開戦宣言
四方と天地を囲まれた、閉ざされた一辺が20キロメートルもある極大な立方体。『箱庭』の世界。
時は仮初めの年ー2014,5年。下界の時は止まり、流れるは隔離されたこの仮初めの世界のみ。
『箱庭』の底、地面には無数の二階建てのログハウス、円柱状の図書館、すり鉢型の決闘状。宙に大きな円を描く路線とモノレールのホーム。他にも様々な建築物が見られる。
『箱庭』の側面と天井は黒味がかった藍色の地に星が散りばめられ、満月が輝いていた。
『箱庭』の中央に鎮座する大きな塔、バベルの塔。頂上、直径1キロメートルにもなる広場に赤、青、緑、黄、橙、紫、灰色などの色鮮やかな門が16384対。
その全てが開かれる。中からは門と対となる色の腕輪をした少年少女。見た目、小学生高学年から中学生まで。自信満々に腕を組む者、知り合いはいないかと辺りを見回す者、周りに睨みを利かせる者、胸の前で腕輪をさする者、顔を両手でビンタし鼓舞する者。背伸びをして緊張をほぐそうとする者。千差万別だが、その誰もが瞳に願いを抱いている。
役目を終えた門は紅茶に溶ける角砂糖のように光の粒子となって霧散する。やがて、最後の門が消滅すると上空に、先端に天秤のついた杖を持つ白に青と緑のラインの入った祭服の男と、カラフルな衣装と帽子を身に纏う背の小さい紫髪の男の姿が巨大に投影される。
「よくぞ集ってくれた、願い抱きし少年少女らよ。まずは、この戦に参陣してくれたことに礼を述べる。ありがとう」
祭服の男と紫髪の男が一礼する。
「私は『秤』の神バランス。この戦を統括し、円滑に進行させる者である」
「僕は『遊戯』の神ゲーム。この戦のルールの製作者だよ」
「此度の戦、第333回聖座争奪戦。母なる星ジ・アースが用意した此度の戦の賞典、大聖座は4席。その起点は2015年の日本。
大聖座はこれまで全ての席に繁栄を約束し果たしてきた、人類が知恵を得るその前から。そして、それはこれからも変わることのない事実である。故に神々はこれを欲する」
『秤』の神バランスは両手を大きく広げ、挑戦的な笑みを浮かべる。
「そして、それは汝らも同じ。欲しいものがある。叶えたい夢がある。果たしたい約束がある。ここにいる全てに願いがある!
ならば、証明してみせよ! 敬服させてみせよ! 認めさせてみせよ! 想いを! 力を! 信念を!
想い届かぬこともあろう。力及ばぬこともあろう。信念が折れることもあろう。されど、踏み出すがよい!
さすれば、聖座は給われよう! それを対価に願いを叶えるが良い!
汝らの願いは十人十色千差万別、されど等しく願いである!
ここは可能性の詰まった夢の箱、『箱庭』の世界である!」
広場にいる全ての少年少女に、雄叫びをあげるように、訴えるように、激励するように言い渡す。
そして、杖で地面を叩く動作をする。それと同時に大太鼓を叩いたような腹に響く音が鳴り渡る。
「ここに第333回聖座争奪戦の開戦を宣言する!」
「「「「「ううおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」
言葉と同時に『箱庭』の側面がスクリーンのように花火が打ち上げられ、少年少女らの言葉にならない咆哮が『箱庭』を震わせる。願いは違えど、想いは一つだった。
バランスとゲームの虚像を見ていた彼らの背後に、それぞれ白い扉が現れる。
「踏み出せ、扉の先の自陣にてルールが聞けよう」
「それと、きっとそこには孤独なこの世界で自分を支えてくれる仲間もいるよ」
『遊戯』の神ゲームが祝福するように笑いかける。
一人、また一人と白い扉をくぐる。やがて全ての少年少女が白い扉を通り、広場に誰もいなくなる。
バベルの塔内部。暗がった部屋の中央にスポットライトの照らされた二人の男、それと対峙するように暗がりから一人の女性が浮遊する大きな箱を伴って出てくる。女性は胸元を開けた薄手のシャツにデニムのホットパンツ、フレームの細いメガネが長身によく似合っていた。また、箱もよく見れば脚立のない放送用に使用される大きなビデオカメラだった。
「初日は毎度毎度、ご苦労なことねバランス。らしくもないのによくやるわ叱咤激励なんて」
「代行者のモチベーションを上げるのも統括者の務めだ」
「私的には見応えのある映像が収められればそれで十分だけどね。まあ、いい被写体がいることを期待しますか」
「代行者は毎回毎回変わっているんだ。最近いい絵が撮れないからって彼らのやる気を疑うのはよくないよ、ビデオ」
『映像』の神ビデオは腰に手を置きながら、二人を見据える。
「あんたいつも子供に期待しすぎじゃない」
「はははは、そりゃそうさ。僕はいつだって子供は友達だからね。『童心』の象徴でもある僕が信じなくて誰が信じるのさ!」
ビデオを諌め笑った後、手を胸に当てて誇るように言う。
「次世代の希望を持つ少年少女らに笑顔と幸あれ」
最後に宣言するようにゲームは祈った。