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第二十話 眠いけど、まだまだ面接

 ――二時間後――

「お疲れ様です。今日はあと三人ですよ」

「えー、まだ三人もいるのー?」

 私としぃちゃんと亜由美はまだ文化祭に参加するグループの代表との面接を続けている。三人目終了時にやっと目覚めて本気を出したしぃちゃんだが、再び眠気モードだ

「しぃちゃん、あと三人だよ。もう少し我慢しようよ」

 私はしぃちゃんの肩を優しくゆする。激しくやろうものならしぃちゃんの強烈なパンチをくらいかねない。

「そっかー、最後の三人くらいしっかりやらないと……」

 そう言いながらしぃちゃんは顔を起こして机に置かれたプリントに目を通した。が……。

「うーん……」

 と、時々目を瞑っては首を揺らすのであった。

「そういえばなんで私たち三人が面接官なんだろう?」

 イベント担当の実行委員は私たちの他に三十人もいるのに。

「はいはい、休憩時間終わり。次の人呼びますよー」

 亜由美がしぃちゃんの目の前で手を叩いて彼女を起こす。

「はい、次の人どうぞー」

 入ってきたのは明石先輩だった。いつもは私たちを見ると満面の笑みを浮かべて飛びつくはずだが、今日はちょっと疲れた顔を浮かべ、右手でお腹を押さえている。

「明石先輩今日は元気ないですねー」

 しぃちゃんが空ろな目を明石先輩に向ける。明石先輩はしぃちゃんを見て一瞬怯えたような表情をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻り、

「昨日ねー、バイトしていたら腹筋を痛めちゃって……」

「アルバイトですか? 何をやっていたんですか?」

 亜由美が尋ねると明石先輩は首を横に振って

「いくら仲のよいあなた達でもそれは言えないよ。秘密だよ」

 秘密のアルバイト……。

「街の掃除人でもしているのですか?」

 街の悪人どもを掃除する仕事でもしているのだろうか……。満月のが照らす夜の街に踊る明石先輩の姿が想像できる。しかしそれで腹筋を痛めたのならちょっとマヌケだな。

「そんな危ないことはしないよー。みんなが楽しめるバイトだよ。その内容を話したら夢が壊れちゃうでしょ」

「黒かび……」

 亜由美が小さく呟くと、明石先輩の笑みがちょっと引きつった。亜由美は一体何を言ったのだろう?

「そんなことより三人とも私が考えた企画の話を聞いてよ」

 明石先輩は再びいつもの笑みを取り返す。そうだった、企画の話をしないと。

「今年、我がダンスサークルが考えた企画は……。『真奈美と踊ろう女子学生!』です」

「それは却下します!」

 私と亜由美は同時に声を上げた。私、亜由美の順に声が低くなる。ちなみにしぃちゃんは……、寝ている。

「なんでよー、ダンスサークルなんだから、踊る企画を入れてもいいじゃない」

「踊ることより可愛い女子学生を集めたいのが目的に決まっています!」

「だめー?」

「だめです!」

 私と亜由美の拒絶を聞いた明石先輩はぷい、と顔を背け席を立った。

「いいわよ、そこまで言うんだったら今年は普通に焼きそばの屋台出して、舞台で踊るだけにしますー!」

「あ、明石先輩、ちょっと待って……」

 私の制止も聞かず明石先輩は部屋を出てしまった。

「うーん、明石先輩帰っちゃったの……」

 しぃちゃんが呑気に私に尋ねる。

「そう、明石先輩を怒らせちゃったみたい……」

「大丈夫ですよ、あのくらいで怒ったりめげたりする人じゃないですから」

 ……ということは、まだまだ「女の子を集める」企画を持ち出す気か……。


 次に入ってきたのは坊主頭の似合う水色の着物の男子学生だ。茶道部の古屋部長と同じく椅子の上に正座をしてお辞儀する。

「ええ……私、文京大学落語研究会会長。文京亭行楽ぶんきょうてい こうらくと申します……」

 文京亭行楽というのはたぶん本名ではないだろう。

「それで……行楽さんが考えた企画は一体なんでしょう?」

 私の質問に行楽さんはやっと頭を上げた。

「お客様参加型の大喜利を行おうかと思います」

 大喜利か……、日曜日の夕方に落語家さんたちがやったり、たまにバラエティで芸人さんたちがやったりするあれね。

「例えばどんな問題がでるんですかー?」

 薄目のしぃちゃんの質問に行楽さんはよくぞ聞いてくれたとばかりに目を光らせると、一冊のスケッチブックを私たちに見せた。そこには「さんま」という文字が一文字ずつ赤丸で囲まれている。

「秋と言えば食欲の秋、食欲の秋と言えばさんまでございます。そこでみなさんに、『さ』、『ん』、『ま』ではじまる五・七・五の川柳を答えてもらいたいと思います」

 ちょっと待って、さんまって「ん」がついているじゃない……。

「『ん』が付いている時点でダメだと思うんですけど」

 ああ、また亜由美に先を越されてしまった。

 行楽さんは再びよくぞ聞いたとばかりに目を光らせ、


 寒いねと

 んなずく君に

 まじ惚れる

      ……行楽です


 と得意気な表情を私たちに見せた。褒めてもらいたいのだろうか。

 しかし残念なことに私たちは彼に与える座布団を持っていない。仮にあったとしても「うなずく」を「んなずく」と強引に読んでいるあたり与えられないけどね。

 しぃちゃんが素早く手を上げたのはその時だった。


 さからうと

 ンゴッとするぞ

 マジパンチ

      ……しぃちゃんです。


 そう言って可愛く笑うしぃちゃん。……しぃちゃん怖いよしぃちゃん。しぃちゃんは酔っているときだけではなく、眠気を我慢しているときも怖いんだなぁ。

「この勝負はしぃちゃんの勝ちですね」

 亜由美が冷静に二人に勝敗を告げた。しぃちゃんの負け、なんて言ったら殴られかねないとでも思ったのだろうか。

「もぉー、なんでー!」

 行楽さんはちょっとおかまの人っぽい声で叫ぶと席を立ち、教室を出て行った。

「あ……、まだ大喜利やっていいとも悪いとも言っていないのに……」

 私は呆れ顔で彼が座っていた椅子を眺める。

「まあ大喜利なら問題もないでしょう。いいんじゃないですか」

 亜由美が早くも次の人のプリントに目を配る。

「いよいよ最後の人だね」

 しぃちゃんが両手を伸ばして上体を軽く右へ曲げる。

「次の人どうぞー」

 入ってきたのは白衣に身を包んだ眼鏡姿の男子学生だ。

「大豆食品研究会所長の大豆孝夫おおず たかおと申します」

 大豆部長の横には青いスポーツバックが入っている。

「大豆食品研究会は今年は何をするのですか?」

 私が尋ねると彼はスポーツバックから白い何かを取り出した。

「毎年のように大豆で出来る食品をお客に振舞います。お三方も食べてみてください」

 と、私たちの机に置かれたのは真っ白な豆腐だ。ご丁寧に割り箸や醤油の小瓶も置かれている。

「食べていいんですか?」

「はい、我が大豆食品研究会の手作りの味を堪能してください」

 お言葉に甘えて豆腐を箸でつまみ口に入れる。大豆の濃い味とほのかな甘味が口の中に広がっていく。

「おいしー、大学生の手作りとは思えない……」

 私は目を閉じて口の中に広がる味をさらに感じさせる。

「ほんとだね。私でもこれは作れないなー」

 眠いはずのしぃちゃんはしっかりと豆腐を食べている。しぃちゃんは豆腐づくりの経験もあるようだ。

「醤油との相性がいいですね。塩気と大豆の風味がなんとも……」

 亜由美は更に醤油を一、二滴垂らした。

「どうです、美味しいでしょう?」

 大豆部長は眼鏡の奥に笑顔を見せる。

「ええ、これなら文化祭に出しても恥ずかしくありません」

 豆腐をたいらげた私は満足げに頷いた。

「続いてはこちらです……」

 と、大豆部長が机の上に置いたのは、白いパック。さらに小さい袋に入った茶色いたれのようなもの。これってもしかして……。

「納豆を食していただきたいと思います」

「ぎゃーっ!」

 私は奇声を上げて椅子から飛び上がると壁に貼り付いた。

「な、納豆。私は嫌よ納豆」

「そういえばかっちゃんは納豆が大嫌いだったね」

 しぃちゃんはパックを開けて中の納豆をこねくり回している。

「こんなに美味しいもの嫌いだなんてもったいない……」

 亜由美は早くも納豆を口に入れている。亜由美、絶対私にキスしないでね。(って食べなくてもキスはしていないけど)

「我が大豆食品研究会の作った納豆をそこらへんのスーパーで売っている納豆と一緒にしないで頂きたい」

 大豆部長が眼鏡の奥で怒っている。怒られたって嫌いなものは嫌いなの!

「かっちゃん、何事もチャレンジだよ。自分の名前を好きになったかっちゃんだから、納豆もきっと好きになるよ」

 いつの間にかしぃちゃんが私の背後に回っている。というかしぃちゃん、私の名前と納豆を同レベルに扱わないでもらいたいな。

「亜由美ー、かっちゃんに納豆食べさせてあげてー」

 しぃちゃんは私の後ろから手を回すと、私の胸の辺りでがっちりと組んだ。これで私は両手の自由を失った。

「はーい、今こねているのでちょっと待ってくださーい」

 亜由美が箸を回しながら私に近付いてくる。それに従い、納豆の腐った臭いが私の鼻にどんどん入ってくる。

「ほらかっちゃん口を開けなさいよ。納豆が食べられないじゃない」

 私は口を思いっきり閉じて首を思いっきり左右に振る。納豆なんて誰が食べるものか。

 そうしている間に亜由美が納豆をたっぷりつけた箸を私の口先まで持ってくる。箸からパックまでを白い糸が繋いでいる。気持ち悪い……。

「口を開けないとこの納豆かっちゃんの髪にくっつけますよ」

 あ、亜由美……! あなたは一体なんという選択を私に迫るのだ。納豆を食べるか髪につけるかなんて私にとっては地獄の選択ではないか。

 しかし悩んでいるわけには行かない。決断のときは迫られている。私は観念して口を開いた。髪につけられて臭いが残るよりは食べたほうが数十倍もマシだ。

「かっちゃんはお利口でちゅねー、残さず食べるんでちゅよー」

 亜由美の口調が赤ん坊をあやすお母さんのものに代わっている。これって赤ちゃんプレイなの?

 そんなことを考えている私の口についに納豆が入る……!


 ……こ、これは、腐ったコーヒー牛乳やー!!

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