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青春リセットも楽じゃない  作者: ドラドラー
7/11

第六話 飯とマナーと図書館の本

 午前中の授業が終わり、俺は弁当と水筒(すいとう)を持って食堂へと向かう。

 海藤(かいとう)学園は今日から授業が本格的に始まった。

 まだ最初だから、そこまでガッツリと入り組んだことはしていないが、やはり私立校の特色だろうか、授業のスピードが中学の時より早かった。しかも今日の科目は、午前中が数学と現代文と英語と生物、午後は世界史と化学という、結構(けっこう)ハードなものばかりだ。

『私立は公立以上に授業のペースが早いよ』と両親から教えられていたが、まさかここまでとは思わなかった。

 俺、ちゃんとみんなについて行けるのかな……。

 そんなことを考えながら歩いていると、


陽輝(はるき)くん!」

「お、()――じゃないわ、瀬戸(せと)さん」


 香澄(かすみ)が後ろから俺の肩をポンポンと叩いた。人の目を気にして、俺は彼女を名字で呼ぶ。そして、回り込むように俺の目の前に立った香澄に、俺は小声で怒鳴(どな)った。


「バカお前、外じゃ名字(みょうじ)で呼べよ!」

「え? 私はみんなを名前で呼んでいるけど?」

「は……それって、男子女子構わずにか?」

「うん」


 (うなず)くと同時に、『それのどこがおかしいの?』みたいな目でこちらを見る香澄。

 こんなの絶対勘違いしてるヤツいるだろ……。

 中等部からのヤツなら、瀬戸さんはそういう人だから、って認識(にんしき)で落ち着いているかもしれないが、俺みたいな高等部からの新入生じゃ、誤解してもおかしくない。入学した時でも、いきなり「陽輝くん」って呼んだからな。正直言ってドキッとした。


「お前……いつか他の男子に勘違いされても知らないからな」

「その時は陽輝くんが守ってよ」

「いや、守るよ! 守ってやるけど最低限(さいていげん)自衛(じえい)はしろよ!」

「陽輝なら大丈夫だよ。昨日だって強いところを見せてくれたし」

「信頼し過ぎだろ!」


 駄目(だめ)だコイツ、その辺のちびっ子より純粋(じゅんすい)過ぎる……。

 社会に出たら間違いなく、(だま)されて連帯保証人(れんたいほしょうにん)になったり、詐欺(さぎ)()ったりするタイプだよ。信頼を寄せてくれるのは嬉しいけど、寄せられ過ぎて逆に不安になる。


「とにかく人との付き合いには、少し一線引いといた方がいいと思うぞ。お前の場合は二重線(にじゅうせん)だけど」

「それって、まさか……()いて――」

「違う! (はた)から見ていて危なっかしいからだ!」


 もう行くから、と俺は早足で歩みを進めた。あぁん待ってよ! と彼女も後を追いかける。

 香澄を見ていると、何だか昔の自分をより一層(いっそう)悪くしたものを見ているような気分になる。別にそういうタイプの人間が嫌いという訳じゃないが、無防備過ぎる行動や言動のせいで、危なっかしく思えてしまうのだ。まるで、すぐ知らない人に付いて行く子供を見ているような気分だ。きっと近い内にろくな目に遭わないと思う(もしかしたら、もう(すで)に遭っているのかもしれないが)。

 馴れ馴れしいと苦言(くげん)(てい)する美奈(みな)の気持ちが、何となく(わか)ったような気がする。

 そう言えば、由希(ゆき)が『仲間であり友達であり家族よ』って言った時、アイツは同調したような顔をしていたけど、どこかで複雑な顔になってたような気が――


「くん――陽輝くん」

「んっ!?」


 香澄の呼びかけに、思考が一時中断した。


「考え事でもしてたの?」

「ん、あぁ……悪い、何か話してたんなら聞いてなかったわ。何て言った?」

「それってお弁当だよね」


 俺の手元を指差す香澄。彼女の手には俺と同じく、ピンクの風呂敷(ふろしき)に包まれた弁当箱と赤い水筒が握られている。

 俺は見せびらかすように、紺の風呂敷に包まれた自分の弁当箱を示しながら、


「欲しいのか? やんないぞ」


 ちょっとだけ意地悪をした。


「いや、自分のはあるから……」


 自分の弁当を見せて、苦笑する香澄。間近で見ると本当に綺麗(きれい)で可愛い顔だな……。

 こんな女子と一緒に歩いて会話をしてるって、俺って実は幸せなんじゃないか?

 なのに、彼女にこんなセコいことをするなんて……ちょっとした罪悪(ざいあく)感が芽生えた。


「というより、陽輝くんはこれから一人でご飯食べるの?」

「あぁ、そのつもりだけど……」


 言いながら、俺は弁当を下ろす。


「だったら一緒に食べない? って言おうとしたんだけど、嫌?」

「あ――えっ」


 突然の誘いに思わず動揺(どうよう)する。

 いや……でも、俺の後をついて行った時点で、誘う気はあったんだ。


「嫌じゃないけど、俺は食べ方が汚いぞ」


 座高(ざこう)が高いからやや猫背(ねこぜ)だし。

 器に顔を近づけて食うし。

 飯を漫画みたいにかっ込むし。

 そんなんでもOKって言うなら――


「全然いいよ」

「いいの!?」


 コントみたいに変なリアクションを返す俺。


「いいよ。私は他人の食べ方とかあんまり気にしないから」

「気にしなくとも、一度目に付いてしまえば気になるだろ」


 俺が昼食を一人で食べようと思ったのは、先程(さきほど)も言ったように、『自分の食べ方が汚いな』と感じているからである。一応、共に食事ができる間柄(あいだがら)の人間は既にいるのだが(高島(たかしま)永谷(ながや))、家族に『食べ方を直した方がいい』と、時々言われてきたせいで、同じテーブルを囲んで食事をつつくことに抵抗があるのだ。

 それは生徒会メンバーだって同じだ。ハッキリと言ってしまえば、しばらくの間は彼女達と食事をしたくない。

 いずれその時が来るかもしれないが、今は極力(きょくりょく)()けたいというのが、俺の本音だ。

 ……でも、今の内に矯正(きょうせい)しておくのもアリかもしれない。もし美奈だったら、徹底的(てっていてき)に潰しにかかるレベルで非難してくるかもしれないし、由希だと、やんわりかつ執拗(しつよう)(なじ)ってくるかもだし。

 その点、香澄ならあまりキツいことを言わなさそうだ。

 それに『一緒に食べない?』と誘ってくれているし、これは絶好の機会だ。


「ん……じゃ、行くか」

「それって、一緒に食べてもいいってこと?」

「おうよ。早くしないと席が埋まるぞ」


 言って、俺は早足で食堂へと向かった。

 テーブルマナーじゃないけど、彼女に色々とアドバイスしてもらおう。


     ★    ☆    ★


「満腹なのに食った気がしねぇ――」

「えっと、何か……ごめんね?」

「香澄は悪くねぇよ。矯正できない俺がアレなんだ」


 昼飯を食べ終えた俺と香澄は、空になった弁当箱を置くために、一旦教室に戻る。結論を言うと……結局、マナーの悪さを直すことはできなかった。

 香澄の丁寧(ていねい)なアドバイスに、最初は何とか克服(こくふく)できたが、途中から逐一(ちくいち)指摘が入ることに、小さなイラつきを覚えてしまった。

 で、最終的に指摘ガン無視で、弁当をガツガツ食った訳である。無論、これは客観的(きゃっかんてき)に見て、あまりよろしくない食べ方だ。小学生の食い方だ。

 結構って次元じゃないほど、失礼な行為をしてしまった。

 教えてもらおうとか言っておきながら、あんなことするなんて……。


「そんな一日ですぐ矯正できる訳ないよ。だからあんまり気負わなくても」

「見栄えがよろしくないのは理解してるよ。解ってるよ。でも、やっぱり飯を豪快(ごうかい)にかっ込むの気持ちいいんだよ……」


 まあまあ、と香澄が(なぐさ)める(かたわ)らで、みっともない言い訳をする俺だった。

 飯を思い切りかき込んで食べると、食べたって感じがして妙な爽快(そうかい)感が()き出る。この豪快な食べ方をすると、俺は満腹以上の満足を感じるのだ。

 ……普通に考えたら、マナーを正す以前に、そんな姿勢を払拭(ふっしょく)するのが先なのだが。


「でも、背筋はちゃんと直ってたよ」

「ホントか?」

「うん、それに無理して全部クリアしなくてもいいんだよ。何事も一つずつだよ」

「一つずつ、か。確かn――」

「って、由希ちゃん言ってた」

「他人の受け売りかよ!」


 俺はツッコミを入れるように、香澄の頭を軽くチョップする。でも本当にそうだよな。

 普通に考えたら、一度にたくさんの課題をこなすなんて、余程(よほど)の天才でない限り、できる訳ない。『何事も積み重ねが大事だ』って、中学の時の先生も散々言ってたし。

 ……何故(なぜ)かこの学園に入ってから、勉強とは違う何かを色々学習してるような気がする。『暮らしの中に修行あり』みたいなセリフがあるけど、まさかそれを肌で体感するとは。……修行じゃないが。


「えへへ……この後どうする?」

暇潰(ひまつぶ)しに図書館にでも寄るかな。休みはまだ二十分も残ってるし」

「図書館――あ!!」

「っ!? ……耳元でデカい声出すなや!」


 いきなりだからビックリしただろうが!

 心臓止まるかと思ったわ!


「ごめんごめん! 図書館で借りた本を忘れちゃって」

「借りた本? ってことは――」


 言いながら、俺は(ゆる)んだネジを()めるみたいな感じで、大声を受けた方の耳の穴をほじる。そうすることで、ダメージを受けた耳の調子が戻りそうな気がするのだ。

 香澄はしゅんと落ち込むように下を向き、


「今日が返却(へんきゃく)日なの」

「あーあ……」


 でも、一日くらい遅れたって大丈夫なんじゃね?

 少し延滞(えんたい)したくらいで利用禁止にはならないだろ。


「いや――もしかして、海藤ってそんなに厳しいのか」

「ううん、厳しくないよ! ただ、期日通りにちゃんと返しておきたかったなって……」


 きまりが悪そうな笑顔を浮かべる香澄。

 表面上は笑ってはいるものの、何だか事態を重く受け止めているみたいな雰囲気(ふんいき)が、じんわりと(かも)し出されている。図書館の本の返却が遅れるなんて、そんな大したことじゃないのに。


「そっか、お前って結構律儀(りちぎ)なんだな――」


 そんな彼女を横目に見ながら、俺は言った。

 続けて、悩みやすそうなのは欠点だけどな、と言いかけたが口をつぐんだ。


     ★    ☆    ★


 海藤学園の図書館は、校舎(こうしゃ)一棟分の大きさだ。その距離、高等部の教室棟から歩いて約三分弱。そんなに遠くはない場所に建てられている。

 地上二階、地下一階の建物で、地上には普通の図書館みたいに様々な種類の本が、地下には学園や周辺の地域の昔からの貴重な本が保管されている。一般生徒が利用できるのは地上のみで、地下は利用できないどころか、立ち入ることすらできない。

 それ(ゆえ)、地下がどうなっているのかは誰も知らない。

 だが、地上はとても綺麗(きれい)な場所だ。

 内装(ないそう)は古さと新しさがいい具合に調和し、本を読むにはうってつけの演出を与えてくれる。モノトーンカラーをベースにした壁と床に、ほんのりと輝くオレンジ色の照明。まさに快適(かいてき)としか言いようのない場所だ。

 そんな場所で、俺と香澄は読書スペース――本を読むための机と椅子がある所――の一つに座って、本を読んでいた。

 俺は新しく入った小説を、香澄は何かの雑誌を読んでいた(表紙からして、多分ファッション系のそれ)。

 ……俺は本を閉じて、辺りを見回した。


「本当に立派な建物だな――」

「うん?」


 俺の言葉に反応した香澄は、雑誌からこちらへ視線を移す。


「いや、中が立派過ぎて、読書に集中できないんだよ」

「あぁ、(わか)る解る。私も最初は落ち着かなかったもん」

「『本を読みたい』というより、『この中を冒険したい』って衝動にかられてしまいそうだ……」


 確かにこの場所は、本を読むには快適な空間だった。しかし快適だからといって、そこが落ち着く場所かどうかとなると、話は別だった。

 図書館の中は、一言で言うなら長方形だ。

 入口が長方形の辺の短い方の(すみ)っこにあり、その近くというか、真ん中に本の貸出(かしだし)返却(へんきゃく)を行うカウンターがあって、反対側には検索(けんさく)用のパソコンが六台設置されている。

 読書スペースは真ん中に(もう)けられていて、その両端――長方形の辺の長い方――には何十台もの白い本棚(ほんだな)が、ドミノのように規則正しく配列されている。そして最奥(さいおう)に二つの階段があり、そこを利用すれば、一階と二階を行き来することができる。

 この構造が、何だかゲームに出てくるダンジョンを連想させるのだ。

 とにかく、活字の向こう側に広がる空間が気になって仕方がない。

 やっぱ家に帰って読むかな……。

 そう(つぶや)いた俺は読んでいた本を持って立ち上がり、


「ちょっと本を借りてくるわ」


 と言って、少し離れた所にあるカウンターへと向かう。そこには一人だけではあるが、女子生徒が座って本を読んでいた。図書館での本の借り方は、学生証(あるいは生徒手帳)を忘れていなければ簡単らしい。この学園では本をバーコードシステムで管理しているので、十秒もかからない内に貸し出しが終わる。

 まず最初に、学生証を図書委員の生徒か司書の人の前に差し出す。

 次に借りる本を差し出す。

 学生証の裏に記載(きさい)されたバーコードをスキャンする。

 続けて本の裏側に()られたそれもスキャン。

 最後に、貸出日や返却日の書かれたレシートを渡されて完了である。


「すいません、これ借りたいんですけど」


 俺はカウンターに到着(とうちゃく)すると同時に、そこに座って読書をしている、図書委員であろう女子に本を差し出した。だけど学生証を掲示(けいじ)し忘れたことに気付いて、その場で内ポケットをまさぐった。

「あ、はい」と、その女子は読んでいた本をパタリと閉じて、こちらを向いた。

 いかにも知的な感じの端正(たんせい)な顔に黒い(ふち)の眼鏡。

 その眼鏡から(のぞ)く、水のように()んだ綺麗な(ひとみ)

 真っ黒な長髪を、一本の太い三つ編みにして、左肩から垂らしている。

 物静かな雰囲気(ふんいき)を持ち、郷愁(きょうしゅう)的な何かを感じさせるような、まさに文学少女を彷彿(ほうふつ)とさせる見た目の女子だった――って、


「お、一之瀬(いちのせ)……さん?」


 俺はその女子を名前で呼んだ。


「あ、浦上(うらがみ)くん」


 と、彼女もこちらを見て、俺の名前を言った。

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