第四十八話 いろいろ企画を回ってみよう
お昼ご飯までまだ一時間ほどある。
というわけで私としぃちゃんは一号館をぶらぶらすることに決めた。ぶらぶらすると言っても、この大学の「もやもや」しているところを探すわけではないからね。
「さてと、まずはどこへ行きましょうか」
私は実行委員でありながら、パンフレットを持っていないのでしぃちゃんが頼りだ。
「うーん、とりあえず鉄道倶楽部行ってみようか」
「え、なんで鉄道!?」
他にもいろんな企画があるのに。
「だってかっちゃん鉄道好きでしょ」
しぃちゃんは不思議そうに私を眺める。私が鉄道好きだと思っていたのだろうか。
「違うわよ、私は全然鉄道に興味が無いって」
キハとかモハとかそんなの全然知らないってば。
「まあとりあえず行ってみようよ。確か電車からの車窓風景を酒飲みながら楽しむ企画だったよね」
ああ、そういえば面接のときに言っていたな、そんなぬるい感じの企画。
「『酒を飲む』って、私たちはこの後仕事あるからお酒飲めないよ」
特にしぃちゃんはお酒を飲んだら危険だ。
「分かっているって、お酒は飲まないから行ってみようよ」
しぃちゃんは私の肩を軽く叩くとパンフレットを片手に階段を上っていった。
「毎度おなじみ鉄道倶楽部でーす」
いや、だから私たちにとってはおなじみじゃないから……。教室に入った私としぃちゃんを迎えたのは、鉄道倶楽部の部長さん。確か林田さんと言ったかな。
彼に案内されて入り口のカーテンをめくると……。うわーっ、大画面のプラズマテレビだー!
おそらく畳一畳分はあるだろうと思われる画面には雪景色が流れ続けている。その前には茣蓙が惹かれていて男性が八人円陣を組んで座り、その円の中央に日本酒、ウィスキー、そしておつまみの類が置かれている。一応申し訳程度に教室の端に鉄道模型が置かれているとはいえ、これはほんとにただの酒飲みの会だ。
「お、鉄子が二人も来たぞ」
カップ酒を右手に持った男の人が私たちを見て驚きの声を上げる。鉄子って「鉄道ファンの女性」の総称なのだって。(後で林田部長から聞いた)
「いいえ別に私たち鉄道が好きなわけではありません」
「えー、かっちゃん違うのー?」
どう見積もってもここにいる人たちに比べたら私の鉄道知識なんて月とスッポンよ。
「この人たちは文化祭実行委員の人だから、見回りに来たんだろ」
林田部長は私としぃちゃんの顔を覚えていたようだ。まああの面接以外でも文化祭の準備のために会う機会は何回かあったからね。
「えーと、小さいほうが『しいなまち』さんで、背の高いほうが『おかちまち』さんだ」
酒飲み達から「おお」との歓声が上がる。
「西武池袋線と山手線じゃないか」
さすが鉄道ファン。「椎名町」駅の存在もご存知のようで。
「お、俺山手線のDVD持ってきている」
ウィスキーのロックを片手に持っている酔っ払いがバックから緑色(山手線カラーだろう)のDVDを取り出した。
機器に入れて再生ボタンを押す
「上野ー、上野です。宇都宮線、高崎線、常磐線線、地下鉄銀座線、地下鉄日比谷線はお乗換えです」
上野駅のホームに電車が滑り込むと酒飲み達から歓声の声。
「あの向かいの京浜東北線は最新のE233系だろう」
「ああ、TVがついているやつな」
「あの乗り込むと新しい教科書のような臭いが『ぷーん』とするやつな」
すっかり置いていかれた私としぃちゃんは後ろで会話の様子を眺める。
「かっちゃん、入っていかないの?」
しぃちゃんが小声で私の左肘を突く。
「だからしぃちゃん、私は鉄道オタクじゃないって」
あの人たちが話していることすっかり分からないもん。それに以前林田部長に「素人が」と鼻で笑われたし。
そうこうしているうちに画面の山手線の車両は上野駅を出発。しばらく並行する京浜東北線の青い車両がずっと画面の中央を支配したけど、再びコンクリート製のホームが飛び込んできた。
酒飲み達から三度の歓声。
「御徒町だ!」
「御徒町駅だ!」
「おおー、御徒町」
酒飲み達はそれぞれの声を上げながら私のほうをちらりと見る。そしてスタンディングオベーション。とりあえず私は両手を上げて。
「い……いえーい」
と彼らに応える。
「おおー、ほんとだ御徒町だ」
「ちょっと、しぃちゃんまで喜ばないでよ」
正直自分の名前でこんなに喜ばれたのは生まれて初めてだ。
「この駅の北口にある十円饅頭は美味いな」
「いや、新潟米の鳥おこわだろう」
会話が御徒町駅そのものからその周囲のグルメの話題になっている。当然私としぃちゃんは付いていけないわけで……。
というか山手線のDVDがあるのに、どうして西武池袋線のがなかったんだろう。
「さて、次はどこへ行きますか」
鉄道倶楽部の部屋を出た私たちは次の場所を探す。
「ここは一階だからそのまま体育館まで降りてみようか。最終日はイラケン選手の公開スパーリングで見られない企画があるから」
体育館か……、確か男子バスケ部が使用許可を得ていたな。ほんとは三日間とも使いたかっただろうに、最終日は私たちの企画で使用できないなんてちょっと申し訳ない。
という訳でちょっとした謝罪と見回りの意味も込めて体育館を訪問。確かここでは「ダンクコンテスト」を企画していたな。
体育館に入った私たちの目の前を背の高い男性が飛んでいく。バスケットボールを右手にかがけ、そのジャンプの軌道はバスケットゴールに一直線に吸い込まれていく。男性は空中で体をひねらせてゴールに対して後ろ向きになり、再び体をひねらせて正面に対する。要は空中で体を一回りさせたわけだ。
そして激しい音を立ててボールがバスケットゴールに叩きつけられた。男性はそのまたゴールに右手でぶら下がっている。ゴールもげないか?
「さあ、今のダンクシュートの得点は一体何点でしょう!」
バスケ部員らしい審判の方々が点数の書いたプラカードを上げていく。
「十点十点十点十点十点九点十点十点九点十点。合計で九十八てーん!」
モノマネ番組なみの滑舌のよさで点数が読み上げられていく。百点満点中九十八点ってかなり高い点数だぞ。
「合計得点が九十五点を越えたので、バスケ部から駄菓子をプレゼントー」
この辺りは縁日のほのぼのとし感じがする。
「あ、成瀬部長だ」
企画の準備のために何度も見ていた顔を発見するとしぃちゃんは「おーい」と声をかけた。
「あ……これは実行委員の方々」
成瀬部長はぺこりと頭を下げる。実行委員の私たちと企画者の関係ってなんか中央省庁のお役人と地方のお役人の関係みたいだな。このまま美味しい店に接待してもらったり、大学卒業後の就職先を用意してもらえたりしないだろうか。
「このダンクコンテストって女の子の複数参加もありなんですよねー」
「ええ、力だけではなく頭を使うことも得点の基準に置いていますから」
「じゃあ私たち参加します」
あっさりとしぃちゃんは参加費として三百円を成瀬部長の右手に置いた。ええーっ、しぃちゃん。私たちって私も入るの? 何か作戦考えていたっけ?
「大丈夫だよ、かっちゃん。私の言うとおりにしていれば」
しぃちゃんの身体能力の高さは私はたびたび目にしているのでここは信じることにしますか。
バスケットゴールから十メートル離れたところで私はしぃちゃんの指示に従い、腰を浮かせて座る。
「じゃあ私がしぃちゃんの肩に乗るから、しっかりと支えてね」
と、しぃちゃんは私の右肩からゆっくりと足を乗っけた。肩にしぃちゃんの体重を感じる。しぃちゃんは背は小さいので一見体重は軽いように思えるが、服の下に隠されたその体は鍛えられた筋肉に包まれているため、決して見た目より軽いわけではない。
正直な話、ちょっと私がしっかりと支えられるか自信がないのだが、私はしぃちゃんの足首をがっしりと掴んだ。もう絶対離さないぞ。例え目の前で私が好きな鳥の唐揚げが揚げられようとも、石攻めに遭おうとも離すものか。
「はいかっちゃん立ち上がってー」
しぃちゃんの足首をしっかりと掴みながら、そしてちょっとよろめきながら立ち上がる。その時私はある重大な事実に気がついた。
「ねえしぃちゃん、向きが逆じゃないの?」
そう、しぃちゃんはバスケットゴールに背を向けて私の肩の上に立っていたのである。
「大丈夫だよ、これも計画通りだから」
計画通りか……。「計画通り」と聞いて私は一冊のノートで新世界の神になろうと企んだ大学生の歪んだ顔を思い出した。
「はい、かっちゃん。ゆっくりとゴールに向かって歩いてー」
私は恐る恐る右足を前に出す。
「それじゃあ今週の『タウンガールズロボット』スタート!」
私としぃちゃんが合体したからロボットということなのだろうか。しかも二人の名前を取って「タウンガールズロボット」ね。それにしても「今週の」って私は「羊、羊」と言いながら前に歩かなければいけないの。そしておだてられた豚が木に登るって言うの?
「えーと……、羊、羊……」
足を前に出すたびに私は「羊」の言葉を呟きながらバスケゴールへとゆっくりと歩き出した。
しばらく歩いたところで。
「はいかっちゃん、足首離してー」
しぃちゃんの言葉に従い、私は素早く彼女の足首から手を離す。次の瞬間、私の肩が軽くなった。
そして私の目の前にはバスケットゴールに向かって空中を舞うしぃちゃんの姿が。しぃちゃんは両手でボールを持ち、体をひねらせてゴールの正面に体を向ける(要するに空中で体を百八中度回転させたのだ)。
しぃちゃんはそのままバスケットボールをゴールに両手で叩き付けた。そのまま両手でぶら下がって「ふぅ」と、可愛い声を漏らす。
「さあ、今の二人のダンクシュートの得点は一体何点?」
司会者の声と共に点数が書かれたプラカードが上げられる。
「十点十点十点十点十点十点十点十点十点十点。合計で百点満点!」
えーっ、満点っていくら女性ってことを見ても甘すぎないかー。それとも「タウンガールズロボット」の動きが面白かったから?
「百点を取った二人には賞品として、我が男子バスケ部が製作したバスケのユニフォームをプレゼント!!」
もらったバスケのユニフォームはちゃんと私たちの体系に合わせたものだった。
しかし、このバスケのユニフォーム一体いつ着るというのだろう。ためしにこれを着た状態でタカビーか姉小路会長捕まえて「お帰りなさいませ、ご主人様(もしくは先輩)」と言ってみようかな。
一体どんな顔をして驚くことやら。