第二話 仲間であり友達であり家族
仲間であり友達でもあり家族。
……前に言ってた時と言葉が変わってる。
最初は「私とあなたは友達よ」だった。次に言ったのは「あなたは私達の仲間になるの」だった。
そして今回がこの台詞だ。仲間、友達、家族と段々グレードアップしている。
何か特別な意味でもあるのだろうか?
俺は言った。
「なあ由希、……家族って何だよ?」
「え?」
「いや、仲間であり友達なのは解るけどさ、『家族よ』っていうのにちょっと引っかかったからさ」
出鼻をくじいてしまって悪いけど。
仲間というのは、今日から生徒会の一員として彼女らと共に活動していくから解る。友達というのも、活動を終えた後やそうでない時でも深く関わっていくだろうから、よく解る。だけど、家族という表現には違和感を感じた。『どこをどう変だと感じたのか?』と言われたら、うまく説明できないけど、何だかモヤモヤする。
「その前に訊くけど、陽輝君、入学一週間前に私が何て言ったのか覚えているかしら?」
訊ねる由希。
「そりゃあ『私とあなたは友だt――」
「じゃなくて、その続き」
「えっと……何だっけ?」
「『何の遠慮もいらない』、でしょ」
え? ……あ、そうだっけ? あまり覚えてないや。
「もう、陽輝君ったら」と由希は拗ねたような表情を浮かべる。そして、わざとらしくコホンと咳払いし、
「家族と言ったのはね、私達の結束の固さを強調する意味で言ったの」
そう言って由希は、香澄、美奈、日和、そして俺の順に視線を向けた。
『家族よ』という言葉を、俺同様、初めて聞いたであろう日和は「?」と、きょとんとしている。妹が由希からどこまで話を聞かされていたのか解らないが、あまり親しくない人から、そこまで言われたら、誰だって呆然とするだろう。
対する香澄と美奈は、真剣な眼差しで由希を見つめ直した。真剣でありながら、まるで心の底から信頼しているような目だった。彼女達とほとんど関わりのない俺でも、それはよく解った。逆に『自分があの中に入れるのだろうか?』と不安になるくらいだ。
「私達はお互いに助け合い、守り合い、支え合ってきたの。でも性格や思考はバラバラだから、考えが合わなくて喧嘩をしたり、嫌な一面を見たからという理由で仲違いだってしたけれど……、でも最後には仲直りして、絆を深めていったの」
由希は言う。他人事みたいにアバウトな説明ではあるものの、紆余曲折を経て強い絆で結ばれたという話を聞いて、俺は素直に『友情の力ってすごいな』と思った。だが一方で、『何だか重い』とも思った。家族だと言い切るなんて、過去に彼女達の間によっぽどの出来事があったんじゃないか? そんな疑問を抱かずにはいられないほど、三人の間には強くて見えない何かがあった。
あの輪の中に入るなんて、おこがましいんじゃないか?
そんな考えも脳裏によぎった。
「そこまで言い切るなんて何だかすごいな……。でも、そうなると、俺の存在は邪魔なんじゃないか?」
何て返せばいいのか解らなかったが、とりあえず俺は会話を途切れさせないよう、思ったことをストレートに言った。『俺と日和の』じゃなく『俺の』と言ったのは、妹を傷つけないための配慮だ。
「それは大丈夫だよ。さっき由希ちゃんが言ったでしょ?『何の遠慮しなくていい』って」
それに答えたのは香澄だった。
「人との繋がりに時間なんて関係ないよ。親しい期間が短いからって理由で、友達じゃないなんて言われたらショックじゃない。私だったら――とっても悲しいな」
……と、香澄は最後に俯いた。
「まあ、そりゃそうだよな――じゃあ過去に、お前らの間に一体何があっt」
「それはまだ教えられない」
言いかけた言葉を遮ったのは美奈だ。
……くそっ、俺らは仲間であり家族であり友達じゃなかったのかよ!
やっぱり繋がりが薄いから肝心なとこでハブられるんじゃないか!
すっげぇショックだ! とっても悲しいわ!!
「いや、落ち着きなさいよ……。あたしは陽輝と日和のこと、名前とざっくりとしたしか知らないから、そんな反応をされても当然と言えば当然でしょ」
「…………え?」
「由希も香澄も、アンタのことを『仲間で友達で家族』とか、『繋がりに時間は関係ない』とか言ったけど、あたしはそう思えないわね」
どういうヤツか判らない人間に、過去を易々と言う訳ないじゃない。
もしかしたら、陽輝が口の軽い人間だって可能性もあるかもしれないのに。
ちょっと馴れ馴れし過ぎるのよ、と美奈は溜め息をついた。それと同時に俺の頭が一気に常温まで冷える。
そうだ。俺は入学前から面識のある由希と同じクラスの香澄とは、ある程度の交流を持っているが、クラスが別で今日が初対面の美奈とはまだ接点らしい接点を持っていない。会話だってそんなに交わしていないし、それ以前に顔を合わせたのも生徒会室が初めてだ。
これは完全に俺の早とちりだった。『仲間で家族で友達』という言葉に舞い上がってしまい、友好な人間関係を築く上で大切なことをすっかり忘れていた。ぶっちゃけもう完全に繋がった気でいていた。普通は俺のことを何も知らなくて当たり前のはずなのに(名前と人物像を知ってるということは、多分前に由希が俺のことを教えたのだろう)。
「だから由希、自己紹介をやりましょうよ」
生徒会長である由希に場を仕切るよう促す美奈。
「互いに何も知らないまま仲間とか言われるの、違和感ありまくりだし」
「そうね。……じゃあ香澄ちゃんから始めましょうか」
「うん解った」と香澄は立ち上がった。
★ ☆ ★
「えっと、名前と誕生日と趣味や特技を言えばいい――のかな?」
「あと自分の長所と短所ね。良好な関係を築くには、互いの欠点を知ることも大事よ」
「オッケー」
そして自己紹介は始まった。
「私の名前は瀬戸香澄、生徒会副会長です。誕生日は10月3日。趣味はお喋りで、特技は特にないです。長所は優しいところ、短所はあまり気が利かないところ……。よろしくね」
「香澄ちゃんは主に対人関係や人間関係のトラブルを担当しているわ。特技はないって言ったけど、対人スキルがとても高いのよ」
紹介が終わった後、由希は香澄についてちょっとした補足を入れた。
「ちょっと由希ちゃん、それは特技じゃないよ」
「それだって立派な特技の一つよ。というか特技兼長所ね。欠点は気が利かない以外にもう一つ、自分を過小評価しているきらいがあることね」
「あうぅ……」
香澄は撃沈したみたいにショボーンと力なく座る。彼女の反応からして、どうやら正論らしい。
確かにクラス内でも、『コイツ俺のことが好きなんじゃないか?』と錯覚してしまうほど人懐っこかったが、自己紹介の時――これは今ではなく、HRで行われたそれだ――になるまで、そんなに自分を語らなかった。もっと言うと、その時でも遠慮しているみたいだった。今だって『特技はない』って言ったし。
彼女と話していて嫌味を感じなかったのも、もしかしたら社交的な面があるから以外にも、身を弁えているところもあるからなのかもしれない、と思っていたが……それは過小評価から来ていたのか。何だか意外だ。
「……でも、ちょっと照れちゃうな。それも特技だって言われちゃうの」
軽く凹みはしたものの、照れくさそうに頬をかく香澄だった。
「まあ、自己紹介こんな感じでいいわね。次は美奈ちゃんよ」
由希の言葉に、美奈はコクリと頷いてすっと立ち上がる。
「あたしは瀧口美奈。生徒会会計を担当しているわ。誕生日は6月29日。趣味はサイクリングで特技はスポーツ全般。長所は運動ができるところ。短所は集団行動が苦手なこと。これからよろしく」
最後のよろしくは、俺と日和に視線を向けながら言った。
「お、おう」と俺は戸惑いつつも返した。
「あ、はい」とずっと黙ったままだった日和も口を開く。
これは彼女なりの『もう仲間であり友達であり家族よ』というサインなのだろうか? そっけない返事ではあるものの、その口元は、にっこりと微笑んでいるように見えた。
「前にも話したけど、美奈ちゃんは運動部の助っ人をよくやっているの。『単に運動神経がいいだけの話だろ』って思うかもしれないけど、生で見たら結構スゴイわよ」
「そっか、いつか見てみたいな」
「いやいや、やめてよ恥ずかしい……」
由希の補足に美奈は苦笑しながら、手を振って謙遜する。
「でもごくたまにドジな面も見せるのよ。前にバレー部の助っ人として試合に参加した時、転んで可愛い声出したもんね」
「おおっ! それは見てみたかったな」
「やめてよ恥ずかしい!」
その補足に美奈は顔を真っ赤にし、机をバンッと力強く叩いた。
「ていうか『見てみたかった』って何よ!?」
「いや、お前って完璧人間みたいな感じで何か取っつきにくそうだったからさ。言っちゃアレだけど少し親近感が湧いたわ」
「どうせなら、もっとマシなキッカケで親近感湧いてほしかったわ……」
気落ちしたように美奈は座り、「ほら、次は由希の番よ」と丸投げするように言った。今度は由希が立ち上がる。
「私は海藤由希。生徒会長です。誕生日は12月7日。趣味はいっぱいあるけど、敢えて言うなら外出。特技は暗記と記憶。長所短所は――みんな知ってるから、言わなくてもいいかな。よろしくお願いします。……これで私達の紹介は終わったけど、次はどっちが言う?」
「じゃあ日和、お前が先にやれ」
「えぇっ!? 何でよ!?」
「ずっと黙りっぱなしだったろ。だから先に喋っとけ」
そう半ば突き放すように言ったものの、今になるまで沈黙してしまうのは無理はないかもしれない。
入学前、俺は日和に中学校とは――厳密には中等部だが――どういう場所なのかをレクチャーした。その中で特に強調したのは、『学年が上の人間に対する接し方』だった。先輩と呼ばなければならない、敬語を使わなければならない、変なことをしたら目に付けられるかもしれない。……色々気をつけろという意味を込めて、厳しいアドバイスしたのだ。
だが、いざ生徒会のミーティングとなったらどうだ。仲間だ、友達だ、そして家族だ、その上何にも遠慮しなくていい。
自分がこれから過ごす環境は、兄貴から教えられていたものとは、まるで正反対だ。思考がバグを起こして、混乱しても当然だ。
日和は図太く芯が強いが、融通が利かないから、そうなってしまうのも無理はないだろう。
入学前、由希が日和に対してどう接していたのか、また日和が由希に対してどんな態度だったのかは知らないが、きっと友達認定を受けるまでは、先輩後輩みたいな関係だったんだろうと推測できる。
この二人が喋っているところを見たことはないが、香澄が声かけてきた時は敬語だったし。
しかも敬語なんて使わなくていいなんて言われたから、『えっ?』ってなってもおかしくない。
「あ…………、その」
言葉に詰まる日和。しかし深く深呼吸をして――
「ひ……っ、私の名前は浦上日和です。今日から生徒会書記をやらせていただきます。誕生日は4月16日。趣味は可愛いもの集めで、特技は絵を描くことです。長所は芯が強いところ。短所は……嫌なことがあったらズルズル引きずるところです。よろしくお願いします」
見事に最後まで言い切った。やっぱり日和は本番に強いタイプだ。
コイツは昔から、苦境に立たされたときに限って、成功を収めるヤツなのだ(立たされなくても成功はしてきたが。そもそも今は言うほど苦境じゃないし)。
「ふぅ……緊張した」
「ふふっ、お疲れ様」
日和に労いの言葉をかける由希。
「陽輝くん、日和ちゃんってどんな子なの?」
「見ての通りだよ。図太くて強いヤツだ」
香澄の質問に俺は答えた。
「ねぇ日和ちゃん、まだ私のことを名前で呼んでくれないの?」
「え、いや、その〜……」
「あ、あたしも呼ばれてないんだよね」
「うぅ……!」
……その代わり、想定外の事態とイジりに弱いヤツだ。
何か始まったのを横目に見ながら、最後にそう付け足した。
それを聞いた香澄は、いたずらっ子みたいな微笑みを日和に向け、
「私も呼ばれたいなー、『香澄ちゃん』って」
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
由希と美奈の悪ノリに加担した。
……これ完全にイジりじゃなくてイビりだろ。
日和混乱して目がグルグルじゃんかよ。
後輩が入ってきたからといって舞い上がり過ぎだろお前ら。
さすがに、このまま傍観という訳にはいかなかったから、「その辺でやめとけ」と言おうとしたが――
「……香澄……ちゃん」
日和がおずおずと口を開いた。そして続けて、
「美奈ちゃん、由希ちゃん」
二人の名前を呼ぶ。
「そうそう! 下の名前で呼んでいいんだよ!」
香澄のテンションがぐっと上がった。
「えっと……本当に、いいんですか?」
「いいのよ。あと敬語もいらないから」
美奈は日和の頭を軽くこづく。二人の言動からして、妹を生徒会の一員として認めているのは一目瞭然だ。
「でも4月16日が誕生日というのは、ちょっと困ったわね。プレゼントを考えないと」
仲睦まじい三人を見ながら由希は呟く。誕プレのことも既に考えてるのか……。
そして由希は俺を見て、
「これで最後は陽輝君だけね」
「あぁ、そうだな――」
最後に俺は立ち上がった。同時に四人はこちらに視線を向ける。
この自己紹介をもって、俺は生徒会の一員になれる。
「俺は浦上陽輝。誕生日は4月30日。趣味は読書とゲームと、たまに音楽鑑賞。特技は特になし。長所は思いやりがあるところ、短所はやや気が短いところ……。今日から生徒会の一員として頑張りたいと思います。よろしくお願いします」
俺は頭を下げた。これは挨拶以外にも、俺と日和を生徒会に入れてくれたことへの感謝の意も込めての礼だ。
由希は俺達兄妹を学園に入学させてくれた。
香澄と美奈も、そんな俺達を歓迎してくれた。
仲間として、友達として、そして家族として、彼女達は俺と日和を受け入れてくれた。
だから俺は生徒会役員として、みんなのために頑張りたい。
「……これで陽輝君と日和ちゃんは、生徒会メンバーの一員になったわね。みんな、明日から頑張りましょう」
こうしてミーティング――というか自己紹介――はあっさり終わり、俺の順風満帆になるのか、波乱になるのか判らない学園生活は、本格的に幕を開けた。