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その日の夜、アイシャは、ベティと話をしていた。
「お姫様って疲れるのね」
「ええ、大変ですよ」
べティは、紅茶を淹れてそう言う。
「ハーブティーです。よく眠れるように」
「ありがとう、私が姫なんて、ただの笑い者よね」
「そんなことありませんよ」
べティは、静かに椅子に座る。
「王子は、なれると思ったのでしょう」
「そんなこと……」
ないとも言えなかった。
「王子は、なんのために私を姫にしたのかしら? 音が欲しいのなら、キスをしてしまえばいいのに……」
「なんだかわかりませんが、王子がアイシャ様をお好きなのはわかりましたよ」
「へ?」
ベティはニコニコしている。
「好きって、あの、ラブとか、そう言うの?」
「ええ」
「うそ~」
(完ぺきに片思いで終わって、村へ帰る予定だったのに、王子が振り向いてしまったの、うれしいけど……困る)
そもそも、王子のために姫になるのは、アイシャの中では何かが違うような気がしていたのだ。
(だめよ、あきらめてもらわなくちゃ)
「アイシャさん、王子の気持ちを軽く見てしまうのは、命とりですわ」
「えっ、どういう事?」
「王子は、今まで、どんな女の人にもこびることがなかったの、つまり、本命は逃したりしないわ」
「えっ? それって、あきらめてもらえないの?」
「当然、気が付いたらアイシャさんは姫になっているわ」
「そんな~」
「王子は、ありとあらゆる手段でアイシャさんを縛るでしょうね」
(そう言えば、縛りたいって言っていたわ)
冷や汗が流れる。
(こわ~い)
少し、紅茶を飲んで、震えていた。
☆ ♪ ☆
次の日、また、レッスンが始まる。
「アイシャさんは、まだ、歩き方がなっていません、一歩一歩の歩幅が大きすぎるのですよ」
そう言われて、頭に本を乗せられる。
「次は、かかとのある靴を履いてみてください」
「えっ、これ、苦手で、あ~」
本が崩れてしまった。
「あら、まあ、続けましょう」
かかとのある靴を履くのは、ほとんど初めてなので、バランスが取れないのだ。
(難しい)
しばらく立っているのすらふらつく。
「大丈夫ですか?」
「全然大丈夫じゃないです」
「そうでしょうね、山育ちなのですものね」
「はい」
指導についている。七人の先生は、一生懸命である。
「みんな、この子を一人前にしたら、位がもらえるのよ、がんばりましょうね」
「「はい」」
女の人達は、位が欲しい様だ。
(そうでもなければ、こんなことしないよね)
王子は、人を動かすのがうまいのかもしれない。
「では、アイシャさん、一歩ずつ前へ」
「おっと、おっとっと」
フラフラ軸がぶれて倒れそうになる。
(怖い)
目をつぶりそうになるが、前を見た。
「そうそう少しずつでいいのよ」
指導する人たちは優しく見守ってくれている。
(みんな、ありがとう、こんな落ちこぼれの相手をしてくれて)
心の中でそう思い歩いては、歩き続けた。
「さて、そろそろ慣れたでしょう」
「ええ」
「では、次に行きましょう」
次は、ドレスを着せられると思った。
「あ、あの~、これは、クレノリンと言うやつですか?」
まず、クレノリンになれる所からやっていくため、矯正器具としてつけられる事になった。
(重い……)
クレノリンは、思いのほか重かった。鳥かご型にスカートを膨らませるには、血のにじむ努力が必要なのだと思っていた。
「大丈夫ですか?」
「だから、大丈夫じゃありませんから」
そう言っても無理やりやらせられるのだった。
「はい、歩いて」
フラフラしてしまう。
(ヒールにクレノリンって無理でしょう)
焦ってパニックになっていると。
「今日一日で詰め込み過ぎたかしら? きつそうだから、また今度にしましょうね」
「そうね」
七人の教育係は、部屋を出て行く、一人残されて。
(なんて、みじめなんでしょう)
ヒールでも歩けず、クレノリンもだめ、恥ずかしくなってきた。
(そもそも、私が姫なんて間違っているわ)
王子を思い出し、ため息をつく。
(望まれたのにこんなこと言うのは、ダメよね)
姫になることも考えなければいけないのだと、少し考えていた。
☆ ♪ ☆
チリンチリンと外から音がする事に気が付いた。
(王子!)
この音は、一時間に一回ぐらい聞こえていたのだ。
(心配なのね、なんだかんだ言って)
そう思うと、心が少しだけ温かくなった。クレノリンを外し、かかとのある靴を脱ぎ捨てた。
「王子」
ドアを開けると、インク壺に鈴をつけたベルツが立っていた。
『アイシャ、大丈夫?』
「え、ええ」
『心配していたんだよ』
(王子、やっぱり心配していたのね)
自然と手が伸びて、王子に抱き着いていた。王子の顔が赤くなっていく。
「王子」
王子は、手を繋いできた。
『アイシャ、心臓が壊れてしまいそうだ』
「王子!」
(王子の声が、声が~……)
赤くなっていると、二人ともの顔が真っ赤なので、恥ずかしさが二倍になってしまっていた。
「アイシャは、がんばっているよ、えらいえらい」
頭を撫でられると、少しうれしくなった。
「あの、王子、フリージア姫の事なのですが」
「すぐ断るよ、君は、気にしなくていい」
「でも、王子は、国のために」
「俺だって、一人の男なんだ。王子としてだけみられるのは悲しい」
(そうなの? 悲しいの?)
「それじゃあ、王子って呼ぶのも失礼?」
「いいや、アイシャは、何と呼んでくれたってかまわない」
「王子」
「でも、いつか、名前で呼んで」
「えっと、ベルツ」
そう言うと、ベルツが真っ赤になった。
「不意打ちはずるいぞ」
「あ、あの、すみません」
「いい、もう一回呼んでくれないか?」
王子は、片方の手をアイシャの顔にかけ、もう数センチでキスが出来そうな位置でそう言う。
「ベルツ」
ニコッと笑って去って行った。
(何なのアレ)
アイシャは、心底恥ずかしかった。思い出すだけで恥ずかしくなる。
(王子~)
顔を押さえていると。
「アイシャさん、もう、寝る時間ですよ」
レッスンが長引いたので、遅くなったと思いベティが迎えに来たのだ。
「ベティ~」
ベティにしがみつくと、ベティは、ため息をついて。
「また、王子ですか」
ため息交じりにそう言った。
「いい加減のろけもやめていただきたいです」
「でも~」
「いいわ、聞いてあげる」
「ありがとう」
部屋に向かいながら話した。
☆ ♪ ☆
「王子って、鈴をつけているじゃない、だから、いたらすぐにわかるでしょう?」
「ええ」
「その音が一時間おきにするの」
「それは、見に来ていると言う事かしら?」
「そうでしょうね」
ベティは、ため息をつき。
「そんなに好かれているなら、もういっそあきらめて、姫になって差し上げればいいじゃないですか」
「いやよ、私じゃ似合わない」
「そうですかね」
ベティは、部屋の前に着いたので、鍵を開ける。
「さあ、中へ」
「ええ」
明るいランプの光を灯して、眠る準備をする。
「いい加減、自分で着替えてしまうのは、やめてください」
「え~、めんどうくさい」
アイシャは、さっさと服を脱ぎ捨て、ネグリジェを着る。
「そんなんじゃ、姫になった時、困りますよ」
「姫にはならないもの」
アイシャは、布団をかぶってそう言う。
「いつまで、そう言っていられるか、ですね」
ベティは、ランプの灯を消して、部屋を出て行こうとした。
「いい夢を」
「はいはい」
ガチャンとドアが閉まった。




