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第五十二話 即興で漫才

 午前八時五十分、私としぃちゃんと亜由美、そしてはるちゃんと明石先輩の五人で文化祭の正門をくぐる。昨日と変わらず屋台では今日の売上げ分を作るための仕込み作業で慌しい。

「それじゃあ私達は練習があるので」

 と、はるちゃんと明石先輩は四号館の地下へと降りていった。この下にはレスリング部用の小さな体育館がある。そこで二人は練習しているのだろう。

「じゃあまた、今夜」

 しぃちゃんが大きく手を振る。はるちゃんと明石先輩は今夜もしぃちゃんの家にお泊りすることになったのだ。亜由美はほぼ毎日泊まっているし昨夜は私も入れて五人、五人で一つの部屋に寝るのは少々狭く感じた。

「さて、今日は『お笑いショー』以外は私達の出番はないね」

「そうだね、ステージ上の企画も他のイベント企画班の人たちがやってくれるし」

「今日二人はお客さんとして企画を楽しめそうですね」

 「お笑いショーは」芸人さんを紹介さえすればあとは芸人さんが時間内にネタを披露してくれるので楽なものだ。

「それじゃあしぃちゃん、今のうちにどこ回るか決めようか」

 私はパンフレットを開いてしぃちゃんに見せる。

「そうだね、昨日いけなかった女子バスケ部のメイドカフェに行ってみようか」

 しぃちゃんもすっかり「お笑いショー」後の楽しみを考えている。

 猫耳をつけて語尾に「にゃ」をつけるのが今時のメイドのスタイルなのかは分からないけど……。

「澤田さんの他にもいろんな格好をしたメイドさんがいるかもしれないよ」

 メイドじゃなくて巫女さんの格好をする子がいるかもしれない、血のついた鉈を持った女子生徒もいるかもしれない。

 しかしこの私たちの楽しみは文長ホールに着いたときに大きく崩れてしまう。


「芸人さんがまだ来ない!?」

 文長ホールの楽屋で私としぃちゃんは高尾君よりとんでもない知らせを聞いたのであった。まさかあの大物司会者のように突然旅に出たくなってしまったのだろうか。

「ここへ来る途中の道路が事故のため渋滞して十分ほど遅れるそうです」

 渋滞か……、そこまでは考えていなかった……。

「ほんとに十分で到着するのですか」

 亜由美が高尾君を問い詰める。

「い、いえ自分は車に乗っていないのでほんとに着けるかどうか……」

 高尾君が至極最もな、そしておかしな答えをする。車に乗っていたらここで私たちと話してはいまい。

「とりあえず芸人さんたちが来るまでなんとか場をつなげなくてはいけませんね」

 亜由美がため息をつく。幸いお客さんはまだホールには入っていない。開場時間をずらして間を持たせるという作戦もできるけど……。

「芸人さんがまだ来ないんだって?」

 話を聞いたのかタカビーが楽屋にやってきた。

「そうなんです、事故で……」

 亜由美が事情をタカビーに話す。

「……開場時間をずらして間を持たす方法もあるが、もう一つの作戦を考えないといけないな」

 タカビーが私としぃちゃんの顔を見てにやついた。

「もう一つの作戦って?」


 十五分後――、本来ならこの文長ホールのステージに立っている芸人さんがやっと楽屋入りした。着いたからといってすぐにステージに立てるわけではない、楽屋での準備時間がある。

 開場時間をずらすのもお客さんから不満の声が出ているので、限界に近い。しょうがないのでお客さんを会場に入れて、芸人さんが出てくるまでの間に――。


「どうもー、かっちゃんでーす」

「おはようございまーす、しぃちゃんでーす」

「二人合わせて『タウンガールズ』でーす!」

 いつものことながら私がアルトでしぃちゃんがソプラノ。そう、私としぃちゃんが「タウンガールズ」としてこの場をつなぐことになったのだ。

「えーと、本来ならば『お笑いショー』として三組の芸人さんが、ここでお笑いを披露してくれるはずなんですが、諸事情でやっとついさっき楽屋入りしまして今準備をしているところです」

 とりあえず、お客さんになぜ私たちが出てきたかを説明しないとブーイングが起こりそうだ。それどころか帰る人もいるかもしれない。

「そこでその間、この大学で一番仲のいいコンビである私たちが話をすることとなりました。まあ前説のようなものだと思って気楽に聞いてください」

 そう前説、しぃちゃんなかなかいい言葉のチョイスをしてくれたな。

「そんなー、一番仲のいいコンビだ何て言いすぎだよー。しぃちゃん」

「何言っているのよー、私たちが一番仲いいに決まっているじゃない」

「じゃあお客さんの前で、その証拠を見せてよ」

「いいわよ、じゃあ私が何か言うから、そこから連想される言葉を一緒に言って見ようよ」

「分かった、しぃちゃんじゃあ言ってみて」

「よし、じゃあいくよかっちゃん。『しかく』。『しかく』で連想する言葉を言ってみて」

「分かった。『しかく』ね、行くよー」

「せーの」

「弁当箱!」

危険物取扱者きけんぶつとりあつかいしゃ!」

「ちょっとー、しぃちゃん何よ? 危険物取扱者ってー」

「危険物取扱者は重要な資格よー、『ニトログリセリン』とかすごい危ないものを扱う人なんだからー」

「そうじゃなくて、『しかく』って言ったら普通『四角形のもの』を想像するでしょー」

「何言っているのよーかっちゃん、私たちは大学生でしょー。これからの将来に必要な『資格』を考えなくちゃいけないじゃない」

「いやー、それでも『危険物取扱者』はないわー」

「いーえ、『危険物取扱者』はこれから大人気の資格になるわよ、事実私の部屋の隣の人は爆弾作っているんだから。是非『危険物取扱者』の資格を勧めないと」

「資格を勧める前に警察呼びなさいよ! 危ないじゃない」

「何言っているのよかっちゃん、危ないからこそ必要な『危険物取扱者』の資格でしょう?」

「分かりました、分かりました、私が悪かったよしぃちゃん。危なくない程度に『危険物取扱者』の資格を勧めなさいよ。次は私がテーマを言うから合わせてよね」

「分かった。今度は合わせてよね、かっちゃん」

「それはこっちのセリフよ。それじゃあ『しかく』と来たから次は『さんかく』! 『さんかく』でいこう」

「よーし、それじゃあ一緒にいくよ」

「おにぎり!」

「ジェンダーフリー!」

「横文字ー!? しぃちゃん横文字ー!?」

「何をおどろいているのよ、かっちゃん? 『さんかく』と言ったら『ジェンダーフリー』に決まっているじゃない。というか私たち女性よ、『ジェンダーフリー』について無関心なんて言わせないわよ」

「とりあえず、『ジェンダーフリー』がどう『さんかく』と結びつくのか教えてよ」

「もう、しょうがないわね……、いい? 戦後になって女性の社会的地位は戦前のそれより高くなってきたの。二十一世紀になった今こそ男女が共同で社会に『参画さんかく』する体制を整えないと……」

「出たー、ここで出た。『さんかく』が」

「かっちゃん、私たちは大学生よ。『おにぎり』なんて小学生みたいなこと言っていないで、もう少し社会について考えなさい!」

「分かりました、私が悪うございました。もう少し大学生としての自覚を持ちたいと思います。それじゃあまた私がテーマを言うね。これが最後だからね、ちゃんと合わせようね」

「そうね、最後くらいちゃんと合わせないと」

「それじゃあ『しかく』『さんかく』と来たから次は『まる』! 『まる』よ!」

「『まる』ね……。かっちゃんちゃんと合わせてよ……」

「分かった、ちゃんと大学生らしい答えをするから」

「せーの!」

句点くてん!」

「ボール!」

「しぃちゃーん!! なにー!? 『ボール』ってー」

「かっちゃん、『まるいもの』と言ったら『ボール』に決まっているじゃない……。かっちゃんこそ何よ、句点だなんて難しいこと言って」

「句点は文章の最後につく丸(。)でしょー? 私たち大学生でしかも文学部なんだからー。こういう答え普通出てくるでしょー」

「もーう、かっちゃん。大学生だからってそんな普段から難しいこと考えていちゃやってられないわよ。たまには遊び心を持たないと」

「もうしぃちゃんとはやってられない!」

「どうもありがとうございましたー」


 お客さんのそこそこある拍手の中ステージを退場する私としぃちゃん。ステージの袖では私たちが待ち焦がれていた一組の芸人さんの姿が。

「お疲れさん、よく場を持たせてくれた」

 と、私としぃちゃんの肩を叩いてステージへ向かっていった。お客さんからは大爆笑の嵐。ステージ上ではいっぱいいっぱいになっていたので、お客さんの反応は分からなかったけど、たぶん私たちのとは違うものであったろう。

 やっぱりプロと素人は違うな、と私は感心しながらステージの上の二人を眺めた。

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