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第二十五話 頑張ってと頑張ろう(二)

「『頑張って』と『頑張ろう』ねぇ……」

 明石先輩の言葉を何度も呟きながら、私はしぃちゃんとはるちゃんの待つであろう食堂へと向かった。灰色のぶ厚い雲の下にあるキャンパスにお昼を知らせる鐘が鳴り響く。

 とんかつ定食が売り切れていることを受け入れた私は、チャーハンをトレーの上に乗せてしぃちゃんとはるちゃんの姿を探す。しかしまだ来ていないようだ。

 しょうがないと適当に座る席を探していると、姉小路会長を発見。今日のメニューはなんとハンバーグ定食だ。私は会長の前に無言で立ち止まる。

「……とんかつじゃないのがそんなに珍しいのか……?」

「いや、別にそういうわけでは」

 私は会長が食べるハンバーグを眺めながら彼の左隣に座る。間もなくしぃちゃんとはるちゃんが亜由美を連れてやってきた。

「会長さん、今日はハンバーグですかー」

 はるちゃんが私と同じく珍しそうにハンバーグを眺め、会長の右隣へ座る。

「だから俺はいつもとんかつを食べているわけではない」

 会長は困った顔を浮かべはるちゃんを見る。

「とんかつ定食を食べようと思ったら売切れていたって事じゃないですか」

 亜由美が会長の正面に座る。

「今日はたまたまハンバーグが食べたかったのだ」

「そうだよ、会長さんもたまにはとんかつ以外のものを食べたい時だってあるよ……」

 会長の側についたしぃちゃんが私の正面に座る。

「ところで、はるちゃん。ついさっき明石先輩に会ったんだけどさ」

 はるちゃんは立ち上がって目を輝かせて私を見る。

「なになに? 明石先輩何か言っていた!?」

 おそらくはるちゃんはこれから私が話すことは既に知っているのだろう。

「なんでも文京大学にある女子ダンスサークル合同で一つのダンスユニットを作るらしいね」

「正確には八つのダンスサークルのメンバーをミックスしていくつものダンスチームを作るのよ。それらのダンスを文長ホールで披露しようって話」

 はるちゃんが私の説明に補足する。

「文長ホールの利用申請はもう出しているんですか」

 亜由美が事務的にはるちゃんに訪ねる。

「いやー、これから書くって明石先輩は言っていたよ。文長ホールは私たちが企画しているお笑い以外、まだ使うサークルもないし。これからでも間に合うよ」

 はるちゃんに代わり私が答える。

「前にはるちゃんから『明石先輩が本気になった』と聞いたときはどうなるかと思ったけど……、ちゃんとしたダンスの企画でよかったー」

 しぃちゃんが弁当の箸を止めて安堵の息を吐く。

「ダンスサークルは決まったとして、これからまだまだ他のサークルから大きい企画の話が来るかもしれないぞ」

 会長が私たちを見回しながら軽く脅す。

「はーい、気をつけまーす」

 はるちゃん、あなたは実行委員じゃないでしょう。

「そう言えば明石先輩が最後にこんなこと言っていたんだけど……。『頑張って』と『頑張ろう』は違うって……。昨日タカビーが怒っていた事と何か関係があるのかな?」

「そりゃあ明石先輩もタカビーがかっちゃんに怒った現場にいましたからね。無関係とは言えないでしょう」

 亜由美がフォークで麺を巻きながら答える。

「『頑張って』は相手だけが頑張る。悪く言えば『私は関係ないけど』と突き放すことだな。まあ前後の言い方で印象は変わってくるが……。一方の『頑張ろう』は私もあなたも『一緒に頑張る』と言う気持ちが入っているな」

 会長はハンバーグを食べながら淡々と答える。

「高見は御徒さんが『私は頑張っているからあなたたちも頑張りなさいよ!』という感じで言ったから怒ったんだろうな」

「だって実際みんなそうなんだもん、しょうがないじゃない」

 グリンピースを全く気にせず、私はレンゲに乗ったチャーハンを頬張る。

「だからかっちゃん、私たちはみんなと一緒に企画をするのが仕事なんだってば。みんなを突き放しちゃダメだよ」

 しぃちゃんがちょっと怒った口調になっている。「もーう」が無いところを見ると、本気で言っているようだ。

「それならかっちゃん、一度言ってみればいいじゃない」

 はるちゃんはエビフライから尻尾を箸で丁寧に切り離しながら、楽しい表情を私に向ける。

「何を言うの?」

「みんな一緒に頑張ろう! って、ここで言ってみてよ」

「そうだよ、かっちゃん。言ってみなよ」

 しぃちゃんは左手で箸を力強く握り締める。

 なんか二人とも真剣なので、何を頑張るか分からないけど、とりあえず言って見ますか。

「えーと、皆さん。いろいろ立場があると思いますが、とにかくみんな一緒に頑張りましょー!」

 私は力なくレンゲを持った右手を上げた。レンゲにはご飯粒が二つ付いている。

「おー、頑張ろー!」

 亜由美がトマトソースの付いたフォークを持った右手を上げる。

「どうよ、かっちゃん。言ってみて何か変わったことあった?」

 はるちゃんが立ち上がってわくわくしながら私に尋ねる。

「いや、別にどうってことは……」

「もーう、かっちゃん。ちょっとは感動とかしてみなさいよー」

 はるちゃんがつまらなさそうに口を尖らせて座る。

「もーう、はるちゃん。私の真似をしないでよー」

「まあ、今言っても何も感じないかもしれませんが、タカビーやイベント企画のみんなに試しにでもいいんで言ってみたら何か変わると思いますよ」

 試しに言ってみるねぇ……。私は言おうか言うまいか考えながら残ったチャーハンを口の中にしまいこんだ。


 午後の授業を二つ終えて廊下を歩いていると、エレベーターホールに高尾君の姿を見つけた。髪型はスポーツ刈りの少し背の低い男子学生である。

 次の授業の無い私は暫く彼の様子を眺める。エレベーターに乗ろうとする女子学生にチラシ片手に声をかけてはずっと断られ続けている。

「かっちゃん、見ていないで一緒に募集をしようよ」

 しぃちゃんが私の袖を強く引っ張る。

「もう少し様子を見てから……」

「もーう、何もったいつけているのよー」

 そんな言い合いをしているうちに高尾君が一人の女性を呼び止めた。あれは石川先輩だ。チラシを受け取り高尾君の話をふんふん、と聞いている。一見好感触に見えるが、石川先輩は文化祭でダンスをするので、参加しないことは明石先輩から聞いている。(本人から直接聞いてはいないけどね)

 それでも高尾君の話を聞いているのは少し興味があるからなのだろうか。だとしたらチャンスだ。

「へレーン!!」

 開かれたエレベーターの中から大きな叫び声が聞こえた。声の主はちょっと小太りで目玉の大きい男子学生。確か石川先輩の彼氏だ。

 彼氏さんはその体系からはちょっと想像できない素早さで石川先輩の側まで来ると、高尾君の胸ぐらをいきなりつかんだ。

「お前、人の彼女なにナンパしているんじゃ、このボケ!」

 石川先輩が彼を止めようとしても聞く耳を持たないようだ。

「大変、高尾君がナンパと勘違いされているよ!」

「そろそろあたし達の出番だね」

 最悪腕力勝負になったとしてもしぃちゃんなら誰にも負けない、と私は高尾君のところへ駆け寄った。

「高尾君、いったいどうしたの?」

 高尾君は息苦しそうに私たちのほうを見ると震える声で答えた。

「『ミス文京大学』の募集をしようとこの女性に声をかけていたら彼氏の人にナンパと勘違いされているのです」

「そうなのよ、かっちゃん。私はただ話を聞いていただけなのに、この人が勝手に勘違いして……。ほら、いいかげん離しなさいよ、靖史やすし!」

 それまであわあわしていた石川先輩は私の顔を見るとほっと、安堵の表情を浮かべた。そして彼氏――靖史さん――の腕を激しく掴む。

「『ミス文京大学』……? なんだナンパじゃないんか、まぎらわしい……」

 靖史さんは持ち上げていた高倉君を廊下へと下ろし、そのまま手を離した。高倉君は「はへーっ」と力なく廊下に座り込んだ。

「『ミス文京大学』ってあれか? へレンが大学一番の美女になれるっていうことか」

 靖史さんは大きな目玉を私に向けて尋ねる。話すときの口がとんがっていてちょっと蛸っぽい。

「えっと、そうなるかもしれないってことです。私は『ミス文京大学コンテスト』の責任者の御徒真知です。隣にいるのは私と同じく責任者の一人である椎名真智です」

「御徒町と椎名町……、どちらも駅の名前さんか」

 おお、この人は珍しくどっちも知っていたようだ。

「靖史、人の名前でからかわない」

 石川先輩が靖史さんの胸板を手の甲で叩く。いわゆるツッコミというやつだな、これは。

「ああ、悪い悪い。俺は経済学部三年の西川靖史にしかわ やすしだ。ヘレンの彼氏をさせてもらっています」

 先ほどの乱暴口調とは打って変わって、靖史さん――西川先輩は丁寧に私たちに頭を下げた。

「あ、いいえこちらこそ初めまして……」

 私たちもつられて頭を下げる。下げるとまだ廊下に座り込んでいる高尾君の姿が、情けないなぁ。

「大学一番の美女になれるんだったら、ヘレン、参加しな」

「う、うん……」

 目玉を大きく開かせて迫る西川先輩に石川先輩はちょっと困った表情を浮かべた。

「石川先輩は文化祭でダンスを踊るので、それとバッティングしないか心配なんですよね」

 私は石川先輩の気持ちを代弁した。

「そうなのよ……、私にとってはダンスのほうを優先させたいからね……」

「無理にとは言いません。ダンスをしているうちに時間が取れるようだと分かってからでもいいので、一応考えてもらえませんか……」

 私は廊下に落ちていたチラシを拾い、石川先輩に渡す。

「私からもお願いします。お時間が合うようでしたら是非!」

 しぃちゃんは精一杯の力で頭を下げた。

「ほら、高尾君。あなたからも」

 私に言われて高尾君は、はっと立ち上がり、腰を直角に折って頭を下げた。

「お願いします!」

 石川先輩は私たちの顔をしばらく眺めていたが……。

「時間が取れるかどうかは真奈美と相談してみるよ。だからあなたたちもバッティングだけは絶対避けてね」

 と、前向きな回答をしてくれた。私たち三人は一斉に頭を上げる。

「ありがとうございます。時間は上手く調整しますので、そちらの企画の情報も教えてください」

「分かった、お互い時間が被らないように情報交換しよう!」

 私と石川先輩は固く右手で握手を交わした。


「とりあえず『候補者の候補者』を一人獲得できました……」

 私は西川先輩と石川先輩の立ち去る背中を眺めながら力なく呟いた。

「ダンスと時間がぶつからなければ石川先輩はきっと参加してくれるよ」

 しぃちゃんは前向きな笑顔を私に向ける。

「とりあえず、今日はよかったね。高尾君」

 私が高尾君を見ると、彼はまだ残っているチラシを力強く握り締めて

「いえ、今日はまだまだ時間はあります。二部学生(夜間大学の学生)も含めてどんどん声をかけていきます」

 先ほど西川先輩に襲われていたときの情けなさとは違い、頼もしそうな表情を見せる。

「私も手伝うよ、この後授業ないし」

 私は高尾君の持つチラシを半分手に取った。

「ありがとうございます、御徒先輩!」

 先輩……、そうか彼は一年生だったか。一年生にして文化祭を作ろうだなんて、すごいやる気だな。

 私は一年のときは文化祭を作ろうなんてこれっぽちも思っていなかった。

「私も今日はバイトが無いから手伝うよ。部室からチラシとって来るね」

 しぃちゃんは勢いよく四号館へ続く廊下を駆けていった。

 しぃちゃんの姿が見えなくなると私は高倉君に向かって呟いた。

「高倉君……頑張ろう」

「はい、一緒に頑張りましょう、御徒先輩!」

 亜由美の言うとおりで、実際言ってみると気持ちが変わるのが分かる。彼となら一緒に文化祭を作れるような気がした。

 結局この日はだれも立候補してくれなかったけど、充実した一日だったなぁ。

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