『箱庭』の街
『箱庭』の地理はおおまかに9つに分かれる。中央に鎮座するバベルの塔とその付近を中央地区とし、その周りの地区を時計回りに北、北東、東と八方が決まられている。
そして、中央地区の周りにある8つの地区には、それぞれ地区を両断するかのようにバベルの塔へ続くメインストリートと地区を区分する大通りが存在している。
さらに各メインストリートの中央にはモノレールの駅が配置されており、各地区の上空にレールが敷かれている。このレールはよく見ると駅によってのみ支えられており、支柱が存在しないという現実ではあり得ない光景になっている。『箱庭』では構築する際、一部の神が権威を示そうと改良したのだ。
そのため、住宅街を含めた『箱庭』の世界では所々ファンタジーな光景が見られるとうになった。
家のルールが決まり昼食を摂った昼下がり、匠一達は『箱庭』の東地区のメインストリートを歩いていた。
なぜ匠一達が歩いているのか、それは健太が昼食後、散歩をしたいと申し出たためだった。
「食後の運動をしてーんだ。それに、日が出てるうちにこの家の周りとか街並みとか見ときたいしな。打ち合いはできねぇけど明日はジョギングしてーしな」
健太の朝練のメニューにはジョギングも入っていたのだが、さすがに見知らぬ土地だと何が起きるかわからないため今朝は遠慮したのだ。
「っあ、だったら図書館に行こう。僕、結構本の虫でさ。夜とか読んでからじゃないと寝れなくて」
「あ、じゃあアタシもショッピング行きたいんだけど。この服、地味だし量産型っぽくて嫌なんだけど」
便乗する形で匠一と寧々も要望を伝える。蛍も異存ないらしく頷いていた。
リビングにあった地図で場所を確認。図書館や洋服屋、雑貨屋など一般的な店は各地区のメインストリートにそれぞれ存在しており、匠一たちの家は東地区の中央寄りに位置していた。
どちらが先に回るか話し合った結果、家と同じ地区で遠めだった図書館を先に回り、帰り際に洋服屋によるというルートになった。寧々は最初不服だったが、蛍の「荷物持って歩くの?」の一言で断念した。
メインストリートの道路は情緒溢れる石畳で出来ており、側面に立ち並ぶ店もどこか西洋を感じさせる雰囲気を放っていた。
図書館に向かっている途中、健太が竹刀で肩を叩きながら暇潰しに話掛ける。
「しっかし、なんつーかみんな同じような格好だと学校にいるみてーだな。色で学件別みたいな」
メインストリートには匠一達と同じような、白地に自分と同じ腕輪の色のラインが入った服を少年少女たちが賑やかに歩いていた。
「制服より柄的に言ったら囚人服じゃない? まあ、ダサいからさっさと着替えたいんだけど」
「……RPGの初期装備って感じがする。まあ、3人ともゲームやらなそうだから伝わらないだろうけど」
「RPGはあんまりやらないからわからないけど、どっかの民族衣装みたいだなとは思うな」
「それにしても、賑やか過ぎねえか?」
「みんな浮かれてるんだよ、望みが叶うって可能性があるだけで人は元気になれるからね」
「現実に退屈してた子もいるんじゃない?こんな超常的な体験初めてでしょうしね、ワクワクしてるんでしょ」
「……にしても出歩いてよくばれない、あんたアイドルなのに」
「知り合いじゃない限り、他人の顔なんていちいち見ないわよ。それに顔なんてちょっとパーツを変えれば誰か気付かないわ」
「……」
今の寧々は伊達眼鏡とアイドル時のトレードマークだったツインテールを解いてポニーテールにしている。
その変装でアイドル時の活発系な印象から真面目系にイメージチェンジしていた。そのため、通りすがる少年少女はみなアイドル『月島彩華』だと気づかず、素通りしていく。
「っあ、あの服かわいい!ちょっと見に行くわよ!」
「あ、おい勝手に行くなよ、もう!」
寧々はそういうと、健太の言葉を聞かず走って行く。
3人も慌てて後を追う。
寧々が居たのはカフェと時計屋に挟まれた小綺麗な洋服屋だった。
寧々は洋服屋のガラスケース手を着いて、飾られたシンプルなデザインの白いワンピースを眺めている。
「このワンピースいいわね、欲しいわ! 買いましょ!」
「おい、金髪買い物は帰りだってさっき話し合ったろ」
「予定変更よ、状況が変わったわ。今買わなきゃ取られちゃうかもしれない、アタシみたいなファッションに気を使う子に」
「だってよ、どうっすよ?」
駄々をこねる寧々に、健太は2人に意見を仰ぐ。
「1着くらいだったらいいんじゃない?」
「……荷物を自分で持つなら」
「じゃあ、決まりね!」
「もう勝手にしろよ……」
許可を得た買う着満々な寧々に、健太も投げやりに許す。
そのとき、怒声が4人の耳に届いた。
「んだと、さっきの言葉、もっぺん言ってみろよ!」
怒声のもとは隣のカフェからだった。カフェの軒下に設けられたテラス席にチームであろう2組のグループが座っている。その片方のグループの山吹色の腕輪をした柄の悪そうな少年が立ち上り、隣のグループの冷淡そうな少年を睨みつける。
「うるさい低脳、と言ったんだ。無駄に騒ぐな鬱陶しい。ピーピー喚く猿のようだなお前は」
銀色の腕輪をした冷淡そうな少年は、それをあしらう。
2グループの間には気まずい空気が流れていることは傍目から見て明らかだった。
近場の出来事に店内に入ろうとした寧々も何事かと足を止め、3人と共に眺める。
「ありゃ、柄の悪そうな野郎が騒いで、冷静そうな奴が注意したら逆ギレしたってところか」
「にしても、たった一言でキレるなんて随分と沸点低いな、あの男」
「……それ、あんたも低いからブーメラン」
健太のつぶやきに対し、蛍は暗にお前もだと告げる。が、ネットにほとんど触れたことのなかった剣道少年には伝わらなかった。
「この野郎、言わせておけば!」
「っあ、バカ!」
「うっそ、ここでそれ使うのかよ!」
「うん、せめてやるんだったら、一声欲しかったかな!」
憤怒した柄の悪い少年の両手に30cm大の筒が出現する。筒は山吹色のオーラに包まれ、先端には火の点いた導火線が付いている。
それを見た柄の悪い少年のチームメイトは慌てて離れる。冷淡そうな少年のチームメイトの危険な雰囲気を感じ取ったのか、席を立ち離れる。
「この『箱庭』の世界じゃ、俺たち代行者は死なねぇらしいが、それなりの痛覚は伴うらしいぜ!」
柄の悪い少年大きく後方に飛び去り、ニヤリと笑った。
「つーわけで、体感して感想聞かせてくれよ! 俺の《光彩陸離》の味をよ!」
筒を冷淡な少年に向かって放り投げる。そして、次の瞬間筒が破裂し、少年の周りを赤い爆炎が包み込み衝撃波が拡散する。その衝撃波で薄い布でできたテラスの屋根や辺りにあったテーブルや椅子は吹き飛び散乱し、爆風によって焦げたり破損している。そのことが爆発の威力を物語っていた。
おそらくあの爆弾のような力があの少年に与えられた神権の力なのだろう。
その場にいる平和な日々を暮らしていた少年少女たちにとって味わったことがないであろう、肌に焼けるような熱波が伝わる。
その細胞1つ1つに伝わる感触が、安全な日常から危険な非日常に足を踏み入れたことを理解させられた。
「ヒャッハー! どうだい、俺の力は! 最ッッッ高に弾けてるだろ!」
柄の悪い少年の高笑いが響く。
「生憎とマゾヒストの気は無くてな、そのアンケートは拒否させてもらおう」
立ち込める爆煙が晴れ、その中から無傷の冷淡そうな少年が立っていた。
「しかし、考えなしの短絡的な行動、まるで昆虫のようでもあるな」
冷淡そうな少年の前には銀色のオーラを纏った鎖が円錐状に広がっていた。その円錐状の鎖の盾が爆発から身を守ったのだ。
冷淡そうな少年は鎖を解き、対峙する。
「こんな奇天烈な世界に来て、神権を授かり天狗になる気も分から無くもない。俺も虎を探しているしな。だから、敢えて問おう。お前の中に虎はいるか?」
「んぁ? 虎だ? 虎なんか居ねえよ。それより、俺の花火に見惚れろよ、そんでこんがり味わえや! 」
「猿だろうと昆虫だろうと、度が過ぎれば駆除の対象だ。わきまえろ、猿が」
柄の悪い少年が山吹色のオーラを纏った爆竹を片手に3本ずつ両手で計6本、冷淡そうな少年も銀色のオーラを纏った鎖を引き戻しもう一本出現させる。
「さっきは防いだみたいだが、なら3倍ならどうだ!?」
柄の悪い少年が爆竹を再び放り投げる。
冷淡そうな少年もさすがに分が悪いと思ったのか、今度は鎖を盾に変形させずそのまま伸ばし、爆発する前に爆竹を上空に弾く。
しかし、授かったばかりの神権をたった数時間で完全に使いこなせるわけもなく、弾いた爆竹の1つが逸れ匠一たちの方へ向かった来る。
「やばッ!」
「ッんのやろ!」
咄嗟の出来事に動けないでいる寧々と蛍。
匠一は寧々と蛍の2人に覆いかぶさり、健太は手に持っていた竹刀で爆竹を打ち上げようとする。
「当ったれーーー!!」
その際、薄っすらと竹刀に深緑色のオーラが纏っていたが、健太自身は爆竹に集中していたため、そのことに気づかなかった。
竹刀は爆竹に命中し、高々と打ち上がる。そして、衝撃波を撒き散らし爆散。4人に届いた風は少し強いくらいで、髪と服を大きくはためかせた。
爆竹を無事処理できたことに4人とも安堵する。
「ふう、危ね、マジ危ねー! 咄嗟だったからやったけど、2度とやりたくねぇー!」
「ありがとう健太。おかげで助かったよ」
「なに、ツンツンがあれをなんとかしたの? まあ、さっきのはほんのちょっと危なかったわ……まあ、その、ありがと」
「……ちょっとどころか瀕死案件だった。ありがと、少年」
「な、なんだよ、別に自分のためにだけで、おまえらは、その……ついでだよついで!」
3人からの礼に戸惑い照れる健太。その頭を寧々が荒く撫でる。
「あら、貴方照れてるの? てっきり、俺様に感謝しなとかいうのかと思ったけど、案外可愛いとこあるじゃない」
「うるっせい、はたくぞ! 撫でんな!」
「いい反射神経をしているな」
先ほどの素早い行動をした匠一と健太に冷淡そうな少年は横目でそう呟く。
戦闘中、自分に集中していないことが不満なのか、柄の悪い少年は挑発する。
「おいおい、よそ見してっど大やけど食らうぜ! さあ、こっちを見な、これから第3幕が」
「第3幕なんて存在しません」
声の主は上空から現れ、戦闘を起こしていた2人の少年の間に舞い降りる。
「『鎖』の代行者天草津凪、『爆竹』の代行者爆釣烈火。これ以上の戦闘は『トランプ』スペードのエース、アインスが許しません」
その人物の頭上には光輪を、背には純白の翼を、胴体には甲冑を、両手には剣と盾を身につけた天使だった。