家族会議(仮)
階段を下ると食事を取り終えたのだろう、その側面に背を預ける蛍が待っていた。
こちらに気づいて歩み寄ってくる。
向き合うと蛍が自分より背が小さいことに気づく。
「……昨夜はありがとう、落ち着いた。あの時はちょっと混乱してた。お礼言おうと思ったけど昨日は機会がなかったから」
発狂した時のことだろう。あの時の彼女は明らかにおかしく、触れれば噛み付く狂犬のようであった。
あの後もまとまって家を回り、そのまま全員自分の部屋に行って就寝したため、2人っきりになる機会がなかった。
「うん、どういたしまして。あの後大丈夫だった? うなされたりとかしなかった?」
そう匠一が問うと、蛍は首を横に振る。
「……大丈夫。それより、あの時よく近づけたと感心する。なんであの時私を抱きしめられたの? 自分で言うのもなんだけどかなりキチってたと思うけど、怖くなかった?」
「怖くなかったよ。だって、君が迷子みたいだったから」
答えられた回答に蛍は面食らった表情になる。
「……それが理由?」
「そうだよ。幼い迷子みたいに泣いて迷っている気がしたから」
呆れた表情で口が半開きになる。しばらく惚けると俯き独り言のようにつぶやいた。
「……バカみたい」
「バカって、ひどいな。まあ、半分くらい勘だったから否定はできないけど」
その独り言は小さかったが、対面していた匠一の耳にはしっかり届いていた。
顔を上げた蛍の口角がほんの少し吊り上がっていた。
「……そういうことじゃないけど……うん、なんでもない。ただ、異性に抱きしめられるのは初めてだったから驚いた」
「海外でハグは一般的だよ。挨拶だし、親しければ異性とだってするさ」
そういうと、ジト目で蛍は見つめてくる。
「……あの時の私と貴方、出会って30分も経ってないんけど」
「親しさの前借りだよ、これから仲良くなるさ。だからよろしく」
「……まあ、いいや。こちらこそよろしく。朝食まだなんでしょ、呼び止めて悪かった。それとボディータッチは避けたほうがいい、中には親しくても嫌がる娘もいるから」
言い終わると、もう用は済んだといった感じで階段を上って自室に戻っていった。
「肝に銘じておくよ、ありがとう火神さん」
「……蛍、でいい。それと朝食美味しかった。ごちそうさま」
「ルールを決めるわよ!」
全員が朝食を取り終え、匠一が食器を片付けた後。寧々が話があるということで4人は食事時と同じようにテーブルについていた。
テーブルを叩きながら寧々が堂々と宣言する。
「ルールって、なんのルールだよ」
健太は日課の食後後のトレーニングを会議の為に邪魔されたことと、呼び出したのが昨夜の言い合った寧々だったために彼女に対してかなり苛立っていた。そのため、質問にトゲが含まれてたのは。
健太の質問に寧々は当然といった風に言い放つ。
「家のルールよ! この家で生活していく上で全てアタシたちでやらないといけないでしょ、言わば運命共同体。だから、役割分担とか禁止事項とか決めるってことよ」
「まあ確かに、暮らしてく上で必要だしな。一理ある」
「スミスたちの話を聞く限り、争奪戦って1年かかるらしいしね」
健太も寧々の言い分に渋々といった感じで頷く。匠一と蛍も異存ないといった感じでうなづく。
「じゃあ、禁止事項からよ。アタ、他人の部屋に入いること禁止!」
「おいこら金髪、それが言いたかっただけじゃねえか!」
「……しかも今、アタシの部屋って言おうとした」
言葉とともに左前にいる匠一を睨みつける寧々。そこに寧々の正面に座る健太がテーブルに片手をつきながら前のめりに突っ込む。
匠一が寧々の私室に入ったことは食事中に文句を言っていた為、健太と蛍にも伝わっていた。
「何よ、なんか文句でもあるわけ?」
「文句じゃなくて、そこで匠一を睨むのはおかしいだろ。朝のことまだ怒ってんのかよ」
「あったりまえでしょ! 寝室よ! 乙女の聖域よ! 信じらんない!」
「確かに入ったのは俺もどうかと思うけど、もとはといえばお前が起きないのが悪いんじゃねえか」
「あっ、どうかと思われてたんだ……ちょっとショック」
「……むしろ、なぜOKだと思った?」
「いや、ホームステイした時していたからさ」
「……とりあえず貴方の海外基準はやめたほうがいいと忠告しておく」
健太と寧々が度々罵り合い、その度に匠一が仲介したり心にジャブをくらい、蛍は呆れながら喧嘩を放置。
そんなかんじで家のルールが決まっていった。