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第三十五話 いろいろ怖い

「さて、馬券を買ったけどこの後はどうすればいいの?」

「あとは黙ってレースを見る。まあモツ煮込みでも食べながらレースを待とう」

 私たちの前には会長が買ってきた牛のモツ煮込みが並べられていた。ちょうどお腹が空いていたのでありがたくいただく。

「モツ美味しいー」

 笑顔のはるちゃんがテンポよくモツを口へと運んでいく。

「牛蒡や大根にだしがしっかりと染み込んでいて美味しい」

 料理好きのしぃちゃんは味をしっかりみんなに伝えながらモツ煮込みを味わう。

 こんな美味しいものどうして今まで食べてこなかったのだろうと考えながら私はテレビの画面を見つめる。「締切り一分前」という文字が画面いっぱいに表示されている。その文字が画面から消えると、目の覚めるような激しいベルの音が辺りに鳴り響いた。

「ただ今、大井競馬第十二レースの発売を締め切りました。ご投票ありがとうございました」

 ちょっと年を感じる女性の声が聞こえるとタカビーはモツ煮込みのお椀を置いて身構えた。

「よし、いよいよ最終レースの発走だ」

 どうやら私の買った馬券のレースが始まるらしい。トランペットの軽快な音が流れる中、レースに出走する馬が次々と青いゲートの中へ入っていく。

「十二番の馬来い、十二番!」

 どうやらはるちゃんは十二番の馬券を買っているようだ。

「十二番か、一番人気だな。俺も買っていることだし。来るんじゃないか」

「やったー、会長と一緒だー」

 一番人気、会長と同じ馬券。と聞いてはるちゃんはもう馬券が当った気でいるようだ。早くも会長とハイタッチをしている。

 私の買った馬券は確か……、五→一→十五の三連単だったな。画面を通じて見ると私の買った三頭の馬は別段様子がおかしいわけでも絶好調なわけでもない。(まあ初めて馬券を買った私の意見だから当てにならないけどね)タカビーや会長もこの馬券について何も意見を言わなかったので、人気のある馬券なのかそうではないのかも分からない。

 やがてブザーの音とともにゲートが開き、十六頭の馬達が一斉にゲートを飛び出した。私の買っている五番の馬が先頭を走っている。

「おーい、みんな。私の買っている馬が先頭を走っているよー」

「スタートで先頭を走っているからってそのままゴールするとは限らないだろ」

 タカビーが冷静に私に突っ込みを入れる。

「五番の馬はいつも逃げては最後の直線で抜かされるからな。今日もたぶん最初だけだろ」

 タカビーは五番の馬についていろいろと知っているようだ。いつも最後で負けるなんて馬券を買った私にとっては聞きたくない情報だ。

「ずるいぞ、タカビー。私に教えないなんて」

 悔しいので私はタカビーの右足を軽く蹴った。

「おいおい、お前に恨まれる覚えなんて俺には無いぞ」

 勝ちそうな馬を教えなかっただけで充分恨みの対象だ、と私は心の中で毒づく。

「二人とも、最後の直線に入ったぞー」

 会長の言葉に私とタカビーは視線をテレビの画面へと戻す。なんだか胸がわくわくしてきたぞ。

 まだ五番の馬が先頭を走っている。後ろから彼を抜かそうという馬はまだ現れない。

「差せー!」

「そのまま、そのままー!」

 前から後ろからそして左右からおじさんたちの絶叫が聞こえる。

「十二番来なさい、十二番!」

「十二来い来い、十二来い来い!」

 気がつけばはるちゃんも会長も画面に向かって叫んでいる。

 残り二百メートルになっても先頭は変わらない。このまま五番の馬が勝つの……!?

「五番、そのまま! 後はもう誰も来ないでー!」

 残り百メートルまだまだ先頭は変わらない!

「十二番、来てよお願いだから!!」

「ダメー! そのままがいいのー!!」

 五番、五番、五番……! 叫んでいるうちに五番の馬がゴールを駆け抜けていった。

「やったー! 五番来た。ごばーん!」

 私の買った馬が一着になった! 私は馬券を誇らしげにみんなに見せる。

「何よー、かっちゃんの買った馬券は三連単でしょー。例え五番が一着だとしても二着と三着の馬が買った馬じゃなかったら当たりじゃないんだからー」

「そうだぞ、一着の馬だけで当たりと判断するのは早計だ」

 はるちゃんは悔しさを滲ませながら、会長は冷静に私の喜びに水を差す。そうだった、私の馬券は三着まで当らないと意味が無いんだった。

「二着は一番。三着は十五番だよ」

 不意にそれまで黙ってレースを見ていたしぃちゃんが呟いた。

「えっ、しぃちゃん本当!?」

「ほんとだよ。ほら、電光掲示板にも出ているでしょ」

 しぃちゃんがテレビの画面を指差す。レースの着順を知らせる掲示板には左から(一着から)順番に「五・一・十五」と表示されている。(四着と五着も表示されているけどそんなのか関係ない)

「五・一・十五ってこれって当たりってことじゃない!?」

 私は再び自分の馬券を誇らしげにみんなに見せる。感情に当った興奮が含まれているのか、ちょっと手が震えている。

「分かった、分かった。分かったからあまりその馬券を見せるな」

 タカビーが馬券を持つ私の手を両手で包み込む。

「なんでよ、当ったんだから自慢して当然じゃないの」

 分かってないな、とタカビーはため息をついて呟いた。

「その馬券、高くつくぞ」

 高くつく? それってお金がたくさんもらえるってこと?

「あ、当った人が貰える金額が出たみたい」

 しぃちゃんの言葉に私はテレビの画面に視線を移す。周囲からはため息と驚愕と罵倒の声が聞こえる。

 えーと、私の買った馬券は三連単だから一番下か……。六十二万八千円と……。

「えっ! 六十二万!?」

 私は驚いて自分の馬券とテレビ画面を見比べる。「三連単 五→一→十五」間違いない。私の買った馬券が当たり、六十二万円が私の財布の中に入ることになる。

「どうしよう! 六十二万円なんて、財布の中に入りきれないよ!」

「大声を出すな! そういう問題じゃないだろ」

 タカビーが必死に私の口を抑える。そして私の耳元で小さく叫ぶ。

「この状況で六十二万当ったなんて叫んでみろ、盗みを考える奴がいるかもしれないじゃないか」

 確かに周りは自分の馬券が外れたことに悔しがっているおじさん(一部若い男女)ばかりだ。この中で私一人だけ「六十二万!」なんて叫んだら暴動になっちゃう?

「お金は受け取ったらすぐにバックの中へ隠せ。取りあえずその馬券を金に換えよう」

 会長が私の手を取って換金所へと連れて行く。

「ずるーい、かっちゃんだけいい思いしてー」

「はるちゃん、静かにって言っているでしょ」

「馬券が当ったとかそういう問題じゃないのよ!」

「じゃあどういう問題なのよ」

 背後から聞こえるしぃちゃんとはるちゃんのやり取りが耳に入るだけで通り過ぎていく。私は今すごくドキドキしているのだ。会長に手を握られているからではない。これから六十二万と言う大金(大学生の私から見たらほんとに大金よ!)を手に入れるのだから。

 会長の手助けもあって私は六十二万の大金をバックの中に隠すことができた。というか、私は手が震えていたので何もできずに、ほとんど会長にやってもらった。

「会長の家ってやっぱりブルジョワ……」

「金持ちじゃない、ただのサラリーマンだ」

「だって、これだけのお金を目の前にしてどうしてそうてきぱきと冷静に対処できるのさ、私なんか金額聞いただけで全身が震えているって言うのに」

 気がついたら手だけではなく、足も歯もガタガタ言っているんだから。

「会長になればサークルの予算とか、部の予算とかでそのくらいの金額はしょっちゅう目にするんだよ」

 あー、なるほど。やっぱり選ばれし人は違うなぁ……。

「そんなことより、私これからどうしたらいいの? 無事に家に帰れるの!?」

 そうよ、お金が手に入ったとしても帰り道の電車でバックごと盗まれるかもしれないじゃない、バックだけじゃなくて私ごと……。そう考えると、もうここから動きたくない。

「ええい、落ち着け。そういう態度が余計に怪しまれるんだ。冷静にいつもどおり帰ればいいんだ」

「そうだよ、いつも通りのかっちゃんでいればいいんだよ。もし、変なことする人がいたら私がただじゃおかないんだから」

 しぃちゃんが私の前で誇らしげに両腕を構える。確かにしぃちゃんならボディーガードとしては充分だ。

「椎名さんもそう言っているんだ。いつもどおりの態度で帰れ。なんだったら日暮里駅まで俺と高見も着いていくぞ」

「私も着いていくもーん」

 はるちゃんが右手を真っ直ぐ上に突き上げる。

「私の華麗なハイキックをすりの人にお見舞いしてやるんだから」

「いやいや、はるちゃん電車の中でハイキックなんてできないって」

 電車の中でのはるちゃんのハイキックも見たい気もするけど……、現実的に無理でしょ。

「それだよ、かっちゃん。それがいつものかっちゃんだよ」

 しぃちゃんが笑顔で私の肩を叩いた。ちょっと痛い。

「要するにかっちゃんが突っ込むようなことを家に着くまでに言い続ければいいんだな」

 タカビーが右手を前に出すと、頭を持ち上げた蛇のような構えを見せて

「がちょー……」

「ダメー、そこから先は言っちゃダメー!」

 いろいろ権利とか問題があるから! これまで元ネタをやんわりと包みながら、隠しながら出してきたギャグが台無しじゃない。そんなにはっきりと言ってはダメ。

「まあ大金に怯えておどおどしているよりはこっちのほうがマシだろ」

 と言うわけで私はしぃちゃんの家に着くまで延々とここでは出せないギャグの数々にいちいち突っ込みを入れつづけたのであった。

 なんかいろんな意味で疲れたな。怯えながら帰ったほうがマシだったかもしれない。

 しかしこの災難はまだまだ続くのであった。

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