表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/61

第二十二話 ライラと世直し

「あー、もうイライラする!」

 私は窓の枠に両手をつけてスッキリとしない灰色の空に向かって叫んだ。といっても天気に対してイライラしているわけではない。相手はイベント企画チームの人たちである。

 大学の文化祭に呼ぶ芸能人に大学の近くに実家を持つお笑いコンビを呼ぶことになったのは既に話したことだが、その前座の人をどうするかが問題になっているのだ。

 きっかけは

「そもそもコンビ一組で一時間も持つわけ無いだろ」

 タカビーに突っ込まれてしまったことにある。私としてはそのコンビ一組でトークショーやったり、ネタをやってもらったりして一時間持たせようと思っていたのだが……。結局はあと二組ほどお笑いコンビを呼ぶことが決定した(その方が企画はしやすいということで、管理とかギャラの問題は面倒になるかもしれないけど……)。幸い文化祭までまだ四ヶ月あるので、間に合うのだけど……。

「どうしてその人選を私たち三人がやらなきゃいけないのよー!」

 誰を呼ぶかでイベント企画チームのみんなで話し合おうって提案したのに、結局は私としぃちゃんと亜由美にその決定権をゆだねられてしまったのだ。

 というわけで、私は文化祭室(文化祭実行委員の部室)の窓から空に向かって叫んでいるのである。

「かっちゃーん、そんなに叫んだって天気は晴れないし、芸人さんは誰だか決まらないよー」

 しぃちゃんが私を見ながら「タレント名鑑」のページをめくる。

「やっぱりテーマ『東京とともに六十年』に沿って東京出身の芸人さんじゃないといけないんですよね」

「そうよ、そこがこだわりよ!」

 私は振り向いて亜由美に叫ぶ。メイン以外の人も東京出身で揃えたい、それは譲れない。

「最近テレビに出ているのは関西から進出しているコンビが多いみたいですけどね」

「あれは事務所が関西にあるだけで、出身が全員関西とは限らないでしょ」

 東京からはるばる大阪に渡ってそこで芸人として修行を積んでいく……。そんな芸人さんがいてもいいじゃないか。

 いてもいいじゃないかと思ったけど、そんな簡単に見つかるわけも無く一時間が経過――。

「うー! いなーい!!」

 再び私は空に向かって大きく叫んだ。

「そういえば昨日明石先輩がですね」

 亜由美が私の叫びを無視してしぃちゃんに話しかける。

「明石先輩? また女の子襲っていたとか!?」

「いや、それはほぼ毎日のことなんで今さらそんなことは問題じゃないんですけど」

 その考えはどうなんだろう……。って私も今さらそんなことでは驚かないけど。

 私が席に戻ったのを確認して亜由美が話を続ける。

「一つ教室を借りてそこへ女の子達を集めて何か話し合っていたみたいなんですよ。たぶん教室は会長の許可を得たんでしょうね」

 一つの教室に女の子を集めるなんて、明石先輩ついに楽園を作ってしまったか。

「またとんでもない企画でも考えているのかな」

 しぃちゃんが「タレント名鑑」を閉じて小さくため息をつく。また可愛い女の子を集めるための企画を考えて私たちを困らせるつもりだろう。

「あー、もう! どこもかしこも問題ばかりー!!」

 私は三度空に向かって叫ぶ。

「今日はもうこの辺にしておこうか」

「かっちゃんもストレスが溜まっているみたいですしね。特に最近は何かにつけてイライラしてばっか」

「何かいい解消法があればいいのだけど……」


「と言うわけで、みんなでカラオケに行きたいと思います」

 亜由美が小さく右手でガッツポーズを上げた。

「オー!」

 と、それに続いたのはしぃちゃんとはるちゃんとかわちゃん。そして明石先輩と浅野先輩の五人だ。

「カラオケで思いっきり叫んだ後で、かっちゃんの大好きなとんかつをみんなで食べて、かっちゃんのストレスを思いっきり発散させましょう」

 うーん、私のためにこんなに集まってくれるなんて感激だなぁ……。

「本当は男どもも呼びたかったのですが……」

「ダーリンはパンフレットのスポンサー探して今頃文京ぶんきょう区中を歩きまわっているわ」

 かわちゃんが寂しそうに呟く。

「会長はタカビーと何か話があるみたい」

 はるちゃんがつまらなそうに口を尖らせる。

「まあまあいいじゃない、むさい男が混じるより、可愛い女の子達に囲まれたほうがストレスも解消するわよ」

 明石先輩……それで解消するのは私のストレスではなくて明石先輩のストレスでしょう。しかも明石先輩は私のストレスの一因を担っている。昨日女の子を集めて何を話していたのかは気になるところだけど、そんな話をしたらストレス解消どころじゃなくなると思うので、知らないフリをしようっと。

 ……ところで明石先輩はいつも明るい笑顔だけど、ストレスを感じることがあるのだろうか?

 そんなことを思いながら歩いているうちにカラオケボックスにたどり着いた。平日の夜のためか待ち時間無しで入ることができた。

 左から順に浅野先輩、明石先輩、はるちゃん、私、しぃちゃん、亜由美、かわちゃんと座る。自然と学年の順になってしまった。

 最初に頼んだドリンクが机の上に並べられたのを確認すると……。

「さてー、最初は誰が歌いますか?」

 明石先輩がマイクを右手に持ち私たちを一人ずつ指していく。

「それじゃあ一番年下の私が歌います!」

 かわちゃんが左手でマイクを奪い取った。そして右手で素早くリモコンにコードを打ち込む。

 曲が流れ、歌詞が画面の下に現れると、かわちゃんは勢いよく「ダーリン!」と歌いだした。

 彼への愛情と愛が世界を救うことを主題とした歌。サビの歌いだしは必ず「ダーリン」。かわちゃんは選曲もバカップル……いやいや、ラブがいっぱいなのだなぁ。

「かわちゃーん、なかなかのバカカップルぶりよかったよー」

 明石先輩がかわちゃんの頭を優しく撫でながら、マイクを取る。

「だから、バカカップルじゃないですー」

 かわちゃんが明石先輩を軽く睨みながら席に座る。いや、私もなかなかのバカカップルぶりだったと思うよ。

「それじゃあ次は誰が歌うー? しぃちゃん、行ってみるー?」

 明石先輩がマイクでしぃちゃんを指すと、しぃちゃんはちょっと戸惑った表情を見せた。

「え……と、明石先輩。自分が好きな歌を歌えばいいんですよね」

「そうだよー、自分の歌いたい歌を歌いなさい」

「周りが歌っている歌の雰囲気とか歌の流れとか気にせず歌ってもいいんですよね」

「当たり前だよ、人を気にしながら歌を歌っていたらストレスなんて解消しないよ」

「それじゃあ……遠慮なく私の十八番の歌を歌いたいと思います」

 今のやりとりに「歌」という漢字は何回出てきたのだろう……。そんなことを考えているうちに、しぃちゃんが選曲した歌が流れ出した。うん……? これっておじさんグループが歌っている歌だよね……。ほら、ちょっと額が頭のてっぺんまであって、鼻の下に髭を生やしているあの人の……。

 しぃちゃんは周りの「はてな」な気持ちを気にせず、腹の底から普段の会話のトーンよりも数倍も低い声で歌い始めた。

 テレビにはリングの中で闘う二人のボクサーが映し出されている。しぃちゃんがこれを選曲したのはこれが理由だったの? 聞いてくるうちに歌詞もボクサーをイメージした歌であることが分かってきた。歌詞の中で主人公とされるボクサーはボコボコにされて負けてしまうのである。

 そんなボクサー好きにとっては感動モノだろうと思う歌を気持ちよく歌うしぃちゃん。私の視界の隅でしぃちゃんの髪の毛がだんだん薄くなってきて、額になって、鼻の下に髭を生やしてって……えええっ!

 驚いてしぃちゃんのほうを見る。よかった、普通のしぃちゃんだ。

 しぃちゃんは最後の掛け声(ある意味この歌のサビと言っても過言ではないだろう)までしっかりと歌いきった。その表情は恍惚としている。

「……しぃちゃん、いやー自分の世界に入りきっていたよー。よかったよー」

 明石先輩はいつもの笑顔に感心さを加えながらマイクを取る。

「それじゃあ続いては私が行かせて頂きます」

 亜由美が手を上げてリモコンにコードを打ち込む。

 それは軽快なスカの音楽とともに流れる全て英語の歌だった。かつて、イラケン選手が試合のときの入場行進曲としていたバンドが作った歌である。亜由美は目を閉じて歌詞を見ることなく歌い続ける。

 言葉遣いは正しい敬語だけどどこか眠さを感じるいつもの亜由美とは違うはきはきとした歌声――。声の違いもそうだけど、よくここまで英語ができるものだと感心してしまった。

「亜由美、ワンダフル! セクシー!」

 英語の歌を歌っていたせいか明石先輩が英語で褒める。そして抱きしめる。

「うわっ、なんで私だけそんなリアクションなんですかー!」

「亜由美がセクシーだからに決まっているじゃない」

 セクシーは絶対歌とは関係ないよな。ただ抱きつきたかっただけなんだろう。

「離してくださいよ、離さないと黒かびの……モゴモゴッ」

「あーん、亜由美ったらおいたはいけませんよー」

 亜由美が何か言おうとしたところを明石先輩が亜由美の口を右手で抑える。いつものにっこり笑顔だけど、口の端がちょっと釣りあがっていたな。

「男性の歌が出たところで、私も男の歌を歌いますか」

 浅野先輩が立ち上がると、明石先輩からマイクを取った。

 浅野先輩はどちらかというとカラオケでは男性の歌を歌うってイメージがあるから納得だな。

 流れてきたのは激しいエレキギターとドラムの音だった。歌詞が出ると同時に浅野先輩は思いっきり絶叫する。まるで断末魔のようだ。私がイメージしていたのより斜め上を行っている。

 聞くにせっかくいい大学に入ったのにろくな仕事に付かないなんて無駄遣いだ、と男の人を叱る歌らしい。大学四年生の人が聞いたら思わず自分の事かと焦ってしまうだろう。ちなみに浅野先輩はめでたく二社から内定をもらい、優越感に浸れる立場にある。

 「ムダ遣い〜!」と叫ぶ浅野先輩の大きく見開かれた目はどこか別の世界へ行ってしまっている。サビの部分ではそんな男達へのお仕置きとして電気アンマをかける。一体どんな歌だ。

「浅野先輩はこういう歌が好きなの?」

 私がはるちゃんに小声で尋ねると、はるちゃんは小さく頷き。

「浅野先輩はビジュアル系やデスメタル、ハードロック系のダークな歌をいつも歌っているよ」

 浅野先輩……、フルネームは「浅野いのり」。そんな聖なる印象を受ける名前を持っているけど、彼女が朝に祈ることとは案外ブラックで恐ろしいものかもしれない。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ