どうしよう
帰宅してからご飯を食べ、お風呂に入り、スマホを見ると喜一くんからのメッセージがあった。
「喜一です。登録よろしくな。」
たった一文、何気ないメッセージだけど、くすぐったくて温かい気持ちになった。
そんな温かい気持ちが消えないうちにエレナは返信した。
「ありがとう、登録しとくね。また明日学校で!」
返信して1分も経たずに喜一くんからの返信は来た。
「おう、おやすみ。」
たった6文字。至って普通のメッセージ。それなのに、何度もじっと見つめてしまう自分がいた。
何かが今までと違う…。これまでも異性とメッセージのやり取りをすることはあった。
だけど、こんな風にまじまじとメッセージを見つめることもなければ、くすぐったくて温かい気持ちにもならなかった。
そんな自分の心の変化に気付きつつも、この、温かくてくすぐったい気持ちをどうすればいいのかわからないまま、その日は眠りについた。
ーー翌日。
学校に行くと、やっぱり喜一くんは多くのクラスメイトに囲まれていた。
男女問わずに多くの人に囲まれ、中には違うクラスの子もいる様だった。
『凄いなぁ…。誰とでも気さくに話せるんだもんね。』
そんなことを思いながら、エレナは自分の席に着いた。
すると、夏帆が手を振りながらエレナに近づいてきた。
「エレナ!おはよー!」
「あ、おはよー。」
「ねぇねぇ!エレナさぁ昨日、喜一と一緒に帰ってなかった?」
「あ、うん…。全然話せなかったから話そうって気を使ってくれたから一緒に帰ったの。」
「そっか!喜一いい奴だよねー!かっこいいし優しいし!」
「うん、喜一くんって本当いい人だよね。あれだけ気さくだったらあんなに多くの人に囲まれるのも納得だよね」
「え〜?なになに??エレナって喜一のこと好きになったの?」
ニヤニヤしながらエレナの腕をツンツンつついてくる夏帆にドキッとした。
「ちょっと!何言ってるの?喜一くんとは小学校も違ったんだし、昨日会ったばかりだよ…?好きとかそんなんじゃ…」
これまで13年近く生きてきて恋をちゃんとしたことないエレナにとって、好きと認めても、これが恋心なのか友達としての好意なのかどうか、確信を持つには不十分だった。
くすぐったい気持ちになったり、温かい気持ちになったり、ドキドキしたり、横顔を見て美しいと感じたり…。
『恋かも』と、不意に感じたとはいえ、これが恋心だとは、まだ胸を張って誰かに言うことは出来なかった。
そんなエレナを見て夏帆は不思議そうに首を傾げていた。そして、ニコッと笑って口を開いた。
「夏帆は喜一のこと好きだよ!エレナが喜一のこと好きじゃないんなら、応援して!」
「…え?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「だってエレナは喜一のこと好きじゃないんでしょ?だったらいいじゃん!夏帆と喜一は同じクラス委員だし、お似合いと思わない?」
自信満々に話す夏帆に対して、どんな言葉を返せばいいのか分からなくなってしまった。
「えっと…」
言葉が詰まるエレナに構わず、夏帆はどんどん話を進めていく。
「夏帆さ、別れたばっかりじゃん?やっぱり中学になったらいい男いると思ったから別れたのもあるんだよね〜。今のとこ、喜一が学年で一番目立つしいい男と思うから!喜一と付き合いたいんだよね」
「…でも、昨日の今日だよ?まだ何も知らないし…。それに夏帆、その言い方じゃ本当に喜一くんのこと好きじゃないよね?」
「は?好きだよ?エレナは喜一のこと好きとかそんなんじゃないって言ったじゃん!友達なのに応援してくれないの?何で?好きじゃないって…嘘ついたの?」
いつもはニコニコしている夏帆がとても冷たい目でエレナを見つめていた。
「嘘とかじゃないよ…。いいなって思うけど、まだ恋愛としての好きかどうか分からないの」
「…応援してくれないの?エレナより夏帆の方が喜一と釣り合うと思うんだけど。」
「………」
確かに、夏帆はハキハキしていて明るいから、喜一くんと同じく周りにいつも人がいる。
そして、ルックスも可愛い。そんな夏帆だからこそ、小学校ではクラスで一番モテていたものだ。
それに対してエレナは特に目立つタイプでもないし、仲良しの友達と固まって遊んでいる至って普通の女の子だった。
ルックスだって悪くはないけど、良く言って中の上レベルと思う。告白されたことは何度かあっても、付き合ったりしたことはなかった。
そう考えると、エレナより夏帆の方が喜一くんとお似合いだとは納得してしまった。だからこそ、言葉に詰まってしまった。
何て言おうか頭の中でぐるぐる考えていると、夏帆が先に口を開いた。
「喜一のこと、夏帆は本気だからね?夏帆は喜一のこと好きって言った。でもエレナは何も言わなかったんだから、横取りなんて汚い真似だけはしないでよね!」
そう言って、夏帆はエレナの席から離れていった。
『何て言えばよかったんだろう…。どうしよう?恋してる人たちはこんな時どうするんだろう…。』
考えても考えても、全く出ない答えに涙が溢れてしまいそうになった。
その日はホームルームで色々な事を決めていったり、学力テストをするだけだった為、半日授業だった。
考えれば考えるほど頭が痛くなる夏帆からの言葉に参っていたエレナにとっては早く帰れる事は唯一の救いだった。
「今日はこれで終わりですが、明日から1日授業になるので忘れ物ない様にして下さいね。ホームルームは以上です!」
担任の先生が必要事項を伝え終わると、ガヤガヤと皆教室を後にした。
エレナも荷物をまとめて教室を後にし、下駄箱に向かうと喜一くんが友達とワイワイしている姿を見かけた。
喜一くんと目が合い、「あ、エレナちゃん…!」と、今日初めての言葉を交わす事となる瞬間だった。
「喜一!今日は二人で帰ろうよ。クラス委員の事についてもっと話したいし。」
夏帆が二人の会話を遮るかのように喜一くんの腕を引っ張りながら会話を振った。
喜一くんは少しキョトンとした表情を一瞬のぞかせたけれど、いいよ、とだけ返事した。
エレナはそんな二人の会話を少し離れた距離から見つめる事しかできなかった。
喜一くんと一緒に帰る約束をした夏帆はクスッと笑ってエレナの方を見ていた。
「………」
夏帆はきっと私と喜一くんを近づかせたくないんだろう。それだけは分かった。
よく考えてみると、確かに夏帆は以前から恋愛が絡むと少し面倒な子だった。
エレナは同じ男子を好きになった事がなかったから仲良くやってこれたけど、同じ男子を好きになった女子を仲間はずれにしたり、無視したり。
いつだったか、夏帆と同じ子を好きになった子が「夏帆は自分が一番じゃなきゃ嫌なんだよ!だから本当に相手を好きかどうかより、何でも自分のものとして一度手に入れたいんだよ」と言っていた事を思い出した。
『何だか面倒くさい事になりそうだなぁ…。恋愛ってこんなもんなのかな…』
そう思いながら、エレナはそのまま喜一くんと夏帆の元から離れて帰路についた。