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第四十二話 部室に泊まろう

「はぁー、やっと終ったー」

 私は木製の机の上に頬をついて目を閉じた。時刻は午後十一時。今まで文化祭実行委員の打合せをしていたのだ。

 今日は天候が悪かった場合の対応について話し合った。文化祭は十一月一日から三日間――土・日・祝(文化の日)に開かれる。その間ずっと晴れていたら今日話している事は無駄になってしまうけど、「備えあれば憂い無し」何が起きても混乱無く対応するのが文化祭実行委員の仕事なのだ。

「かっちゃん、そんなところで寝ていると風邪をひくよ」

 しぃちゃんが優しく私の背中を揺するので、私は顔を上げて周りを見回すと、部屋の中には私としぃちゃんと亜由美だけ。タカビーとかわちゃんとけーまはさっさと帰ってしまったようだ。

「なんかもう帰るの面倒に思えてきた……。バスはもうないでしょ」

 私は再び机に頬をつける。明日は午前八時からイベント企画チームの打ち合わせがある。バスはないので、歩いて帰って朝早く起きてまたここに来るのがなんだかめんどくさい。

「そんなこと言われてもな……、ここで寝るわけにもいかないし……」

 しぃちゃんの言うとおりでこの部屋には寝るための布団や毛布、ベッドの類は無い。椅子の上に体を乗っけて寝るなんて、体が痛くなりそうだ。

「私は家が二人より遠いので、ここに泊まれるなら大歓迎なんですけどね」

 亜由美の家はここから電車で三十分ほどかかるらしい。

「そうだ! 一つだけ泊まれる場所があった」

 私はそう叫ぶとしぃちゃんと亜由美の手を取って「文化祭室」を出た。


「というわけで、私たちの部室に泊まりたいと言う訳ね」

 幸いなことに私が泊まろうと考えている部屋の住人はいた。

「はい、是非ともダンスサークルの部室で一泊させていただきたいと……」

 私たち三人は、浅野先輩と明石先輩、はるちゃんに丁寧に頭を下げた。

「うーん、私たちも入れて六人ならなんとか入れるかな?」

 浅野先輩が炬燵を部屋の隅へ避けてちょっと考える。八畳くらいあるこの部室ならなんとかなりそうだ。

「まあうちの部室に泊まりたいというならそれなりのことをしてもらわないと困りますね、浅野先輩」

 明石先輩が明るい笑顔で私たちを見回す。それなりのこと……、ええ今日なら思いっきり抱きついてもいいですよ。明石先輩。

「それじゃあ『豚殿念』のとんかつを三人におごってもらいましょうか。あそこはまだ空いているし、かっちゃんたちも晩ご飯まだみたいですし」

 はるちゃんが目を輝かせながら二人の先輩を見る。

「そうね、宿泊代代わりにとんかつをおごってもらいましょうか」

「はい、とんかつでもヒレカツでも構いません」

 私たち三人は再びダンスサークルの三人に頭を下げる。でもほんとにヒレカツ頼まれたら困るけどね。あそこのヒレカツは千円以上するんだから。

 こうしてはるちゃんのダンスサークルの部室へのお泊りが決まった。


「ダンスの調子はどんな感じですか」

 熱々のとんかつを箸で刻みながら私は浅野先輩に尋ねる。

「順調だよー、他のサークルのメンバーとの息も合っているし、あとは本番に向けて練習を積み重ねるのみね」

「あ、でもプログラムとパンフレットの作成をしなくちゃいけないですよ」

 豚汁を冷ましながら明石先輩が付け足す。

「呼び込み方法とか、広報活動についても考えなくちゃいけないですし……」

 最初にかけた量が充分じゃなかったのか、はるちゃんはキャベツにソースを再びかける。

「その辺りは出番の少ない私が考えるから、あなたたちは二人だけのパートについて考えなさい」

「えっ、明石先輩とはるちゃんが二人だけで踊るんですか? すごーい」

 しぃちゃんは驚きのあまり箸につまんでいたイカリングを一つ皿の上に転がしてしまった。

 この文京大学にある八つの女子ダンスサークルが合同でダンスを披露する中で、二人だけのパートが組まれるのはすごいことだ。最初に言い出した者の特権と言うことだろうか。

「私と遙は大丈夫ですよー。もう、ほんとにラブラブって感じで……」

 明石先輩は左隣にいるはるちゃんの右肩を掴んで頬をすり寄せる。

「そ、そうですね……ラブラブですね……」

 はるちゃんはちょっと迷惑そうに応える。明石先輩が頬をすりすりしているので、せっかく箸でつまんだキスフライをなかなか口に持っていけない。

 私はその様子を眺めながら、とんかつを口の中に入れる。熱い肉汁が私の舌に垂れる。

「あふっ、あつっ、あふっ」

 熱い息を吐きながら湯飲みを取って中に入っている飲み物を口に入れるけど、それがまた熱いお茶だった!

「んー、んんーっ!」

 噴出すのをこらえながら私は熱いお茶を飲み込む。食道を熱い液体が流れるのがはっきりと感じられる。舌の口の上の部分がちょっと火傷しちゃったぞ。

「もう……何をやっているんですか」

 亜由美が呆れた顔をしながらメンチカツを箸で細かく刻んでいく。刻まれたメンチカツからは湯気と肉汁が溢れ出ている。肉汁が出ているのはちょっともったいないな。その肉汁が美味しいのに。

「まあ何を踊るかは本番までのお楽しみってことで、三人とももちろん見に来てくれるんでしょ」

 明石先輩が明るい笑顔を私たちに向ける。

「ええ……、その時間帯は私たち主催の企画が無いので、大丈夫だと思うんですが……」

 何か起きたときに動かなければいけないのが文化祭実行委員なので、下手したらどこかで待機ってことになるかもしれない。

「見に来てくれないと、三人とも『一日中抱きつきの刑』だからね!」

 三人に「一日中抱きつき」って明石先輩は三日三晩抱きつき行為をし続けるのだろうか……。私たちより明石先輩のほうが罰ゲームのような。あ、でも明石先輩のことだからそんなの平気なのかもしれない。

「ええ、是非とも見に行きますので安心してください」

 亜由美が思いっきり作った笑顔を明石先輩に向けた。


 晩ご飯を食べ終えて私たち六人は大学へと戻った。辺りはすっかり暗くなっており、僅かに四号館のサークルの部室二つほど明かりが付いているだけだ。二号館にも明かりが僅かながら付いている部屋がある。教授が寝泊りでもしているのだろうか。

「大学に泊まるのは初めてだなー。なんだかわくわくするね、かっちゃん」

 しぃちゃんが可愛らしい笑顔を私に見せる。

「わくわくするの? 私と一緒に泊まるのがわくわくするの? しぃちゃんったらもう可愛いんだから」

 明石先輩は一旦しぃちゃんの前に出て、頭を思いっきり撫でる。しぃちゃんに後ろから抱き着こうものなら返り討ちに遭いかねないから警戒しているのだろう。それに、明石先輩はなぜかしぃちゃんのボディブローに過剰に警戒しているしね。

「大学にお泊りするとなると洗顔フォームとか歯ブラシとか必要だけど、それは持ってきている?」

「大丈夫です、浅野先輩。そういうのはいつもバッグに入れていますから」

 私は自信満々にバックから青い歯ブラシを取り出す。

「そう、歯ブラシだけは貸すわけにはいかないからね」

 一本の歯ブラシをみんなで使うのはちょっと想像するだけでも嫌だな……。

「さーて、みんなこれから大学に泊まるわけだけど、泊まるからには覚悟してもらいたいことがあるわよ」

 明石先輩がいつもの笑顔にさらに楽しさを加えて私としぃちゃんと亜由美を見つめる。

「えーと、朝になったら部室の掃除をすることですか」

 部室に泊まる条件として部室の掃除をするということはすでに明石先輩から聞いている。

「いや、別にそれはしなくていいよ。お泊り代として今日の晩ご飯おごってもらったから」

「それじゃあ何を覚悟するんです?」

「学校、夜と言えば決まっているじゃない……」

 学校、夜? 一体何があるんだ?

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