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ある国の王子は、口がきけずにいた。その王子は、ベルツ・ヒルマン・アギストと言い、アギスト王国の第一王子だった。王子の親は、王子が何才になってもしゃべらないので、心底心配をしていた。そんな王子も大きくなり……。
「ベルツ、どこにいるの?」
チリンチリンと音がして、王妃の前にベルツ王子が現れた。
「ベルツ」
ベルツは、見事な漆黒の髪をしている、とても優しそうな男だった。まだ、十五才ながら、しっかりとした体格をしており、それなりに鍛えているようだった。
『お母さま、朝から何用ですか?』
さらさらと羽ペンで文字を書くベルツは、鈴とインク壺を常に持ち歩いているので、誰が見てもすぐにわかるのだ。
「ベルツ、もうすぐ成人すると言うのに、あなたが話せないのは、とても悔しいわ」
『気にしないでください、お母さま』
王妃は、涙を流した。
☆ ♪ ☆
ベルツは、部屋に戻ると、紙に書きだした。
『とても悔しいわだと、俺がどれだけ我慢しているかわかるのか、あのおばさんは!』
ベルツは、思ったことを紙に書いて発散していたのだ。
「ああ、ベルツ、今日も盛大にやっているね」
(マティスか……)
ベルツは、少しばかりほっとした。
「誰にも見られちゃいけないよね、王妃の事をおばさんだって」
マティス・グレーは、金色の癖毛をぴょんぴょんさせている、ベルツ付きの従者だ。年は、十七才である。
『でも、マティス、俺だって嫌なことはある』
「そりゃあ、いつもニコニコ笑って、相手と話しているればな、面倒くさいやつばかりだから、疲れるだろう」
『まあな』
羽ペンを走らせると、マティスは、笑って。
「お前といつか話せるといいのにな」
(……)
心の中にとげが刺さる。
(みんな、いつも、そう言う、俺が話せたらなって……)
ベルツは、悲しく思っていた。
「ベルツ、言い忘れていた。お前の声の事で、賢者が集まっているらしいぞ、今度こそ、何かわかるかもしれないぞ」
マティスが、興奮してそう言う。
(無理だ。前の賢者だってわからなかった)
心の中で暗くなっていた。
☆ ♪ ☆
王の所へ向かうと。
「ベルツ、今日こそ、お前の声が戻るぞ」
チリンチリンと音を鳴らして、頭を下げた。
『戻ると、とてもうれしいのですが……』
「そうか、不安か、今日は、大丈夫だよ」
『ありがとうございます。お父さま』
(どうせ、何も変わりはしない)
部屋を出た。
☆ ♪ ☆
チリンチリンと音を立てて歩く。
「ベルツ様、焦ってらっしゃいますね」
「そりゃあ、もう成人だからね」
下働きの女性が、鈴の揺れる音のふり幅の大きさから、歩くのが早い事に気が付いて、そう話している。
(この鈴め)
外したら、もしもの時に助けてもらえないのだ。
(仕方ない)
心を落ち着けて、部屋まで向かった。
アギスト王国の成人は、十六才だ。もう、二か月近くで十六才のベルツには、成人と言う物は、とても、重たい儀式だった。
(俺が成人したところで、何も変わらない)
インク壺を下げて、鈴をつけた王子など、格好良くもない、ベルツは優しいが変わり者としても有名だった。
『あの王子とだけは、結婚したくないわね』そう陰口をたたかれるのだ。
(俺なんて……俺なんて……)
沈み込んでいた。
机に突っ伏して寝ていると、ベルが鳴った。急いでドアを開けると。
「賢者様が、あなたにお会いしたいと言っておられます」
了解のマークを手で作る。
「はっ」
言伝えの人は、いなくなった。
(どうせ、変わらない)
チリンチリンと音を鳴らして歩いた。
☆ ♪ ☆
「どうじゃろうな、色々な可能性はあるが……」
賢者と同じ部屋に入った途端、ものすごい異臭がする。異臭のする賢者は、応接間にどかっと座っていた。
「お前が、しゃべらぬ王子か?」
づけづけと聞いて来る。
『はい』
「そうか、何とも、苦労の絶えぬ人生だったろうに」
(あの、それよりも、臭いが……)
「なんだ、嫌そうな顔をしおって」
『いえ、なんでもありません』
「賢者は、無駄な風呂に入らないだけだ」
(やっぱり、臭っているってわかっているじゃないですか……)
心の中でそう思っていると。
「じいさんが風呂に入らないのは別にいいけど、賢者全員が不潔だと思われるのは嫌よ、どうせ、風呂に入らないのは、お金の節約のためでしょう」
煙草をふかしている、三十代位の女性がいた。
「この二人は、ヘスタとモンネと言う」
王様に紹介されたので、二人に頭を下げた。
「モンネは、私、女の方よ」
『よろしくお願いします』
「それで、音源はあるの? この子?」
「どうじゃろうな」
ヘスタが呪文を唱えると、ぱちんと跳ね返った。
(なんだこれ?)
「びっくり、この子音源がないわよ」
(音源?)
「音源と言う物はね~説明するはね。人間は、元より、体に音を出す源をもっていて、それを音源と言うの、それが、あなたには、無いと言う事よ」
(!)
驚いていると。
「音喰いに合ったんだな」
『おとくいって何ですか?』
「それは、音源を食うやつの事さ」
モンネが余裕そうにそう言った。
「いくつか条件があるのだけど、この状態はいつから?」
「生まれた時からだ」
王がそう答えた。
「そう、それなら、王子の音源はこの世にあるわ」
モンネが力強くそう言った。
「それは、どういうことですか?」
「音を食ったのは、普通の人間、王子と天文学的な数字で、コンマ一秒もずれず、生まれてきた人が、音を食ったの、あなたの場合女の子が音喰いでしょうね」
「そう言う人を探す方法は?」
「音喰いは、音の子と言い、手をつなぐと、音源が王子に少しばかり流れ込み、その人にだけ、王子の声が聞こえるんだそうだ」
「国中の人間と手をつないで、王子の心が読めるか、調べればいいのだな?」
「いいえ、国中ではなく、世界中ですよ」
「!」
王は困ってしまった。
『その音の子は、音源をくれと言ったらくれますか?』
「ただ、キスをするだけだもの、すぐもらえるわ」
モンネはあくびをしながらそう言った。
(キス!)
「坊ちゃん、実は、うぶっこかい?」
(俺にキスされたい相手なんて、いるわけがないだろう)
心の中でそう思っていた。
「せっかく顔はいいのにね」
モンネが楽しそうにそう言う。
「それよりも、音の子を探します」
「そうしなさい」