初めての模擬戦
すみません、話の都合上前回の後半を変えました。
ログハウスの一階にあるリビングに四柱とニ人の代行者、自身の契約した神と言い合ってから押し黙ったままの蛍と匠一がいた。
四柱とニ人の視線の先には、スクリーンに映った寧々と健太がいた。
各チームに与えられたログハウスのリビングには、箱庭を操作できる機能が備わっている。
それの一部にある機能を使って、模擬戦をしようとスミスが提案したのだ。
それに乗ったのが寧々と健太だった。二人とも新しい玩具が与えられた子供のもうに浮かれていて、試したくてうずうずしたのだ。
もう一人、神権を発現出来た匠一は二人がやる気なら、と譲った。寧々はあれから「……神権の発現は終わったんでしょ。私、戻る」と言って、自分の部屋に戻ってしまった。フレイムとの件が後を引いているのは明らかだったため、三人とも何と言えば良いか分からず、声をかけらなかった。
スミスがパネルを操作し、二人に呼びかける。
「二人とも準備はいいか?」
「おう、いいぜ」
「いつでもいいわよ」
二人とも、それぞれ神権を発現させ待機する。
「じゃ、ランダムにフィールドを変更するぜ」
より実戦に近く、ということで自陣のフィールドを変更することになった。
フィールド全体が地響きを立てながら縮小し、それは観戦していた少年たちの前に現れた。
それは見覚えがある、というより子供のほぼ全てが毎日使用している建物だった。
「フィールド・スクール、名もない学校が舞台だ」
健太は本校舎の三階のとある教室がスタートだった。教室には傷や汚れがない机や椅子、黒板などがあり、壁も張り紙一つない、まるで入学したての教室のようであった。
「まずは見つかないようにやるか」
健太は普段の行動から考えなしに相手に突っかかると誤解されがちだが、そうでは無い。剣道をやっている健太は、一瞬の駆け引きと相手を分析することがどれほど重要かを理解してしていた。それは、剣道だけに限らず、全てのことに当てはまると考えていた。
それ故に健太は理解していた、自分と寧々では自分が不利であることを。寧々の声は放射線状に広がるため、竹刀の長さしか攻撃出来ない自分は攻撃範囲のリーチで圧倒的に劣ると。戦いのセンスでは自分の方が上だろうが、きっとそれでは神権のアドバンテージは埋まらない。
なら、どうやって勝機を見出すか。彼は彼女の神権の利点だけでなく弱点もしっかりと見抜いていた。それは、
「一瞬の溜めを突く」
寧々の弱点は攻撃までに息を大きく吸うための一拍が必要となることである。つまり、接近戦に持ち込めば、相手は恐らく戦ったことのなさそうなお嬢様、自分のセンスで押し切れる。そして、接近戦に最も持ち込み易い方法は、
「奇襲して、そのまま押し切る」
そう考えた健太は見つからないように心掛けた。
しかし、方針が決まっても相手が見つからないことには始まらない。
健太はまず、廊下に居ないか、そーっと確かめる。
「廊下には居ないか」
廊下に居ないことを確かめると、今度は窓際に外から見えないように腰を低くして移動する。
そして、窓からそーっと頭を出す。
「マジか……ついてるぜ」
外には体育館から本校舎へ渡り廊下をコソコソと移動する寧々がいた。
「こんまま行くとすると……」
健太はこの学校の構造を知っているわけでは無いが、大体どこも同じような造りだと思い、奇襲するなら渡り廊下近くの階段の踊り場がし易いと考えた。
寧々が確実に階段を登る確証はあるわけでないが、来なかったら来なかったで次の機会を伺うしかない。
考えがまとまった健太は素早く、しかし、音は立てないように渡り廊下近くの階段の踊り場に移動する。
踊り場には一階のまで続く窓が光を通し、階段を照らしている。
移動した健太は階段下に来たらすぐに飛びかかれるように構え、息を潜める。
かなり小さくだが、音が響いてくる。
足音を極力立てないようには移動しているようだが、元々五感がかなり良かったことに加え、五感を含め身体能力が神権によって向上している今の健太は逃さなかった。
トンッ、トンッと確実に近づいてくる。
足が見えた時、「来た!」と内心確信し足腰に力を入れ腰を浮かす。
そして、寧々の全身が見える。まだ、こちらには気づいていない。
その瞬間、健太はせき止められた水が決壊するような勢いで寧々に飛びかかる。
入った、最高のタイミングだと内心笑った。
しかし、寧々は何かに気づいたかのように急にこちらに気づき、とっさに回避しようとする。だが、回避しきれず、左腕に直撃する。
「ッつう!」
左腕が本来曲がってはいけない方向に曲がり、苦悶をあげる。激痛を何とか耐え、反撃を試みる。
「ア゛ア゛ァーーーーーーーー!!」
しかし、寧々の口から出たのは、衝撃波というよりは爆音だった。
息が不十分だったため、寧々の声は衝撃波の域まで達せず、爆音で止まってしまったのだ。
そのため、健太を倒すまでには至らず、耳を塞ぎ膝をつかす程度になってしまった。意思もまだ負けていないようで、鋭い視線で寧々を見る。
態勢を立て直すためか、寧々は追撃することはせず、左腕を押さえながら逃亡する。
「待て! っく」
健太は追いかけようとするが、立つことが出来なかった。威力が弱まっているとはいえ、爆音を直に食らったため、平衡感覚を狂わされていた。健太の五感が他の子供よりも優れていることも、より拍車を掛けていた。
壁伝いにもたれかかりながら追いかける。
その隙に視線の先にいる寧々はとある一室に逃げ込んだ。
違和感が残りながらも、回復した健太は急いで寧々を追いかける。
「っく、逃すか!」
奇襲が失敗した健太としては、ここで追いつき何としてでも撃破しておきたかった。
寧々が逃げた一室をそばに着く。そして、開けっ放しのドアからそーっと伺う。
「!!」
慌てて頭を引っ込めた。
寧々が笑って、こちらを向いていた。そして、ヘッドホンを付け、背後には何かの機械が設置されていた。
「アンタはよく頑張ったって褒めてあげるわ、健太。でも、チェックメイトよ」
「何だよ、もう勝った気になってんのかよ。勝負はまだ」
最後まで言うことは出来なかった。
校舎全体に衝撃波が響き渡ったのだ。窓ガラスは全て割れ、校舎自体も微かに微動する。
健太も無事であるはずがなく、衝撃波と余波で発生した爆音に揉まれ、意識を手放した。
直前、健太が最後に目にしたのは「放送室」と部屋名だった。
寧々はステージが学校に変更されたとき、あることを思いつき、模擬戦が始まる前に自分と契約したソングに質問していた。それは、"スピーカーを通しても声を倍増させられるか?"と。
答えはYESであった。
それを聞いた寧々は健太がどこにいても、倒せることを思いつく。「放送室」の機材を使い、自分の声を乗せた校内放送である。
体育館スタートだった寧々は、真っ先に「放送室」に向かう。もちろん、どこにあるかは知らなかったが、大体本校舎にあるでしょ、という直感で向かった。
健太に爆音を食らわせた後、「放送室」に向かったのは、息を整えるためと、寧々は自分自信の能力が決定打に欠けることを薄々感じ取っていたため、そのまま長期戦になって、強い一撃を食うことを恐れたためだった。
模擬戦が終わった二人がリビングに転送されてくる、片方は伸びているが。二人の怪我はこちらに転送された時点で、自陣の部屋の機能で回復している。
「力に溺れず策を用いた、実に良い戦い方でしたよ、寧々。所々甘いですが、初戦にしては最高でしたよ」
「フィールドにも恵まれたが、自分の神権をよく応用してたな。いい戦い方っぷりだったぜ」
「お疲れ様、望月さん。はい」
寧々の契約しているソングとスミスが褒め、匠一が帰って来た寧々を労い、タオルを渡す。
「ありがと。あれがアタシの実力よ! まあ、ちょびっとだけ冷やっとしたけど、何ら問題無かったわ。アンタもそろそろ起きなさいよ、傷っていうか、色々回復してんでしょ」
渡されたタオルで汗を拭きながら、伸びている健太を背中を踏んで叩き起こす。
「っふぐ……って、あ? ここは、リビングか」
健太は体を起こし、周りを見渡す。
「あーそっか、負けたのかー。……ちくしょー、勝ったと思ったのになー。悔しーな。つか、なんか背中が蹴られたとか踏まれたみたいにいてーんだが?」
「さー、何ででしょうねー。気のせいじゃない」
不思議がる健太にしれっとしらを切る寧々。左腕を折られた寧々の軽い意趣返しに周りは苦笑い。
「ハハハハハ、よく頑張ったな! 負けたが、良いガッツだったぞ!」
「惜しかったですね、健太。その悔しみを糧に精進ですね」
フレイムとシナイが慰める。
「そういや、何でお前あん時回避出来たんだよ?」
「あん時? 階段のこと?」
健太は階段で回避されたことに疑問を持っていた。
「アンタ、案外周りを見てないでしょ?」
「ああ? どういう意味だよ」
「アンタの姿、窓ガラスに映ってたわよ」
健太が飛びかかって来た時、その姿が階段の窓ガラスに映っていたのだ。寧々はそれを見てとっさに動いたのだ。
「悪りぃ、最後に伝え忘れてた連絡事項だ」
「まだルールがあるのかよ」
試合のルールの追加に面倒なと顔に出す寧々と健太。
「後三つだけだ。一つが毎月15日にバベルの塔で代行者全員に各学年に見合った学力テストがあるんだ」
「っえ、それって絶対なの?」
「ああ、義務ってもいい。それを受けねぇーと、神権の行使を停止させられる。不合格も同じだ」
「何でこっちの世界に来てまで勉強しなきゃなんねぇーんだよ!」
学力テストという単語を聞いた時から見るからに戦々恐々といった健太がやけくそのように抗議する。
「戦争当初は無かったんだがなー。戦争を終えた奴らがその後、成績不振でスタディの奴が怒ってな。取り入れることなったんだよ。まあ、そりゃ一年も勉強しなかったから、頭から色々抜けていたんだろうな」
昔語りをしながら、スミスはソングとフレイムと一緒にそんなこともあったなーとジジ臭く語り合っている。
どうやら、その時にはシナイは居なかったようで聞き手に回っている。
「スミス、そのテストの合格点ってどれくらい?」
「そ、そうだ、合格点が優しいって可能性だってある!」
「情けないわねぇー、さっきまでの闘志はどうしたのよ」
「確か平均より少し下くらいだってスタディが言ってたな。ゲームで言や、ややイージーって感じか」
思ったより低かったようで安堵する寧々。
「ほら、ガキンチョ良かったじゃない、採点優し目で」
嬉しそうな表情の寧々とは対照的に絶望的な表情で膝から崩れ落ちる健太。
「ちょっと、どうしたのよ! 平均くらい出来れば合格出来るのよ!…………まさか」
「似非アイドル」
「誰が似非アイドルよ、ちゃんとした国民的アイドルよ」
「この世には二種類の人間がいる。一つは何でも理解できる人間……もう一つは、いくら頑張っても理解出来ない人間だよーーー!!」
健太の叫びから彼が後者であることは明らかだった。
よほどテストに苦手意識があるのか若干涙目の健太に、流石に哀れになった寧々と匠一が慰める。
「勉強くらい、頭に詰め込むだけなったから何とかなるわよ。だから、泣かないの。アタシがついてるんだから何とかなるわ」
「一緒に勉強しよう、小学生くらいのレベルなら教えられるし」
「秀才さんは謙虚だねぇー、もっとこう、お前を天才にしてやる! くらい言やーいいのに」
「秀才って、アタシ、上の中だから優秀だけど秀才ってほどじゃないわよ」
褒められたと思い、照れる寧々。
「いや、お前じゃなくて、匠一の方な。こいつ、一位なんだよ」
「何の? 学校内?」
「全国高水準集計テストだよ」
「はあっ、アンタそんなにガリ勉だったの!」
全国高水準集計テストとは、小中高で公立私立問わず学力を調査するため、年に二度、国が実施している基本の五教科の二百問テストである。(小学校では百問である。)問題も半数が難問で構成されている。
これの平均点が学校の評価にも繋がったりする為、各学校も腰を入れている。
それの一位を取るということは、その学年で一番頭が良いということになる。
「神様! 俺に、俺に知恵を恵んで下さい!」
健太は匠一に土下座して、頼み込む。それは、とても素早い動きで模擬戦で見せた動きより機敏だった。
「う、うん、教えるから頭上げよう。それに他人に教えるなんて妹以外にやったことないから保証出来ないし」
「神様がついてるんなら、ラクショーだぜ!」
崇められた匠一は引きつりながら、承諾する。
神本人の目の前で人間を神様呼びするという罰当たりそうな健太は、希望が見えてとても良い笑みを浮かべていた。
当の神様たちは苦笑いするだけで、咎めることはしなかった。
「二つ目が、その日までにバベルの塔の受付にチーム名を申請しときな。くれぐれも変な名前は付けないでくれよ、他の神たちにバカにされたくないしな」
「変なのなんて付けないわよ」
「昔あったの?」
「俺たちじゃなかったけどな」
何かを思い出すように忠告してくるスミス。
「それと三つ目がお前たちに資格試練ってのが出される。試合日までに各チーム、バベルの塔から指令が出される。指令の内容は様々だ、大会に入賞とか、なんかを手に入れろとかな」
「この腕輪は?」
「それはここに来る資格だ」
匠一の疑問にスミスが答える。その後、スミスたちとこの世界についてや、スミスたちのことを少し聞いた。
「そんじゃ、俺たちは帰るぜ。腕輪の機能を使えば、テスト範囲と指令の確認、試合の通知だったり色々機能があるから使ってみな」
「電子マネーみたいな機能とか入ってるんでしょ、それに最初に教えて欲しかったな」
スミスたちの背後に扉が現れる。
「悪かったよ、じゃ、健闘祈ってるぜ匠一」
「寧々、躓いたときは想いを言葉にするのですよ」
「精進すべし、健太。日々の鍛錬を欠かさぬように」
「……蛍に言っといてくれ、俺の言葉を忘れるなと。俺に言えるのはこれだけだ」
三柱がそれぞれの代行者にエールを送った後、扉の先に消える。フレイムも言葉を逡巡した後、それだけを言い残して消えていった。
「さっ、良い具合に運動もしたし、ディナーにしましょ」
「夕食、何を作ったの?」
「シチューよ、我ながら上手く出来たと自負してるわ」
「蛍には部屋の前に置いておけばいいかな」
その後、夕食担当だった寧々の作ったシチューがダークマターの様なものだったり、結局夕食は匠一が即興で作り直したり、そのせいで役割分担が入れ替わったりしたが、それはまた別の話。