天使の仲裁
「【鎖】の代行者・天草津凪、【爆竹】の代行者・爆釣烈火。これ以上の戦闘は『トランプ』スペードのエース、アインスが許しません」
神話に描かれそうな美しい天使は、『鎖』の代行者・天草津凪と『爆竹』の代行者・爆釣烈火に盾と剣をそれぞれ突きつける。
「初日から喧嘩とは……私が隊長に就任して以来初のことです」
「んだよ、人がサイッコウに盛り上がってたのによ。水差しやがって、火が消えちまうぜ。つか、てめーは誰だよ」
不満を露わにする爆釣に、涼しい顔のアインスは疑問を投げかける。
「あなたはトランプのことを何も、ご自分の契約神から聞いていないのですか?」
「ああ、聞いてねぇな」
「なら、お聞きなさい。
『トランプ』とは、この『箱庭』を運営する天使の管理組織です。中でもスペードは戦闘に特化し、私はその隊長。
言ってる意味、分かりますよね」
「武力制圧って訳かよ、物騒だな」
「貴様が言えることか、類人猿」
天草のツッコミに口調は違えど、その場の誰もが内心同意していた。
「あなたの契約神も、神権を授かって初日で喧嘩行為をするとは思わなかったのでしょう。
私たちのことも知らなかったようですし、今回に限って見逃してあげます。これ以上抵抗するのなら見せしめになってもらいます」
辺りを見回すと、何事かとカフェの周りに野次馬が集まりだしていた。
「わかったのなら、その神から授かった神器をしまいなさい。
あなたの神はそのようなことのために、授けたのではありませんよ」
「なに言ってやがる、観客が来たんなら魅せるのが俺のポリシーでよ。それに、オメーに勝っちまえば-」
爆釣の言葉は最後まで続かなかった。続けられなかった。
「ええ、問題ありませんよ。できるのなら」
爆釣の喉元には剣先が突きつけられていた。
その場にいた誰もがアインスの動きを追えなかった。
気づいた時には、すでに爆釣の目の前まで移動し剣を突きつけていたのだ。
「それに、私たち『トランプ』は神権の一時的機能停止の権利を持っています。
それでもやるというなら、構いませんよ」
「……っけ、火薬がしけっちまったぜ」
そう言って立ち去ろうとする爆釣。それを慌てて追いかけるチームメイト。
「っあ、この店の損害、彼の腕輪から天引きされているっと言い損ねてしまいました。
まあ、後で彼も気づくでしょうし問題ないでしょう。それより」
アインスは天草のもとに歩み寄る。
「『鎖』の代行者・天草津凪、災難でしたね。怪我をしているなら、診療所に運びますが」
「問題ない。あれしき、蚊に刺された程度のことだ」
「そうですか。あなたが被害者なことはログで確かめています。
ですが、もう少し言い方があったのではないでしょうか」
「俺はこれまでこの言い方で通してきた。それに、この言い方しかできん」
「そうですか。なら、お友達をつくることをオススメしますよ。きっと変われますよ。では」
そう天草に助言すると、アインスは飛び去ってる。
「ふん、余計な御世話だ」
「すげー、天使って初めてみた。天使っているんだな」
「そりゃあ、神様がいるんだから天使くらいいてもおかしくないわよね。そんなことより、今度こそショッピングするわよ」
「ショッピングすんなって言ってんだろ、どさくさに紛れんな。一着って話だろ」
「っち、ばれたか」
「わかったら、さっさと買って戻ってくる」
「はいはい、わかったわよ」
そういうと寧々はお店に入っていく。
「さっきまで危なかったのに元気だなぁ」
「……能天気」
苦笑いする匠一と肩をすくめる蛍。
「ん、でもあれ? 買い物するにしても望月さん、お金持ってるっけ?」
「「……」」
「服一着買う程度だったら問題ないですよ」
匠一の質問に答えたのは、いつの間にかそばにいたメイド服を着た天使だった。ただし、先ほどの取っ付きにくいアインスとは対照的に、親しみやすそうな雰囲気であった。
「問題ないって、どういうこと?」
「その代行者の証に、この世界の通貨が記録されているんです。初期でも服を一着買う程度は通貨が入っていますね」
そういってメイド服の天使は腕輪を指差す。
「電子マネーってこと?」
「だいたいそんなもんです」
「……それより『トランプ』が何の用? 私たち、戦闘行為なんてしてないけど」
「ああ、いえ違いますよ、『トランプ』じゃありません。私はあのカフェで働いているウェイターのアリウムっていいます」
メイド服の天使、アリウムは視線を先ほど小競り合いのあったカフェへ向ける。
「……天使なのに『トランプ』じゃないの?」
「? ああ、そういうことですか」
メイド服の回答に蛍の表情にハテナマークが浮かぶ。
蛍の返しに一瞬分からなかったが、すぐ理解する。
「天使全員がトランプってわけじゃないんですよ。それにこの『箱庭』の大半の従業員が天使ですし、そんなこと言ってたらキリが無いですよ。
『トランプ』は言わばエリート? みたいな感じです」
「へー、ここには天使がたくさんいんのか」
「じゃあ、君はトランプじゃないんだね」
「ええ。だから、私何も取り柄とかないんでそんな警戒しなくても大丈夫ですよ。さっきも戦闘になったので、ここまで退避してたくらいですから」
「へー、お前さんも災難だな〜」
「もう、本当ですよ! っあ、でもさっきの乱闘でテラスめちゃくちゃだし、今日は休業ー」
「アリウムーーー!! どこいったんだい、さっさと手伝いな!」
「になんてなら無いですよね、はい、分かってました。マスターに呼ばれてるんでもう行きますね」
そう言ってかけていくが、途中で振り返り、大声で叫ぶ。
「『天使の歌声』、本日は営業できませんが、ご来店お待ちしています」
一礼した後カフェ、『天使の歌声』 に入っていく。
「『トランプ』みたいなおっかない天使もいれば、アリウムみたいなの話しやすそう天使もいんだな」
「そこは人間と同じじゃない? 殺人鬼みたいな悪人もいれば聖人みたいな善人もいるってことでさ」
「ま、そんなもんか」
「……それにしても遅い」
「腕輪の使い方わかんねぇから時間かかってんじゃねぇか? まあ、もうすぐ来んだろ」
寧々は買い物を終えたのは健太の言葉から20分後のことだった。
ちなみに買ってきた服は店に展示されているワンピースではなかった。