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第十三話 突撃!隣の文化祭(三)

 午後二時――午後の出番が近付いたはるちゃんと別れ、彼女の元気なダンスを見た私としぃちゃんは、赤門あかもんの前へと急いだ。

 赤門とは、江戸時代ここの土地を屋敷地にしていた加賀前田かがまえだ家が、徳川将軍の姫君を嫁に迎え入れるために作られた門だと言われている。

 ここで三つの組に別れていた実行委員のメンバーが一旦集まり、文化祭を回るグループを変えるのだ。

 赤門の前ではすでに四人が待っていた。

「ごめん、ちょっと遅れちゃった」

「大丈夫だよ。私たちも来たばっかりだから」

「それじゃあ回るグループを決めようか」

「じゃあグッチョッパーで決めよう。グッチョッパー」

 グッチョッパーとはじゃんけんで使うグー、チョキ、パーの三種類のうちどれか一つを出し、同じ種類を出した人とグループを決めるものである。

 そしてその結果は……。

「ダーリンと私の愛は強いのです」

 前半戦に続き、かわちゃんとけーまが再びグループを組む。

「私は亜由美と一緒だね」

 しぃちゃんが亜由美とグループを組む。

 と言うわけで私と組むのはタカビーだ。

「タカビーかぁ……」

「なんだその顔は、俺と組むのは不満だというのか」

 タカビーが私の顔を見下ろす。ちょっと口がへの字になっている。

「いやいや、そういうつもりで言ったわけじゃないけれど」

「それじゃあ後半戦スタートするよー」

 かわちゃんが力強く右手を突き上げた。


 午前中よりもお客の数が増えたような気がする。それだけではなく、お客を呼び止める屋台の店員さんの元気も大きくなっている。

「なあ、御徒真知」

 タカビーが私を呼び捨てにする。お互いあだ名で呼び合おう、って決めたのに呼び捨てとはどういうことだ。無視してやろう。

「……」

「おーい、御徒町」

「御徒町じゃなくて、御徒真知だって」

 自分の名前は好きになったとはいえ「御徒町」と呼ばれるのは心外だ。

「なんだ、やっぱり聞こえているんじゃないか」

 タカビーが私の頭をポンポンと叩く。うっ、ちょっと馬鹿にされている感じ。

「実行委員同士仲良しになるためにあだ名で呼び合おう、って決めたあだ名がどうして私をフルネームで呼ぶのよ。『かっちゃん』と呼びなさいよ」

「それはちょっと抵抗がある……なぜならお前も知ってのとおり俺はずっと『かっちゃん』と呼ばれていたからだ」

 私とタカビーのあだ名は同じ「かっちゃん」だった。そこで私たちは「互いの新しいあだ名を考える」勝負をして、勝った私が「かっちゃん」と呼ばれ、負けたタカビーは今の「タカビー」というあだ名をつけられることになった。

「お前は自分のあだ名を自分で言えるのか? 俺は恥ずかしいぞ」

 タカビーの目が真剣だ、本当に恥ずかしいのだろう。 

「……そんなに恥ずかしいなら、何か別の呼び方を考えなさいよ。自ら決めた『あだ名ルール』を破るのはよくないわよ」

 楽しんでいるのならともかく、本当に嫌がっている人に対して名前関係でからかいたくはない。

「それじゃあ『かあちゃん』で」

「『かあちゃん』……!?」

 先月あやうく私がタカビーよりつけられそうになったあだ名だ。

「お前が『かっちゃん』を取ったんだから、ちょっとくらいいいだろ。今から俺はお前を『かあちゃん』と呼ぶ」

 なんだか納得しがたいけど納得してしまう論理だ。

「うーん、気に入ってないけど、徐々に慣れるようにするわ」

 「かっちゃん」の名は私が取ったのだし勝者の余裕というのを少しは見せておかないと。

「ところでどうして私を呼んだの?」

「あ、それそれ」

 と、タカビーは辺りを見回して。

「外を歩いてもあまり参考にはならん、建物の中に入ろうぜ。午前、亜由美と歩いたときもそうしていたんだ」

「外は参考にならない、ってどうして?」

 屋台が参考にならないと言うのだろうか。

「いいかかあちゃんよ、俺達の大学は敷地がこの大学よりはるかに狭い。それもこのような通りや広場だけではなくほとんどが校舎などの建物だ」

 確かに言われたとおりで我が文京大学は、敷地が東都大学と比べてはるかに狭い。建物も空へ地下へと伸びることで、敷地の狭さを補っているという感じだ。庭はここの大学からしたら庭と呼べる広さではないだろう。

「だからなるべく中でやっている出し物を多く見たいんだ」

「なるほど大学の広さか……。それは気づかなかったな」

 午前中は三人で外の屋台をめぐり回ってそばばかり食べていたな。

 タカビーは薄い黄色の校舎を指差す。

「ここへはまだ入っていないんだ。かあちゃん行こうぜ」

「それじゃあ」

 行こうかとうちゃん、と危うく言いそうになって私は口を抑えた。


 建物の中はどこか古錆びている。窓を通して差す光は外のそれとは違い、何か薄い膜を通して見ている気がする。

「建物はうちの大学のほうが頑丈そうだね」

「新しいものが多いからな」

 多くの学生の手垢がついて黒光りしている木の手すりを触りながら階段を一段ずつ上る。二階では紙と何本かの鉛筆を持った女子学生が私たちを迎えた。

「今から映画研究会製作の映画を上映しまーす。今回上映する映画はコメディーでーす。時間は十分と短いですので、気軽に入ってくださーい」

「タカビー、映画だってよ。どうする?」

「そんなに時間も取られないようだし、入ってみるか」

 私たちは鉛筆とアンケート用紙をもらい、教室へと入った。席に着いて数秒もしないうちに

映画は始まった。


「浴槽戦隊、バスレンジャイ!」

 のテロップに続いて画面に映し出されたのは、とある銭湯の男湯。雄大な富士山の絵を背におじいちゃんたちがのんびりと日ごろの疲れを癒している。

 カメラを向けられているのにおじいちゃんたちは全くお構いないらしい。その証拠に時々小さなモザイクが画面に映し出される。

 そんなおじいちゃんたちののどかな風景の中に異様な物体が!長細い黒い物体と、茶色い物体。くねくねした細い黒い物体と茶色の物体が一体ずつ浴槽の中でゆらゆらしているのだ。

 彼らは口々に「ケー、ケー」と叫んでいる。こいつらが敵なのだろうか?

「待てー!!」

 との叫び声とともに、男湯の扉が開かれる。現れたのは頭に木でできた桶を載せて、目を青いマスクで隠す他は何の装飾も無い青の全身タイツの男だ。

「浴槽戦隊、バスレンジャイ!」

 戦隊って……一人しかいないじゃん。

「おのれ、ショッケーまたお風呂場の排水溝を詰まらせているなー」

 あのゆらゆらしている物体は「ショッケー」と言うのか、「ショッケー」「しょっ毛ー」つまり毛か……。

「ケー、ケー!」

 ショッケーたちがバスレンジャイに襲い掛かる。

「バスレンジャイパンチ!」

 くねくねした(縮れ毛かくせっ毛なのだろう)黒が当ってもいないのに倒れる。

「バスレンジャイキック!」

 長細い茶色が当ってもいないのに画面外へ去る。

「ええいもう面倒だ! バスレンジャーイジュゲムジュゲムパイポパイポー!」

 バスレンジャイはくるくる回り始める。残った二人のショッケーは「ケー、ケー」と泣き(?)叫びながら扉を開け男湯から去って行く。それにしても長くて覚えにくい技名だなー。

 これでお風呂場に平和が訪れたかと思ったらそうではなかった。浴槽のほうへ振り向いたバスレンジャイは、肩を激しく動かした。

「お、お前はクラドスポリウム・トリコイデス!」

「説明しよう、クラドスポリウム・トリコイデスとは簡単に言ってしまえばお風呂場で見られる黒かびのことであーる」

 とのナレーションとともに画面が浴槽へと向けられる、気持ちよさそうに目を閉じているおじいちゃん二人に挟まれるようにして黒い物体がのんびりと手足を伸ばして浴槽に浸かっている。クラドスポリウム・トリコイデスとはこいつのことだろう。頭には蛇のような突起が出ている。

「ふふふ、この風呂場全体を我の力で黒く染めて見せるわ!」

 風呂場中黒カビだらけにするなんて、恐ろしいことを言っているのだが、その声は気の抜けた高い声なので、怖いどころか思わず噴出してしまう。

「そんなことはさせんぞ、バスレンジャー……ジョ!」

 さっきとは違って短い技名だ。バスレンジャイが右手を突き出すと、辺り一面に風呂桶が飛び交いクラドスポリウム・トリコイデスに襲い掛かる。

「う、うわっ。痛い、痛いカビー!」

 クラドスポリウム・トリコイデスに当った桶の一つが跳ね返って右隣のおじいちゃんに当った。しかしおじいちゃんは痛がらずじっと目を瞑っている。大丈夫なのか?

 そのうちバスレンジャイ自らが手を使ってクラドスポリウム・トリコイデスに向かって桶を投げだした。こうなってしまったら技も何もあったものじゃない。

「く、くそ覚えていろでごわす! 逃げるぜよ!」

 語尾を統一させないままクラドスポリウム・トリコイデスは歩いて(しかもバスレンジャイの目の前を通り過ぎて)男湯を立ち去っていった。

「正義は勝つのだ、世界の風呂場はこのバスレンジャーが守る!」

 左手を高々と上げて決め台詞を放ったバスレンジャーの前を白いタオルであの部分を隠したおじいちゃんが通り過ぎていった。


「なんかいろいろ自由な映画だったねー」

「うちの大学にも映画研究会はあるけど、ああいうの作るのかな……」

 アンケートに答えを書きながら私とタカビーは映画のシーンを思い浮かべる。

「必ずしもそうとは限らないんじゃない? この研究会も『今回はコメディー』って言っていたから普通の作品も作っていると思うけど……」

 教室の外から先ほどの女子学生の声が聞こえる。

「次回の上映はシリアスな恋愛でーす。上映時間は十五分を予定していまーす」

「次はシリアスだってよ、どうする?」

「十五分ぐらいというなら……。見ていくか?」

「そうね」

 こうして私とタカビーはシリアスな恋愛映画を見ることになった。なんかはたから見たらデートしているみたいだけど、二人の間には決してそんな気持ちは無いのであった。

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