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第二十七話 しぃちゃんが巨大化する?

 七月のテスト期間も終わりいよいよ夏休みに突入! 私は梅雨晴れの真っ青な空の下のキャンパスの中を妹の真耶まやと一緒に歩いている。今日は大学のオープンキャンパスの日なのだ。

 オープンキャンパスとは、この大学の入学を希望する高校生のために、大学の施設やサークルの活動を公開して、大学に入る気持ちをさらに強めようという入学促進のためのイベントだ。

 妹の真耶は私と同じ文京大学を希望しているため、姉でありこの大学の現役学生である私が大学の中を案内しているのだ。妹の他にあともう一人私が案内中の女の子がいるのだが、彼女は興味のあるサークルの部室に行っているため、ちょっとだけ別行動を取っている。

「ここがお姉ちゃんのいる大学かー」

 真耶はものすごく細い目(母親似)を大学の中庭に向ける。自分が憧れている大学に入れてきっと喜んでいるのだろう。

「あっ、かっちゃんだ。かっちゃーん、大変だー!」

 大学の中庭から物すごく聞きなれた声が聞こえる。明石先輩だ。こっちへ向かって走ってくる。

「大変、大変。大変なことが起こったよ」

 口では慌てながら、明石先輩はいきなり妹に抱きついてきた。

「ち、ちょっと、お姉ちゃん助けて!」

 いきなり抱き疲れて驚く真耶だけど、その細い目は決して大きく開かれることは無い。

「明石先輩……、どさくさにまぎれてなに私の妹を襲っているんですか」

「いや、久々に真耶ちゃんに会ったから嬉しくなっちゃって」

 そういえば明石先輩と真耶って去年のしぃちゃんの誕生日以来会っていなかったっけ。

「いい加減、離してくれませんか。それに、何をそんなに慌てているのですか?」

「そうそう、それそれ」

 明石先輩は真耶を解放すると、「聞いて驚かないでよ」と、いつもの笑顔を私に向けた。この人、驚いているときも笑顔だ。

「しぃちゃんが巨大化した!」

「は!?」

 私と真耶は同時に目を丸くする。あ、でも真耶は目が細いから丸くなったのはあくまでも私の想像ね。

「さっき四号館を歩いていたら、しぃちゃんを見かけたの。顔も髪型も仕草もしぃちゃんそのものだったから声をかけようと思ったら、いつものしぃちゃんじゃないの。身長が大きいの。しぃちゃんが巨大化しちゃったの」

 明石先輩は発見した巨大化しぃちゃんの高さを両手で表現した。明石先輩自身の身長よりはるかに高い。いくらなんでもそんな人いるわけない。

「きっとこの大学のどこかに巨大化できる『赤いきのこ』が出てくるブロックがあるんだよ」

 明石先輩……きのこの次は火の玉をだせる花が出てくるんですか?

「しぃちゃんならこの大学にいないはずです。彼女は今『御団子』でアルバイト中ですから」

「それじゃあ、しぃちゃんが『緑のきのこ』を食べて、もう一人増えたんだ!」

 いやいや、明石先輩。そんなきのこはゲームの中だけですから。という私は明石先輩の言う「巨大化しぃちゃん」の正体を知っている。そう、その子は……。

「御徒せんぱーい、お待たせしましたー」

 私に声をかけたのは、目はパッチリ大きく、髪はさらさらの黒いストレートヘアの女の子。背は私より高いがはるちゃんほどではない。本人曰く一六八センチメートルあるとか。そう、まさしく大きいしぃちゃんである。

「うわっ、出た! 巨大化しぃちゃんだ!」

 驚いた明石先輩は私に抱きついて頬をすり寄せる。

「明石先輩、落ち着いてください。あと、どさくさにまぎれて頬をすりすりするはやめてください」

 ちぇっ、と舌打ちしながら明石先輩は顔を離した、しかし両腕は私の体をがっちり掴んでいる。

「あの子はしぃちゃんの妹さんです。お父さんに似て身長が大きいんです」

 既に勘のいい人は分かったであろう。明石先輩が「巨大化しぃちゃん」と言った女の子。そして、私が真耶と一緒に大学を案内している女の子とは、しぃちゃんの妹なのだ。

「御徒先輩……女性の方が趣味なのですか?」

 しぃちゃんの妹さんは、私と明石先輩の様子を見て、少し顔を青くしている。かなり引いているな。

「そんな……お姉ちゃんにそんな趣味があったなんて……」

 おいおい、真耶も引いているぞ。

「違う、私にはそんな趣味は無い」

「私もそんな趣味は無いわよ。ただ、かわいい女子高生と女子大生が好きなだけよ」

 明石先輩……それを「そんな趣味」と言うのです。

「そうですか、それなら安心しました……」

 しぃちゃんの妹さんはほっとした表情を浮かべる。

結衣ゆいちゃん。この人が明石先輩。しぃちゃんから話は聞いているでしょ」

 しぃちゃんの妹――結衣ちゃん――は私の話を聞くと、「ああ」と納得の表情を浮かべて。

「明石先輩、いつもお姉ちゃんがお世話になっています。私、椎名真智の妹で、椎名結衣しいな ゆいと言います」

 と、元気な声を上げた。

「そうかー、しぃちゃんの妹かー。どうりでかわいいと思ったー」

 明石先輩は私から離れると、両腕を結衣ちゃんへ絡めようとしたが、「はっ」と何かを思い出した表情を浮かべると、手を引き

「結衣ちゃんもボクシングが好きなの?」

 と、おどおどしながら尋ねた。ここ最近、明石先輩はしぃちゃんに抱きつくことはしていない。しぃちゃんが怒ってパンチすると思っているのだろう。それまでは平気で抱きついてきたのに、一体何が明石先輩を怖がらせているのか。

「私、ボクシングには興味ありません」

「そうか、よかったー」

 ボクシングに興味が無いことを知るや、明石先輩は結衣ちゃんに抱きついた。そして頭をなでなでする。

「うわー、髪がサラサラで気持ちいいー」

「私が好きなのはキックボクシングです」

「キックボクシング……」

 そう言いながら明石先輩はゆっくりと結衣ちゃんから離れていった。

「得意技は右のローキックです。試してみますか?」

 結衣ちゃんは右ひざを上げて明石先輩の前に出す。危うい、スカートからパンツが見えそうだぞ。

「い、いや……遠慮しておくよ。たぶん痛いんでしょ?」

 結衣ちゃんは当然という顔で頷いた。

「この前、駅のホームで私のお尻を触ってきた痴漢にローキックをお見舞いしたら、一発でダウンしました。自力で立ち上がれなくなったので、私と駅員が抱えて駅長室へと連行しました」

 さすがはしぃちゃんの妹だ。きっと彼女も毎日体を鍛えているのだろう。そういえば去年しぃちゃんの実家へお泊りに行ったとき、姉妹でスクワットしていたっけ。

「明石先輩、次結衣ちゃんに抱きつこうものならローキックをお見舞いされますよ」

 私がそう言うと、明石先輩は私に抱きついてきた。

「うん、痛い思いはしぃちゃんの右ボディで充分だよ……」

 うん? しぃちゃんの右ボディで充分?

「明石先輩、しぃちゃんに右ボディをもらったことがあるのですか……?」

 私が尋ねると、明石先輩は勢いよく私から離れ、首を横に振る。

「いや、そんなことはないよ。しぃちゃんから右ボディなんてもらったことはない。かっちゃんの聞き間違いだよきっと」

 聞き間違いか……、しぃちゃんが明石先輩にパンチをするわけが無いものな。

「でも私も聞いたよ。お姉ちゃん。聞き間違いじゃないよ」

「私も聞きました」

 真耶や結衣ちゃんまで聞いていたということは、明石先輩はやはりしぃちゃんに右ボディをお見舞いされたということになる。それはいつのことなのだろう……。

「と、とにかく三人とも聞き間違いだから、しぃちゃんのパンチの恐ろしさはかっちゃん、よく分かっているでしょ? 私は遙からその話を聞いて、怖いなーと思っただけよ」

 うーん、怪しい。何かを隠しているな……。

「私の事はともかく、かっちゃんはどうして今日こんな可愛い女子高生を二人も連れて歩いているの?」

 上手い具合に明石先輩は話を別の方向へ持っていく。

「今日は大学のオープンキャンパスだから、二人を案内しているんですよ」

「私たち、来年この大学を受験するんです」

 真耶と結衣ちゃんが同時に叫ぶ。どっちも声が高いから、どっちがアルトでソプラノだか区別が付かない。

「へぇー、そうなんだー。二人が入ったとき私は四年生だよー。よろしくねー」

 と、明石先輩は二人の頭をこねくり回すように撫でる。 ただし、結衣ちゃんとの間には微妙な間を空けている。キックが飛んでくるのを恐れのことだろうか。

「今のこの間合いならローが入ります」

 結衣ちゃんが笑顔で明石先輩に告げると、明石先輩は素早く結衣ちゃんに密接した。

「こ、これならローキックが入らないでしょう」

「あー、そういう時はですね……」

 と、結衣ちゃんは明石先輩の首を両腕で優しく包み、自ら引き寄せる。

「ゆ……、結衣ちゃん?」 私と真耶はドキドキしながら身体を近付ける二人を眺める。

「結衣ちゃんの香り、いい匂いがするねー」

 明石先輩は幸せな笑みを浮かべている。可愛い女子高生に抱き寄せられている。そう思っているのか、顔がとろけそうだ。

 ところが一方の結衣ちゃんは冷静だ。

「相手をなるべく自分に引き寄せて、ボディに膝蹴り。これが有効なんです」 

 それを聞いた明石先輩は、結衣ちゃんから離れると、お腹を抱えてうずくまった。

「お腹痛い」

「どうしたんですか、明石先輩。何か悪い物でも食べましたか?」

 明石先輩は、元気無く首を横に振る。(笑顔はそのままなんだけど)

「違う、昔受けた古傷が何か痛くなって……」

 お腹に古傷ってお腹撃たれて

「なんじゃこりゃあぁ!」みたいな出来事でもあったのだろうか? 腹に古傷を持つなんて、普通に暮らしていれば無いことであろう。

「帰ってもいいですか?」

 明石先輩は、私たちの返事も聞かずに私たちに背中を向けて歩きだした。一体明石先輩の身に何があったのだろう。

 そんなことを考えながら、私はお腹をさすっているために丸くなっている明石先輩の背中を見送るのであった。

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