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第五十三話 目指せ、パーフェクト

 芸人さんがステージに上がるまでの間を即興の漫才で繋ぎ、私たちの今日の仕事は終了。あとはお客として文化祭を楽しむだけだ。(一応企画の監視って役もあるけど)

「それじゃあしぃちゃん、最初に言ったとおり」

「女子バスケ部のメイド喫茶に行ってみましょうか」

 と、パンフレット片手に一号館の三〇五号教室へ向かう。

「さすがメイド喫茶と名のっただけあって混んでいるねー」

 三〇五号室の前に着いた私としぃちゃんが見たのはお客さんの行列。お客さんはいかにも秋葉原にいそうな人もいれば、仕事をサボったサラリーマンだろうかスーツ姿の人とさまざま。そして動物の耳をつけたメイド服姿の女子バスケ部員が「メイド喫茶最後尾」との看板を掲げて立っている。お腹につけた半円状のポケットも面接のときに見たとおりだ。

「えーと、待ち時間はどのくらいでしょう……」

 私が尋ねるとそのメイドさんは

「だいだい三十分ぐらいかかるワン」

 と、語尾に犬の鳴き声をつけて答えた。

 浩子さんは猫キャラで、彼女は犬キャラ。どうやらメイドの他に付いている属性には様々なものがあるらしい。

「どうするしぃちゃん、三十分ぐらいかかるってよ」

 私は犬のメイドさんに聞こえないようにしぃちゃんに呟く。

「うーん、三十分他のところへ行った所で入れるわけじゃないし……」

 三十分後には待ち時間が倍になっているかもしれないしね。

「それじゃあ並ぼうか」

「うん、その方がいいと思うよ」

 こうして私たちは行列の一番後ろに並ぶことになった。

「店に入るまでの三十分間何していようかねー」

 こういうとき携帯ゲーム機とか持っていたらしぃちゃんと一緒に狩りに出かけたりできるんだろうけど、あいにく私たちはそういったものは持っていない。自然と持っているパンフレットをペラペラめくって

「この次はどこ行こうか?」

「そうね、これなんか面白そうじゃない?」

 と文化祭の話になるのであった。


 お店の回転が速かったのか、予定より十分ほど早く私たちはメイド喫茶に入ることができた。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 中にいるメイドさんたちが口々に私たちを出迎える。お嬢様って……、私たちはそんなご大層な身分じゃないんだけど、これがメイド喫茶の流儀というものだろうか。

「お帰りなさいませなのニャ。私澤田浩子がお嬢様たちを席へ案内するニャ」

 猫耳をつけたメイド姿の浩子さんが私としぃちゃんを空いている席へと案内する。席は窓際で、窓の外では学生達で結成したロックバンドの演奏を見るお客さんや屋台の間を行き来するお客さんの姿が見える。

「メニューが決まったら私たちを呼んでくださいなのニャ」

 浩子さんはメニューを私たちに渡すとバックヤードへと姿を消した。

「ふんふん、いろんなメニューがあるね……」

 メニューには「愛しの――」とか、「胸キュン――」とか、萌え要素というのだろうか、そういった形容詞がついた後に「ハンバーグ」や「オムレツ」と言った食べ物の名前が付いている。

「それじゃあ『大好き! バスケットボールおにぎり』を頼もうかな」

「私は『ニャンニャンオムライス』を注文しようっと」

 兎耳をつけたメイド服の店員さんをよんで、決めたメニューを告げる。「おにぎり」は二個注文した。

「分かりましたピョン。『おにぎり』は二つで五百円、オムライスは四百円になるピョン」

 レジとか食券販売機と言うものはないので、このタイミングでお金を払うことになる。ちょうど小銭があったので、私たちはお釣りなしで支払う。

「ありがとうございますピョン。メニューが到着するまで暫くお待ちするピョン」

 メニューが来るまで私としぃちゃんは窓の向うのロックバンドの演奏を眺めていた。三階だから音は小さくても一応ここまで聞こえる。

 その反対側つまり店側からは店員さんの語尾に動物の鳴き声をつけた言葉とお客さんの会話のやりとりが聞こえてくる。

「それじゃあ『愛しのハンバーグ』をください」

「分かりましたミィ」

「『ミィ』って何の動物の鳴き声だろうね、しぃちゃん」

「うーん、その辺りは適当にイメージなんじゃない」

 「ミィ」と泣いた店員さんの頭に付いている耳を見たけどいまいちどういう動物なのか分からない。

「『ミーアキャット』じゃないのかな?」

 しぃちゃんが耳を見てぽつりと呟く。

 待つこと十分。私としぃちゃんの前に注文したメニューが到着した。

「お待たせいたしましたニャ。『大好き! バスケットボールおにぎり』と『ニャンニャンオムライス』なのニャ」

 「大好き! バスケットボールおにぎり」はチキンライスを丸い形に握ったおにぎり、「ニャンニャンオムライス」は卵の部分にトマトケチャップで猫の絵が描かれている。中身はきっとチキンライスだ。

「ところで、浩子さん」

「うん、何か御用かニャお嬢様」

「その首に付いている鈴を撫でてもよいですか?」

 さっきから首に付いている鈴を触ってみたかったんだよねー。面接のときは寝てしまったけど、今回はどうなるか見てみたい。

「いいですニャ。どうぞですニャ」

 浩子さんは中腰になって私の目の前に鈴を差し出す。

「チャラチャラチャラ……」

「ゴロゴロゴロ……」

 鈴の鳴る音と、浩子さんの声が聞こえる。そして……

「くかー」

「わっ、本当に寝た」

 浩子さんは中腰の姿勢のまま面接のときのように寝てしまったのだ。バスケで足腰を鍛えているのか、よく中腰のまま寝ていられるな。

「こらー、浩子寝るんじゃないワン」

 寝ている浩子さんに気がついた部長の今泉さんが浩子さんの頭を叩く。

「ニャ? ニャニャニャ!? 私は一体どうしていたのニャ」

 目覚めた浩子さんは中腰のまま辺りを見回す。どうやら意識は本当に飛んでいたようだ。

「いやー、浩子さんは本当に寝てしまうんですねー」

 寝るまでの時間はきっと猫型ロボットに頼りっぱなしの眼鏡少年といい勝負になるんじゃないだろうか。

「そうなんですワン。この前は試合中に寝てしまって、パスするために回したボールが顔に直撃してしまったワン」

 それって特技と言うより病気のレベルなんじゃないのか……?

「浩子の無礼はともかくとして、ご注文をされたお客様にはフリースローのサービスがあるワン。浩子、お願いね」

 と、今泉さんは茶色い卓球のボールが十個入った器を私たちの机に置いた。

 確か全部入ると手作りチョコレートが貰えるんだったよな。

「ちなみに昨日と今日で全部入れたお客さんはいないニャ」

 つまり私たちが始めてのお客さんになるかもしれない……? と、気合を入れて投げてみたものの

「ニャー、二個しか入らなかったのニャ。残念ですニャ」

 私の記録、二個。私敗れる、まあでもチョコレートといういい夢は見られたな。「あばよ」と言ってこの場を去りたい気分だ。

「それじゃあ私がやってみるよ」

 しぃちゃんが卓球のボールを右手につまんで構える。ボールが右手から放たれるとそれは浩子さんのポケットに吸い込まれていった。

「ニャー」

 まずは一個目。

「ニャ、ニャニャニャ!」

 二個目。ここまでは私の記録。

 しぃちゃんはいとも簡単に三個目を入れる。

「ニャ、ニャント!」

 そして、四個目。これもまた浩子さんのポケットの中に

「すごいですニャ、お嬢様はバスケの達人ですニャ」

 浩子さんは後ろを向いて。

「五番テーブルのお嬢様チョコレートリーチですニャー」

 と、叫んだ。店の中から「おお」と歓声が上がる。

「お嬢様頑張るだワン」

「頑張ってピョン」

「頑張るだミィ」

 いつの間にか私としぃちゃんのテーブルの周りにメイド服姿の店員さんが集まってきた。今までパーフェクトを達成したお客さんはいない。初めて出るかもしれないパーフェクトにみんな期待しているのだろう。

 五個目のボールをしぃちゃんは取り出した。小さく息を吐いて視線をポケットに注いで集中。

 十秒間の静寂の後しぃちゃんは右手を動かした。ボールは鮮やかな放物線を描いて浩子さんのポケットの中に吸い込まれていった。

「猫ナリー!!」

 浩子さんは猫のように丸めた手を前に突き出した。そして

「チョコレートがゲットナリー!」

 腰を横に一回転。

「おめでとうございますワン。初めてのパーフェクト達成ですワン」

 今泉さんがポケットから福引でよく使われるベルを取り出して鳴らした。

「おめでとうだピョン」

「おめでとうですミィ」

 しぃちゃんは浩子さんの手作りチョコレートを手に入れた! 二人の恋愛度が二十アップした。(たぶん)

 あ、「大好き! バスケットボールおにぎり」は普通に美味しかったです。

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