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第十六話 勝手に胸のランキング

「私、しぃちゃんのようにバイトをしようかと思うんだー」

 六月に入り、梅雨の足音がそろそろ聞こえてきそうな今日この頃。梅雨の予行演習でもいえそうな灰色の雨雲を見つめてはるちゃんが呟いた。

「はるちゃん、何か欲しいものでもあるの?」

 マンゴーティーを片手にしぃちゃんがはるちゃんを見る。はるちゃんの家は実家なので、アルバイトをしなくても家賃や生活費には困らないはずだ。

「そうじゃなくて、文化祭のためにお金を稼ごうと思って」

 はるちゃんはその髪と同じくらいの黒さのコーヒーをすする。

「文化祭のために?」

「そう、二人が作る文化祭で私たちも何かイベントをするからさ、そのための資金よ。例えば屋台にするなら食材や食器を用意しなくちゃいけないでしょ? 普段徴収している部費じゃ足りないから毎年部員がアルバイトをして稼いでいるんだって。一年生はまだ活動に慣れていないからということで、アルバイトする必要はなかったけど、私も二年生だからね」

 そうか、実行委員を務める私たちだけじゃなく、参加するサークルの側もいろいろ準備が必要なんだ、と私はミルクで白くにごったコーヒーをすする。

「そう言えばはるちゃんのサークルは去年は焼きそばの屋台を出していたね」

 私は二本の鉄ベラを両手に持ち、麺と具材を焼けた鉄板の上で優雅に操っていた浅野先輩の姿を思い出した。そしてセーラ服の女の子を見つけるや必ずと言っていいほど自分の屋台へ引きずり込もうとした明石先輩の姿も。

「あと、『ダンスで解決! お悩み相談室』ね」

 進路や友達関係などの悩みなど、踊って忘れてしまおう、というコンセプトのもと、一号館にある教室の一つを借りて行った企画である。はるちゃんの話では、一応お客の悩みは聞いたけれど、最終的にどんな悩みでも強引に踊りで解決したのだという。まあ私としぃちゃんは楽しかったのでよしとするか。

「あれ、なんでああいう企画ができたか知ってる?」

 コーヒーを飲み終えたはるちゃんが綺麗な笑顔を私に見せる。

「うん? 何か秘密でもあるのかな」

 しぃちゃんが食いつくと、はるちゃんは「それはね……」と身を乗り出した。私も身を乗り出してはるちゃんの顔へと近付く。

「明石先輩が進路に悩む女子高生にたくさん会いたくて持ち込んだ企画なのよ」

 私の頭の中には悩める女子高生の相談を受ける明石先輩の姿が……。悩める女子高生の肩をそっと抱きしめ、まずは人生の先輩らしく悩みに答えて、そしてダンスサークルだからダンスを教えて、そしてその後は……、一体何を教える? ほにゃららとかふにゃららとか教えちゃう? 駄目です明石先輩、それって犯罪です……。

「女子高生が好きな明石先輩が考えそうなことだね」

 しぃちゃんの声に私ははっと我に帰った。危なかった、もう少しで危ない妄想をするところだった。

「だけど蓋を開けてみたら自分が相談役のときは女子高生があんまり来なかったんで、明石先輩思いっきり落ち込んじゃったのよ」

「うふふ、落ち込んだときの明石先輩想像できちゃう」

 しぃちゃんの言葉に助けられて、私の頭の中には悲しみにくれる明石先輩の姿が……って、明石先輩の妄想はやめておこう。今日は変な方向に行きそうだ。

「もちろん今年も面白い企画を考えているところよ」

「楽しみにしているよ、はるちゃん。アルバイトかー。はるちゃんと遊ぶ時間が少なくなっちゃうのは残念だなー」

 しぃちゃんがちょっと悲しそうな顔をする。

「二人ともこれからますます文化祭の準備の時間に取られるんだからおあいこだよ。椎名町駅の南口にある大きな本屋さんにいるから、もし学校終わりに暇があったら足を運んでみてよ」

 そう言ってはるちゃんは首を傾げた。

「いや、二人の家と方向が全然違うから椎名町に来る用事はないか。……それじゃあ一回も来なかったら明石先輩の楽しいお仕置きを受けるってことで」

 私としぃちゃんのカップを持つ手が止まった。二人の飲み物がカップの中で小さな波を立てる。

「行く、是非行かせて頂きます」

「遊びに行くから大丈夫だよー」

 明石先輩にとっては楽しいことかもしれないけど、私たちにとっては痛いような気持ちいいような……、微妙なことをされるに決まっている。絶対一度は足を運ばなくては。

「ところで今日は実行委員のメンバーとしぃちゃんの家でお泊りするんでしょ。いいなー」

 そう言ってはるちゃんは口を尖らせる。

「ただのみんなで仲良くお泊り会じゃないから、文化祭の打合せで理事会全員集まってミーティングをするのよ」

 メンバーはこの前東都大学の文化祭に行った六人。亜由美は実行委員途中参加だが、私たちの補佐役として理事会の一員に入ることになった。口調は相変わらずの敬語だが、最近やっと「あだ名ルール」を受け入れて、私を「かっちゃん」を呼ぶようになっている。


 今日の谷中の商店街はなんだか賑やかだ。「初夏の地域感謝祭」として各店がポイント二倍とか、十パーセント値引きなどの様々なサービスを行っている。

 商店街イベント恒例の福引ももちろんある。日暮里にっぽり駅へと向かう階段の下の広場では「バスレンジャーヒーローショー」が行われているらしい。って言うかバスレンジャーってあのバスレンジャー……?

「東都大学がこのイベントに協力しているらしいよ。ご近所だからだね」

 しぃちゃんが渡したチラシには東都大学の大講堂の写真が載っていた。東都大学が協力しているということは、ヒーローショーに出ているのは、やはり私が映画で見たバスレンジャーなのだろう。

 バスレンジャーは見ぬまま、商店街で夕飯の材料を買って、みんなで作って食べて、その後はみんなで銭湯に行く。文化祭の話はまだしない。ミーティングをしながらご飯の心配をするより、全部スッキリさせてからのほうが話に集中できるってものでしょ。

 私たち四人は女風呂へと入る。風呂場には誰もおらず、壁に描かれた富士山と海に浮かぶ帆掛け舟の絵が私たちを迎えてくれた。

「こうしてみんなでお風呂に入るのは気持ちがいいですねー」

 亜由美が頭に手ぬぐいを載せ、目を閉じて気持ちよさそうに口を開く。「セクシー亜由美」と言われているだけあって、胸が……お尻が……大きい。服を通して見るよりも大きいのではないか?

「こうしてみんなで入ると修学旅行みたーい」

 かわちゃんは浴槽の端に頭を乗っけて全身を伸ばす。かわちゃんの体(というか胸だ)は……。まだ一年生だからね、年下だからね、私より小さくて当然か……。

「近くに住んでいるけどここに来たのは初めてだよ。みんなのおかげかな」

 しぃちゃんは浴槽の端に顎を乗せて目を閉じる。しぃちゃんの体は……、うつ伏せの形になっているからよく見えないけど、私と同じくらい? いや、私よりちょっと小さいかな。うん。

 亜由美、私、しぃちゃん、かわちゃん……。と頭の中で勝手に「胸の大きさランキング」を作っている私。そんな中かわちゃんが声を上げた。

「ねぇちょっと、誰か覗いていない? ほら、あの入り口のところ。

 確かに湯気の向こうの風呂場の入り口がちょっと空いている。そこから誰かが私たちを見ているようだ。何者であるかは、入り口の引き戸が曇りガラスのためよくは分からない。なにか黒い塊のように見えるけど……。

「覗きかな、それともただの恥ずかしがり屋さんかな……」

 しぃちゃんがいつでもパンチが撃てるように両手をしっかりと構える。

「それにしては動きが不審すぎません? まあ男が堂々とあんな形で女湯に居られるとも思えませんけど……」

「男湯だと思って入ってみたら女湯だった、ってオチかもしれないよ」

 いずれにせよこのままじっと見ているのはよくないことだ。私は入り口の向こう側の人に向かって声を上げた。

「ここは女湯ですよー、女性だったら恥ずかしがらずにどうぞー。男だったら早く向こうへ行ってくださーい」

 私の言葉がきっかけとなったのか、その人は引き戸を思い切り開けた。

「あっ!」

「いやー!」

「え、何!?」

「お、お前は!」

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