闘う女
人間たちが住む大陸から遠く離れた絶海の孤島にダンジョンがあった。そこには金も名誉も権力も叡智も力も、人間が欲する全てがダンジョンの最奥に眠っているという。
もちろん、いささか誇大広告といえる部分もあったが大陸最大の規模を誇る帝国が一万人の軍隊を差し向け、結果として失敗に終わったという話は有名だ。帝国が欲する財宝がなにかは噂でしかなかったが少なくとも帝国の上層部が欲しがるほどのなにかがあったというのは疑う余地のないことだった。
だから古今も東西も問わずあらゆる英雄がダンジョンに挑んだ。
今日もまた、挑戦者がダンジョンに潜る。
ダンジョンの最下層、ここまで進むことができるのは英雄の中の英雄、人間という種族の限界の外を生きる実力者だけ。しかし最後に立ちはだかるダンジョンボスもまた最下層まで進んできた勇者たちにふさわしい強さを持っていた。
「おい、回復くれ!」
「今、やっています!」
今回の挑戦者は四人組。
防御力重視の全身鎧をまとった騎士が敵の攻撃を受け止め、魔法使いが補助魔法と回復魔法を飛ばし、防御力の代わりに速さに特化した剣士が相手の攻撃をかわしながら相手の暴力の隙を突いて鋭い一撃を加える。戦略的に考えられた完璧な構成であり、チームワークも抜群だ。
しかしダンジョンボスを倒すにはいたらない。
「どうした、どうした! 現代を生きる英雄様はこの程度か! 百年前のやつらはもっと骨があるのばかりだったぞ!」
挑戦者を挑発するように咆哮するのは、鎧も武器も持たずに素手で敵を殴る女戦士。身体から無駄な脂肪は削ぎ落とされており、引き締まった筋肉は一種の芸術品のようだった。しかし、そのしなやかな筋肉から繰り出される拳はその美貌とは裏腹にとても重く、速い。
「いきます!」
魔法使いのかけ声で騎士と剣士が女戦士から距離を取り、魔法使いの杖から魔法が放たれる。その魔法は広範囲に及ぶ火炎を生み出し、ただの人間であるならば一瞬で消し炭にするほどのすさまじい熱量で女戦士を焼く。
けれど女戦士は倒れない。
「この程度のたき火でこの私を倒せると思ったか!」
その咆哮だけで彼女の周りで渦巻く炎は吹き飛ばされる。彼女の肌に火傷は少しもなく、ダメージというべきものは皆無。
しかしそれは魔法使いも理解していた。
続けて先ほどの者とは違う広範囲に及ぼす魔法を発動させる。ただし先ほどの火炎とは違って攻撃力などほとんどない水流だった。
だが、先ほどの魔法で熱せられた地面が冷たい水と触れることによって視界を覆い尽くすほどの水蒸気を生み出す。
「目くらまし!」
そう、火炎も水流も女戦士の鍛え上げられた肉体を傷つけるには一歩及ばない。しかしこの二つが組み合わせることによって水蒸気を生み出して相手の視覚を奪うことができる。そしてその時間で最も疲労とダメージがたまっている騎士に回復魔法をかける。それが魔法使いの計画だった。
しかし、その計画は水泡に帰す。
「ぐわぁ!」
相手の視覚を奪うことに成功し、ほんの少しだけ気を緩めた騎士。だがその一瞬の隙が命取りとなった。
「私に目くらましなど効くと思ったか!」
水蒸気によって奪われたのは視覚だけでない。熱せられた地面と冷たい水が触れることによって生じる音のせいで聴覚も働かない。突然生み出された水蒸気のにおいによって嗅覚も同様に働かない。
しかしその程度だ。
五感全てを奪われる程度の修羅場など今まで何度もくぐってきた。ましてや常に移動し続ける剣士ならばまだしもパーティーの盾として回避することなく防御のみに専念する騎士の位置を把握することなどたやすいことだ。
「ぐぅ!」
かろうじて即死は避けられたが自慢の鎧は砕かれて満身創痍になった騎士はそのまま地面に倒れ伏す。これではすぐに戦線に復帰することはかなうまい。
「はあああああ!」
女戦士の注意がそれた一瞬を突いて剣士が女戦士でも致命傷になりかねない剣の一撃を女戦士の背中に食らわせようとするが、ふりかえることさえなく女戦士は数歩横にずれるだけで避ける。
「な!」
「甘い」
必殺の一撃を避けられたことで前に出過ぎてしまった剣士は女戦士にとっていい的でしかなかった。次の攻撃を避けるために体勢をかえるにはわずかに隙が生まれる。そしてその瞬きほどに短い瞬間を狙って女戦士の重い一撃が無防備な剣士の腹を貫く。
しかし剣士が死んでもパーティーは崩壊せずにそのまま戦闘は続行する。
魔法使いはまたしても魔法を繰り出す。だが先ほどの火炎ほどの威力はない。どれもただの人間を殺すのであれば十分な火力を持っているが女戦士の前では子供が泥団子をぶつけてくるようなもので致命傷どころか軽傷にすらならないほど弱々しい攻撃だ。
「おい、どういう……」
だがそれらの魔法は女戦士の注意をそらすためだけのものだった。女戦士の足元の土を溶かしてぬかるみにすることこそ魔法使いの本命。
しかしそれだけでは倒せない。動きを止めただけでは攻撃に欠ける。
「はあああああ!」
そこで動けないはずの騎士が雄たけびを上げて剣を女戦士の背中に突き立てる。先ほどの者とは違ってこれは女戦士の意識の外から繰り出された奇襲だ。
しかし女戦士には届かない。
「な!」
「嘘……」
「危ない、危ない。あともう少しで重傷を負うところだった」
女戦士は騎士の剣を蹴りで払い落としたのだ。そしてその蹴りを騎士にも食らわせた。それももう戦闘に参加できないよう首を狙って蹴りを入れた。
「あとはお前だけだ」
「」
残ったのは魔法使いだけ。だが魔法使いは魔法こそが攻撃手段であり、基本的に敵の攻撃は他のパーティーメンバーが受け止める。だからどうしても格闘には弱い傾向がある。
「勘違いしているようですけどね、私は魔法使いではありますが接近戦もできない訳じゃないんですよ」
魔法使いは残りの魔力を全て使って補助魔法を自分にかける。
「…………」
「…………」
しかし二人は動かない。
一定以上の実力を持った者同士の格闘では防御も回避も無意味。防御しても相手の攻撃を完全に殺すことはできず、回避しても重心がほんの少しでも動いてしまえば次の攻撃で負ける。
どちらが先に必殺の一撃を相手に打ち込めるか。
どれだけの時間が経ったか。一瞬が永遠にも感じられるほどの緊迫感が場を支配していた。
二人の拳が動いたのはほぼ同時。
ただの人間であれば防御も回避もできず爆散するほど速度と威力を持った拳。相手を一撃で殺すには申し分ない渾身の一撃だった。
「がはっ!」
地面に倒れたのは魔法使いの方だった。
二人とも拳の速度も動き出す瞬間も同じだったが決定的な違いがあった。
魔法使いは威力も速度も全力を出したが、女戦士は威力をほんの少しだけ下げてそのエネルギーを速度に振り分けた。
もちろん、言うほど簡単なことではない。威力に使うエネルギーの全てを速度のためのエネルギーに置き換えようとしてもロスは生じる。釣り合いが取れないのだから普通なら思いついても実行しない。
だが二人の一撃は相手を殺すには十分すぎるほどの威力と速度を秘めている。防御力に対し攻撃力が過剰であるならば、その攻撃力を他のことに使えばいい。
そして紙一重ではあったが女戦士の一撃が先に届いたのだ。
挑戦者がいなくなることはない。途中で引き返そうと思えば完全攻略はできなくとも帰還はできるから実力の有無に関係なく誰でもこのダンジョンに足を踏み入れる。けれどダンジョンの最奥に眠るあれだけは誰にも触れさせない。
過ぎ去りし日の思いを胸に誇り高き女戦士はダンジョンを守り続けるのであった。
フォロワーさんのお題で作りました。
もとのお題は『誇り高き闘う女』です。