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次の日、また授業が始まった。
「その意見は、間違っています」
「その話は、違っています」
「違うわ、アイシャさん」
王妃が、一生懸命教えているので、アイシャも答えるようにがんばっている。ベルツは、少しばかり、アイシャが自分のためにがんばってくれていることがうれしかった。
(アイシャにここまでしてもらってもいいのだろうか?)
彼女は、本当に親切心だけでこんなにしてくれているのだろうか?
少し疑問だったが、アイシャは、見る限り、嘘などみじんもついている様子はない。スパイなら、もっとうまくやる。アイシャを信じたい。
「さしすせそ」
「うん、よくなっているわ」
二人が隣で勉強しているのを眺めるのは、少し幸せだったりする。
(今の時間が続けばいいのに)
心の中でそう思った。
「それでは、次に行きましょう」
王妃のレッスンは、続く。
(アイシャがんばっている)
☆ ♪ ☆
そして、会議の日が来たのだった。
「アイシャさん大丈夫ですか?」
ベティがアイシャの様子を見ながらそう言う。
「ええ、コルセットが少々きついかしら」
アイシャは、はーはー息を吐いている。
「まあ、アイシャさん、そんな様子で大丈夫なのですか?」
王妃も心配になっているようだ。
「だ、大丈夫れふ」
アイシャは、尚も息を吐きながら「大丈夫」と言う。
(緊張とコルセットで苦しいんだね)
ベルツは、アイシャが心底心配だった。
(アイシャ、無理をしなくても)
心の中でそう思うが、彼女は、ベルツのためにがんばってくれたのだ。ここで、ベルツまで、そんなことは言えない。
(アイシャ、ごめん)
こんな事なら田舎に帰すべきだった。
後悔していると。
「私は、出来ます」
アイシャは、強くたんかを切った。少し顔は青いが、覚悟は本当の様だった。
(アイシャは、強い人だな)
心の中でそう思った。
「王子、私は、大丈夫ですから」
アイシャは、ベルツの前に立ち、ドレスの裾を持って、上目遣いでベルツを見ている。
(かわいい)
『かわいいよ』
「あら、王子もほめてくださるのですね」
アイシャは、ニコニコしてそう言う。
アイシャの立場は通訳だ。派手な格好は求められない。今着ているドレスだって、シックな青だし、首元は隠れている。実に大人しいドレスだ。しかし、アイシャの魅力が何より際立っている気がするのだ。
(アイシャが、美しいからなのか?)
ベルツは見惚れていた。
「それにしたって、ベルツ、アイシャちゃんに見惚れて会議を忘れるなよ」
マティスが後ろから現れてそう言った。
『大丈夫だと思う』
「思うって、少しは、心配なんじゃないのか?」
『少しはね……』
「そうだろう、アイシャちゃんはかわいいもんな、なんか品はないけど、華はあるよね」
『そうでしょう』
「お前が喜ぶな」
マティスに頭を叩かれた。相当うれしそうな顔をしてしまっていたらしい。
『ごめん』
「いいよ、好きな子をほめられてうれしくない訳がないよな」
マティスは、ベルツの頭に手を置き笑った。
「じゃあな」
マティスは、去って行った。
「王子、マティスさんとなんの話していたのですか? 私、今、王妃様と話していて聞こえませんでしたから」
(聞こえなくてよかった)
『会議の話だよ』
「そうですか、マティスさんの事だから、悪い誘いだったりしませんよね」
『いいや』
「そうですか」
アイシャは、ほっと胸をなど下す。
『でも、これから来る人は、ほぼ国のトップ達なんだよ』
「王子、怖くなるようなことを書かないでください」
『あはは』
笑うと、アイシャも笑っていた。
☆ ♪ ☆
午後一時、会議の時間まで二時間になると、シックなドレスを着たマダムやフロックコートの男達が集まってくる。
「あの人達が、国のトップね」
『貴族とかもいるよ』
「とにかく、偉い人なのよね!」
『そうだね』
アイシャの手は、震えていた。ぎゅっとつい握ってしまうと。
「大丈夫、大丈夫」
「ぎゃあ、話しかけないでください。声が……」
「あっ、この声を会議中は聞き続けなければいけないけど、大丈夫?」
「えっ?」
アイシャは固まった。
「そうだった~!」
顔を赤くして、慌てているアイシャに、何事か尋ねたくなった。
「あんないい声で何時間も……」
アイシャは、顔を覆ってそう言う。
『アイシャ、大丈夫だよ』
「まったく大丈夫じゃないの」
アイシャは、恥ずかしそうだ。
(アイシャ?)
自分の声は聞こえないが、アイシャには、甘く聞こえているらしい。
「よし、でも、決めたのだから、がんばるわ」
アイシャは、覚悟を決めたようだ。
『がんばれ』
「うん」




