表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平民を守りし最後の盾  作者: 喉元思案
4/5

見回り

「ここまでの隊舎の説明で、何か質問は?」


 その後、隊舎前に置かれていた包みに入った隊服に身を包んだシルビアに、隊舎の説明をしていた。この隊舎は意外と大きく、二階建てで、便所の場所や更衣室、執務室や取調室、休憩室など警邏隊にとって充分な部屋が用意されている。しかし種類が沢山あるわけでもないので、それがどこにあるのかを説明するのは難しくない。するとシルビアが手を上げる。


「ここはボロ屋か何かですか?」

「言い方が悪いんだよ。年季が入ってるって言え」


 一階にある執務室に向かうための中央階段を下りていくと、一定の調子で木材の軋む音が響く。

 確かにこの隊舎は建てられてから相当な年月が経っている。床は軋むし、ドアだって金切り声のような音を立てる。だからと言って人が住めない環境ではないし、ましてや家畜小屋はない。掃除だってちゃんとやっているのだ。一カ月に一度程度だが。


 階段を下りて左に曲がると、その左手に執務室が現れる。両開きの扉を押して開き、執務室の中に入ると、紙特有の香りとインクの匂いが鼻を撫でた。部屋には、中央にいくつかの机があるだけで、その周りはなにもなく閑散とした空間が広がっている。


「お、終わったか!」

「ユリスおかえり」


 書類作業をしていた二人が顔を上げて出迎えてくれる。それに片手を上げて返事を返し、シルビアを席に案内しようと歩き出して、その彼女が入り口前で辺りを不思議そうに部屋の中を見回していることに気がついた。


「どうした?」

「他の隊員はどこにいるのですか?」


 その質問を聞いて大事なことを話していないことに気づいた。


「あぁ悪い。言ってなかったな。三番隊は今、お前を含めて総員四名だ。他に隊員は一人もいない」

「あぁ、なるほど。だから他に隊員が見当たらな――って、なんですって?」


 その言葉に一度納得しかけ、それからすぐにおかしいことに気がついたのであろう彼女が、驚愕に染まった顔を向けてくる。


「何度も言わせるな。ここにいる四名が、現存する隊員だ」

「そんな……あなた達おかしいと思わないの!?」

「そう思って何度も上に掛け合ったんだけどな。結果得られたのはお前一人だけ。あいつらにとっては、これが〝正常〟なんだよ」

「っ……」

「まぁそんなこと言っても仕方がないんだけどな」


 彼女は口を噤む。だが、俺の心情は至って平静で、ただ事実を言っただけだった。この国は歪な形で固まってしまったのだ。例えどれだけ力を込めて金槌で叩こうとしても、壊れることはない。この国を変えるには、それもろとも捨てるしかないのだから。


 不意に、部屋に掛けられた時計が、ゴーン、ゴーンと鐘を鳴らした。午後二時を知らせる音だ。俺を含めた三人は早速準備を始める。


「な、何をしているのですか?」

 状況についていけてない彼女に、俺は早口で説明をする。

「見回りの時間だ。朝の八時、昼の二時、夜の八時に平民区の見回りをする。シルビア、これはお前の分だ」


 そう言いながら投げ渡した物を、名前を呼ばれた彼女は慌てながらも受け止める。


「手錠と警棒、通信用の耳飾り型の精霊結晶と三番隊の徽章だ。失くすなよ。誰かさんみたいに人にあげるのもなしだ」

「あっはっは!」


 まるで他人のことのように大笑いするドリアスだが、それをやってるのはその本人だ。どうやらまったく悪いと思ってないらしい。見ると、彼女は準備に手間取っているようだった。


「五分後に屋上に集合だ。ノルン、シルビアを手伝ってやってくれ」

「……ん」


 とっくの昔に準備を終えていたノルンに声をかけると、頷きシルビアに向かって面倒くさそうに「それはそこ。そっちはあっち」と身振り手振りを交えながら、しかしよくわからなそうな説明でシルビアに指示を出して、「どれがどれかわからないわよ!」とシルビアも文句を言っていた。


 とりあえず自己紹介は済ませていて――ノルンは自分の名前を言っただけ。ドリアスは一方的に話しただけだが――お互いに嫌悪している様子はなかったので問題はないはずだ。まだ仲が深まるのには時間がかかりそうだが。


「あっはっは! 仲がよくて何よりだな! さて、行こうぜユリス!」


 あれのどこが仲がいいように見えるのだろうか、と思いつつもドリアスに促され、先に屋上へと繋がる階段を上って外に出た。

その後、およそ五分足らずでノルンとシルビアが駆けあがってきた。全員が集まったところで話し始める。


「全員いるな。今日の見回りだが、新人隊員であるシルビアの初勤務だ。そのため、今回は全員で一緒になって平民区の見回りを行う。基本的なことは何も変わらない。民のことを第一に考え行動しろ。それだけだ。何か質問はあるか?」


 その問いにシルビアが手を上げる。


「主に何を見て回ればいいの?」

「全部、と言うと流石にまだ無理がある。まずは人の挙動と表情だ。何か悪いことを企んでいる奴や、困っている人っていうのは顔とその動きに出る。稀にそれを全く表に出さずにやってのける奴もいるが……そういう奴らは俺達が見つける。心配するな」


 他に質問はあるか? と問うが、誰も手を上げることはなかった。


「よし、それじゃあ始めるぞ――っとそうだ。シルビア、お前足に自信は?」

「一応首席卒業ですから自信はあるわ」

「それはよかった。それじゃあ――せいぜい頑張ってついてこいよ」


 そう言った数秒後、俺達は彼女を置いて三百メトルほど進んでいた。振りかえれば、彼女は小指の爪ほどの大きさになっていて、まだ隊舎の屋上で立ったままだった。

 ちなみにメトルとは長さを現す言葉で、百ミリトルで一セントル、百セントルで一メトル、千メトルで一キトルとなる。


『なんだ来ないのか?』


 左耳に取り付けられた通信結晶で呼びかけると、シルビアは体を揺らした後、急いで向かってきた。


「どうしたんだ?」

「す、少しびっくりしただけよ」

「そうか、それならいいんだが」


 ユリスはその返答を聞き、顔に笑みを浮かべる。ドリアスとノルンも同じように笑っていた。なぜならドリアスとノルンの二人も入隊してきた頃は、同じようにユリスに驚かされたのだ。つまりこれは三番隊の入隊儀礼のようなものだ。


「行くぞ」


 短く告げて、再び家屋の上を一同は駆け始める。先程と比べれば遅い、しかし他の人からすれば全力疾走よりなお速いスピードで。今はまだついてきているシルビアを横目にユリスは、いつまでもつだろうかと意地悪な笑みをつくるのだった。

 

 それからしばらく縦横無尽に平民区の二番、三番、四番街を端から端まで動き回って一度隊舎まで戻ってきて、ようやく足を止めた。


「いったん休憩だ」


 後ろを振り返ると、息絶え絶えといった様子で遅れてシルビアが俺達のところにたどり着き、へなへなと臀部から崩れ落ちた。


「最初の威勢はどこにいったんだ?」

「はぁ……うる、さい、はぁっ……」


 憎まれ口を叩きながらも、内心感心していた。この速さーー俺にとっては駆け足程度だがーーはノルンもドリアスも初めは根を上げたものだが、彼女は少し遅れながらも最後まで走っていた。首席卒業と言うのも伊達ではないのだろう。


「さて、そろそろ行くか」

「え、も、もう……?」


 彼女はどの言葉を聞いて、へたり込みながら憂き目にあったような表情を浮かべた。


「安心しろ、今までの速さでは動かない」


 続けてその言葉を聞いてあからさまに安堵の表情を浮かべる。コロコロ変わる表情がおかしくて、ユリスはつい笑ってしまう。だが当の本人は、呼吸を整えるのに必死なのか、気付いた様子はなかった。

 

 その後息が整ったところで、私達はそれぞれ二手に分かれ、街道を挟むような位置取りで身を隠しつつ監視を始めた。あの隊長とノルンが左側、ドリアスと私が右側の屋根の上で街道を監視しつつ進んでいく。


 息は整えられたものの体の疲労は抜けることがなく、足の筋肉が微かに痙攣していつもより足元がおぼつかない。


「嬢ちゃん、大丈夫か? さっきからフラフラしているじゃねぇか」


 隣で一緒に行動しているドリアスが、疲れていることに気がついたのか声を掛けてきた。けど私はそんなことで心配されたくなかった。


「これくらい大丈夫よ。余計な心配してないで仕事に集中したら?」

「それもそうか! ありがとよ嬢ちゃん!」


 皮肉のつもりで言ったのになぜか感謝されて、私は戸惑いと少しばかりの罪悪感に責められる。普通はそうじゃないでしょう……。

 いつもより力の入らない足を動かしながら、ふと考える。自分はなぜこんなところで働いているのだろうかと。


 本来望んだ場所は遥か高い場所で、決してこんな所に来るためではなかったはずだ。そしてそのための努力は怠らなかった。なのに結果はこうだ。目指す場所から最もかけ離れた場所に私はいる。


 平民なんて、少しの不自由も我慢できないような者達だ。お父様はそう言っていた。見れば身なりも悪く、家も小さい。こんな者達の住む街をこれから毎日歩き回らないといけないだなんて。

 だが全ては〝精霊の導き〟。私にとってきっと最良の道なのだろう。でも、私の夢はどうなるのだろうか? こんなところでは、きっと――。

 

 そうして街を二つほど見て回った頃。


『止まれ。怪しい奴を見つけた』

 その声にずっと思考に落ちていた意識が現実に引き戻される。


 『十メルトほど先、帽子をかぶった男だ』


 いけすかない隊長の言葉を聞いて、言われた位置辺りを見ると、言うとおり帽子を、しかも目深にかぶった男が歩いていた。その先には、男の存在に全く気づいていないであろう女性がいた。恐らく、夕食の買い物でもしに来ているのだろう。二人の歩く速さは同じで、しかし女性に比べると男は身長が高く、足も長いため、女性の速さに合わせているのは明らかだった。


 『このままあの男を尾行する。くれぐれも悟られないようにしろ』

『『了解』』


 その言葉に反応してノルンとドリアスが返事を返す。私も遅れて、り、了解。と返事をして、不審な行動を見逃さないようにと男の姿を、その周りの景色が全てぼやけるほど注視しながら進んでいく。しかし。

「きゃっ――」

「っと、あぶねぇ」


 そのせいで足元が疎かになったか、家と家の隙間に片足を踏み入れて落ちそうに立ったところを、間一髪でドリアスに手を掴まれて助けてもらった。

 自分の間抜けな行動に、一気に顔が赤くなるのを感じる。


「あ、ありがとう……」

「おう! きぃつけろよ」

 一応それだけ言うと、彼は大して気にした様子もなく再び歩き始めた。


(……硬くて、荒い手だった)


 掴まれた手を撫でながら思った。自分の手を触れば、凹凸などない滑らかな手だった。お父様の手も、あんな手ではなかった気がする。


『男に動き。女性に接近中』


 子供っぽいノルンの声に反応して、顔を上げ男の姿を探す。見れば、ノルンの言うとおり女性へと距離を詰めていた。


『恐らく、接触時に金袋を抜き取るつもりだ。今は人が多い。ぶつかられても謝れば、相手もなんとも思わないだろうからな。その時を狙って、捕縛する。位置につけ』

「行くぞ嬢ちゃん!」

「こ、声が大きいわよ」


 促され、ばれないように気を使いながら もドリアスの後に続き、女性のいる位置より先回りする。

 女性の動きが止まった。どうやらそこは果物屋のようで、顎に手を添えながら何やら顔をしかめている。恐らく、いいものを選定しているのだろう。お父様が輝く宝石を前に、同じような顔をしているのを見たことがある。だが果物一つであんなに顔をしかめるなど見たこともないしやっているかも定かではない。


 そんな大して役にも立たないであろう新しい発見をしつつも、男は着々と女性に迫っていた。

 そしてその姿が重なる瞬間、男が若干、右側の肩を引き、勢いを付けて女性へとぶつける。女性がよろけるが、男は片手を上げて頭を下げると女性も頭を下げて、まるで何事もなかったかのように時間が進みだす。


『男が女性の金袋を抜き去ったのを確認出来た。捕縛するぞ』

「了か――嬢ちゃん!?」


 その瞬間、私は屋根から駆け降りていた。ドリアスが私のことを呼ぶが、頭の中は男を捕まえることでいっぱいだった。男の目の色が、〝嘲笑〟へと変わったのが分かったから。


「待ちなさい!!」


 大声で呼びかけると男は振り向いてギョッとし、次いで駆けだした。それを追いかけようと駆けだそうとして――膝が折れる。


「くっ……!?」


 疲労が溜まっていることは分かっていたが、長い時間走れなくなっているほどだとは思わなかった。皮切りに全身も重くなっていく。このままじゃ追いつけない。でも、諦めるわけにはいかない。


「このぉっ!」


 片膝をついた状態で手を広げ、男の方に向けて掲げる。イメージするのは音速で跳ぶ球。属性は火。それは着弾と同時に小規模な爆発を起こす。

 体から何かが抜けていくような感覚と共に、掲げた掌に赤い光が集まっていき、あるときそれは拳大の燃え盛る火球へと姿を変えた。

 

 周りから声が上がる。だが今の私は気に掛けている暇はなかった。頭の中には、無防備な背中を見せ走る男にこの力をぶつけることしかなかった。


「〝撃ち抜け〟!!」


 その声に反応して、留まっていた火球は勢いよくその身を奔らせた。

「ひぃっ……」


 距離は約十メトル。人混みの中を、男めがけて火球が一直線に駆ける。後ろを振り返った男が、自分に迫りくる火球を目にして悲鳴を上げる。それから逃げようと足の回転速度を速めるが、迫る火球を前にして、それは無駄な足掻きだ。


 当たる。そう確信した、そんな時。火球と男の間に誰かが割り込んできた。ノルンだった。

 彼女はこちらから見て火球の少し左側に棒立ちになった状態でいた。


(何を!?)


 このままでは彼女に火球が当たってしまう。だが手から離れた火球を制御する術はない。

 しかし、そんな私の心配は杞憂に終わる。


「――」


 火球が当たる直前。彼女は何かを呟くと、左手を一線。その瞬間、パァンッ!!という耳に鋭く刺さるような破裂音と共に、火球が跡形もなく消え失せた。


「なっ……」

「シルビアッ!!」


 あり得ない。消されたことに驚きを隠せないでいると、突然後ろから荒々しい語気で名前を呼ばれた。振り向けば、凄まじい形相であの隊長が大股でこちらに向かって歩いてきていて。

 ――パンッ!


「え……?」

 気づけば私は右頬を打たれていた。

「何するのよ!」

「シルビア」


 打たれた頬がジリジリと痛む。お父様にも打たれたことないのに、なんでこんな男に。

 初めてのことで混乱と打たれたことの苛立ちで声を荒げるが、彼はなんでもないような態度で話を続ける。


「何故、俺がお前を打ったのか。分かるか?」

「私は悪人を捕まえようとしただけで何も悪いことなんてしてないわ。打たれる理由がないでしょう!」

 そう言った瞬間、彼の目の色に〝呆れ〟が混じった。

「お前、俺が最初になんて言ったか覚えているか?」

「人の表情や行動を見ろって言ったわね」


「確かに言ったがそこじゃない。俺は言ったはずだ。民の安全を第一に考えて行動しろと。なのに今のはなんだ? 精霊術で、しかも〝小規模爆破が二次作用で起きるようにまでして〟。周りにどれだけの人がいたと思っているんだ?」

「っ……っでも! 私が撃った火球の直線上には誰もいなかったわ!」

「あの男が近くの誰かを盾に使おうとしたら?」

「なっ……」


 そんなの人のやることじゃない。そう言いたかったが、激情に駆られた人が何をするか分からないのは、知っていたために何も言い返すことが出来ない。


「逃げる前に誰かを人質にとったら? 男が精霊術を使って暴れたら? お前の精霊術で仕留められなかったら?」

「そんなの全て仮定の話――」

「だが全て起こり得た話だ!」

「っ……」


 その力強い声に、口を閉ざす他なかった。それだけ彼の言葉は真剣で、重いものだと感じたからだ。


「その辺にしてやれよユリス」


 いつの間にか、ドリアスとノルンが近くまできていた。そして二人の間には、既に手錠を掛けられた盗人の男が項垂れて立っていた。


「まだ初めての見回りだぞ? 流石に求め過ぎなんじゃないか?」

「最初に言っておかないとダメな場合があるからな」

「そうかもしれんが言い方を少しは考えないといかんぞ? ……嬢ちゃん泣いてるじゃねぇか」

「え?」


 その言葉を聞いて、初めて自分が涙を流していることに気がついた。慌てて拭うけど、涙腺が決壊してしまったのか、留まることを知らない。


「おい嬢ちゃん!」


 私は駆けだした。このまま醜態を晒すのも嫌だったし、何より周りの目に耐えられそうになかった。


「ちゃんと晩飯までには戻ってこいよー!」


 気を使ってそう声をかけてくれたドリアスだったが、私はそれに返事を返すことができなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ