第五十話 ミス文京大学コンテスト開始
人体模型を復活させて中世の館を出た私たちは文化祭室へと向かった。
そろそろ私としぃちゃんの次の仕事が始まろうとしている。
「あ、来ました。時間通りですね」
亜由美とタカビーが先に文化祭室に来ていた。早速プログラムを私たちに渡す。
「次は『ミス文京大学コンテスト』です。文化祭の定番の企画ですが、それだけに毎回オリジナリティが求められている。企画です」
「まあ、その辺は『タウンガールズ』の絶妙のボケとツッコミでなんとかしてくれ」
あのー、タカビー。私たちは別に漫才コンビじゃないんだけど……。だから年末の一千万目指して精進しているわけじゃないし。というかどっちがボケでどっちがツッコミよ。
「でも今日は紹介だけであとはほとんど参加者にお任せってところじゃないの?」
しぃちゃんが首を傾げる。この「ミス文京大学コンテスト参加者紹介」のあとお客さんの投票が開始され、最終日最も多く票を集めた女子学生が「ミス文京大学」に選ばれる、というわけだ。
そのためこの紹介コーナーではアピール時間を設け、参加者自身が考えた独自のアピールをするのだ。つまり私たちより参加者任せの部分が多い。
「確かに参加者に任せる時間が多いけど、それをつつがなく進行させるのは司会者の役目だろう」
「確かに最近のバラエティ番組では司会者の能力が問われるところがありますね」
今日の亜由美とタカビーはやけに意見が合う。この二人に司会を任せてもいいんじゃないか? とちょっと思ってしまうが、そんなことをしたら私としぃちゃんは何も仕事をしないことになってしまうので自重しようっと。
「それじゃあそろそろステージのほうへ行きましょうか」
パンフレットを一通り目にした私は四人を部屋の外へと促した。
ステージでは学生や周囲に住んでいる人が参加の「漫才コンテスト」が行われている。参加者の年齢は小学生から七十五歳の夫婦までと幅広い。今ちょうど最高齢の老夫婦漫才タイムである。二人とも小刻みに震えながらマイクに向かって精一杯の声を上げる。
「いやーお祖父さん、十一月に入ってめっきり涼しくなりましたねー」
「そうじゃのー、十一月でこれだけ涼しいんだから、一月、三月、五月、八月となったらどれだけ涼しくなるんじゃのー?」
うわーお爺ちゃん、それは定番のボケの逆をやっているだけじゃない?
「なんでやねん。八月は暑いやんけ」
それまで標準語を話していたお婆さんがツッコミになっていきなり滑らかな関西弁に変わった。そしてそれまでの動きとは思えないほどの素早さと強さでお爺さんの胸に手の甲を叩きつける。
「うぐっ、げほっ」
当然、激しい胸への衝撃にお爺ちゃんは咳き込むわけで……。
「何咳こんでんねん、お前。漫才のプロちゃうんか? 一緒に漫才グランプリで一千万取ろう、って言ったのお前ちゃうんか?」
胸を押さえて苦しむお爺ちゃんにお婆ちゃんは労わりの声をかけることなくさらに厳しい言葉を浴びせる。このお婆ちゃん、鬼嫁だな。お客さんもお爺ちゃんのことが心配なのかくすりともしない。
「ほら、お前が苦しんでいるからみんなが心配して笑えへんやんか。お前もプロなら客の一人や二人くらい笑わせてみぃ」
パンフレットによると、二人は漫才師ではなく駄菓子屋を経営、と書かれている。
お爺ちゃんは暫く胸を押さえていたが、やがて蹲り激しく体を震わせた後
「げーんき満々元気っき!」
と、いきなり立ち上がって叫んだ。突然のお爺ちゃんの豹変に私としぃちゃんを含めて、観ているお客さんも唖然としている。さっきの咳き込みは演技だったのだろうか? それともプロ(ほんとはプロじゃないけど)の根性を見せたってこと?
「どうも、ありがとうございましたー」
このお爺ちゃんの渾身のギャグをオチと見たのか二人は頭を下げてステージを去っていった。結局この漫才で笑った人は一人もいなかった。お婆ちゃん、一千万の道は厳しいぞ。
「さ……さあ、これで全ての漫才が終了しました。お客さんのみなさん、この中で一番面白いと思った漫才コンビをお配りした紙に書いて投票してください」
司会の高尾君が戸惑いながら、進行を続ける。さっきの二人が大トリだったのか。物すごくやりにくいなー。
と、私は高尾君に同情の念を感じたのだが、それが決して他人事ではないことを私は後で感じるのであった。
投票が終わり、優勝したのは大学三年生で同じ学部、同じゼミで結成したコンビだった。
「やったー!」
「年末は歌合戦出場を目指します!」
「なんでじゃ! そこは一千万だろ!」
「『ベルモントユニバース』のお二方、おめでとうございます! さあ『漫才コンテスト』の次は『ミス文京大学コンテスト』の開会式です」
いよいよ私たちの出番だ。私はステージが誰もいなくなったのを確認すると、しぃちゃんの手を引っ張ってステージへと駆け上がった。
「どうもー、本日二度目の登場『タウンガールズ』でーす」
この文化祭で「タウンガールズ」という名前をものにしてやるんだから!
「ここからは『ミス文京大学コンテスト開会式』のコーナーでーす」
「本日より三日間『ミス文京大学』を目指して八人の女子学生の熱い選挙戦が繰り広げられます。どこかの大国の選挙戦より熱いものにしましょうねー!」
一応大学生なので、ある程度時事ネタを取り入れないと。
「まずは昨年の『ミス文京大学』肝属玲奈さんより優勝トロフィーの返還です」
しぃちゃんの言葉に私は姿勢を正す。私がトロフィーを受け取る役だからだ。ステージの反対側からトロフィーを抱えた肝属さんが、ゆっくりと歩いてくる。さすがは昨年の「ミス文京大学」目元はくっきり鼻立ちもすっきりしている。明石先輩が見ていたら、ステージに飛び込んで抱きついてしまうことだろう。
しかし、それにしても肝属さんには気の毒なことをしてしまった。優勝トロフィーの返還と言っても、肝属さんはこのトロフィーを手にしたのはほんの数分前だからだ。なぜなら前にも話したけど、優勝トロフィーは二年前「ミス文京大学」である「雪子さん」とともに謎の失踪を遂げ、そして文化祭の一ヶ月前に突然戻ってきたのだ。つまり肝属さんは去年このトロフィーを貰っていないのである。
「昨年の『ミス文京大学』の名の下に、この優勝トロフィーを返還いたします」
肝属さんははっきりとした口調で言うとトロフィーを私へと差し出した。
「肝属さん、一年間お疲れ様でした」
結構な重量のあるトロフィーを抱えて私は頭を下げる。肝属さんは私に、そしてお客さんに一礼すると、ゆっくりとした足取りでステージを後にした。
「肝属さん、どうもありがとうございました。それでは今年の『ミス文京大学コンテスト』候補者の登場です」
しぃちゃんの声に促されて候補者の八人がステージに現れる。その中には私と高尾君がスカウトした石川ヘレン先輩と、女子スケバブ……じゃなかった、女子バスケ部の浩子さんの姿もある。
浩子さんはメイド喫茶の最中出てきたのであろう、メイド姿のままだ。
「それでは各候補者のアピールタイムです。まずはエントリーナンバー一番、石川ヘレンさん」
背の高い石川先輩がしゃんとした歩き方でステージの中央へ立つ。
「Hello everybody(こんにちは、みなさん)」
日本とアメリカのハーフである石川先輩は突然流暢な英語を話し始めた。
英語を話しながら頭を触り、胸・腰・そしてお尻と……。どうやら自らの身長とスリーサイズをアピールしているようだ。
お客さんの表情を見ると、英語なのでチンプンカンプンな表情の人もいれば、うんうんと頷いている方もいる。両極端だ。
「Thank you for hearing the story of me who doesn't consider it(私の話を聞いてくれてありがとうございました)。私に投票お願いします」
と終始英語のスピーチだった石川先輩が最後の最後で日本語を話して頭を下げると、お客さんからは一斉に歓声と拍手が。みんなほんとに英語分かっていたのか? 私は半分くらいしか分からなかったぞ。
そして私は聞き逃さなかった。お客さんの声の中に「ヘレーン最高やー!」という石川先輩の彼氏さんの声を。
「石川さん、ありがとうございました。続きましてエントリーナンバー二番、澤田浩子さん」
浩子さんの苗字って「澤田」って言うんだ……、と思いながら私は石川先輩に変わってステージの中央へ立つ浩子さんを眺めた。
「女子バスケ部三年、澤田浩子だニャ」
浩子さんは語尾に「ニャ」をつけて話し始めた。メイド喫茶のキャラが抜け切れていないのだろうか、それとも最初からこの口調で話し、こういうものの支持層からの票を狙っているのだろうか。
浩子さんはアピールタイムの間ずっと語尾に「ニャ」をつけて話し、
「みんな、浩子に投票してくれると嬉しいニャ。それと私のいるメイド喫茶に遊びに来てくれるともっと嬉しいニャ。一号館の三○五号教室でやっているニャ」
と、最後に抜け目なく自分の出店の宣伝もした。
「浩子ちゃん萌えー」
「店にも遊びに行くよー」
浩子さんのアピールはその「萌え」が好きな人たちの支持を早くも獲得したようだ。
こんな調子で参加者のアピールタイムは続いたのだが、最後の一人になって事件は起こった。
「それでは候補者もいよいよ最後の一人になりました。エントリーナンバー八番、絹坂衣さん」
しぃちゃんに呼ばれて出てきたのはそれまでの人とは違い背の小さい女の子だった。背はしぃちゃんと同じくらいだろうか、髪は短く目は少々垂れ目。背の小さい人が好みの人の支持を狙ってのものだろうか。
しかし、彼女が狙っていたのはそんなお客さんの支持ではなかった。彼女はステージの中央に立つなりとんでもないことを叫び始めたのだ。
「せんぱーい、私は先輩の事を愛してまーす。先輩も私に愛の言葉をかけてくださーい」
おいおい絹坂さん、これは「ミス文京大学コンテスト」であって、「合コンパーティー」ではないぞ? 自分の好きな人ではなく、見ているお客さん全員にアピールしなくちゃ。
「先輩」と呼ばれた方はこのお客さんの中にはいないのだろうか、反応は無い。絹坂さんは構わず叫び続ける。
「せんぱーい、いないのですかー? 彼女である私がステージにいるのですよー、当然観ている筈ですよねー。返事をしないのなら、名前で呼びますよー、『さえが……』」
「ええい、公衆の面前でその名前を呼ぶなと言うのが分からないのか! しかも一体何を言い出すんじゃこの糞馬鹿がー!!」
突然、お客さんの後ろのほうから機嫌の悪そうな叫び声が、先輩いたんじゃない。しかし彼女に対してなんて酷い罵声だろう。
「おおーっと、ここで絹坂さんから突然の愛の告白だーっ」
事態を収拾しようと思ったしぃちゃんが、ワンテンポ遅れた返しを叫ぶ。
「そして、絹坂さんの愛する先輩の登場だー」
あ、やっと追いついた。私もしぃちゃんを助けなきゃ。
「出たー、先輩だーっ! 告白された先輩だーっ!」
私としぃちゃんの声にお客さんの視線が「先輩」に注がれる。
「ええい! 見るな見るな! 見世物ではないぞ」
残念ながら先輩、あなたは充分見世物になってしまったのです。
「せんぱーい、やっぱりいたんですねー? 愛していますー! 結婚してくださーい!」
絹坂さんは満面の笑みを浮かべて先輩に叫ぶ。
「さあ、『先輩』は絹坂さんのプロポーズにどう答えるのか?」
もうどうでもいいや、という感じでしぃちゃんは絹坂さんの叫びに応える。
お客さんの視線の中、「先輩」は不機嫌そうに真っ赤な顔で小さく頷いた。
「え、それはOKってことですかー? もっとはっきりとした形で答えてくれないと困りますー!」
私は少々苛立ちながらも先輩に叫んだ。だってそうだろうこれは「ミス文京大学コンテスト」なのだ。それなのに一人の女の子の告白の場に使われるなんて、進行がめちゃくちゃである。こうなったら盛り上がった形でなんとか決着をつけてもらわないと司会者として納得がいかない。
ところが先輩は私の問いかけに応えるどころか何か愚痴を言い始めた。
「そもそも、何で、あいつはこんなとこで結婚のプロポーズなんぞすんだ? 普通、そーいうのは男からするもんだろ。それに俺たちはまだ大学生であって結婚には経済的自立や親戚への説明などが必要であり……」
「えーと、そう言った現実的な諸事情はおいといてください。今ここで、絹坂さんのプロポーズにOKするかどうか問われているのです」
現実的な問題? そんなの関係ないわよ。私としてはこの場をどうやって盛り上げる形で決着付けるかでいっぱいいっぱいなんだから。
「そうだ! 何をやっているんだ俺は? これはミスコンだぞ!? 公開告白ショーじゃないぞ! 俺と絹の馬鹿馬鹿しい茶番なんぞ放っておいてミスコンを続けろ! 司会者は事態を収拾しろ! スタッフは絹を取り押さえろよ!」
だからそうしたいけど、それがもうできないからこうやっているんでしょ。絹坂さんもそれを分かっているようで(というかそうなることを最初から目論んでいたのだろう)
「先輩。往生際が悪いですよー。私がここまでやってしまったからには、もう中途半端に幕を下ろすわけにはいかないじゃないですかー。そして、お客さんが望んでいるのは勿論、ハッピーエンドですよ?」
「ええと、そういうわけで『ミス文京大学コンテスト』の途中ですが、公開告白ショーになりましたー」
もういいや、ここは一旦公開告白ショーにしてしまおう。「先輩」の周りには一緒に見ている友達がいるらしく、なにかとはやしたてているようだ。
「ぐ、ぐぬぬぬぬぅ……。おのれ……。貴様ら、覚えていろよ……」
と恨み節を言う先輩。いつのまにか一番後ろにいるはずの先輩の前の人だかりは消え、自然にステージへの道ができている。
「う、うぅー! あぁーっ! もう、分かった! 分かった! もう結婚だろうがなんだろうがしてやる! これで文句あるまい! 思う存分見世物にしろ!」
「な、なんと先輩から結婚宣言が飛び出しましたー!」
ああ、良かった。なんとかこれで決着が付いたようだ。絹坂さんはステージを飛び降り、「先輩」への道を一直線に駆け抜けて「先輩」に抱きついた。
「えーと、これで全ての候補者のアピールタイムは終了しました。最後の絹坂さんはご結婚されるということで失格となり、絹坂さんを除く七人の中から『ミス文京大学』が決定します。みなさん、是非投票してくださいねー」
絹坂さんには悪いが「開会式」をめちゃくちゃにしたので「失格」である。まあ「先輩」から「プロポーズOK」の言葉を貰った彼女のことだ。そんなこと痛くも痒くもないんだろうけど。
五十回記念というわけではないのですが、番外編でコラボレーションを組み、時々話の中で登場していた雑草生産者様のキャラ「絹坂衣」と「先輩」を本編に登場させてみました。
この二人が何者か? を知りたい方は雑草生産者さんの「厄病女神シリーズ」をご覧下さい。
雑草生産者さん、三度のご協力ありがとうございました。