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第二十一話 真知、愚痴を言う

 七月に入り梅雨真っ盛り、今日も大粒の雨が文京大学のキャンパスを濡らしている。窓を叩く雨粒を見て私は一つため息をつく。

「うん、どうしたのかっちゃん。ため息なんかついちゃって」

 しぃちゃんが私の顔を覗き込む。

「しぃちゃん……、さっきの会議で何か感じること無かった?」

 「さっきの会議」とは文化祭実行委員イベント担当グループの会議のことである。

「みんなからの発言が少なかったですね。私たちが提案する意見には賛成してくれるのですが……」

 亜由美が私の代弁をしてくれた。

「『ミス文京大学』の話だってみんな私たち三人が考えたでしょう? みんな決まったことはやってくれるけど、企画を考えることはしてくれていないじゃない……」

 この前の参加希望サークルの面接だって私たち三人が全てやったんだから。

「私はみんな頑張っていると思うな。『ミス文京大学』だって企画が決定したらみんな候補者募集に動いているし」

 しぃちゃんが言っている視線の先にはイベント担当グループの一人(えーと、名前は高尾たかお君だったかな)が綺麗な女子大生にチラシを配っている。たぶん「ミス文京大学」の募集をしているのだろう。

「ほら、彼だって一生懸命声をかけているでしょ」

「見ようによってはキャッチセールスにも見えますけどね」

 亜由美が冷静に彼を見つめて言う。

「もーう、キャッチセールスなんか大学の構内でやっているわけ無いじゃない。『ミス文京大学』の募集だって。ほら、みんな頑張っているじゃない……」

 しぃちゃんが朗らかな笑みを彼に向けた。

 うーん、しぃちゃんが甘いのか、私がわがままなのか……。


 今日の食堂は太陽の光が差さないせいか、いつもより暗く見える。しかしいつもと変わらないものもある。

「またー、とんかつ定食売り切れー!」

 いつものことだけど、この事実を受け入れるのには物すごく力がいる。

「そんなに怒らなくても……カツカレーがあるじゃないですか」

 亜由美が半ば呆れ顔でカツカレーと書かれたボタンを指差す。

「ふっふっふ、とんかつとカツカレーじゃ天と地、月とすっぽんの差があるのよ。亜由美」

 私は不気味な笑みを浮かべながら醤油ラーメンのボタンを押す。

 ラーメンをトレイに乗っけてしぃちゃんが先にいる席に向かうとはるちゃんも来ていた。そして姉小路会長も……。当然のように彼の前にはとんかつ定食が並べられている。

「ちっ……、ブルジョワめ!」

 舌打ちしながら私はしぃちゃんの右となりに座った。左となりには亜由美が座る。しぃちゃんの正面には姉小路会長。私から見てその右となりにはるちゃんという席順だ。

「かっちゃん、会長の家は普通のサラリーマンだって言っているでしょう」

「とんかつ定食一つで差別と思われては困るな」

 はるちゃんと会長が同時に私をなだめる。歴史ゲームで話が合って以来この二人は仲がいいようだ。

「ところで三人ともまた明石先輩が提案した企画却下したんだってー?」

 はるちゃんがエビフライを箸に持ちながら意地悪そうな笑顔で尋ねる。

「そう、『女の子の女の子による女の子のためのカフェ』だなんて、アメリカ大統領みたいな子と言っているけど、実態は女の子集めるのが目的なのが見え見えなんだもん。却下しちゃったよ」

 私たちの却下を受けた明石先輩は、笑顔を崩すことは無かったけど、立ち去るときの挙動はいつもより力みが入っていたような気がするな。

「明石先輩ねー、部室ではマジな顔していたよー。『私を本気にさせたらどうなるかかっちゃんたちに教えてあげなきゃ』って」

 本気になった明石先輩……可愛い女の子に抱きつく力二割増しとか可愛い女の子センサーの感度三十パーセント増とかそんな感じになるのかな……。

「彼女も本気の顔をすることがあるのだな」

 とんかつを一切れを胃の中に押し込んだ会長が呟く。

「会長、明石先輩を知っているのですか?」

 羨ましそうにとんかつを眺めながら私が尋ねる。

「ああ、サークルや部の代表者とは定期的に顔を合わせるからな。彼女は俺に会うときはいつも笑顔だ」

 まああの笑顔が明石先輩だからな。

「そう、私もあまり見たこと無いもん。明石先輩のマジ顔」

 今度は一体何を考えているのやら……。

「ところではるちゃん、『ミス文京大学』に参加する気あるー?」

 背も高く綺麗なはるちゃん(胸は無いけど)なら「ミス文京大学」の候補としても充分だ。

「ないよー」

 あっさりと拒否されてしまった。

「私は文化祭でダンスをするの。ミスコンとかに出てダンスの時間を奪われるようなことになったら嫌だもん」

 はるちゃんはダンスに熱心なんだなぁ。綺麗なのにもったいない。しかしはるちゃんのダンスサークルにはまだまだ綺麗な人はいる。

「当然明石先輩や浅野先輩も出る気は無いわよ」

 うーん、先に釘を刺されてしまったか……。

「まあまあかっちゃん、かっちゃんが焦らなくてもみんなが候補者を探してくれるよ」

 しぃちゃんが小さなメンチカツ刺したフォークを持ちながら私を励ます。

「みんなちゃんと探してくれるかな……」

 私はラーメンをすすりながら肩を落とした。

「なんだなんだ、まるで仲間を信頼していないような言い方だな」

 会長がとんかつの一切れを箸で二つに割る。

「かっちゃんは前から物事をネガティブに考える癖があるみたいなんですよ」

 はるちゃんが答える。別に私はネガティブじゃないよ……。確かに去年は名前にネガティブだったけど……。

「かっちゃんは今、人の上に立つ者の苦労を味わっているんだと思います」

 亜由美が眠そうな目を私に向ける。人の上に立っている……。まあ立っているか。

「人の上に立つ苦労はそんな簡単に味わえるものじゃないぞ」

「会長も人の上に立つ者の苦労を味わっているのですか?」

 はるちゃんがキャベツの千切りを口に入れながら会長に尋ねる。

「まあ……、サークルからもっと部室をよくしてほしいとか、予算をもう少し欲しいとか……、大変なものだよ」

 そこまで言って会長は半分に切ったとんかつの一切れを口にした。

「それでも、他の役員のおかげでなんとか無事に乗り切れているけどね」

「会長には信頼できる部下がいていいなぁ……」

「明からに周りの人を信頼していない言い方だな」

「もーう、私も信じていないって事ー!」

 しぃちゃんが私の顔を見ながら肩を叩く。かなり痛い。

「裸の付き合いをした仲だというのに……ショックです」

 亜由美は右目の瞼を押さえて泣いている(ふりをしている)。

「違うって、二人は信頼しているって」

「じゃあ誰が信頼できないって言うのー?」

 はるちゃんが意地悪そうな顔で私の顔を覗き込む。

「別にー、信頼してないわけじゃないけどー、なんだかー……」


「なんだか私たち三人だけが頑張っているような気がして」

 と、私は朝の谷中霊園でペルと戯れている町田イラケン選手に愚痴をこぼす。

 イラケン選手とはたまに私がペルの散歩を担当するときにこの谷中霊園で会い、近況を話し合う仲になっている。イラケン選手の大ファンであるしぃちゃんが聞いたら羨ましがるだろうな。

「自分の意見を持っていないというか……。私としぃちゃんと亜由美の意見にはいはい従うだけというか、自分たちからこんな企画はどう? って持ってきて欲しいんです。まだ文化祭まで時間はあるのだから……」

「他のグループはどういう状況なんだい?」

 イラケン選手はペルの頬を横に引っ張りながら尋ねる。

「けーまたちの広報部はパンフレットのスポンサーを探していて、近くの商店街を歩き回っています。あと文化祭に参加するグループを載せるページのレイアウトをみんなで考えていたり……。かわちゃんたちはゴミの収集方法やゴミ箱の設置位置について話し合っているみたいです」

 私も座ってペルの頬を引っ張る。

「二人とも『みんな意欲的に発言してくれるから助かる』って言っているんですよ。私にはそういう実感が沸いてこないんです」

「集団にはいろいろな形がある。二人がいるグループはそういう形で、真知さんのグループはそれとは違う形ということなんだろうな。トップの指示に的確に動いている、そういう集団の形なんじゃないのかな?」

 イラケン選手がペルの頬を離す。ゆっくりと伸びた頬が元に戻っていく。

「うーん、私たちに頼りっぱなしって気がするのですが……。この前も『ミス文京大学』の候補を探すときに、『どんな子に声をかければいいでしょう?』って聞いてきたんですよ? そんなの自分で考えろ、って話ですよ」

「声をかけられる人はそう思うけど、本当に声をかけられない人はそう聞いてもおかしくないんじゃないのかな?」

「そうですかね……」

 私はペルのわき腹をよしよし、と撫でる。

「それに七月に入ってテストや課題提出期間が近くなったから、活動は控えたいと言うメンバーも出てくるし……テストや課題があるのは私たちだって同じなのに不公平ですよ」

「その人は自分の頑張れる範囲でやっていこうとしているのだと思うな。同じ大学生でも環境や状況は人それぞれだと思うんだ。真知さんたちはそんな環境も状況も違う人たちをまとめていかなければいけない。愚痴の言うのもいいけど、もう少し文化祭を一緒に作る仲間としてメンバーを信頼しないと」

 「信頼しないと」と言われても……。確かにイラケン選手の意見には理解できる部分もあるけど……。

 しぃちゃん、亜由美やかわちゃんたちは大丈夫として、同じイベント企画グループの人たちにはいまいち物足りなさを感じる私なのであった。

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