呼んで」

「えっと、ベルツ」

 そう言うと、ベルツが真っ赤になった。

「不意打ちはずるいぞ」

「あ、あの、すみません」

「いい、もう一回呼んでくれないか?」

 王子は、片方の手をアイシャの顔にかけ、もう数センチでキスが出来そうな位置でそう言う。

「ベルツ」

 ニコッと笑って去って行った。

(何なのアレ)

 アイシャは、心底恥ずかしかった。思い出すだけで恥ずかしくなる。

(王子~)

 顔を押さえていると。

「アイシャさん、もう、寝る時間ですよ」

 レッスンが長引いたので、遅くなったと思いベティが迎えに来たのだ。

「ベティ~」

 ベティにしがみつくと、ベティは、ため息をついて。

「また、王子ですか」

 ため息交じりにそう言った。

「いい加減のろけもやめていただきたいです」

「でも~」

「いいわ、聞いてあげる」

「ありがとう」

 部屋に向かいながら話した。


☆ ♪ ☆


「王子って、鈴をつけているじゃない、だから、いたらすぐにわかるでしょう?」

「ええ」

「その音が一時間おきにするの」

「それは、見に来ていると言う事かしら?」

「そうでしょうね」

 ベティは、ため息をつき。

「そんなに好かれているなら、もういっそあきらめて、姫になって差し上げればいいじゃないですか」

「いやよ、私じゃ似合わない」

「そうですかね」

 ベティは、部屋の前に着いたので、鍵を開ける。

「さあ、中へ」

「ええ」

 明るいランプの光を灯して、眠る準備をする。

「いい加減、自分で着替えてしまうのは、やめてください」

「え~、めんどうくさい」

 アイシャは、さっさと服を脱ぎ捨て、ネグリジェを着る。

「そんなんじゃ、姫になった時、困りますよ」

「姫にはならないもの」

 アイシャは、布団をかぶってそう言う。

「いつまで、そう言っていられるか、ですね」

 ベティは、ランプの灯を消して、部屋を出て行こうとした。

「いい夢を」

「はいはい」

 ガチャンとドアが閉まった。


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