第九話 セクシー亜由美
「なんでもするのであれば、今すぐここで裸になってください」
「えっ!?」
私の体が動きを止めた。だが口元だけは痙攣している。真田さんは眠そうな目を輝かせて続ける。
「かわいいあなたの体がどうなっているか見てみたいのです」
なんでもすると言ったけど、それはちょっと勘弁して欲しい。できれば別のお願いしてほしいが、真田さんは真顔なので(眠そうだけど)私には脱ぐ以外の選択肢は無いようだ。
その時授業を終えたしぃちゃんがコーヒーを持って私達の席にやってきた。
「どうしたの、かっちゃん。顔が固くなっているよ」
しぃちゃんは私の顔につられたのか眉間に皺が見える。私の隣のテーブルにコーヒーを置くと、私たちのテーブルへとくっつける。
「この子が文化祭実行委員に興味があると言うんだけど……」
「へー、そうなんだー。私彼女と同じ文化祭実行委員の椎名真智です。よろしくね」
しぃちゃんは私の話を最後まで聞かずに真田さんに右手を差し伸べる。真田さんはしぃちゃんの右手を握ることで応えた。
「社会学部二年の真田亜由美です。よろしくお願いします」
「えっ、亜由美!?」
お店のカウンターのほうからはるちゃんの嬉しそうな声が飛び込んでくる。
「うわーっ、亜由美ちゃんだー! セクシー!!」
はるちゃんは大急ぎでコーヒーをしぃちゃんの座ったテーブルに置くと、真田さんの左手をしっかりと掴む。
「はるちゃんと真田さんはもう会ったことがあるんだね」
私は話題を裸からそらそうと、はるちゃんの顔を見て微笑む。はるちゃんは私の意図を知ってか知らずか私に微笑を返した。
「そう、明石先輩の紹介でね。一緒に統計学の授業を受けているんだ」
「なるほど、それでセクシーと言うのはなんなの? はるちゃん」
しぃちゃんも話に乗ってきた。このまま話題が逸れれば私が裸にならずにすむ。
「明石先輩が亜由美ちゃんを呼ぶときいつも『セクシー』を付けるのよ。胸が大きいからだと思うけど」
確かに真田さんの胸は私が今まで知り合いになった女子学生の中では一番大きい。(たまたま私含めて胸の小さい人にしか会っていないだけだと思うけどね)
「それじゃあ真田さんは今日から『セクシー亜由美』だね」
私は真田さんのあだ名を勝手に名づける。
「もーう、かっちゃん。変な名前をつけない」
私の隣に座るしぃちゃんが、ちょっと頬を膨らませた。
「そうです、私を呼ぶときは亜由美で結構です。っとそんな話をしているのではなくて……、御徒さん。何をしているのですか、脱がないのですか?」
せっかく話を逸らし続けていたのに亜由美(本人がそう呼んでくれと言ったので、そうする)は話を元に戻してしまった。
「えー何、かっちゃんヌードになるの?」
はるちゃんが身を乗り出して左腕を亜由美の肩に乗せる。
「そうです、私が実行委員に入る代わりに御徒さんがここでヌードを披露するのです」
そう言って亜由美は胸をそらす。ただでさえ大きい胸がさらに大きく見える。
「えーと、やっぱり脱がなくてはいけませんか……」
私はシャツのボタンに手をかけながら、亜由美の目をじっと見つめる。
亜由美の目が閉じられ微笑みの表情になった。
「冗談ですよ、裸にならなくて結構です」
「あ、じょ冗談……そうだよねー」
私は大きく息を吐いて姿勢を直す。よかった、脱がなくて。
「ほんとだよ、もーう私もハラハラしちゃったよ」
しぃちゃんは隣で大きく肩を落とした。
「えーっ、つまんない! 私は冗談でも見たいよ」
はるちゃん、それは冗談と言わないのでは……。
「冗談でもそういうことを言ってしまうのは明石先輩の影響なのでしょうか……」
亜由美は小さくため息をつく
「うん、そうだと思うよ」
しょっちゅう明石先輩に会う人は、私の斜め向かいに座っているはるちゃんもそうだけど、大なり小なり彼女の影響をどこかで受けてしまうらしい。
「いや、そういう話をしているのではなくて、私が実行委員に入る条件の話です」
自分で話を反らせた亜由美は自分で修正をした。
死ぬことと裸になることと、明石先輩に二十四時間抱きつかれる以外なら(二十四時間は明石先輩も嫌だろうな)どんな条件でも私は受け入れる気でいる。
「あなたが文化祭実行委員に入った理由を教えてください」
「えっ!?」
私の体が口元の痙攣がさっきよりも強くなった。実行委員に入った理由――それは大学生活うんぬんではなく友達のために入ったのであり、とてもまともな理由とは言えない。
「どうしたのですか? まさか理由が無いとか」
「り……理由はあるわよ」
明石先輩はきっと私が実行委員に入った理由について悩んでいることを知ったうえでこの子を私に送ってきたのだろう。意地悪と言うかなんというか……。とにかく人に話せる理由を考えなくては。
私は亜由美に気づかれないようにしぃちゃんに視線で助けを求めるが彼女は楽しそうな微笑を浮かべるだけで視線には応えようとしない。うう、しぃちゃんの意地悪。
続いてはるちゃんに視線を移す。はるちゃんはノートを大きく広げ、そこには赤いペンで「私の書いたとおりに話して」と書いてある。よし、はるちゃんの助けを借りようか。
「え、えーと……。今年は戌年だから私もやるぞ、って感じかな……」
「今年は戌年ではないですよ」
亜由美が冷静に突っ込みを入れる。
確かに今年は戌年ではないし、よくよく考えてみたら私も含めて戌年生まれの人はここにはいない。いったい戌年はどこから来たのだろう。……ってはるちゃんがノートに書いたとおりに読んだらそうなってしまったのではないか。
「もーう、はるちゃんもかっちゃんもふざけない」
さっきまで微笑んでいたしぃちゃんの視線が鋭く光る。ふざけていたつもりではないが、まずい状況だ。はるちゃんはノートに「自分で考えて!」と書いている。
「ご、ごめん間違えた。今年は戌年じゃなくて……」
はるちゃんの力を借りずに(考えてみれば文化祭実行委員ではないはるちゃんに助けを求めるなんてどうかしていた)自分の力でやってみようと、私は慌てて口を開いた。
「こ、今年は文化祭が復活してちょうど六十年目の節目なので……、学生の大学生活を……」
「分かりました、もういいです」
亜由美は私の言葉を遮り立ち上がった。
「それはあなた自身の言葉ではない、どこかから借りてきた言葉ですね。それでは納得できません」
彼女は私に背を向け店の外へ出ようとする。せっかくメンバーを入れるチャンスだったのに……。私はこのままあの子を立ち去らせたら今後誰も実行委員に入れられないような気がした。
だからって、どうする? 実行委員に入った本当の理由を話す? 呆れられるかもしれないけど、このまま立ち去られるよりはましだと、私は覚悟を決めて大声を上げた。
「待って、分かった。本当のことを言うから、お願いだから座って」
亜由美は眠そうな目をこすりながら席に戻る。
「それじゃあ本当の理由を聞かせてもらいましょうか」
私は唾を飲み込むとゆっくりと実行委員に入った理由を話しはじめた。後で考えたら私はそのとき、自分の名前を名乗るときより緊張していたと思う。
私が文化祭の実行委員に入った理由は大学がどうのとか、文化祭がどうのとかいうことじゃないの。私の大切な友達が実行委員にいるから入ったの。
その友達は私が自分の名前を好きになるきっかけを与えてくれた子なの。今まで同級生から「御徒町」「御徒町」とからかわれて続けて嫌だったこの「御徒真知」という名前を好きになれるようにしてくれたの。
私はその友達にとても感謝している。
そんな彼女が文化祭を作りたいと言ったの。私はその彼女の手伝いをしたいと思ったの。「御徒真知」と言う名前を好きにさせてくれたお礼として。
彼女の他にも実行委員にはすごい子がいるんだよ。まだ一年生なのにいずれは大学を自分の色に染めたい。と考えている女の子だっているし、
他にもいっぱいすごいこと考えている人が文化祭を作っているの、だから私はその人たちのお手伝いをしたいの。だから私は文化祭実行委員に入ったの。
私が話している間、亜由美は眠そうな目で私の目をしっかりと見ていた。私が話し終えると彼女はしっかりと握り締めていた私の右手を取った。
「ありがとうございます。自分の言葉で話されて納得がいきました」
「え、それじゃあ……」
「はい、文化祭実行委員に入らせていただきます。御徒さん、どうぞよろしくお願いします」
亜由美は丁寧に頭を下げた。私は周りの迷惑も顧みずに喜びの声を上げる。
「うわーっ、やったー。ありがとー!」
というわけで、真田亜由美こと亜由美が文化祭実行委員に入りましたとさ。