最終話 二年目の御徒町
中庭に出ると各サークルの屋台に明暗がはっきりと出ていた。すでに今日の分を全て売りつくして後片付けしているところがあれば、未だ売れ残りが多く。
「焼き鳥十本百五十円」
と、採算の取れない価格で販売しているところもある。もうここまで来たら採算を取るより目の前の具材を片付けたい一心なのだろう。
「ワッフル今なら二枚五十円ですよー!」
そんな売り子の悲鳴を耳にしながら私としぃちゃん、亜由美はステージの袖に向かう。三日間にわたって開かれていた文化祭がいよいよ終わろうとしているのだ。
「いよいよ文化祭もラストですね」
亜由美が私の後ろから声をかける。
「文化祭を閉めるのはお二人ですからビシッと決めてくださいよ」
「分かっているって亜由美。私たちタウンガールズに任せなさい」
私は亜由美の方を向いて右の親指を立てる。
ステージ上ではデスメタルバンドのボーカルが大きな叫び声を上げている。顔は真っ白で両目から血の涙を表しているのか赤黒い筋がひかれている。メイクするのにかなりの時間がかかっただろうな。
袖からバンドの曲を聞きながら私の脳裏に今までの出来事が浮かび上がってきた。
文化祭実行委員に参加するって決めたときのこと――
メンバー募集で声を嗄らしたこと――
メンバーのやる気の無さに不満を漏らしてタカビーに怒られたこと――
銭湯に現れた謎の黒カビと謎の正義のヒロイン――
自らのサークルの企画を個性豊かにプレゼンしたサークルの方々――
直前になって連泊したしぃちゃんの家の天井――
一部関係ないのも混じっているような気がするけど、それらの集大成である文化祭が終わろうとしている。
「かっちゃん、かっちゃん」
しぃちゃんに左肩を叩かれて私は我にかえる。
「バンドの演奏終わったよ」
ステージでは演奏を終えたボーカリストが放送禁止用語(具体的にはとてもじゃないが言えたものじゃない)を叫びながら私たちのいる袖へと歩いている。そのボーカリストは、お客さんの視界から自分の姿が見えなくなったと確信すると
「あ、どうもお疲れ様でしたー」
と、いきなり低姿勢になり頭を私たちスタッフの一人ひとりに頭を下げた。舞台に立つと性格が豹変するんだな。
「あと卑猥な言葉いっぱい叫んですいませんでした」
謝るくらいなら最初から叫ばないでほしいな。
その間にステージでは楽器が片付けられてエンディングへの準備が始まっている。「ミス文京大学いよいよ決定!」の看板がステージ上に掲げられる。
そしてステージに並ぶ「ミス文京大学」候補者の方々。全ての準備は整った。
「それじゃあ行くよ、かっちゃん」
「よし、行こうかしぃちゃん」
「私は袖で応援していますよー」
ステージの上に立つと初日よりもお客さんの入りは多く感じられる。その雰囲気に負けまいと私は大声を張り上げた。
「どうもー、かっちゃんでーす」
「しぃちゃんでーす」
「二人合わせてタウンガールズでーす」
この「タウンガールズ」を三日間で何度叫んだことだろうか。毎度のことながらしぃちゃんがソプラノで私がアルトである。
「まー、この通り三日間にわたり文化祭やっていたわけですが、みなさん参加してどうでしたかー?」
別に何か回答を期待しているわけじゃないけどマイクをお客さんのほうに向けてみる。ところどころから「楽しかったー」「サイコーです」の声。うん、なかなかいい反応だ。
「えー、『東京とともに六十年』というテーマで開催されたこの文化祭もいよいよ最後のときが迫ってきました」
ところどころから「えー」「うそー?」との声が聞こえる。反応いいな。
「最後を飾るのはもちろんこの企画。『ミス文京大学コンテスト』の結果発表です」
しぃちゃんが声を張り上げると大きな拍手と歓声がステージを囲んだ。
「この三日間で最も投票の多かった候補者が『ミス文京大学』に選ばれます。それでは、いよいよ発表です」
ステージの両端にあるスピーカーから恒例のドラムロールが流れる。照明が候補者それぞれを流れるように照らしていく。
ドラムの音が止まり、ステージが闇に包まれる。
「発表します!」
照明の光が私に真っ直ぐに照らされる。
「今年の『ミス文京大学』は……。エントリーナンバー二番、澤田浩子さんです! おめでとうございまーす!」
女子バスケ部員澤田浩子さんにスポットが当たる。
「え、私? わたしなのニャ?」
メイド喫茶の格好のままでステージに来た浩子さんが猫言葉を使いながらステージの中央へと歩く。その間に私の手に優勝トロフィーが渡る。
「『ミス文京大学』の澤田浩子さんには優勝トロフィーと、副賞として『東京タワーホテル』のペア宿泊券が送られます」
トロフィーが私から浩子さんに移った瞬間、ステージの両端から大きな爆発音が轟いた。
大声を上げたいところだけど、司会なのでここで慌てるわけにはいかない。
やがて空から金色の紙ふぶきが降ってきた。さっきの爆発はこれだったのか。
「みなさーん、『ミス文京大学』が決定したところで、今年の文京大学文化祭は終了です」
しぃちゃんの口の中に紙ふぶきが一枚入るのを私は見逃さなかった。
「みなさーん、三日間お疲れ様でしたー」
私の叫び声とともに二度目の爆発音。ステージや中庭に金銀の紙ふぶきが舞う。そのきらめきを私はお客さんに手を振りながらしばし眺めた。
袖に戻ると亜由美やタカビー、かわちゃんとけーまが私としぃちゃんを迎えていた。
「お疲れ様、みんな」
私が微笑むとみんなそれぞれの笑顔で「お疲れ」と言いあう。かわちゃんに至っては目にうっすらと涙を浮かべている。
「まだ後片付けがあるけど、文化祭はこれでひとまず終わりだ」
タカビーがそう言うと両隣にいる亜由美とかわちゃんの肩に手をかけた。
「はい、みんな肩組んで、円陣作るぞー」
「やっぱり締めと言えばこれですね」
私たち七人は互いに肩を組み一つの円になる。
「文京大学ぶんかさーい」
タカビーが大声をあげ、私たちがそれに続いて大きく叫んだ。
「お疲れ様でしたー!!」
こうして私たちの文化祭が終わった。
「そして集合場所はここですか」
それから三週間後――。文化祭の後片付けも全て終わり、私としぃちゃんは上野駅から南へ歩いて数分の有名デパートの前に立っていた。これから実行委員のみんなとはるちゃん、明石先輩、浅野先輩の十人で米沢にあるしぃちゃんの実家へお泊りに行く。集合場所は上野駅に決まっているのになぜか私としぃちゃんとはるちゃんは先にここに集合することになった。そう、一年前と同じ場所に――。
「まあ、かっちゃんと言ったらここじゃない。名前に対するコンプレックスも無くなったことだし、堂々と行けるでしょ」
しぃちゃんが私を見上げて微笑むと、上野駅方面からはるちゃんが右手を大きく振りながら歩いてきた。
「おまたせー、ちょっと遅れちゃったね」
「大丈夫だよ、そんなに待っていないから」
しぃちゃんがはるちゃんの肩を軽く叩く。
「それじゃあ例の駅へと向かいますか」
一年前はしぃちゃんとはるちゃんに強引に引きずられて行った駅へ今年は私が二人を導く。
御徒町駅は何の変哲も無い普通の山手線と京浜東北線の駅だ。ホームの様子もそこから見る風景も一年前とほとんど変わっていない。
「しかしかっちゃんたちが文化祭を作るって聞いたときはほんとに驚いたよ」
はるちゃんが電光掲示板を眺めながら頭の後ろに手を組む。
「そうだね、できたらいいなとは思っていたけどね、かっちゃん」
「そうだよ、私なんて最初は作ろうとすら思っていなかったんだから」
「それじゃあ、来年も作って見る!?」
はるちゃんがいたずらっ子の笑みで私としぃちゃんを見た。
「えー、来年も……?」
「そうだなー……?」
まんざらでもない雰囲気をかもし出す私たちの横を緑のラインが入った電車が入ってきた。
ご乗車ありがとうございましたー。御徒町ー御徒町です。都営大江戸線はお乗換えです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
御徒真知さんの大学生活二年目の物語はこれにて終了です。
気がつけば一年と一ヶ月と大河ドラマより長い連載となってしまいました。
前作とは違い更新のペースを週一日曜日と決めて書いていましたが、後半は何度それを破ろうと思ったことか分かりません。
しかし、こうして途切れることなく書き続けられてのも読んでいただいている読者様がいたからのことだと思います。本当にありがとうございます。
また別の作品でお会いできたらと思います。ではでは。