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第333回聖座争奪戦

 おかしい。最初はテレビが壊れたかと少年は思った。画面が静止したのだ。


「あれ、故障か?」


 そう思い、直そうとテレビのあるベッドの反対側に回った時、視界の端に映って気付いた。

 静止したのはテレビだけではなかった。窓から見える雪も、病室にある時計の秒針も、点滴の雫も。


「どう ……なってんだ。おい、桜これなんかのドッキリか何かか? …………さく、ら?桜!」


 桜も。


「桜、桜! どうしたんだよ、おい。…………何がどうなってんだよ」


 動かない、動かせない。肩を揺すっても微動だにしない。まるで氷の彫刻にでもなったかのように。

 困惑する。寒い。暖房が点いた室内のはずなのに。悪寒が止まらない。

 まるで自分以外の時間が凍りついたかようで。


「時間が……止まって、いるのか?」

「まさにその通りだぜ、少年」

「ッ!!」


 独り言のつもりだった。返事なんて期待していなかった。

 しかし、言葉が返された。全身が強張り、緊張が走る。声の方に顔を向けると、そこにはまるで『空間』という『絵』を破ったかのように小さな穴が空いていた。その穴はガラスを砕くような甲高い悲鳴を立てながら広がる。

 そこには金槌を持った赤い、手のひらほど小さい人。されどその小ささには似つかわしくないほどの存在感がそれにはあった。

 目と目があった。瞳が暖かい。それの視線が日光であるかのように、瞳の奥に太陽があるように感じた。それは重力を無視するように、宙をアイススケートのようにスライドして目の前に近づいてくる。


「ようやく見つけたぜ、俺の代行者」


 訳がわからない。だが、その中でもわかることはある。それはこの人は自分より格が、存在する核そのものが上であるということ。直感が、本能がそう叫んでいる。

 だけど不思議だ。全然危険だと思わない。


「……貴方は誰で、いや、人なのですか?」

「いや、確かに人型だが人じゃねぇ。……俺は神様さ」

「神様?神様ってあの、神社に祀られている?」

「いんや、ちげーよ。神社に祀られてるのは神話のやつだろ。ありゃ、創作物だ。フィクションだ。俺の言う神様は、お前たちで言う概念に近いな」


 まさか、神様頼みしようかと思った日に本物の神様に会うとは思わなかった。

 しかし概念?多神教みたく神様がたくさんいるとかじゃなく、唯一神ってことか?


「神そのものっていうこと? だったら、桜を、妹を助けてください!?」

「わりぃ、今のは俺の言い方が言葉足らずだったな。神という概念じゃねぇ、概念そのものを司る者って意味だ」

「……じゃあ、貴方も何かを司っているんですか?」

「話がはぇーな、そん通りだ。俺が司るは『鍛冶』。『鍛冶』の神・スミスだ」

「ッ!」


 落胆を禁じ得なかった。最初は神様だと思ってなんでもできると思った。だが、神とて全能ではなかった。

 しかし、まだ希望があった。概念の種類によって、そう例えば『治療』というを概念を司っている可能性があった。もしそうならば、土下座でも逆立ちでもして拝み倒す気でいた。

 現実は非情であった。彼、スミスの司る概念は『鍛冶』。『治療』などではなかった。人は刀ではない、血が通い生きているんだ。昔のテレビじゃあるまいし、叩けば治るというものでもない。


「そう暗い顔をするな、誰も助けてやらんとはいってねぇぜ」

「っえ?」


 『鍛冶』の神・スミスは人間臭く頭を掻いた後、ニヤリと笑い少年を、少年の瞳を見て語りかける。


「観測されることのなき年ー2014,5年。場所は『箱庭』の世界。開催されるは第333回聖座争奪戦」

「……聖座、争奪戦」

「集うはお前と同じ願いを抱く少年少女と神々。神々は聖座を求めて、少年少女は代行者として聖座を確保することを条件に契約した神に願いを叶えてもらう。そう、願いが叶うんだ」

「願いを叶えてもらうって……でも、それは契約した神なんですよね。貴方の概念は『鍛冶』。僕の妹は治らない」

「お前さん、極端に言って『鍛冶』の本質ってなんだかわかるか?」


 『鍛冶』の本質……何だろう?鍛冶と言ったらやっぱり金槌で叩くことか……いや、それは過程だ、見た目で惑わされるな。

 『鍛冶』は何が目的だ?『鍛冶』そのものは作り出す行為だ。なら、何を作り出すか?

 『鍛冶』の本質……形作ること?いや、違う。

 それなら『鋳造』でいいはずだ。溶かして、鋳型に流し込むだけなのだから。わざわざ鍛錬する『鍛冶』の付加価値はそんなところではないなず。

 『鋳造』と比較しての利点、それは


「……丈夫であること」

「その通りだ。ケストの粗悪品、『鋳造』なんかと一緒にしなくて安心したぜ。『鋳造』は鋳型に流し込んで量産すんのが目的だが、俺のはそうじゃねぇ。『鍛冶』は形を整え、そこからさらに強度を、質を高めるのが目的だ。俺の司る『鍛冶』は極端に言っちまえば『金属の強化』だ」

「待ってくれ、俺の妹は金属で出来てなんか」

「まあ待て、そう急くな。極端なっつたろ。『金属の強化』、ぶっちゃけりゃ金属が含まれればなんだって『強化』できんだよ。人体にゃ微量だが金属を含んでる。俺の力で妹の免疫を『強化』してやりゃ」

「……つまり」


「お前の妹は助かるってことだ」


 ああ、やばい。視界がぼやける。目が熱い。目だけじゃない、鼻も頬も耳も顔全体が身体が熱い。心臓が大きく脈打つ。涙が泉源のように溢れ出す。目蓋を閉じても止まらない。止まれない。


 知っている。窓から外を雪景色を見つめる桜を。

 知っている。病室で一人、形ばかりのテストをする桜を。

 知っている。テレビを傍観者のように眺める桜を。

 知っている。羨ましそうにファッション誌を読む桜を。

 知っている。買い物を他人に任せるしかなくショッピングをしたことのない桜を。

 知っている。自分という変わらない対戦相手とボードゲームしている桜を。

 知っている。使われることのないトランプを棚の中にしまっている桜を。

 知っている。いつも聞いているアーティストにライブに行きたがっている桜を。

 知っている。本当は世界の景色の写真集を持っていることを。

 知っている。いつかのためにカメラを隠れて買っていたことを。


 今更、本当なのかとか疑わなかった。彼、スミスは嘘をなんかついていないと。たった少し話しただけでもわかる。彼は、口は少し悪いがまっすぐなやつなんだと。暖かいやつなんだと。

 今まであてのない可能性を探してきた。どこを巡っても僕の、桜の希望はなかった。ずっと足踏みしていた。ずっと心が燻っていた。

 だが、今、この瞬間、目の前に希望への道しるべがある。道がある。


「さぁ、どうする少年?……いや、どうしたい?」


 彼はあえて問うてくる。確認ではない。背中を押しているんだ。

 そんなんもん。


「ああ、言ってやるさ、妹の幸せを願わない兄なんているはずないんだって!」


「ハハハハハ! よくぞ言った、俺の代行者! その真っ直ぐを通り越した愚直さは俺好みだ!」


 高笑いをあげたスミスが指を鳴らすと僕の右の手首に違和感。見ると、金属製の暖かい燃えるような赤い腕輪が嵌めてあった。


「そいつは俺と契約した証だな。その証が聖座争奪戦に参加する資格になる」


 スミスの背後に両開きの門が出現し、開かれる。


「さあ進め、光の先へ! そして、俺の概念は、『鍛冶』は聖座を確保するに値すると『証明』せよ!」


 ああ、歩くとは、前に進めるというのはこんなにも心地がいいものだな。

 ようやく、このイライラした燻りから解放される。 

 道がある。とても、明瞭で真っ直ぐな道が。最高じゃないか。

 進むための燃料なら、『想い』なら溢れている。

 だから、足を進めよう。

 あと、三歩。

 あと、二歩。

 あと、一歩。

 最後に、振り向く。


「行ってくるな、桜」

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