表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神裁判  作者: 川上純也
1/2

罪人 1

罪人1


 男は気が付くと、真っ暗な暗闇の中にいた。

 今まで眠っていた感覚はない。

 むしろ、ここに来る前までの記憶ははっきりしている。

 だからこそ男は、自分の今の状況に酷く混乱した。

「どなたか……どなたかいらっしゃいませんか!?」

 理解不能の恐怖から、無駄だと思いながらも叫んでみる。

「うっ……!」

 どういうきっかけがあったのかわからないが、突然周囲が明るくなった。

 照明が点いたというよりは、夜から真昼に一気に変わった感じだ。

 男が光に慣れない目であたりを見渡す。

「……なんなんだ?」

 視界に飛び込んできた光景に、男はさらに混乱した。

 大理石の壁、大きな何本もの柱、高低差のある巨大な机、そしてそれらを囲むようにして並べられている大量の椅子。

「ん?」

 男の視界に、黒い影のようなものが映った。

 目を凝らすと、その影は人間のものだとわかった。

 男は話しかけようとしたが、その影の放つ異様さに思わず戸惑った。

 影の形から察するに、性別は男。影のように見えるのは、頭からつま先に至るまで全身を黒い衣装に包まれているからだった。

 組んだ脚の上にパソコンを載せ、キーボードを叩いている。

 その姿は堂々としていて、妙にこの場所に合っている。

 一度ひるんだが、このままでは埒が明かないと思い、男は影に話しかけた。

「あの……」

 男が話しかけると、影がゆっくりとこちらを向いた。

 黒ぶちの眼鏡をかけた男で、青年とも老人ともつかないような顔立ちをしている。

「ここは、どこ、ですか……?」

 訊ねられた影の男は、厭に唇を歪めた。

「見ての通り、裁判所です」

 影の声は事務的だったが、どこか楽しげな響きを帯びているように聞えた。

「裁判所……?」

 影の答えに、男は眉をひそめる。

 確かに、空間に漂う厳粛な雰囲気や、部屋の造形を見ると、裁判所に見えなくもない。

「えぇ、あなたを裁くための」

 男が声を出せずにいると、畳み掛けるように影の声がした。

「え?俺を!?」

 思考を遮るような声に、男は素っ頓狂な声を出してしまった。

「何を驚いているんですか?」

 影はそこで唇を歪めて震えた。

 生理的嫌悪感を、これでもかと逆撫でするような笑みだ。

「いきなり裁判なんて言われたら、誰だって驚くでしょう!」

 突然の展開に頭が追いつかず、男は声を荒げる。

「大体、俺とあんただけでどうやって裁判なんかやるんですか!そもそも……」

「十分です」

 男の抗議を、影は一言で遮る。

 そして、影の前にある机から小さな黒い旗を取り出した。

「それは……?」

 男が取り出された物体を不思議そうに眺める。

「これは、あなたの生死を決める『死亡フラグ』です」

「………………死亡フラグ?」

 影の言葉は、またも男の理解を超えていた。

「このフラグが3本立った時、残念ながらあなたはお亡くなりになります」

「……はぁ!?」

 男の理解などに構うことなく、影は淡々と説明を続ける。

「これからあなたの罪を確認していきます。あなたには己の罪を弁解してもらいます」

「………………」

 男はもう何も考えられなくなっていた。

「あなたの弁解に私が納得できれば、フラグは立ちません。しかし、そうでなければ……」

「死ぬんですか?」

 男が影の言葉を先取りした。

 しかし、影は気にする様子もなく、ただ

「はい」

 とだけ言った。

「馬鹿馬鹿しい」

 男は、心底つまらなそうに言葉を吐いた。

 得体の知れない目の前の男は、ただの変態か何かなのだと思えてきた。

「そんなお遊びのために、俺をここに閉じ込めたのか?あんたは何なんだ?」

 男の言葉を聴くと、影はまたも厭な笑みを浮かべた。

 その瞬間、男には影の周りの空間が一瞬歪んだように見えた。

 男が目を凝らすと、今まで何もなかった影の前の机に、黒い長方形の箱が出現していた。

「あんた、何なんだ?」

 影が、机に向かい合う。

「それではご健闘ください」

影が、傍らにある槌を打ち鳴らす。

「開廷」




「早速始めていきましょう」

 影の男は、開廷すぐに手元のパソコンに向かい合った。

「まずは一週間前、あなたは何をしていましたか?」

「一週間前、ですか……」

 男は、雰囲気に呑まれていた。

 開廷直前の影の笑みが、目に焼きついて離れない。

 これからどうなるのか考える間もなく、裁判を受けるしかなくなっていた。

「あっ、友人の家に行きました」

 混乱する頭から必死で記憶を手繰り寄せ、男はそう答えた。

「ほう、何をしに?」

 影は、回答に嬉しそうに食い付いた。

「友人が熱を出したらしく、その看病に」

「そうですか、友人はどんな様子でしたか?」

 影は、今度は事務的な口調になった。

 話のどこに興味を持つかわからない話し方だ。

「どんなと言われても……」

 男が回答に詰まる。

「病人でしたからね。苦しそうでしたよ」

「でしょうね」

 そこで影は薄く笑った。

「その友人は、今何を?」

「いや、わかりませんよ。そんなこと」

 今度は男が喰い気味で答えた。

「そうですか」

 影は気にせずに、パソコンを操作する。

「続いて、5日前、あなたは何をしていましたか?」

「その日は、病院に行きました」

 男は、多少落ち着きを取り戻したのか、スムーズに答えた。

「体調が悪かったんですか?」

「いや、自分は特に……」

 そこで影の目に、興味が灯る。

「と、言うと?」

 嫌らしい口調の疑問だった。

「入院中の友人に会いに行きました」

 男は、可能な限り正直に答える。

「その友人は、先ほどの方ですか?」

 影の口調は戻らない。

「いえ、別の友人です」

「そうですか」

 またも影が、厭に唇を歪める。

「では、3日前、あなたは何をしていましたか?」

「3日前は……」

 男が答えに詰まる。

 正確には、動揺で声が詰まったのだ。

「3日前は……、葬式に……」

「おや、誰の?」

 影の表情は、見なくてもわかった。

 粘ついた興味の視線が、男にまとわりつく。

「友人の……」

 男は、何とか声を絞り出した。

「そうですか」

 言いながら、影はパソコンを操作する。

「では、質問を変えましょう」

 ようやく、影の口調が事務的なものになった。

「あなたの職業は?」

「就職はしていません。学生です」

 男には、この裁判の先が想像できていた。

 そんな質問が来るのかも。

「どのような?」

「医学生……」

「では、将来は医者に?」

「いえ、研究職に」

 質問に答える声は、力なく、しかし鮮明になっていった。

「新しい医療の研究です」

「なるほど、難しい道ですね」

 影の手には、いつの間にか例の『死亡フラグ』が握られていた。

「はい、今のうちから結果を出していかないと、だから……」

「だから?」

 影の煽る様な声が、遠くに聞えた。

「だから、友人に、協力を……」

 どん、と鈍い音が響いた。

 黒い箱に、旗が1本立っている。

「あなたが参列したと言う葬儀」

 影の声が、男の脳で反響する。

「1軒だけでしたか?」

「いえ、3軒……」

 また、鈍い音が響く。

「最後の質問です」

 影の声は事務的だった。

「あなたの『実験』は、成功しましたか?」

「いえ……」

 男の消えそうな声が、微かに室内を震わせる。

「その結果、友人を失いました……」




 男が気が付くと、雨の中、傘をさしながら歩いていた。

 葬儀では言えなかった、友人への懺悔の言葉を携えて、これから墓参りに行くのだ。

 自分の努力は、人を救うどころか、大切な友人たちを苦しめただけだった。

 こうなってしまえば、せめて自分の罪は償おう。

 しかし、せめて、友人たちには、自分勝手な懺悔を聞いて欲しい。

 願わくば、彼らにこれからの自分を見守っていて欲しい。

 そして、今後は大勢の人たちを救うため、今まで以上に……。


 どん!!


 と、ついさっき聞いたような音が、男の体から発せられた。

 男の最期の世界は、車に轢かれ、無残に壊れた自分の手と、頭中に響く判決の声だった。


「有罪」


声は事務的だった。































-閉廷-


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ