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第四十七話 開会宣言

 午前八時――。昨日できたばかりの正門をくぐって文化祭室へと向かう。

「じゃがいもちゃんと茹でたかー」

「くしの数ちゃんと足りているー?」

 あちこちの屋台から準備に追われる学生達の声。

「今日から始まるからみんな必死だねー」

「もーう、何言ってるのかっちゃん、私たちもこれからが大変なんでしょ」

 しぃちゃんが私の右袖を引っ張る。

「そうだね、私たちもこれから本番だった」

 呑気そうに屋台の周りを駆け回る学生達を眺めている場合ではない。

「今日は初日だから、オープニングイベントと、『ミス文京大学コンテスト』の候補者紹介が私たちの主な仕事よ」

 ここ一週間、私たちの仕事は司会を務めるイベントのリハーサルが大半だったからな。何を言うかは台本を見なくても分かっている。(まあそれが当たり前なんだろうけど)

「そうだね、文化祭のスタートは私としぃちゃんが仕切るんだから!」

 意気揚々と私はしぃちゃんを連れて四号館の階段を駆け上った。

 

 それから二時間後――。中庭に造られたメインステージの右袖に私としぃちゃん、そして亜由美とタカビーの姿があった。

「いよいよ本番なんですね……」

 いつもは淡々と言う亜由美の声に緊張が混じっている。

「最初の最初、開催宣言をかっちゃんとしぃちゃんが言うんだからな、失敗するなよ」

 タカビーがプレッシャーとも励ましとも区別がつかないことを言う。

「時間ですよー」

 イベント企画チームの高尾君の声が聞こえる。私としぃちゃんはマイクを片手に勢いよくステージへと飛び出した。ただでさえ狭いのにステージのせいでさらに半分くらいの広さになってしまった中庭に予想以上のお客さんがいた。

 まだ(正確には)文化祭スタートしていないのにこの客の入りはなんだろう。だけどここで緊張するわけには行かないのだ。

「どうもー司会の御徒真知でーす」

「同じく司会の椎名真智でーす」

 私としぃちゃんは心の中で「せーの」と息を合わせる。視界の片隅にしぃちゃんの視線を合わせるアイコンタクトも忘れない。

「二人合わせて『タウンガールズ』でーす!」

 「御徒真知(御徒町)」と「椎名真智(椎名町)」両方とも町の名前だから「タウンガールズ」かつて私が夢で見たユニットだ。

 正直スベるかと思ったけど、お客さんからは拍手と喝采、反応は上々だ。私たちのネタが面白かったのか、それとも文化祭の開始にテンションが高まっているのかどちらかなのかは分からないけど……。

「さーて、しぃちゃん。いよいよ文化祭がスタートしますねー」

 これから漫才でも始めるかのような台詞を私はしぃちゃんに言う。

「そうですよー、今日から三日間。文京大学はお祭り、お祭りフィーバーですよ」

 しぃちゃんが台本以上のノリのいい反応を見せる。

「その文化祭の開会宣言を私たちがするわけですよー」

「ええ、もの凄く光栄なことですね、かっちゃん」

 と、ここまでノリノリでお送りしていますが、特にボケとかネタとか用意していません。すいません。

 だから互いを見ていた私たちは視線をお客さんのほうへと戻し、

「それでは『東京とともに六十年』文京大学文化祭スタートです!!」

 私たちが宣言をするといきなりステージの後ろから耳を劈くような爆発音が三発も!

 ……ってよくよく考えてみたらここで花火が上がるんだった。リハーサルでは実際に花火なんて上げてないから初めて聞くけど、すごい音だな。

「文化祭はいろんなイベントがあるんですよね。しぃちゃん」

 花火の音に怯えた心を奮い立たせながら、私はしぃちゃんに話しかける。

「そうです、初日の今日は『ミス文京大学コンテスト』、明日二日目は『ハンドレッドマン』らお笑い芸人が続々登場。そして最終日の三日目はボクシング世界チャンピオン町田イラケン選手の公開スパーリング。『ミス文京大学コンテスト結果発表』とイベントが盛りだくさん」

「もちろん、文化祭に参加してくれる団体、グループが独自に用意している企画も毎日開催されます」

 私は背中に隠していたパンフレットを取り出した。

「詳しくは入り口やインフォメーションで配られるパンフレットをご覧下さい」

 と、ここで再び私としぃちゃんのハモり。いつものことながら私がアルトでしぃちゃんがソプラノ。

「それではみなさん、文京大学文化祭をお楽しみくださーい」

 拍手と歓声の中、私たちはそそくさとステージの袖へと戻る。

「いやー、ウケてよかったー」

「一昨日かっちゃんから『タウンガールズ』の話が出たときは、ほんとにウケルのかとハラハラしましたが、やってみるものですね」

 亜由美の声に安堵の気持ちが混じっている。

「いやー、ただ文化祭スタートでテンションが高くなっているだけで、ネタ自体はあんまり聞いていなかったんじゃないの?」

 う……、私が懸念していることをタカビーがするどく指摘した。

「二人は夕方の『ミス文京大学コンテスト』まで仕事がありませんので、ゆっくりしてください」

 本当は各団体・サークルが企画しているイベントや屋台が滞りなく進行しているかの巡回、また何か問題が起きたときの対応のために待機していないといけないのだけど、それは他のイベント企画メンバーにお任せだ。司会者の仕事をしているものの特権と言うべきか。夕方までは普通の参加者として文化祭を楽しんでもいいわけである。

 文化祭実行委員の一員として心のどこかに各イベントをチェックする気持ちを持たなければ。

「打ち合わせもあるので、四時には文化祭実行委員本部へ戻ってきてくださいねー」

 文化祭の開催期間は二百人規模の教室の一つを本部として借りてそこに文化祭実行委員が交代で常時待機している。

「分かったー、それまではゆっくりさせてもらうよー」

「何かあったら本部に駆けつけるから連絡頂戴ね」

 ステージの袖を出ると、中庭ではたくさんのお客さんと屋台の店員がたくさん行きかっていた。

「唐揚げいかがですかー」

「クリームシチューが三百円でーす」

「ワッフルいかがですかー。チョコレート、生クリームといろいろトッピングできますよー」

 宣伝の勢いは、東都大学のそれと大差ない。東都大学は通路が広かったけど、うちの大学はそれが狭い(タダでさえ狭いのにステージや屋台でさらに狭くなっている!)からもう人と声が凝縮されているという感じだ。

「まずはどこに行きましょうか。しぃちゃん」

「はるちゃんのサークルがやっている屋台に行こうよ」

「ダンスイベントがあるのに屋台を出すって、かなり気合入っているよね」

 文化祭に参加する団体・サークルは多いけど、複数の企画をやるのは少ない。

「まあ屋台や出店は毎年出していたから。今年もやろう、ってことなんじゃないのかな」

 と言うわけでまずははるちゃんがいるであろう屋台へ向かうことにした。……けど

「しぃちゃーん、人が多すぎてなかなか前に進めないよー」

「始まったばかりで人が多いんじゃないのかな。少し時間を置いたら落ち着くかも……」

 少し時間を経ったらと言うけど、そしたら時間はお昼時だ、もっと混むかもしれない。

「まあお昼にはちょっと早いからねー、しばらく他のところぶらぶらしようか」

 しぃちゃんがパンフレットのページを適当なところで開く。

「とりあえず、この目の前にある一号館に入ってみる?」

「そうだね、まずはここから入ろうか」

 行きかう人をよけつつ避けつつ私たちは一号館へと入った。

 お待たせいたしました、いよいよ文化祭がスタートです。

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