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青春リセットも楽じゃない  作者: ドラドラー
8/11

第七話 文学少女が登場するだけのお話

 一之瀬(いちのせ)千尋(ちひろ)は、俺と香澄(かすみ)と同じ、一年C組のクラスメートだ。自己紹介の時に彼女の名前を知った程度なので、一之瀬がどういうヤツなのかは、まだ全然知らない。端正な顔に黒い眼鏡(めがね)、顔と同じく整った長く黒い三つ編みという見た目からなのか、同学年なのにも関わらず、何だか先輩のように見える。

 彼女について、現時点で(わか)っているのは、『趣味(しゅみ)は読書』という情報と、昨日の委員決めで図書委員になったということと、中等部から海藤(かいとう)学園にいたのと、文芸部所属(しょぞく)だということだけだ。

 要するに見た目通りの文学少女である。というか、それとしか言いようがない。

 自己紹介をせずとも外見だけで、彼女は何が好きなのかを一瞬で理解できると思う。


「昨日委員が決まったばかりなのに、もう早速(さっそく)仕事か。早いな」

「そう。昨日のHR(ホームルーム)の後ここに集められて、今日は私が担当するということで決まったの」


 一之瀬は閉じた本を後ろのスペースに置く。見ると、彼女の背後には、色々なサイズの本がタワーのように積まれていた。その本が返却された物なのか、彼女がここで読書するために持ち出した物なのかは知らないが、少なくとも五十冊は超えていそうだった。これは後で本棚に戻すの大変そうだな……。

 ただでさえ本の量が尋常(じんじょう)じゃないほど多いのに、これら全部を、後で定位置に戻すなんて相当キツいだろうな。

 そんなことを思いながら、俺は「はい、これ」と、学生証を渡した。

 一之瀬はそれを受け取り、バーコードリーダーでスキャンする。続けて本も読み取る。


「単純過ぎる作業とはいえ、慣れた手つきだな」

「前にも何度か図書委員の仕事をしたから、すっかり体が覚えちゃって」

「何度か――ってことは、初めてじゃないのか」

「うん、今まで五回くらいは図書委員をやったかな」

「五回も!?」


 いくら何でもやり過ぎじゃね!?

 どんだけ本好きなんだよ!


「ふふっ、みんなからもそう言われた」


 一之瀬は困ったように微笑(ほほえ)みながら、今日の日付と返却日が記載されたレシートを、学生証と一緒に、本の間に栞のように挟んで俺の方に差し出す。

 俺はそれを受け取って、


「というか、今は一之瀬さん一人だけなのか。普通は司書の人とか、他の図書委員が数人いそうなモンだけどな」


 話題を変えた。


「司書さんと他の委員なら、今二階で返却された蔵書を整理しているわ」

「ゾウ……あ、アレか」


『ゾウショって何?』と()きかけたが、瞬時に理解できた。図書館の資料のことか。普段から『図書館の本』って言ってるから、解らなかった。


「じゃあ後ろに積まれた本って、返却されたヤツなんだ。てっきり一之瀬さんがここで読むために持ち出した本かと思った」

「いくら私でも、短時間でそんなには読めないよ……」


 頬をかく一之瀬。……まあ、普通に考えたらそうだよな。

 本のサイズだけでなく、厚さもまちまちだったが、たとえ彼女が速読(そくどく)()けていようが、これはどう考えても、昼休みで読み切れる量じゃない。それに俺の勝手なイメージだが、一之瀬はどちらかと言えば、ゆっくりと熟読(じゅくどく)するタイプだと思うし。


「そっか。見た感じ、ここの図書館の本を全部知ってそうだけどな」

「と思うでしょ? でも実際は違うの。新しい本がたくさん入ってくるから、なかなか全ての本を読破することができなくて」

「裏を返せば、昔は全ての本を読破するつもりだったのかよ……」


 過去のこととはいえ、すげぇ探究心だ。

 いや、ここまで来ると執着(しゅうちゃく)心か?


「それで、今読んでた本って――」

「ちょっと前に発売された小説。見たことあるんじゃないかな」

「あぁ、見た見た」


 中身をチラッと見た程度で、あんま読んでないけどな。

 一之瀬は背後に置いた本をもう一度手に取り、俺に見せるように(かか)げた。その表紙を見て、俺はアレかと納得する。

 彼女が言った通り、その本は一週間くらい前に発売されたシリーズの新作だった。ジャンルはファンタジー小説。今年の秋くらいにアニメ化する予定の、結構有名なシリーズだ。本の帯にも『100万部突破! 今秋アニメ化予定!』と、主要キャラのアニメ絵――元の本にはイラストが一枚も存在しない――と一緒にデッカく書かれてたし、俺も何度か読んだことある。

 そして自分の口から()らした感想通り、俺も最新作の存在を知っていた。前に本屋に寄った時、実際にその表紙を見ていて、少しだけ立ち読みしている。ただ『何回も読んだ』とはいっても、熱心なファンじゃないから、展開とかはだいぶ忘れてしまっているし、登場人物も何人くらい死んだのか覚えていない。そこそこハードな設定で情報量の多い作品なので、たまに読むという感覚じゃ、話がどうなったのか理解できないのだ。


「熱心に読んでないから、設定とか、どこまで進んだのか、もうほとんど忘れたわ。今どうなってんだ?」

「主人公の所属してる王国が敵国に侵攻したところで、前巻の話は終わってるわ。で、今読んでる最新巻で――あっ、ううん、続きは読んでからのお楽しみね」

「続き言わないのかよ!」

「だってネタばらししたら、面白みが薄れちゃうでしょ? やっぱり本は、自分で感想を言うより、直に読んで面白さを体感してもらわないと」

「えぇー……」


 厳しい顔で首を横に振る一之瀬だった。今の俺は、飼い主からお預けを食らったペットの気分だ。


「じゃあ、せめて本の感想だけでも。面白いかつまらないかでいいから」

「うーん……」


 出し渋るような(うめ)き声をこぼし、考え込む素振りをする一之瀬。だが、少しの沈黙の後、


「面白かった。点数にしたら、十点中八点かな? 話の構成も見事だったよ。ただ、展開が唐突すぎる感が否めないけど」

「ネタバレを伏せた簡素で(わか)りやすいレビューをサンキュー。本当に本が好きなんだな」

「まあ――あっ、後ろ」


 と、一之瀬は話を止める。振り返ると、俺の後ろに、そこそこの人数の生徒が本を持って並んでいた。

 俺達が会話を長く交わしていたせいで、後がつかえてしまったらしい。


「悪い、少し話し込んだな。何か面白い本があったら、またいつか教えてくれ」

「あ、うん……」


 じゃ、と俺はそそくさと本を小脇(こわき)に抱えて立ち去った。

 一之瀬も小さく手を振って、「じゃあね」と言った。


     ★    ☆    ★


 本を借り終えた俺は元いた位置に戻る。

 そこまで近づいてきた俺を見て、香澄は言った。


「遅かったね。どうしたの?」

「一之瀬と話してたんだ。今日はアイツが当番だった」

「あっ、今日の当番は千尋ちゃんだったんだ」

「千尋ちゃん……」


 平然と一之瀬を下の名前で呼ぶ香澄。何か急に可愛くなったな。


「一之瀬とは親しいのか」

「千尋ちゃんとは結構話してるよ。私自身、図書館によく顔を出してるから」

「なるほどな。……アイツと初めてまともに(しゃべ)ったけど、意外と一之瀬って喋れるんだな」


 彼女と会話した感想を短く言って、俺はドカっと椅子に座った。

 ああいう人間は、大抵寡黙(かもく)というか、人付き合いとかが苦手だろうなと勝手に思い込んでいたので、物静かとはいえ、思いの(ほか)饒舌(じょうぜつ)だったのは驚いた。

 まあ香澄と同じく、中等部から学園にいたから、人が多い環境に慣れたというのもあるか。それに図書委員を五回もやってるし、色んなヤツと接しまくってコミュスキルを高めたという部分もあるかもしれない。

 ……いや、中学の時とか小学校の時とか、図書委員の仕事をしてるヤツとまともに会話したことないな。逆に図書委員から生徒に話しかけてる所も見たことないし、そんな経験ないし。

 だとすれば、元からコミュ力が高いのか。


「しかも、あんまり関わってない俺の名前だって覚えていてくれたし、社交性も高いんだな。俺なんて、まだクラス全員の顔と名前を完璧に覚えきれていないのに」

「うん、千尋ちゃんは記憶力が(すご)いからねー」

「記憶力?」


 俺は首を少し(かたむ)ける。


「一度見ただけで、全てのことが暗記できるの」

「それって――瞬間記憶能力か」

「そうそう!」


 コクコクと香澄は大きく(うなず)く。

 何それうらやましい。そしてズルい。

 俺なんて一生懸命勉強して、常に平均点より上の成績を維持してんのに!


「だから中学の時は、トップクラスの成績だったの。多分、頭のよさは由希ちゃんといい勝負だと思う」

「うわっ、完全にチートじゃん。こんなの卑怯(ひきょう)過ぎんだろ――あ」


 言って、俺は気付いた。

 いや、振り返ってみれば会話の時点で、彼女の一片が見えていた。それどころか、自分でも無意識に、真実の一端を捉えたことを口にしてる。

 ――新しい本がたくさん入ってくるから、なかなか全ての本を読破することができなくて。

 ――裏を返せば、昔は全ての本を読破するつもりだったのかよ……。


「もしかしたら、一之瀬の特技って……」

「うん、その『瞬間記憶能力』だよ」


 私はまだ少ししか、その凄さを見てないけど、見たらいつか驚くと思うよ。

 多分図書館内のパソコンを使わなくても、本の検索ができるんじゃないかな。

 過去の出来事を思い返すように言う香澄だった。

 ……こんな能力を持ってるヤツって、今までテレビでしか見たことないけど、やっぱり本当に存在するんだ。

 やっぱりこの学園は超人が(そろ)っているんだということを、俺は改めて知った。

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