第三話 愉快な同級生
生徒会のミーティングを終えた俺と日和は、その後の予定が何もなかったので、とりあえず帰宅することにした。歓迎会的なものを期待していたけど、それは『今度の休日にやる』とのことだった。
昇降口へと続く通路には、数十枚の紙を持った先輩達が待ち構えている。
俺ら同様、家に帰ろうと大勢の生徒がごった返す中、多くの先輩が「よろしくお願いします!」と新入生に部活勧誘のビラを配っていた。
その中を通ると、運動部の先輩達が「「「あっ、背が高い!」」」とビラを勢いよく俺に向かって突き出した。俺は一瞬怯んだが、まとめて突き出されたビラを全部受け取った。
サッカー部、野球部、男子バスケ部、男子バレー部、男子テニス部、水泳部、陸上部……運動部のビラが結構多かったが、文化部のビラを差し出す先輩は少なかった。
身長が182センチもあるから『多分彼は運動部出身だな』って推測する気持ちは解るけど、文化部のビラも同じくらいの枚数が欲しかった。
つーか、日和はどこに行ったんだろう?
『お兄ちゃんと一緒に帰るのは恥ずかしくて嫌だから』という理由で、俺より先にずんずん進んだから、もう下駄箱の辺りにいてもいいハズなんだけどな……。
どっかで道草を食っているのか、トイレに行ってるのか、とっくに帰ったのかどうかは知らないが、妹の姿が見当たらない。
普通に考えたら先に帰ってそうだから(家から学園までは電車に乗らなきゃいけないほど遠いが、そこまでの道筋は知っているから大丈夫だろう)、俺は妹を探すのをやめて、出入口へと向かった。海藤学園は靴を履き替えず、土足で校舎に入るタイプの学校なので下駄箱がない。その分、メチャクチャ混雑していた通路と比べて、人の流れがほんの僅かだけスムーズだった。
ビラをリュックの中に詰め込み、生徒達の流れに乗って校舎を出た瞬間、
「――ぅわっ!?」
急に後ろから肩を組まれた。突然の出来事に思わず変な声が出る。
後ろを振り向くと、短髪の男子が悪ガキみたいな笑顔を浮かべていた。今にも「にひひっ」とでも言い出しそうだ感じの顔だ。
「何だ、高島か…………ビビったわ」
「へへっ、背ェ高いしボケーッと歩いてたからな。すぐお前だって解った」
「いや、ボケーッって何だよ!」
「やめてやれって高島」
俺と高島の背後から、諭すような声が聞こえた。
そこには髪をきっちり整えた、眼鏡の男子が一人いた。
高島とは対照的に、優等生みたいな雰囲気が漂っている。というか優等生そのものの出で立ちだ。
「浦上困ってるだろ」
「いーじゃんいーじゃん。またここで会えたのも何かの縁だって」
「お前は馴れ馴れし過ぎるんだよ……」
そう言って永谷は、俺の肩の上に置かれていた高島の手を解いた。
「ホントに永谷ってシャイだなー」と、高島はからかうように言う。
「永谷の言ったことは、ある意味正論だと思うけどな……」と、俺は小さく呟いた。
高島慎司と永谷創。
二人は入学式が終わって教室に戻った後、俺が適当に座った席がたまたま彼らの近くだったのをきっかけに親しくなった間柄だ。とはいえ、二人とは「お前どこ中だった?」とか、「何部だった?」とか、「趣味は何?」程度の会話しか交わしていない。だけど話の中で、二人がどういう人間なのかは、何となく理解した。高島はオープンかつフレンドリーなヤツで、永谷は他人と一定の距離を置いて接するタイプだということだ。
「あれ、お前教室で言ってたことと違くね?さっきは『俺らはもう仲間だな』っつってたのに」
「いや、ついさっき『馴れ馴れし過ぎる』って説教受けてな」
「馴れ馴れしい、か。気にすることねぇよ」
慰めるように肩をポンポンと叩く高島。
「で、誰に言われたんだよソレ」
「美――いや、滝口さん」
言いかけて、俺は訂正する。
うっかり下の名前で呼ぶところだった。危ない危ない。
「瀧口って……ウチのクラスにいないぞ?」
「あ、そっか。違うクラスだから知らないのか」
俺と香澄は一年C組だ。それに対し、美奈と由希はA組だ。
知らないのか、というか、入学初日で他クラスの連中と交流するなんてないだろうから、知らなくて当然か。
「ってことは――えっ、もう他のクラスの連中と交流持つようになったの!?」
「ん……あ、まあ」
明確に答えず、ぼかした形で高島の問いに返した。ここは『生徒会役員としてミーティングに参加したから』と言うべきなのだが、由希から『生徒会に入ったことは、私が直接発表するまで他言しないで』と釘をさされているので、そうだと言えなかった。
理由は至って単純で、俺を守るためと、それで生じるゴタゴタを避けるためだった。生徒達の嫉妬などが、破裂した水道管レベルで湧き出るであろうということを見越して、彼女が俺に口封じをしたのだ(それは日和も同じだ)。ただでさえ新入生かつ新参者の俺が、生徒会役員という大義名分丸出しの肩書きを握っているのだ。反感を買われても仕方ないと思うし、そうなっても当たり前だろう。
それを波風立てまいと由希は気遣ってくれてるのに、ここでバラすのは彼女に失礼だ。だから曖昧な答えを返した。
俺は話を続ける。
「てか、お前らもどこ行ってたんだ? HR終わってだいぶ時間経ってるのに、まだ学校にいるなんて」
「ちょっとした学園探検さ」
答えたのは永谷だった。
「ここはとても広いから、見れるところはできる限り見ておきたかったんだ。どっかの部活に入部したら、忙しくて校舎を見て回る機会なんてなくなるだろうしな」
「じゃあ今になっても、昇降口が多くの生徒でごった返してるのって……」
「そういうことだ。みんな考えていることは同じだ」
言って永谷は、「ちょっと出よう。周りの邪魔になってる」と、出入り口へと歩を進めた。俺と高島も、 やや急ぎ足で外に出た。
★ ☆ ★
外に出て少し歩くと、校門から正面玄関へと続く通路の桜並木が目に入った。上も下も一面が淡いピンクで覆われている。
ここでも先輩達は部活勧誘のビラを配っていた。あちこちで「よろしくお願いしまーす!」という声が重なり合う。
俺達三人は校門を目指し、その中を歩いていた。
「そう言えば二人は、何部に入るのかもう決めているのか?」
俺は訊いた。
「俺はサッカー部に入るわ。入学前から決めてたからな」
高島は言う。どうやら中学時代から続けていた部活を継続するつもりらしい。
「俺は放送部。明日から部活見学に行くつもりだ」
高島に続いて永谷も言う。前はパソコン部だったが、高校から新しい部活に変えるようだ。
そして永谷は、
「浦上は何部に入るんだ? 中学時代は無所属だって言ってたけど」
「あー…………」
俺は考えるように沈黙した。また答えに困るような質問をされてしまった。もう既に生徒会に入部しているなんて、高島のとき同様、面向かって言うことができない。
しかし、ずっと黙ってる訳にもいかなかったので、とりあえず、
「まだ決めてない。一応文化部にしようとは思ってるけど」
と返した。生徒会執行部は文化部に分類されているので、ある意味間違ってはいない。活動内容によっては、運動部まがいの仕事だってやると伝えられているが、基本的には文化部だ。
俺の担当している庶務は、基本的に雑用みたいな仕事ばかりさせられるから、きっと俺にとっては運動部になると思うが……。
「えぇー、文化部かよ……俺だけ仲間はずれにされたような気分だわ」
「でも文化部の中には運動部並にハードな部もあるらしいからな。吹奏楽部とかさ」
肩を落とす高島に向かってそう言い、俺はキョロキョロと辺りを見回した。日和がいるかどうかを探すためだ。
すると校門の辺りに日和はいた。まるで漫画のワンシーンみたいに、両手に通学カバンを持って佇んでいた。
『嫌だから』とは言いつつ、俺のことを待っててくれたのか……。
日和らしいと言えば日和らしかった。とっくに帰ってると思っていたから。
キョロキョロする俺を見て、「どうしたんだ?」と、永谷は首を傾げた。
「ちょっと人を探していてな。今見つけたところだ」
「どこにいるんだ?」
「あまり紹介したくはないな。妹だし――あ」
言って、俺はハッとした。また余計なことを言ってしまった……!
自分から日和の存在をバラすなんて、迂闊だった。
絶対からかわれるよコレ……。中学時代、クラスメート達からそれで根掘り葉掘り訊かれたもん。
「へぇ、浦上の妹さんも一緒に入学してきたのか」
呟く高島。……何か嫌な予感がする。
「なあ、紹介してくれよ」
「はぁ!? 何で!?」
「いーじゃんいーじゃん、これも何かの縁だっt――」
「お前と俺の妹の間に縁なんてあるかよ! 妹にとっちゃ第三者だよ!」
大声で否定する俺だった。とにかく是が非でも、妹を紹介したくないという気持ちが上回っていた。
「うわぁ、ひっどーい。浦上くんひっどーい」
「くっ……」
紹介しなくてもからかわれるのかよ……。
頼む永谷! ここで『やめてやれって高島』と言ってくれ!
俺は永谷にチラっと目配せをする。だが彼は少し思案するような素振りを見せた後、意地悪な微笑みを浮かべ、
「俺も浦上の妹なんて興味ない、……と言えば嘘になるな」
「永谷、お前もか!」
もう生徒会のミーティングの前と一緒じゃんか!
何で妹がいるってだけで、あそこまでイジられなきゃいけないんだよ!
俺、過去に何かしたか? 日和に何かしたか? 何にもしてないぞ!!
「なぁ、浦上ぃ〜、妹ちゃん紹介してくれよ〜」
「俺も気になるな。お前の妹がどういう子なのか」
「…………」
思わず拳をグッと握ってしまった。ストレートに言わせてもらえるならクッソムカつく。もっと言えばマジでキレそうだった。
だが、現時点で勝てる見込みがないと判断したのと、この羞恥地獄から早急に抜け出したかったので、俺は羞恥と怒りの感情を何とか抑えながら、
「…………もうついて来い、紹介するわ」
諦めて、高島と永谷について来るように促した。
★ ☆ ★
「あ、お兄ちゃん! ……と、その人達は?」
「日和悲しめ。お前の兄ちゃんに対する気遣いは、無に帰したぞ」
俺は妹に対して申し訳なさ半分、同級生二人に対して苛立ち半分の感情で、日和のもとに近づいた。
「この二人は兄ちゃんのクラスメートだ。お前に会いたいとか言うから、連れてきたんだ」
オラ、と高島と永谷の背後に回って、突き飛ばすように背中を押した。二人はその衝撃でよろめきながら前に出る。
「俺、高島慎司。よろしく浦上さん」
「俺は永谷創です。君のお兄さんから、ちょっとだけ話を聞いたよ」
「…………???」
訳が解らないとでも言うかのように、呆然とした表情を浮かべる日和。うん、そりゃそうだろうな。
しかし何とか空気を察した日和は、
「は、初めまして、中等部一年の浦上日和です。よろしくね、慎司くん、創くん――」
「おいコラ!!」
俺は慌てて、彼女の言葉を遮った。
タメ口が通用するのは生徒会内だけだ!
学園内は俺の教え通りに生活しろ!
何でお前はそう融通が利かないんだよ!!
声を荒げてキレ気味に説教する俺だった。どちらかと言えば、『二人に対する怒りを妹に置き換えてぶつけている』といった方が正しかった。最低な兄貴だ。
当の二人は、後輩にタメ口を聞かれて、『お、おう……』とでも言うかのような表情で困惑していた。まあ自分より年下の女子に突然くん付けされたら、誰だって動揺するわな。
「あ……そうだった! すみませんでした! 高島先輩! 永谷先輩!」
「え!? ――あ。いやいや、いいよいいよ! 気にしなくて!」
「俺も気にしてないから。 す、少し驚いただけだから……」
高島も永谷も、気にしてないアピールでもするかのように、手を振って否定した。
嘘つけお前ら。『!?』って感じで姿勢よくなってたぞ。突然の告白にビックリしたみたいなリアクションをしてたじゃねえかよ。思っクソ気にしているじゃねえかよ。
「……もう気ぃ済んだか? お前ら」
「お、おう」と高島は頷いた。
「ああ、もう満足したよ」と永谷も言う。
「なあ、何でお前ら、あそこまで動揺したの?」
気になった俺は、仕返しの意も込めて二人に訊ねた。
仕返しの意も、じゃない。モロ仕返しだ。ささやかな反逆である。
「いや~……まさかタメで来るとは思わなかったから」
「嘘をつけ、本当は俺の妹の顔が見たかっただけだろ」
高島の言葉を否定する俺。
「まあ、そうだな」と答えたのは永谷だった。
「お前の妹さんがどういう人なのか、ちょっとだけ興味があったんだ」
「でも俺をコケにするのはどうかと思うぞ……。俺本人が嫌っつったら大人しく引き下がるべきだろ」
俺は静かに、けれども威圧のこもった声音で言う。
俺をからかったのは、正直言って、とてもムカついた。
けれど、二人をこれ以上責める理由がなかったので、
「……ま、お前らが満足したなら別にいいや」
と言って、高島と永谷の肩をポンと軽く叩いた。
二人がおもしろおかしく動揺してるところを見れたから、これ以上責める必要や感情がなくなった。
★ ☆ ★
「じゃあ俺はもう帰るから、高島、永谷、また明日な」
「じゃあなー浦上」
高島は手を振って校門を出た。
「おう、お疲れ」
と、永谷もその場を後にした。
日和の紹介が終わった後、校門の前で俺は二人と別れた。日和も「お疲れ様でした」と頭を下げる。今度はちゃんと先輩に対して礼儀正しい対応ができた。
そして、この場が俺と妹だけになったので、生徒会室で聞きそびれたことを訊ねた。
「日和、海藤学園はどうだった?」
日和は本来、こういった私立の中学校ではなく、公立の中学校に通う予定だった。だけど俺の事情によって、彼女も海藤学園に籍を置くことになった。今までの友達と離れ離れになって、ここにやってきたのだ。
コイツは苦境などを顔や口に出さない人間だから表に出ていないけれど、根っこは寂しがり屋だから、親しい人間が一人もいなくて相当心細かったハズだ。
だからとても心配だった。馴染めずに孤立してないか不安だった。
どうしても気になっていた。
だけど返ってきた答えは、
「うん、特に何にもなかったよ」
という、俺の不安を杞憂に終わらせるような答えだった。
「それって、本当か?」
「クラスで友達もいっぱいできたし、色々面白い物も見られたし、楽しかったよ! 上手くやっていけそう!」
「そっか……だったら帰って、父さんと母さんに今日の話をたっぷり聞かせてやろう」
「うん!」
日和は大きく頷いた。俺も思わず安堵の表情を漏らす。
俺と日和は家に帰るため、校門をくぐり、学園を出た。
明日から本格的に生徒会活動が始まる。
とりあえず今日はゆっくりと体を休めよう。